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11.シブキダンジョン 1

 冒険者登録を無事に終え、装備を整え終わった。ロングソード、ガントレット、皮のブーツ、アイテムポーチと、軽装だが動きやすさ重視の装備だ。

 そして、ようやくたどり着いたのはダンジョン。外からの様子はずんぐりとした洞窟であり、全容を視界に入れることができた。

 しかし。

 シックス達はダンジョン内に足を踏み入れた瞬間、それが間違いだったことを気づかされる。何故なら、外から見た光景とはまるで違っていて、果てが見えないのだ。どこまでも、だだっ広い空間が広がっている。

「ここがダンジョン……」

 ぽつり、とシックスは、ようやく来られたダンジョンに感慨深いように呟く。どんなカラクリがあるか知らないが、入り口は既に消えている。そして入ってきた付近だけは壁があって、洞窟の特有のごつごつとした隆起があるが、かなり違和感がある。

「ダンジョンの中にある店にあるアイテムを盗んで、下手したらボスより強い店主とバトルになる……あの、ダンジョン……」

「そんなわけないでしょ。ここはダンジョン。落ちているおにぎりやバナナを拾って食べましょう。じゃないと、空腹で倒れるわよ」

「――どちらも違います。わざとですよね? 二人とも。わざとですよね? そうだといってくださいっ!!」

 シルフィが珍しく声を張り上げる。初めてのダンジョンで、冗談でも言わなければ緊張を和らげない二人と違って、シルフィはやはり落ち着いていた。

「ここはダンジョン。迷路のように入りくねった道を迷いながらも進んでいきます。入るごとに迷路の形はランダムに変化し、入り口は足を踏み入れたと同時に消えてしまう。脱出するには、ダンジョンを制覇するか、脱出するためのダンジョンアイテムを使用するか、もしくはスキルで脱出するかに限られます。――つまりは、命懸けのサバイバルのようなものですね」

「ふん。思った通りだな……」

「そうだね。そのぐらい私もゲームで予習済みだよ」

「……私、帰っていいですか?」

「冗談ですって! シルフィさん! ごめんなさい!! ま、どうせシルフィもここから帰れないけどな……」

「今、ボソッと後半に本音を呟きませんでしたか? 正直、つっこみ慣れていないんで、そろそろ普通に会話してもらえません?」

 どうにか浮き足立った心を落ち着かせると、ようやく周りを見渡すだけの余裕は取り戻してきた。

「でも、ダンジョンというよりここは――――――――草原?」

「しかも、雨降ってるな」

 洞窟の中だというのに、空がある。真っ青な空を隠すように、配色の暗い雲がこれでもかと連なっている。その雲からはポタポタと、間断なく小雨が零れ落ちてくる。そして、透明な雨の受け皿となる大地には、瑞々しい緑の草むらが茂っていた。所々に木が屹立していて、果実を実らせていた。

「それが、シブキダンジョンの特色です。ダンジョンのどの階層にも絶対に草原があり、常時雨が降り続けるダンジョンです。湖や川など、水源が多いのも特徴ですね。このダンジョンは初心者用のダンジョンなので、比較的踏破するのも簡単だと思います」

「物凄く広く見えるけど、ここって何階まであるの?」

「三層まであり、一層上がっていくごとに強いモンスターが現れます。……たまに、明らかに階層を間違った強力なモンスターが途中で出現することはありますが、それはイレギュラーなので、そうそう起きることとはいえません。もしも、勝てないモンスターが現れたすぐに逃げてください」

「……フラグですね。――だけど、だった広い草原に、遮蔽物は果実がなっている木々ぐらい……。これ、一度モンスターに見つかったら逃げるのは相当困難だな」

「大丈夫です」

「…………?」

「――――そのために、私がいますから」

 未だに実力の片鱗すら見せることのないシルフィが断言する。あれだけ人数がいるスティエラの面子の中で選ばれた、たった一人の精鋭。どれだけの強さを誇っているのかはシックスにとって、全くの未知数だった。だが、凄みさえ感じる真っ直ぐな視線を向けられてしまえば、もう言うことはなかった。

「今回のダンジョンの目的を教えてくれますか?」

「なんだよ、藪から棒に……というか、こんなおしゃべりしてていいのか? モンスターに襲われるんじゃないのか?」

「安心してください。私がちゃんと見張っておきますから」

 にっこりと、あまり安心できない種類の笑顔を見せられる。

「ダンジョンの目的をしっかり決めないと、私もどこまでお助けしていいのかが分かりません。私達は、この迷宮のスタートラインに立ち、これから様々な分岐点が訪れるでしょう。その進み方次第で、あなた達のこれからも決まります。ご主人様達はこれからどんな進み方を望みますか? チートなお助けキャラのいる進み方か、それともチートなお助けキャラなしの地道な進み方ですか?」

「そんなの、チートの方に決まっているだろ」

 考える間など必要ないほどに、即答だった。

「…………分かりました」

 しゅん、とシルフィの尻尾が下向きに俯くように元気がなくなる。

「もしも、これが本当にゲームだったらな」

「え?」

「俺達はいつまでもシルフィに頼ってばかりじゃいられない。きっと、俺達だけで戦わないといけない事態が必ず現れる。そんな時に鍛えていないパーティでバトルに挑んで、あえなく全滅したら? コンテニューできるようなシステムなんてこの世界にはない。――だから、俺達は強くならなくちゃいけないんだ」

「そうだよね。今回の冒険一回だけで、都合よく元の世界へ帰られるダンジョンアイテムが見つかるとも限らないもん。だったら、今後何度も戦闘を行うことになる。その度に、シルフィさんにおんぶにだっこじゃ、かっこつかいよ」

「俺達は強くなって『チートやチート! 所詮、凡人と天才とは違うんです。努力しても意味なんてないんですぅ』――みたいな負け犬印の台詞をモブキャラに言われるぐらいならなくちゃいけない。――そうじゃなきゃ、この異世界を冒険することなんてできないよな」

「…………分かりました」

 シルフィの言葉は、質問の前者と後者を選択した時と、一言一句同じものだった。だけど、明らかに声のトーンは違っていて、二回目の返答はどこか嬉しそうだった。嬉しい顔を見ると、何故かシックスも嬉しくなって――だからそのせいで気づかなかったのだ。そう――


「それじゃあ、さっそくモンスターとエンカウト。バトルスタートです」


 背後から忍び寄る死の脅威――モンスターの出現について、ちっとも――。

「うあっ!」

 振り下ろされた棍棒を紙一重で躱す。

「あぶなっ――」

 避ける動作の際に腰を捻り過ぎたせいでズキズキと痛むが、頭蓋骨に致命的な罅をいれられることに比べたら幾分かマシだった。

 襲い掛かってきたのは人型のモンスター。小型で、褐色肌をしていて、鈍く黄色い光を放つ瞳をしている。手に持っているのは削って作った自作の棍棒で、下半身を隠す服以外は肌を露出している。

 シックスはこのモンスターのことを知っている。サーチグラスを掛けずとも見れば分かった。

不意打ちバックアタックとか、初めてのダンジョンモンスターでいきなりか!? というか、見張ってたんじゃないのか!?」

「見張っていましたよ。あなた達の選択次第じゃ、私がすぐに消していましたけど、あなた達は自分の力で戦うことを選択した。だったら、私も試練を与えなくちゃいけませんよね?」

「……こえぇよ。実はこの人隠れSだよ……」

「おにいちゃん! このモンスターはおにいちゃんを狙ってるわよ! 気を付けて!」

「――ああ、分かってるっ!!」

 無作為に近くの相手をターゲットにしたらしく、シックス以外の相手には目もくれない。

 闘わなくちゃいけない。それはシックスも分かっているが、初めての戦闘でどうすればいいのか分からずにいた。咄嗟に避けた動きは俊敏だったが、それ以降足が動いてくれない。震えている。

(どう、する? どうすればいい?)

 迷っていると、

「モンスターとの戦いの基本は、まず情報収集。サーチグラスで相手の力量を測り、作戦を決めます」

 凛としたシルフィの命令が、迷いを打ち消してくれた。

 震えが止まる。こうなったらもう考えずに行動するしかないという覚悟が決まった。

「――なるほど。ガンガンいこうぜとか、いのちをだいじにとか、そういう作戦だなっ!?」

 サーチグラスを掛けると、眼前のモンスターのスターテスが表示される。


【名前:ゴブリン レベル:1】


「スターテスにレベル表示が――」

「モンスターは人と違ってレベルが表示されます。このゴブリンはレベル1。攻撃力も防御力も素早さも数値は出ていませんが、断言できます。最弱レベルです。落ち着いて対処してください」

「分かった! 楽勝だな!!」

 敢然と立ち向かって行くことができたのは、レベルが1しかなかったからもあった。あばら骨が浮かび上がるほどに痩せ細っている癖に、ゴブリンは見るからに鈍重な動きしかできない。

 鞘から抜刀したロングソードで斬りつける。

「んなろっ!」

 だが、ゴブリンの棍棒にロングソードは止められる。棍棒ごと切ってやりたいが、思いの他頑丈にできている。一端ロングソートを引いて、ゴブリンの肉体を切り刻もうと連続でロングソートの斬撃を与えるが、その全てが棍棒に阻まれる。

「くっ!」

 ゴブリンは、まるでレイピアを扱う騎士のように棍棒を突き出し気味に構えている。なかなかのシュールさで、ギャグっぽいのだが、あれのせいで、今いち踏み込めない。

だが、ゴブリンの構えは、薩摩示現流のようには、力を込められない構え。シックスに対して直ぐに有効打を与えづらいはずだ。だがゴブリンンのこの構えは攻撃というよりは、防御のためのようなものだった。

 横にステップして攪乱しようとするも、ゴブリンは棍棒の先を決してシックスから引き剥がすような愚行は犯さない。

(だめだ……このままじゃ、何も変わらないっ!!)

 ロングソートを大きく振りかぶって、大きく跳躍する。空中では身動きはできずに危ないが、独特のゴブリンの構えからでは突いてくることぐらいしかない。だったら、軽傷ですむはず。そんな目論見を持ちながら、ロングソードを叩きつけるように振り下ろす。

 それは、勇敢な行動というよりは、ただ単純に戦闘というプレッシャーに耐え切れずに業を煮やした軽率な行動だった。

 ゴブリンは特に動揺せずに、棍棒の根元でシックスの手元を横合いに弾く。

「――うっ」

 目測が定まらず、ゴブリンに斬撃を与えることができずに肩を地面に強打する。ゴブリンの身体に体当たりするように倒れたが、ゴブリンも身体を捻って致命打を避ける。決死の覚悟で、咄嗟にゴブリンにのしかかるようにわざと倒れたが、ほとんどダメージを与えることができなかった。

 それどころか――倒れこんだシックスが見上げた先には、ギラリと殺気を孕んだゴブリンの眼光。既に振り下ろし態勢に入っている棍棒に、シックスの血の気が引く。考えるよりも前に、手が動いていた。柔道の受け身のように地面を思い切り叩く。そして、腕を支点にして、反動で横回転する。

 その瞬間――ゴブリンの棍棒がうなじ辺りをかすめた。

「ぐっ!!」

 間一髪のタイミングだった。棍棒でかすめた後頭部が熱い。シックスは痛みに眼を眇めながらも立ち上がるが、時すでに遅し。ゴブリンは既に攻撃準備を整え終えていて、棍棒を突いてきた。

「うげほっ、げほっ!!」

 思い切り、腹部に棍棒が突き刺さった。

 朝食を戻すことはしなかったが、涎の飛沫が口の端から飛んだ。

「くっ、そ――!」

 思いっきり後方へ跳ねるように退く。

「つ、強くないですかねぇ、シルフィさん? これ、本当にレベル1のゴブリン……?」

「大丈夫です。人間で例えると、成人男性ぐらいの力しかないので」

「それ、確実に俺より強いだろ!?」

「筋力は、確かにそうかもしれません。ですが、素早さはそこまでないはずですっ!!」

 猛進してくるゴブリンに、無理に挑もうとせずに今度は距離を取る。するとゴブリンは無理に追ってこない。チラチラと、視線がシックス以外の、アリスやシルフィに向けられる。彼女達に意識を裂いているのは、割り込んでこないか警戒しているため。

 普通ならば三人一斉にかかってくるはずなのに、シックスしか相手をしてこないために少なからず動揺しているようだった。手を休めてくれたおかげで、息を整えられる猶予をもらった。

「なる、ほど。距離をとればまだ――いける?」

「相手の得意距離と自分の得意距離を把握してください」

「なあ! 普通のゴブリンってああいう棍棒の根元を持って突いてくるような戦闘スタイルなのか!?」

「いいえっ!! 私も初めて見ますっ!! ゴブリンは弱いですが数が多く、集団行動をすることが多いモンスターです。だから情報を共有して、強くなることがあるんですよ。たとえ、レベル1であっても、自らの戦闘スタイルを確立し、技術を高めたゴブリンは手ごわいですよ!」

「いやいや。そんな、みんなと協力した友情パワーで、影で努力しまくり、勝利するとか……。完全に主人公じゃないのか? 転生したゴブリンになった異世界人とかいう訳じゃないよなー」

「…………それはないと思います」

 シルフィを一瞥すると、またどっぷりとこれからの戦闘を思考する。相手は棍棒を突く動作によって距離感を保ちながら戦うタイプ。確かに厄介だが、一度攻撃を外した場合、その棍棒はまた手元に引き戻す。そしてまた突く、という二段階の動作が必要となる。つまり、その分、隙が生じやすいということだ。

 シックスは今まで付け焼刃の剣術で戦っていた。お互いに中距離で戦ってしまっていては、戦闘経験ではシックスより勝るゴブリンに分があった。お互いにこのまま中距離で戦闘を続行するならばシックスが不利ということは、つまり、戦う距離を変えれば勝機は見えてくる。近距離か、遠距離か。いったいどちらで戦うのが正解なのか。

「ちょっと、大丈夫? おにいちゃん!?」

「待ってください、アリス様」

「な、なんで止めるの? シルフィさん。このままじゃジリ貧じゃない!?」

「さきほど、あなた達に訊いたはずです。厳しい方と楽な方どちらを選ぶかと」

「だけど! 死んだら何の意味もないじゃないですか!?」

「命懸けの戦いの中じゃなきゃ得られないものもあります。――特に、楠男様はこういった殺伐とした戦闘の中で、自らの真価を発揮するタイプのような気がします。キャサリン様と戦った時もそうでした。ニホンでは決して花開かなかった才能が、今、開花しようとしているんです。いくら楠男様の妹君であっても、ここで手出しすることは許せません。私のご主人様の成長の邪魔をしないでください」

「才、能……? あの落第生のおにいちゃんが?」

 シルフィとアリスが言い争ってはいるが、遠いせいであまり正確には聞き取れない。

(何をゴチャゴチャ言っているのか分からないが、とりあえず、助太刀は期待できないみたいだな……)

 とうとうゴブリンが強い踏み込みと同時に突進してくる。

 ガキンッと、ロングソードの先から音がでる。

「くそっ!! 折れたっ!」

 考えがまとまりきらないままロングソードを突き出したせいで、先端が折れてしまったのだ。攻撃も防御も中途半端な突き出し方をすれば壊されるのは当たり前だ。

「だめ、だ……。キャサリンの時とは違って冷静に考える時間がない。だったら――できること全部片っ端からやっていったらなんとかなるかもな!」

 唯一の対抗できる武器が破壊されてしまった。だが、選択肢が狭まったおかげで余計な考えに思考を巡らすことがなくなった。できることはもう限られている。この世界に来て学んだことを想いだして、そして――


 ザシュッ!! とゴブリンの棍棒を真っ二つにした。


「ゴブリンの持っていた棍棒が切断された? あんなに遠くにいたのに――あれは――」

 アリスの言うとおり、棍棒は斬ることができた。ロングソードの先端は折れたはずなのに、ゴブリンの棍棒が斬れた理由はただ一つ。

 折れた切っ先から新たに、切っ先を生成した。

 酒場で一度成功したのだからできると確信していた。スキルの可能性は無限大。そう教えてもらったキャサリンのおかげで、剣を伸ばすことに成功したのだ。

 ロングソードでは絶対にありえない剣の長さは、通常の三倍以上。シックスの身長をゆうに超えるほどの長さ。一気に伸ばしたおかげで、遠くにいたゴブリンの棍棒を切断できた。

「ふっ、くくく。どうだっ! これが俺の必殺技だっ!!」

「伸縮自在の剣。スキルによって、折れた切っ先を鍛冶で合成するどころか、新しく剣を生産する。これはスティエラの――だけど――これは――」

「喰らえ!! 俺の剣をっ!!」

 お互いに武器が半壊した状態だが、シックスは自在にロングソードを伸縮することができる。ならば、さっきまでの形勢は一気に逆転。流れは完全にシックスに傾いた。だから気合を入れた掛け声で、武器を振るう。

「おらー、やー」

 しかし、当たらない。

 どんなに振り回しても巨大な剣が重すぎるせいで、まったくといっていいほどゴブリンには当たらない。ラッキーの起こる予兆なんてない。ゴブリンはさっきの不意打ちの一撃を警戒している。だから、手を出してこない。伸ばしたロングソードを振り回して疲労しきったシックスに、止めを刺そうとしている。――まるで剣を振るう子どもと、それを冷め切った目で見ている大人の図がそこにはあった。――その子どもは楠男だった。

「な、ふざけてるの? おにいちゃん!?」

「いや、本気で振ってるんだけど、だめだ、これ。長すぎてちゃんと振れない」

「そんなの、タイミングを見計らって大きくすればいいじゃない! どうして、長いまま振ろうとしているの!?」

「――わざとじゃありませんよ。やろうと思ってもできないだけです」

「……え?」

 アリスは絶句する。

「どういう、こと?」

「ただでさえ無から有を生み出すスキルは、相当の精神力を消費します。自らの造りだした剣を自在に伸縮させるのは、集中力と精神力が必要となります。スキルの使い道が複雑になればなるほど、それを操作するのも難易度が上がってしまう。簡単な理屈です」

「じゃ、じゃあ、あれは失敗ってこと?」

「ええ。その証拠に、あの程度の運動量でもう息切れを起こしています。精神力を失った者はスキルを使えなくなります。これは……本格的にまずいかもしれないですね……」

「そんな――」

 バキィィィンッ!! と剣が折れる音が木霊する。別にゴブリンが折ったわけではない。集中力が途切れてしまったせいで、剣が勝手に元の刃折れ状態になってしまっただけだ。

「失敗、した。もう、伸縮自在の剣を生産なんてできない……」

「グギッ!」

 ゴブリンが口の端を愉快そうに歪めながら突進してくる。肩で息をしながら辟易としているシックスを観て、今こそ好機だと確信した速度だった。

「おにいちゃん!」

 悲鳴にも似たアリスの叫びと同時に、シックスはポイッといらなくなったロングソードを放り投げる。汚い放物線を描きながらロングソードはゴブリンへ向かっていく。

「グギャァ!?」

 唯一の武器を手放した異常事態に硬直するが、それも一瞬のことだった。ゴブリンは切断されて短くなった棍棒を振るった。もとのままの長い形状のままだった棍棒ならば、もしかしたら突いたかもしれない。だが、先端を切断されて短くなり、今までとは勝手が違って無意識にゴブリンは振るっていた。止めを刺しにいったため、大振りになったということもある。

 だが、ゴブリンに突き技を封印させるように仕向けたのは、決して偶然ではない。ロングソードを投げさせ、一瞬、思考を停止させたのもわざとだった。だからこそ、棍棒がその身に届く前に懐に飛び込むことができた。触れることができたのだ。

「危なかったですね……。もう少しで、私は無粋にも割り込むところでした」

「えっ? でも、ただゴブリンの腹に手を添えただけなのに」

「ええ。ですから終わったんですよ。楠男様がゴブリンに触れることができた時点でもう、あのゴブリンの死は決まりました」

「えっ?」

 顔面へ肉薄する棍棒と身体の間に腕を持ち上げ、ガード態勢をとるも――ゴキッ!! と骨の折れた音がする。逃げようと思えば逃げられた。だが、右手を添えるようにゴブリンの腹部へと触れることに執着した。たったそれだけのために、左を捨てる覚悟はできていたのだ。

 身体のどこかに触れる。それだけで、シックスはもう勝利条件を得ることができていたのだ。


臓物ハラワタをブチ撒けろ!」

 

 ゴブリンの肉体は内側から四散した。

 壊れた噴水みたいに血がそこらじゅうにばら撒かれる。行き場の失った棍棒は血だまりに落ちた。返り血と木っ端微塵となった肉塊によって汚れた服を、手で払って落とす。

「ゴブリンが内側からば、爆発した? どうして?」

「私もつい先ほどまで気がつきませんでした。楠男様の狙いを」

 もしも、シックスがすぐにスキルの才能を開花させる天才で、ただの一度もこけたことがないようなつまらない人間だったしたら? きっとここまでの威力を持つスキルまで昇華させることはできなかっただろう。

 最強の武器をつくりだす最高のサポートキャラで、鍛冶合成屋として有名になって大金を稼いで――それからシックスの噂を訊きつけてどこぞの国の王様の専属鍛冶合成屋として出世できたかもしれない。もしかしたらそれこそが王道で、帰るべき場所へ帰る方法を見つけるための最大の近道なのかもしれない。

 だけど、シックスはただの劣等生で、落第生でしかなかった。失敗を繰り返すだけの凡愚でしかなかった。でも、だからこそ、可能性を失くすことなく、見つけきることができたのだ。誰かに与えられるのではなく、自分自身の力で造りだすことができたのだ。

 異世界転移する者の宿命とも言うべき、チートスキルに。

「……俺は失敗してばかりだな。だけど、その失敗があったから、こうやって生かすことができるんだ……」

「――そうかっ! 酒場でおにいちゃんが剣を造りだす時に失敗したあの時のことを、そのまま再現したんだっ!!」

 初めに、椅子を生成しようとして失敗し、椅子は粉々に砕けた。

 だが、それを今度は意図的にやってのけたのだ。

 今度のイメージのターゲットは剣ではなく、ゴブリン。

 ゴブリンを合成しようとして、失敗したのだ。地面とくっつけるとか、新しく角を生やしてやるとか、イメージはなんでもいい。重要なことは、失敗することだけだ。

 成功するのは難しいけれど、失敗するのだったらシックスは他の誰よりも百戦錬磨だ。精神を集中しなければ発動できないスキルだって、ただ力を暴発するイメージで力を込めるだけで、無から有を造りだすスキルは破壊エネルギーに変換された。

 壊して造りなおすブレイクリメイク

 どうしてこんなルビ振りをしているのか。鍛冶合成屋とあまり関係ないんじゃないかと内心首を傾げていたシックスだったが、ようやく得心へと至る。

(そうか……答えは最初から俺の目の前にあったんだな……)

 拳をグッ、と握りしめる。

「す、すごいっ……」

 アリスが嘆息をつく――が――

「グ、グギャアアアアアアアアアアアア!!」

 ぽっかりと穴が開いて内臓器官が内側から破裂したというのに、それこそモンスターな生命力でゴブリンは叫ぶ。どこまでも響くその叫び声は耳にするだけでトラウマになりそうな底冷えするものだったが、素直に怯んでもいられない。

「ご主人様っ! 危ないっ!!」

 末期の悪あがきである、爪の引っ掻き。それだけでは肌に裂傷を刻まれるだけだが、その爪の先は眼球へと直進していた。ゼリーのように潰そうとするその爪を、手、腕、いや、上半身ごと吹き飛ばした。

 ただゴブリンの爪に手を当てただけ。

 傍から見ればたったそれだけの動作で、ゴブリンは半身を喪失した。

 一撃必殺の即死攻撃。

 初めてで少しばかり失敗した。二回攻撃することになってしまったが、次回からは一撃で殺せる自信がある。そして、これこそが、シックスの手に入れたスキルの一つの極致だった。

「スキルの使い方は無限、ね。なんだかキャサリンの言っていたことが、ようやく分かってきた気がするな……」


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