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入学の日 【2】

 気ままに更新していきます。ゆるりと読んでくださいませ。

 某大学構内で、二人の男子が雑談に花を咲かせていた。内容は朝のテレビについてのようだ。


「まさか行人がテレビに出るなんてなぁ」

「いや、俺もビックリだったんだって。この前お前がサボった時に、急に声かけられたんだ」


 男子の内一人は、テレビに出た関悠奈の兄こと関行人。もう一人は友人の早坂達也(はやさかたつや)である。二人は基本的に同じ授業のようだが、達也がいないタイミングでインタビューを受けたようだ。


「あの時はね、ほんとにもう、猫の散歩でさ」

「猫を散歩させるとか初めて聞いたぞ……まぁ、別に出たところで何もないけどな」

「でもあれでしょ、インタビューが原因でモデルとかアイドルになるっていう」

「いやそのぐらいでスターになれるんならさ、猫の散歩でも有名人になれるだろ」


 この二人は大学からの付き合いだが、中身の無い話を物凄くする仲である。というのも、達也があまり中身のある、有意義な話を好まないという不思議な男だからである。


「確かに。あ、ヤバイ、僕有名人?」

「一部では有名だろうけどな、猫を散歩させる若い男。都市伝説かな?」

「んっふふ。なんか会ったら幸運になりそうじゃない?」

「あ、幸運になるんだ。どういう猫だっけ」

「アレだよアレ、そう、アレ。テキサス」

「……アメショー?」

「それそれ」

「お前国しか合ってねーじゃねぇか!」


 くだらない話で一しきり笑うと、行人はペットボトルのお茶を飲む。大学の自販機で買ったもので、安く買えるものである。構内では購入する人が少ない一品となっている。


「ふー……しかしまぁ、君は単位大丈夫か? 猫の散歩してる場合じゃないぞ」

「大丈夫でしょー、多分。いけるって」

「いやぁ、だいじょばないだろ。何回休んでんのよ。この前もバンド見に行くとか言ってこなかったし」

「いけるっすよ、うん。何だかんだ一応単位はとれてるし」

「あー、去年は一個も落とさなかったもんなぁ」

「やればできる子だからね」

「やろうとして全くやらないマンがどの口を言ってるんだ」


 半笑いしながら達也の肩をしばっと叩くと、ちょうど教授が教室に入ってきた。教室内が少しバタバタし始めて、二人も授業の用意をし始めた。

 その後、速攻で寝始める達也を横目で見て笑いながら、スマホで携帯小説を読むユキトの姿が見受けられた。どちらも不真面目である。


     ◆


「早坂達也の『本日の物申すのコーナー』始まるんですけどよろしいですか?」

「おう急にどうした。よろしくってよ」


 授業が終わり、駅に向かっている最中に、達也が突然謎のコーナーをしだした。『本日の物申すのコーナー』は、去年行人に会ってからちょこちょこやっているもので、達也が何となく疑問に思ったことや、不満を感じていることについてお怒りの言葉を申し立てまつるという不毛なストレス発散コーナーである。


「さっき猫の散歩したって言ってたじゃないすか。その散歩中にある出来事がありまして」

「待て、お前マジに猫の散歩してたの? ホントに?」

「ホントホント。ハーネスつけてこう、普通に」

「マジかよー、室内飼いの猫て言ってたじゃん。都市伝説隣にいるんですけど!」

「幸運になれるよ」

「お、やった。んで? 散歩して何があったん?」

「そうそう、散歩してる時にいつも畑の隣を通るんですよ。で、そこでよく柴犬を連れて歩いてるおばあちゃんにすれ違うんすよ。そのおばあちゃんが毎回その通り道の近くで犬に踏ん張らせるんですよ」

「あぁ、何、回収しない系ばーさん?」

「いや、回収はするんですよ。でもね、その畑にいっつも埋めちゃうんですよ。信じられなくない? 肥料にしても勝手にやるのはいかんでしょ」

「それが本日の物申すというわけか」

「そうっす」


 達也が満足げに喋り終えると、コーナーは終了する。その後、行人によって物申したことについての意見と解説が行われるという、極めて不思議な展開が発生する。これが去年からし続けている一連の会話である。


「まずさぁ、踏ん張ったブツは未加工だと肥料にならないわけなんだけども」

「え、そうなの?」

「そうだよ。がっつりやるなら十年はかかるらしいけど。そもそも今はブツを使ってないって言うし、最早ただの迷惑行為だろうなぁ」

「そうだったのか、あのババアやりやがった」

「ババア言うな。せめてばーさんにしたれ」

「いやババアでしょー。ヤバくない?」

「ヤバイヤバイ。なんかブツの肥料に関しては色々取り決めとかあるらしいし、何かきちんとしないと異臭とかにもなるっぽいぞ。全部ネットで見ただけだからホントかどうか知らんが」

「あのババア罪を犯してしまわれているのでは?」

「いやそこまでは……」


 とても汚い話を帰宅中延々とし続けた二人であるが、これがいつもの日常なのである。ただし、毎回汚い話題になるわけではない。一つ前の話は、『ワールドカップで渋谷に集まる男女について』であった。思ったよりも時事ネタをねじ込んで来るコーナーなのである。


「あ、じゃあもう一個物申し上げ奉り候していい?」

「ご拝聴さし上げてもよろしくってよ」

「コンビニとかでさ、オレンジジュースって売ってるじゃないすか。あれ果汁100%って書いてあるでしょう? でも砂糖とか色々入ってるじゃん? 100%じゃなくない? 不使用とか書いてるけど怪しさ2000%なんですけど」

「これまたすげー健康志向の主婦かOLっぽいことを言いますね達也はん」

「あとさ、果汁1%ってもはやオレンジジュースと言えないよね。それ砂糖水じゃないのっていう」


 果実系ジュースの表記に対する疑問と怒りをつらつらと述べる達也は、さながらテレビでこの食品は危ないと言われて家から全て排除し、二度と買わなくなる健康オタクのようである。それを見て苦笑いする行人は、自販機を指差した。


「あそこに果汁1%のオレンジジュースがあるよな」

「ああ、うん。アレ割と好きだわ」

「怒ってたんじゃないんかい。んで、この果汁1%って書いてあるジュースって、実はパッケージに写真みたいな果物が表記されてないって知ってる?」

「え、本当?」

「ホントホント。1%とか10%とかで、色々決められてるらしいぞ。100%じゃないと輪切りの果物のパッケージにできないとかあるっぽいですぜぇ」

「うわー、知らなかった。でも納得ですわ」


 思わず感心したような顔をした達也は、自分のバッグをあさり、果実系ジュースを取り出しておおーと声を上げた。


「あと、100%も濃縮還元って書いてあるやつは砂糖入ってるからな」

「えッ! このジュース濃縮還元なんですけど!」

「加糖って書いてあるじゃん? 不使用って書いてあるやつとかは入ってないヤツだよ。今度から注意して買うこったね」

「流石は行人さんっすねぇ。アレだな、博識ってやつだね」

「ネットサーフィンが趣味なだけですよー。まあこんな話してるけど、俺柑橘系の100%ジュース飲めないから果汁1%しか飲まないけどな」

「えー、だって甘くない? 何というか、砂糖ッ! っていう感じがするんだよね」

「いや、柑橘系の苦みあるじゃん? あのなんともいえない、舌の奥に絡むエグさというかなんというか。アレがダメなんだよね。昔おばあちゃんにグレープフルーツをそのままもらってさ、食ったらもう口からグレープスプラッシュですわ」

「言いたいことは分かるけど、スプラッシュは……ちょっと、腹筋が鍛えられちゃう」


 ぐふぐふと笑いながらジュースを飲む達也を見て、行人はそれはきついっすと顔を使って全力で表現する。ミカンしか食べれない男、行人は柑橘系のジュースを飲む達也を見て若干の憧憬を帯びた眼差しを向ている。色々知っている割に、子供っぽいところのある青年なのだ。


「いやー、『本日の物申すのコーナー』やると新発見多くていいっすね」

「それ他の人でやんなよー? お前言葉が鋭利すぎてドン引き大事件起きるぞ」

「いや、僕友達いないから」

「やめろー! その悲しい発言はやめるんだ!」


 達也の腕をがしっと掴みながら嘆きの声を上げる行人。これもまた、去年からの恒例行事である。基本的に達也はサークルに入らず、一人でふらふらしているため、友達が非常に少なく、同じ授業を受ける人もいないので、大体一人ぼっちなのである。なお、本人は一人の方がイケると言っている。


「アレだよね、達也って毎回友達いないって言うけど、君結構色々な人と話してるよね」

「いやいや、そんなことないっすよ。ノート見せてほしいとか言われるぐらいっすよ」

「え、何それめちゃモテ早坂クン発売決定記念じゃん。実はモテモテですかぁ?」

「そぉんなわけないでしょーえっふふ」

「うわ、すっげーウザい笑い方された」

「でもさ、アナタの方がモテてるでしょー。しかも妹と可愛い幼馴染みもいるんでしょー? いやー、勝ち組っすわ」

「あー、それは百里ある」

「うわ、自慢された」

「お前が言ったんじゃねーか!」


 二人で漫才をしまくっている内に、駅に着く。電子カードをピッとやり、もう来ていた電車にささっと二人で乗り込む。そこまで混んでいなかった電車のドアが閉まると、つり革に掴まっていた達也がふと思いついたように達也を見た。


「このつり革ってさ、何か盗難事件無かったっけ」

「あー、あったあった。ニュースでやってたよなぁ、つり革盗難。300だか400だか盗まれてなかったっけ」

「あれって何だったんだろうね。正直意味分からなくない? 公園の滑り台とかならまあ、分からなくもないけどさ」

「あれ鉄道会社とか警察も意味が分からないとか困惑の声明出してなかったっけ。あれも何か結構前の事だった気がするなぁ」

「『本日の物申すのコーナー』は時事ネタが多くなっちゃうから、なんか普段も時事ネタっぽい事ばっか話すようになっちゃうなー」

「まぁ、達也が自分の事話すとなると、中高のカオスな同級生と猫の話がメインだからなぁ」

「うちの猫可愛いからね、仕方ない」


 ペットを溺愛する飼い主らしい発言と笑顔をする達也を見て、若干呆れる行人。しかし、関家でもペットの犬を飼っているので、あまり人の事を言えない部分もある。

 呆れていた行人が突然ニヤニヤして達也を見た。


「あれ、猫の名前って何だっけ?」

「あ、テキサスクローバーくん」

「んふっははは。何回聞いても笑っちゃうわ。クロちゃんじゃダメなん?」

「いや、テキサスクローバーくんだから」

「んっふ。ホントにネーミングで笑う。いや、いいセンスしてるわ」

「褒めてないでしょそれ。……あ、駅着いた」


 猫の名前で笑っていると、達也が降りる勝田駅に着いた。手を振って降りる達也を見送り、行人はそそくさと空いている席に座ってスマホを取り出し、授業中に読んでいた小説の続きを読むのだった。

 この男、思っているより不真面目である。


     ◆


 彼の降りる駅に着くと、母親の関莉子(せきりこ)が車の中で待っていた。スマホをいじっていたが、行人を確認するとニッコリ笑って手を振る。行人は手を振り返し、助手席のドアを開けて中に入った。


「お迎えあんがとさん」

「はいはい。今日は区切りが良かったしいいのよ」

「あぁ、小説いい感じ?」

「ええ。行人も悠奈も本当に面白くて、インスピレーションが刺激されるからとっても捗るわ!」

「褒められてんのかね……」


 苦笑いする行人を見て、うふふと笑って莉子は車を発進させる。

 莉子は小説を書いており、様々な賞を受賞しているので一部では有名な作家で、最近では本屋大賞にも受賞し、今ノリにノっている女性作家である。因みに自分の息子と娘をモチーフにした家族小説が物凄くヒットしている。事実は小説より奇なりという言葉が当てはまる家族である。


「あ、そうそう。ねぇ、行人、今日はハルちゃん来てるわよ」

「おぉ、ハル遊びに来てんのか。多分DVD見てるんだろうなぁ」

「せいかーい。あれよ、パイレーツ……うんたらを見てるわ」

「あれ好きだなー、あいつら。脇役の俳優が好きなんだっけな」

「貴方も好きじゃなかった? 主役の俳優さん」

「演技派で面白いからなぁ。母さんも好きだろ?」

「まあねー」


 二人で映画の話をしながら帰宅する。案外道が空いていたので、するすると家に着き、車庫に車を入れて家の中に入った。


「ただいまー」

「たっだいまー」

「おかえりー」

「おかえりぃ!」


 玄関を抜けると、悠奈と陽菜がバタバタと出迎えてきた。一週間に何回かはこの光景がどちらかの家で見受けられる。そこまでレアではないが、とても暖かい場面である。


「ユキ兄おひさ!」

「おぉ、一週間ぶりー。元気してたか?」

「もう元気元気! なんだったらユキ兄と一緒にテレビ出ちゃうよぉ!」

「お、ハルも見てたのか。ちょっぴり照れるな。ユウナもただいま」

「おかえり兄ちゃん。いつも言うけどあんまりがしがしするなよな」


 行人は会話しながら靴を脱ぎつつ、悠奈の頭をわしわしとかき混ぜる。それを見た陽菜は爛々としためで行人を見つめる。それを見たユキトはニヤッと笑って頬をむにむにする。


「むぅうぅ」

「ほれほれ」

「んむぅぅ!」

「ほいほい。取りあえず手洗ってくるから」

「むぃ!」

「よくそれで会話できるわねー」


 頬をむいむいされた陽菜とコミュニケーションして洗面所に向かう行人を見て、莉子はまた小説のネタができたわねと思いながらニコニコ笑っていた。その笑顔を見て、またネタに使われると溜息を吐く悠奈なのであった。

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