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12.シブキダンジョン 2

 ゴブリン討伐後、一行は時間をかけずにダンジョンの先へと進んでいった。その道中で心配されたのはシックスの折れた片腕についてだった。初戦で相手はレベル1のゴブリン。どのダンジョンでも最弱といっていい敵に、苦戦を強いられた。

 このまま手傷を負ったまま、ダンジョンを進行していくのはあまりにもリスクが高すぎる。一度仕切り直しも考えなければならないような事態に陥ったが、全ては杞憂に終わった。

 何故なら、シックスの傷はやはり、というべきか――完治していたからだ。他の誰かのスキルやダンジョンアイテムを使ったわけではない。自然と傷口は塞がれていた。どうして自動的に治癒されていたのか疑問だが、結局、結論はでなかった。――ともかく、ダンジョンを潜る問題点が勝手に解消されたので、そのままシックス達はは深部へ潜ることにした。

「なあ、第二階層まで来て今更なんだけど、そもそも、どうしてこんなに軽装備なんだ?」

「本当に今更だね……」

「いやー、そうなんだけどさー。やっぱり、もっと伝説の剣とか、頑丈な鎧とか装備してくればよかったんじゃないか? どうして、こんな最低限の装備品で済ませたんだ?」

「不満ですか?」

「不満というか、そういう大層な話じゃないよ。俺は素人だから、全部シルフィの言うとおりにしたけどさ、どうせだったら二刀流とかしてみたかったわけだよ」

「二刀流は一刀流を極め、それから相当の修練が必要だと聴きます。両手を同時に動かす難しさはもとより、違う長さの剣を扱うということで倍以上鍛錬の時間が必要となりますから」

「違う長さの剣? 二刀流って同じ長さの剣を扱うんじゃないのか? 小太刀二刀流とかいうだろ?」

「へぇ。そちらの世界ではそうなんですか。私達の世界の二刀流は、一方に短い剣、もう一方に長い剣を持ち、短剣で牽制しつつ、長剣で仕留める――というのが主流ですね。同じ長さの剣を扱う二刀流は聴いたことがありませんね」

「こ、これが異文化交流か……。ふーん。こっちだと刀を口にくわえたりするんだけど、こっちの世界ではそういうのが普通なのか……」

「剣の道は一朝一夕じゃ無理でしょ? だったらもっとスキルを磨いた方がいいんじゃない?」

「確かになー」

 カッコよさ、男のロマン、そんな安い肩書きだけで、シックスは二刀流にこだわっているわけではない。シックスはスキルを開花させたが、それでも弱点は目白押しだからだ。

 シックスのスキルの効果範囲は、身体だけ。遠隔操作で破壊することができない。接近戦でしか使えないが故に、攻撃に移った時に反撃を受けやすい。できることならば、不安な防御面を補強できるだけの何かがシックスは欲していた。

 剣さえあれば、敵との距離ができる分、接近戦よりかは傷を負うリスクは少なくなる。それに、敵から距離を置けば置くほど、精神的にも楽になり身体も動きやすくなるはずだ。武器を持つというのは、意外に馬鹿にできない要素だった。

「あっ」

 何かに勘付いたようにシルフィは声を上げる。それから、ザッ、という足音と共に暗がりからぬっ、と顔を突き出してきたのはゴブリンだった。先程とは別のゴブリンで、耳がより尖っている。――が、それ以外に違いは見受けられない。同じような形状の棍棒を持っている、瓜二つのゴブリンだった。

「ゴブリン? またか?」

「はい、気を付けてくださいっ!!」

 一度倒したことによって余裕が出てきたのもあるが、今回は真正面からのエンカウント。落ち着いて、サーチグラスを使用することができた。

 すぐに察知できたのは、シルフィの猫耳からくる聴覚によるものだ。獣人はその種類にもよるが、人間と比較すると数十倍の感覚の鋭さを持っていることが多い。優れた五感、運動能力を恐れた人間が、獣人を支配するために奴隷制度を作ったという歴史がある。――が、今はそんなことよりもシックスにとっては目先の問題だった。

「おっ、またゴブリン。レベルは――」


【名前:ゴブリン レベル:2】


「さっきよりレベル高いぞ……だ、大丈夫か?」

「それじゃあ、次は私が行きます。――それでいいんですよね? キャサリンさん」

「そうですね。お願いします、アリス様」

「お、おい……」

「大丈夫です」

「でも――」

「アリス様の方が、ご主人様より早くこの異世界に来ました。つまり、スキルの扱いについては一日の長がありということです」

 今度はアリス独りにゴブリンに戦わせようとしている。だが、今度はさっきのゴブリンより明らかに強いはずなのだ。本当に大丈夫なのかと、ハラハラするのは自明の理だ。

「だ、だけど、アリスだって、ダンジョンは初めてなんだろ? 実戦が初めてで、しかもさっきよりレベルが高いゴブリンを相手に、本当に大丈夫なのか?」

「心配ありません。彼女のスキルなら」

「でも――」

「ギギャアアアアアアアッ!!」

 会話を悠長にすることもできなかった。空気の読めないゴブリンが、狂ったように叫びながら地面を蹴る。今度のゴブリンは突き技ではなく、横一閃に棍棒を振るってくる。

 前に踏み出したアリスに向かって太い棍棒が振るわれ――


 その渾身の一撃を、アリスは容易く素手で受け止めていた。


「ギッ!?」

 ゴブリンが一番驚いた顔をしている。シックスの腕の骨を折った時よりも重い一撃を、華奢な体つきをしている女の子が手のひらで受け止めているのだ。誰だって眼を疑う。シックスも、

「え、は?」

 と、アリスの手を凝視していて、気がついた。

 その手には何かがあった。紙――いや、それは何の変哲もない写真のようだった。写真の表面には棍棒が映っていた。ゴブリンの持っているゴブリンの棍棒に、姿形が瓜二つだった。だけど、写真なんてどこから持ってきたのか。カメラで写真を撮るような素振りなんて、アリスはしていなかった。それなのに、アリスはどこからか写真を出現させていた。よく分からないが、その写真が棍棒の一撃を受け止めた原因であることは間違いなかった。

「な――んだ? バリアか? いや、あれは――――――ただの写真? もしかして、あれは、キャサリンのスキルと似たようなやつか?」

 物理法則を完全無視したそれは――スキル。

 アリスの保持しているスキルは、写真。あらゆるものを写真の中に封じ込め、いつでも解放することができる。そして写真を保管するために必要不可欠なアルバムを虚空から具現化することができる。そのスキルの名称は――


「『冒険の記録ホワイトアルバム』」


 雪のように白い表紙をしているアルバムは、数十ページ以上。それを、片方の手にいつの間にか持っていた。バラバラと具現化された時に生じた小さな衝撃によって、アルバムがめくられる。そこには無数の、そして全く種類の違う写真があった。それは全て、いつか来る戦闘のためのストックだった。

「なんだ、それ? もしかして、相手の攻撃を無効化するスキルか?」

「いいえ、それとは次元の違うスキルですね。無効化ではなく、記録するんです。アリス様のスキルは、あらゆるものを記録する写真とそれを保管するためのアルバムを具現化することです。そして、今、ゴブリンの棍棒の衝撃の記憶を記録したんです」

「あの、正直頭が良くないんで、もっと簡単に説明してくれると嬉しんだけど……」

「つまり、無効化ではなくて、攻撃の『衝撃』をあの写真の中に閉じ込めたってことですよ」

「ということはつまり――」

 まるでフラッシュをたいたように、手にした写真が発光する。そこから解放された衝撃によってゴブリンは吹き飛ぶ。それと同時に、写真は喪失してしまった。写真が使えるのは一度きりの使い捨てのようだった。

「攻撃を――そのまま反射させた?」

「攻防一体のスキル……。どんな攻撃も私は防御できるし、どんな攻撃も私は写真に記録し、そしてそれを保管し、いつでも記録を現実に現像することができる。これが私の『冒険の記録ホワイトアルバム』……」

 シックスのスキルが絶対の矛ならば、アリスのスキルは絶対の盾だった。ゴブリンが起き上がって再度攻撃してきたが、それも完全にふさぎきる。

「――ふん」

 アルバムが自動的にめくられる。そこから取り出したのは二枚の写真で、一枚目の写真は油だった。破れかぶれになったゴブリンが頭から油を被り、そして、二枚目の写真が解放されると、写真からは火が噴きだす。

「ギィヤアアアアアッ!!」

 油まみれになったゴブリンは火だるまになって暴れるが、消すことはできない。周りの草に燃え移るが、降り続ける雨によって草に燃え移った火は鎮火していく。そして、それはゴブリンの身体も同じ。満身創痍になったゴブリンは道連れとばかりに、アリスに抱きつくように迫る。

 だが、アルバムから出した写真を、カードを切るように飛ばすとゴブリンの足が止まる。――何故なら写真から飛び出してきたのは、拳銃の弾だったからだ。眉間を貫通する弾丸によって、ようやくゴブリンは絶命する。

「キャサリンさんからもらった銃弾。貴重だからとっておきたかったけど、やっぱりレベル2となると生命力結構あるのね。少し、油断しちゃったかも?」

 初めての戦闘だと言うのに、アリスは貫録すらある台詞を吐いている。それに比べて、シックスはどうだろうか。

「――あの、なんか俺、どんな敵でも即死攻撃できるチートスキル手に入れてウハウハしてたのが馬鹿みたいなんだけど……アリスも、めちゃくちゃ強いじゃねぇか……。攻撃も防御もできるから応用力もあるよな、きっと……」

「うーん、そうかもね。私のスキルを使えば、敵の攻撃を記録し、そしてそれをいつでも再現できる。――っていうことは組み合わせ次第で、攻撃パターンは無限大にあるってことになるよね? でもそれって、持っている人間の力量次第ってやつだから、結構私も不安なんだよね……」

「――なあ、アリス」

「どうしたの? おにいちゃん」

「俺のスキルは節操なしにどんなものだって利用できるスキルだ。俺はきっと弱いから、だからどんなものでも取り込んでやろうって気持ちだったから、このスキルを手に入れたんだと思っている。だったら、アリスも何かスキルの起源でもあるのか?」

「……なんで、そんなことを?」

「いや、ただ気になっただけだよ。参考にすれば、俺のスキルももっと強くなるかなって思っただけ」

「参考にはならないと思うけど……。とりあえず、きっかけは、このアイテムポーチだったかも……」

「アイテムポーチ?」

 あまりにも意外な単語が出てきたので、おうむ返しになってしまう。

「この異世界に来てダンジョンがあるって聴いて、まず思ったのはダンジョンにおいて何が必要かってこと」

「ダンジョンで必要って、そりゃあレアアイテムだろ?」

「でも、ダンジョンって宝箱とか落ちてるわけじゃない? それをどんどん拾っていったらそのレアアイテムを捨てないといけない。私はゲームをプレイしていてそれが嫌だった。持ち物に制限がかかりすぎじゃない? ダンジョン系のアイテムって」

「ま、まあ、際限なく持ち物もてたりなんかしたら、ダンジョン系ってかなり簡単にクリアできるゲームになっちゃうからなんじゃないのか?」

「でも、私はそれがしたかった。限度のないアイテムポーチ。それにアイテムだけじゃなく、どんなものでも持ち歩けることができるアイテムポーチさえあれば、きっと、それだけでダンジョンを生き抜けるって。ダンジョンを攻略することが、私達の世界への近道だって思った。だから、それが私にとってのスキルの発露だったんだと思う……」

「アリス――お前――」

 故郷に帰る最短ルートはダンジョンへ行くこと。そしてダンジョンを攻略するにもっとも友好的なのはアイテム保管。――そんな風に着眼できる奴が、アリス以外にいったいどれぐらいいるのだろうか。

 誰だって敵を一掃できるようなチートスキルを安易に欲する。だが、ダンジョンに出てくるモンスターの種類は多岐にわたる。エンカウントした二体のゴブリンは同種だった。しかし、それでさえも、鳴き声や動き方に多少の差異はあった。

 どんなチートスキルを獲得したとしても、それが通じない敵が現れるかもしれない。それを見越して、どんなものにも適応できるようなスキル。そして、貴重なダンジョンアイテムが紛失、破壊されないように保存できるようなスキル。その二つの特性を持つスキルを選んでいた。

(なんか、ものすごい、頭いい選択してるような気がする……)

 一つ下の少女の発想だとは、シックスには思えなかった。

 シックスは頭が悪い。学校の成績は最悪だった。状況判断で一手先、二手先までは読むことができるだろうが、大局観はまるでない。全体を見通すだけの頭脳の回転速度は持っていない。だが、アリスは違う。未来を見据え、そしてベストの選択をとれるだけの才覚を持っている。

(もしかしたら、本当にアリスだったら近い未来、俺達がいた元の世界に帰る方法を見つけてしまうかもな……。いや、もしかしたら、既に尻尾ぐらいはつかんでいるかもしれない……)

 異世界転移してきた癖に、何もかもが足りていない力不足なシックス。それとは全く違っていて、まさに異世界転移してきた主人公のような力を持つアリスが、シックスには眩しくて、眩しくてしかたがなかった。


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