旅人 白鳥 恵子 LV.5 ①
『現在のレベル5。次のレベルまで735EXP』
『残り時間4時間59分59秒』
「……ステータス」
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名前:白鳥 恵子
年齢:19歳
性別:女
種族:人間
職業:旅人
レベル:5/99
体力:84/124(126/186)
魔力:35/43(53/65)
攻撃力:33(50)
防御力:78(123)
敏捷:43(65)
精神力:45(68)
幸運:24(36)
所持金:345ロト
装備
右腕:スピアー(攻20)
左腕:
身体:ローブ(防10)
アイテム
柏の壊れた弓(攻1)
壊れた髪留め
スキル
槍術2
回避3
刺突2
威圧1
滅槍グングニル1
固有スキル
流浪▽
称号
頑丈▽
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壊れた髪留め……ステータスの、アイテムボックスにあるそれが、私の心をガリガリと音をたてて削り取る。
私が無意味にに、勝てないのに攻撃を仕掛けたから。警告通りそのまま逃げていれば……。
「隆昭くん……寂しいよ……」
地球にいたときも、言ったことのない言葉。大抵はそんなことを言う暇もなく近くにいて、一緒に遊んで。彼がゲームしてるときでさえも、私に気を配ってくれていた。
この世界にはいない彼を想うと、もう敵を倒すことも、歩くことも、出来なかった。
『ギィ!ギギィ!』
「またゴブリンか……」
そんなことを呟きながら適当に歩き出す、街を目指そうにも場所も方向も知らないんだから適当に歩くしかない。
進行方向にはゴブリンが3体、刺突スキルももう必要なく倒せる。
槍をぶん回す、これだけで1体が絶命する。2体が下がることで範囲から出たみたいなので蹴って転ばせる。無様に転んだところを顔面に槍を突き立てて殺す。2体目。
『ギィ!?ギィィィ!』
「うるさい」
槍を投擲。きれいな放物線を描いて眉間へと突き刺さった。ダッシュしてゴブリンが地面に倒れる前に槍を掴む。そのまま地面へと半円を描くようにして叩きつける。
地面に当てる前に抜けて飛んでいった。その方向を見ることもなく、お金を拾うこともなく、そのまま歩き続ける。
ふらふら、とぼとぼ。
スライムとゴブリンが2体ずつ、通せんぼしてきたので蹴って殴って槍で突き殺す。槍で一息に殺すよりも蹴る殴るの方が、殺してるって感覚が強くてストレス発散になる。
「こっち、何もないなぁ」
というか最初の岩場じゃないかな。なんとか森は抜けたけどさ、街どころか人っ子一人いないね。隆昭くんいないかな、隆昭くん。あ、でも隆昭くんに会ったら髪留め壊しちゃったこと怒られるかな?
……彼なら怒らないけど、悲しそうな顔するだけか。彼の悲しそうな顔、嫌いなんだよね。見てるこっちの方が泣きそうになっちゃうような顔してるのに「気にしてないよ」だなんてさ。
「隆昭、くん……っ」
あ、れ?視界が滲む。なんでだろ。おかしいな。
もう立ってられない、槍をほっぽって子供のように泣きじゃくる。思い出すのは彼のこと。泣いてるときも、怒ってるときも、嬉しいときも、楽しいときも、ずっと、ずぅっと彼が傍にいた。
友達に「そんなに一緒にいて飽きたりとか、うっとおしかったりしないの?」と言われたけれど、全然そんなことはなかった。
毎日「好き」って、「大好き」って言って。彼も愛を囁いてくれる。数えられないほど喧嘩してしまったけれど、彼がいないと寂しくて、失うのが怖くて少しだけ素直になれた。
彼が謝ってきて、私も謝って。抱きしめられながら「愛してる」って言われたときは……ズルいと思ったけれど、やっぱりこの人が好きなんだなって思える。
そんな日々が、続いていけばよかったのに!
結婚の約束をしていたのに!
ウェディングドレスだって着てみたかったのに!
隆昭くんとの子供だって欲しかった!
「うっ……く、ぁっ……うわあああ……ッ!」
抑えようとしても涙も、声も抑えられない。帰りたい。地球に、彼のもとに。
この日、初めて神を呪った。
『キキッ……ケタケタケタ……』
魔物の声、かな?でももう良い。
死んでも良い。この世界でいきる意味なんてない。
『──キキッ!』
その半透明の魔物は、土偶のような形をしていた。目は開くことがないものの、自然と視線の向きが分かる。
そしてその魔物は、私のポケットから髪留めの残骸を盗むとふらふらと浮かびながら逃げ出した。
「ま、待って!返して!」
慌てて槍を掴むと取り返すために駆け出した。……土偶はすでに遠くまで行ってしまっている、レベルアップで上昇した敏捷でも、ギリギリ引き離されないのがやっとだった。
「やめて、それだけは……っ!」
走っても走っても追い付けない。魔物は必ず曲がり角で一度止まり私がついてきてるのを確認したあとに逃げ出す。……バカにしてるの!?
「はぁ、はぁ……っ」
息がきれる。さっきまでの絶望はどこへやら、目的のためだけに走っていると言うのは、考える必要もなく楽で良い。
『……ギィ?ギィッ!』
ゴブリン?あ、でも新種だ。
ゴブリンは、足元に横たわる女性の死体をなぶるのをやめた。腰に吊り下げていた手斧を両手に1つずつ持ち、私へと向き直るとニタニタと笑い始めた。
ゴブリンの腰にある棒状のよく分かりたくない何かがボロい腰布を持ち上げている。
スッ、と心が冷えた。殺そう。私の全力をもって、このゴブリンを、殺そう。
「刺突、滅槍グングニル」
能動的スキルの重ねがけ。発動条件は詠唱こと。
詠唱してから理解する。滅槍グングニルは投擲技だ。そして槍投げにも刺突スキルは乗る。そして重ねがけしたときの魔力消費は別々に使うのと変わりないことも。
刺突を使うと赤い螺旋の軌道を描くが今回は黒い軌道を描きながら、槍は吸い込まれるようにしてゴブリンの胸元へ当たる。抉るように、貫くように槍の勢いが進んでいたが、5センチほど穂先が埋まると……不自然なほど急にピタリと槍が止まった。ゴブリンが『ギギィ』と鳴いたかと思うと槍から黒い靄が一気に噴き出し、ゴブリンの身体を包み始める。
──ゴシャベキボキバキ
そんな骨を無理矢理に折りたたみ、噛み砕くような音。しかし私には黒い靄が邪魔でゴブリンの姿さえ見ることができない。
靄が晴れた。
そこにはゴブリンの姿がない、あるのは手斧1つとゴブリンの死体だったと思われる小さな球体だった。
これが、滅槍グングニルの力?強すぎない?
手斧は……うん、まだ使えそう。とりあえずポケットへ入れておこう。それで、この死体だけど……。
なんでか知らないけどこの死体って消えないんだよね、普通ならもう消えててもおかしくないのに。アイテムになったのかな?ならポケットに入れたらアイテム名くらいは知れるもんね?やってみよう。
「ステータス」
能力値は変化ないからスルーして、アイテムのところだね。
アイテム
柏の壊れた弓(攻1)
手斧(攻15)
ゴブリンの塊
「ゴブリンの塊!?」
いや、それは分かってるよ!使い方!使い方を教えて!
……むぅ、ステータスにそれを求めるのは酷ってことなのかな。諦めよう、そして誰かに聞こう。
壊れた弓を捨てる。咄嗟の時に流浪の効果が切れるのは痛い。仕方ないよね。ぽい。
女性の死体に近づく。……どうやら冒険者のようだ。武器を持っているし、防具もつけている。そして、首を斧で叩ききられてしまっている、むしろよくこれで頭が落ちないものだと人間の皮膚の頑丈さに感心する。
そして目につくのが下半身だろう。……準備もなしに無理矢理捩じ込まれたそこは裂けて、出血してしまっている。
「……仇は、とりました」
その言葉を言うと、死体が光の粒へと変わっていく。
人間の死体も、消えるんだという、ぼんやりとした感想。残ったのは彼女の防具とひとつのアイテム。
「……貰って、良いのかな?」
答える人はいない。……貰っておこう。そして、この防具に見覚えのある人がいたら、彼女のことを伝えよう。
鉄製の胸当てをローブの上から取り付ける。……少し、胸が潰れて痛い。あ、でも留め具をしっかり着けるとそこそこな着け心地が。
アイテムは……回復薬?一旦ポケットに入れると『回復薬(体20)』と表示された。あ、でもこれで6個目、流浪の効果が切れてしまう。
……むう、どうしよう。
ローブを脱ぐと下着だけになっちゃうからもっての他だし。手斧は槍投げした後用にほしいし……。ゴブリンの塊は、分からないからレアアイテムだったら捨てたことを後悔しそう。というか絶対レアアイテムだよね、あれだけゴブリン倒したけど死体が残ったことなんて初めてだし!
──って、そうか、体力がすでに減ってるし回復薬を使おう、きっと体力20回復ってことだし!
ごくっ。うぇぇ……まずい、青汁だこれ、まんま青汁だ……。
でも体力は回復したね。よしよし。
また髪留めを盗んだ土偶を追いかける。私が戦闘していた間も土偶は待ってくれていた。
捕まえることもできず、逃げる、追う。そして土偶はある場所へと逃げ込んだ。
「……なに、この洞穴」
ここに入っていったのかな?いや、土偶が入っていったから行くしかないんだよね……。
とりあえず使い慣れてる槍を持って、警戒しすぎるくらいに洞窟を進む。松明で照らされる一本道を進むと、そこそこ広い空間へと出る。そこに土偶が座っていた。頭の上に髪留めの残骸を器用に乗せている。
「キキッ!?」
高い声で猿みたいに鳴いて逃げ出した。後に残ったのは……紙切れ?
『アクセサリ カエシテ ホシケレバ シュゴシャ ヘヤデ マ』
書きかけだったみたい。でも大体分かる。髪留めを返してほしければ守護者──ボス部屋まで来いってこと?
魔物の住みかだろうが、ダンジョンだろうが行ってやろうじゃないの、隆昭くんとの思い出のためだもの!
『現在のレベル5。次のレベルまで625EXP』
『残り時間4時間30分27秒』
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「ドコヘニゲタ……」
一人の少女が思い出を追って洞穴へと歩を進めている時、森で1つの声が溢れた。
リトルラグエル、その名前をコルァという。ゴブリンから進化したネームドモンスターである。
自身の固有スキル『強行軍』は近くにいる同種の下位魔物を引き付け、強制的に支配下に置くというものである。そのスキルを利用し効率の良いレベリングをしていた。
……始まりの森には意外なほどに名前のつけられたゴブリンが多い。それは自然発生したゴブリンの群れの長が名前をつけられその力を高める、少しでも強い庇護下に収まるためである。
ゴブリンを追ってやってきたウルフやグレムリン、引き付けられたものの支配下に置けなかったネームドモンスターに手を焼きながらも、コルァは少しずつ力をつけていく。
「アレハ、マチカ……?」
レベルアップにより知性も声帯も発達してきている。どんどんと人間へと近づき、人間を虐殺するための力を手に入れていく。
そんなコルァは番を殺した少女が逃げ込んだであろう街を見つけた。門番がこちらに気づくことは無かったのを確認すると森へと戻っていく。
「マダ……ダリナイ……!」
コルァの放つスキル『強打』が近くに付き従ったゴブリンを叩き潰す。ぱんぱかぱーんと気の抜けるファンファーレを聞き、ニタリと顔を歪める。
「ユルザナイ……ゴロジテヤル!」
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?と??のダンジョンB1F
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ダンジョンってなんだろう。
少し考えながら歩を進める。紙切れを見つけた小部屋から進むとそこには階段があり、階段の下には両開きの扉があった。
「よい、しょおっ!」
レベル5のステータスでさえゆっくりとしかし押し開けられない石の扉の先は、洞窟なんかの薄暗い空間ではなく、空があり太陽があり草が靡く草原だった。
「……」
何度も目を擦った。でも景色は変わらない。
何度も頭を振った。どうやら私は正気なようだ?
『ゲゴォ』
「ん?……ひぇっ」
そこにいたのは体長50センチを越えるだろう爬虫類。トカゲだっけ?ヤモリだっけ?あれ、あいつらの違いってなに?
『ゲゴォォ』
や、きも!舌なっが!しかも臭い!
鞭のように叩きつけられる舌を回避する。きちんと飛び散る唾液に当たらないように避けきる。今日がまだ一日目なのに成長が感じられる動きだと思うんだけど、どう?
「刺突ッ」
狙うは舌先。普段は抉り飛ばすように放つ技を無理矢理に制御して貫通させるように、抜けにくいように放つ。
もちろん回避なんてさせない。地面に叩きつけた瞬間に上から舌先を地面へ縫いつける。
『ゲゴォ!?ゴォォァァ!!』
「痛いのかな?抜いてほしいのかな?」
槍を手放す。しっかりと地面へと突き刺さる槍は簡単に抜けない。だからこそ拘束の意味をなす。
「……手斧」
ポケットから召喚するのは今や塊となり下がったゴブリンの遺品。しっかりと握り、軽く素振りをしてみる。
うん、スキルがなくてもレベルの強化があるもんね。地球では扱えなかっただろうソレもヒュンヒュンと風切り音を立て、威嚇する道具へと進化する。
『ゲゴ!ゲゴォ!!』
「日本語じゃなくてもいいの。私の分かる言葉で話して?」
振るった手斧がトカゲ?ヤモリ?……ヤモリかな。ヤモリの口元を浅く切り裂く。返す手斧は顔を庇おうとした右の前足へと斬りつける。
「おっと。……危ないなぁ」
そっか、尻尾もあったね。危うく払いのけられちゃうところだったね。まあ、避けられたから良いんだけど……やられたらやり返すのがこの世界だよね?ね?
むぅ、今度は上手く受け流されちゃった。槍みたいにどう動けばいいのかが頭に浮かぶ訳じゃないから……って言い訳か。上手く扱えるようにするためにやってるんだもんね?
「えいっ、えいっ!やっ!……それっ!」
『ゲゴッゲゴッゲゴォォ』
バカにしてる?ねえ、バカにしてるよね?手斧で4回斬りかかっても全部受け流されちゃうし。カウンターかけても引っ掛かってくれないし。
もういいや、槍でとどめさそう。手斧投擲、っと。
目を狙ったのに若干逸れちゃった。でも左頬を出血させることは出来たし良いか。うん、上出来だよ。上出来じょうでき。
槍を引き抜く。ヤモリが意気揚々と飛びかかってくる。でもその行動は間違いだよ?
「滅槍グングニル」
ヤモリの脳天を下から貫いた槍は綺麗に貫通し、若干の滞空時間を経てヤモリの死体に当たる。カランカランと音を立てて転がる槍を拾いつつ思う、ここで刺さってたらカッコ良かったのかな?
「あ……お金拾わなきゃ」
倒してきたゴブリンのお金は拾う暇がなかったからね。……少なくなっちゃうけど一定額は勝手にステータスに貯金されるみたいだね。便利っちゃ便利だね。手斧も回収っと。
……さて、どこへ行こう?
書いてて思ったけど恵子ちゃん、壊れた?