喪失者 白鳥 恵子 lv.5①
吐く息は焦げ臭い。吸う息が気管のやけどを刺激する。
前髪が、推定1センチほど短くなるほど焦げたのも気落ちする原因だし……。いや、ステータスの影響か、髪が全焼しなかっただけありがたいのかもしれない。
首を持ち上げ、さっきまでいた部屋を見る。
少し火の勢いは治まったようだけれど……洞窟の中でこの大火事はまずいんじゃないかな。
「でも、まぁ……」
『現在のレベル5。次のレベルまで587EXP』
『残り時間4時間59分36秒』
こうしてレベルアップできたのだし。
とりあえずはこの洞窟から出よう。そして森で少しレベリングしてから街で休憩かな。
今は夕暮れ時なはずだし、今日中にあと2レベくらい上がらないといけないのかな。つまり明日の朝食までは……大体4レベ上がってるはず。
はぁ……頑張らないと……
きっと隆昭くんは連絡つかなくなって心配してるから
「ステータス」
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名前:白鳥 恵子
年齢:19歳
性別:女
種族:人間
職業:旅人
レベル:5/99
冒険者ランク:G(黒色)
状態:理性剥奪(6%)
体力:42/115
魔力:34/45
攻撃力:30
防御力:69
敏捷:26
精神力:28
幸運:23
所持金:1582ロト
装備
右腕:スピアー(攻20)
身体:ローブ(防10)
装飾:ただの髪止め(幸1)
アイテム
回復薬(体50)
回復薬(魔10)×8
回復薬(魔35)×5
干し肉×10
レーション×5
通信の石板
戦士の秘薬×2
虫アミ(攻1)
大きめの壺(土入り)
カードキー
カンテラ
予備の油×2
トゥルーフ王国周辺の地図
火打ち石
スキル
槍術3
体術1
回避3
投擲1
逃走1
武技
刺突1
グングニル・レプリカ1
固有スキル
襲撃者
────────────
ステータスを見て、体力の減りに驚く。
確かに熱いし痛いし苦しかったけれど、回復しながらだったし、そんなに減ってないだろうと思ってた。
下手しても半分位だろうと、思っていたのに。
/*恵子回避。不意討ち。非装甲狙い。50→75+15=90。58*/
体力も無いし、酸素も心配だし、とりあえずここを出よう。もしかしたら窒息で中のゴブリンが全滅してお金とドロップアイテムだけ手に入るかもしれない。
私は立ち上がるために、伸ばしていた足を折り、屈んだ。
──ヒュガッ
私の足先を掠めるようにして飛来したのは、今にも燃え尽きそうな1本の火矢。屈んでいなければ足にくらっていただろう。
……まさか、生き残り?
「っ!」
「ゴァアアア!!!」
飛来した方向へ視線をやるが、そこはいまだに炎上を続ける部屋だ。通路からの侵入者を阻むかのように火の壁が存在している。
火壁から何かが飛び出してくる。それは私の頭上を越えてッ!? 頭上から射られた2本の火矢を回避。
……その、未だに燃え盛る弓を構えた、自身さえ火達磨で半身が炭化しているゴブリンが、通路を塞ぐように立ち塞がった。
左目を含む顔の半分は、炭化が酷く、すでに崩壊を始めている。けれど、残った単眼はしっかりと私を睨みつけている。赤く光るその目に映っているのは、憎悪、怨恨、ありったけの敵意だった。
「逃げたくても、逃げ道はなし」
後ろに火の壁。前には弓持ち。
私は槍を取り出すとクルリと手元で弄ぶ。
クルリ。意識を戦闘モードへと切り替える。
さらにクルリ。うん、レベルアップによる操作の誤差はなし。……つまり、あんまり成長してない?
最後に、クルリ。右手だけで回すのではなく、両手で回すことで様々な遊びをすることができる。例えばこうして背面を通しつつ回すとか、前腕部を這うように回すとか。
私はそのまま左手で回した槍を、前へと放る。
「ゴァァ!?」
驚いたようなゴブリンの声を聞きながら肉薄。視線を槍のほうへとひきつけられていたゴブリンは反応が遅れる。
右ストレートを鳩尾へと叩き込むが、手ごたえはない。咄嗟に飛び退さって回避したかな?
背後で聞こえるカランという音で大体の位置を把握、バックステップして手探りで槍を掴んで、即座に振るう。
目の前に迫っていた矢を弾く。
再び肉薄。そう広くはない通路だけれど、ジグザグに走って相手の矢を外させる。
しかし時間をかければかけるほど被弾する確率は高くなり、ジリ貧だ。
「あと、30秒ってところかな……?」
普通なら。
普通ならこの勝負は近づけられなければ私が負ける。けれど今はゴブリンが持つ弓が燃え尽きるまで耐えられれば私の勝ちになる!
槍を振るい、矢を弾く。が、速射された矢が目前に迫っている。これは避けれないッ
「いったぁ……!?」
喉へ迫った矢を、身を捩ることで肩に逸らすことには成功した。けれど、右肩の関節を貫いたらしい矢のせいで、右腕が動かしにくくなった。少なくとも、槍を扱うことはできない──!
視界が赤く染まる。
理性剥奪による狂気かと思ったが、すぐに違うと理解する。ああ、これ、体力が少なくて、死にかけてるんだ……。
一度目を瞑れば、もう目を開けることは無いんじゃないかという忌避感からたった一度の瞬きさえ恐怖する。確か、ポケットに中級の回復薬が……ッ!
視界が見えにくいけれど、構わず横っ飛び。受身も取れず、壁にぶつかりながらも。それでも火矢の回避に成功した。そして、ポケットから取り出した回復薬を浴びる。
「一発当たっただけで、死にかけるか……」
武器がいいのか、個体差で攻撃特化になってたのか。少なくとも攻撃は全部避けないと死ぬってことがわかった。今まではゴブリン程度なら……って考えだったけど、甘かったみたい。
再び射られる矢を弾き、壁を蹴って三角飛びとかもしながら回避していく。
回避した矢の数、おおよそ20本ってところで──バキッ。弓が折れる音が聞こえた。
「お疲れ様。ごめんね、家を燃やして」
唯一の武器を失い、両足も燃え落ち、それでもなお私に噛み付こうとするゴブリンへと、穂先を向ける。こんなになってまで、私に敵意をむけてくるその心意気は素晴らしいね。
刺し、そして引き抜くと、胸に穴の空いたゴブリンの死体が消える。光の粒がはらりはらりと舞う光景は綺麗だけれど、少し思うところもある。
「はぁ……」
溜め息を一つ。
槍を杖代わりにしながら、私は出口の方へと歩き出した。道覚えてないけど、なんとかなるでしょ。
次回更新は15日の水曜日!




