喪失者 白鳥 恵子 Lv.4⑦
来た道を背に、つまりいつでも逃げれるように退路を確保しつつゴブリンたちを迎え撃つ。
2方向から同時にやってくるゴブリンたちの数は、左4体、右8体。ゴブリン9体にゴブリンリーダー3体。
いくら格下のゴブリンとはいえ、馬鹿げた戦力差だ。
「──やるだけやってみよう」
私は石突きを地面へと叩きつけた。今回ばかりは手元で回して鼓舞する暇もない。
ガンガン、ガリガリと石突きをぶつけて地面に魔方陣を掘る。数時間前に掘った紋様を思い出し、その線に意味を与えながら掘る。
元々は通信の魔方陣だ。
つまりは魔力を電波か何かに『変換』して『送信』し、『受信』したその電波を『解読』する魔方陣のはず。4項目を意味する紋様であり、対をなす魔方陣が必要だとして。
小規模な爆発は誤変換によるショートだとしたら?
送信相手がいないことによるショートだとしたら?
……どこがどういうことだ。どこを変えればいい?
こんな、ただの線が、いったいどんな意味を成すんだろう……?
急いで描いたせいで線は曲がり、ただ丸で囲まれた落書きにしか見えないソレへと、魔力を注ぎ込む。
と、同時にアイテムボックスから取り出したカンテラ用の油を地面へとぶちまける。
「お願い……っ」
もしこれが上手くいったら。魔方陣が成功していたとすれば。
目の前のゴブリンと一緒に私は燃えることになるだろう。けれど体力はある。火さえ消せれば、私の勝ちだ……!
降り下ろされるこん棒の2本を、左手だけで構えた槍で受け止める。魔力を注ぐことを諦め、油まみれの右手を地面から離し、後ずさる。
振るわれる得物は残り10。1本を避けると3本が体を叩く、2本を弾くと4本が突き出され、私を害する。
「……逃げ、よう」
さらに後ずさる。来た道を戻るべく。
こいつらから逃げるべく。
「あーあ、魔方陣って、難しいなぁ……」
今回は失敗した。でも、必ず私は扱えるようになってみせる。今決めたそう決めた。
遠隔起爆用の魔方陣も作る、従魔と契約するための魔方陣も作り出す。
だから、こんなところで死ぬわけにはいかない……っ
槍をクルリと回し、震える足腰に気合いを入れる。
そのまま左手へと持ち変えた槍を、カツンと地面に突く。その音が響くと、私を殴ろうとしていたゴブリンの一体が手を止めた。
……それでも迫るこん棒の数は7本。
右腕で2本。右足と左足に1本ずつ、背中に2本ほど、打撃を受けるが囲まれることなく対処できた。
私はゴブリンたちに背を向けて走る。外へ、光の見える明るい方へと。
「せいっ──刺突ッ」
ゴブリンリーダーの一人が立ち塞がる。元々逃がさないように回り込んでいたようだが、1対1なら。
タンッ。
走り幅跳びのように踏み切り、跳躍。
このままだと正面衝突するというところで、石突きを地面に差し込み、棒高跳びへと移行する。
リーダーの頭上を通過し、背後に着地。振り向き様に刺突を放つ。
「いったいなぁ」
私の穂先はリーダーの腹に風穴を開け、リーダーの剣は私の前腕部を切り裂いた。
タラリと溢れた赤い血がローブを染めるが関係ない、治療は外に出てからだ。
もう通せん坊するもののいなくなった通路を、ひたすら走り続けた。
『PiPi……PiPi……』
どこからともなく聞こえた電子音。
思い当たる節があって、残り時間を確認してみる。
残り時間14分59秒
現在のレベル4。次のレベルまで232EXP
……引き返す?
あのゴブリンたちを一掃できればレベルは上がるだろうけど、8割方負けるだろうと確信している。
じゃあ別の相手を探すか?
それじゃあ時間が足りない。1分おきにゴブリン1体を倒したとして、間に合うかどうかというところ。
そんなにぽこぽこ見つかるとは限らない。
「まずい、まずいまずい……」
肩越しに振り返ってみて、見える範囲に敵がいないことを確認すると、足を止めた。
息が荒いのは走ったからか、死が迫っているからか。
思考は無限ループにハマっている。考えれば考えるほど答えは出ず、時間だけを無為に失う。
だから──
「賭けよう」
小さい頃よくやったように、槍が倒れた方に進む。
もし壁に垂直に倒れたらもう一回、少しでも傾いていたら外か内か、そちらに行くとしよう。
どちらも死地。
ならば、クソみたいな神様が指し示した道を、踏破してやるだけのこと。
手を離す。と同時に私にぶつからないように地面に垂直に立つ槍から1歩離れる。
数瞬の静止。永遠にも思える静は動へと移り。
「──内、か」
槍の穂先は、洞窟の奥へと。正確には通路を30度ほど左に逸れたところを指し示した。
つまり。
うん、つまりは左の部屋を優先して見て回れってことだよね。
歩きながら、回復薬を浴びる。体力は50ほど削れていたらしい、魔力は10ほどだというのに。
回復薬を腕にぶっかけると、巻き戻ししているかのようにじゅくじゅくと肉が蠢きだし、傷が塞がった。
……何度見ても嫌悪感しかない光景だ。
他にも戦闘準備を整えておこう。
アイテムボックスの中身を漁って使えそうなものを探す。『戦士の秘薬』って結局何に使うんだろう?
……2本あるし、1本使ってみようかな。いや、でもこれが状態異常にさせる薬で、5分間マヒさせるとかだったら、本気で詰む。
やめておこう。
一応バックパックも漁っておこう。使えるものがあればいいけれど、こっちにはほぼ回復薬しか入れてないし、他に入ってるものといえば地図と火打ち石と……。
……火打ち石?
「さっき使えばよかった……!」
せめてポケットに入れておけば気づいたかもしれないのに! ああもう!
…………いや、いいや。もういいや。
次があれば使おう。すぐに取り出せるようにポケットに入れておけば、次はなんとかなる。
息を潜め、壁際をゆっくり進む。
さっきまで戦っていた場所に戻ってきた。
「減ってる……」
そう、ゴブリンたちの数が半分になっていた。それにゴブリンリーダーも1体だけになっている。
6対1で、地面には油が残ってる。これなら、勝てる。
槍をポケットに仕舞い入れ、代わりに火打ち石を取り出す。ゴブリンたちがこちらに気づくがもう遅い。黒い水溜まりと思って近づいていたお前らのその行動が私の勝機!
着火!
無音。
槍で倒すより早いからって火種を作ったけれど、間違いだったようだ。気化した油と、空気中の酸素が混じっていたところに、火種を投げ入れると、当然爆発する。
目の前が白く、そして赤く染まり。爆竹を数千倍に増幅したような爆音が響き。私を丸ごと焼くような火炎に飲み込まれた。
燃料が燃えつき、すぐさま鎮火したからよかったものの、私に燃え移った火を消そうと地面を転がっていたら予想以上にダメージを負っていることに気づいた。
具体的に言うと、70近い防御力を通り越して20ダメージ前後。つまりあの爆発は100ダメージだったというわけで。
「よし、6体全滅……!」
残り時間13分16秒
現在のレベル4。次のレベルまで72EXP
死ぬかと思うほどのバカをした。でもその結果として、髪先が少し燃え、延命にリーチをかけた。
まだ、死ぬわけにはいかない。
別れ道は、事前に決めていたように左へと進む。
あれほどの爆音が響いたというのに、増援が来るでもなく、無人の通路を進む。
視界の右下の方には、残り時間が常に表示され、赤く点滅しながら時間を削っていく。嫌でも目につくそれに、余裕を削ぎ落とされながら進む。
約2分ほど歩き続けると、小部屋のように広くなっている空間へと出た。槍を構え、部屋の様子を伺う。
この部屋は、どうやらゴブリンたちの私室、もしくは公園のような遊び場らしい。
他の個体に比べまだ背の低い、子供ゴブリンというべき奴らが10体ほど遊んでいる。が、侵入者を見つけるとギャアギャアと落ちつきなく騒ぎ始めた。
逃げるゴブリンもいれば、こん棒を手に構えたものもいる。
そこに、増援だ。
ここの部屋は、通路が3本見える。私の背後のも含めると4本の通路が存在するわけだが、左手側の通路からゴブリンリーダーと、弓持ちのゴブリン……ゴブリンアーチャーとでもいうべき奴が現れた。
敵は、10体。これまた大群だ。
「……経験値になってね」
取り出すのはカンテラ用にと買った油。瓶詰めされている黒い液体を、2本取り出す。
大丈夫、ポケットにはまだ2本も残ってる。
油を放る。ゴブリンの真ん中付近と、増援がやって来た通路付近。
と、言ってもそこまで狙いを定める必要はない。ただ火をつけるでも、爆発させるでも、どうせゴブリンの数を減らせるのが目的なんだし。
ゴブリンたちが攻めてくる前に火打ち石を取り出す。
っと、矢が飛んできた。
避けるか一瞬の迷い、でも狙いが胴体なので防御力を信じることにした。私は火打ち石を擦る。
油は私の足元まで広がっているものの、一発で火がつく可能性は低い。でも火がついてほしい、できるならまた爆発してほしい!
そう祈りを込めて、ついでに魔力を込めて擦った。
そのせい、だろうか。青白い炎が空気中を線のように走り、油に火をつけた。
火打ち石ってこんなに凄いものだっけ?
「ギャァァァァ」
「ァァァ──ァァァ……」
「息が……っ」
自分がしたこととはいえ、やっぱり放火はよくないと思う。
空気は熱を帯び、皮膚も髪も肺も、何もかもを焼き尽くそうとしている。
周りから聞こえるのはゴブリンたちの断末魔。私は私で息を止めたまま来た道を引き返している。
あ、ちなみにバックパックにも引火した。
中にあった物はすぐさまポケットに入れられたから良かったものの、コンパスなんかは容量オーバーのため諦めることになった。
低級回復薬はすぐさま自分に使用し、火打ち石は手に持ったまま。
ローブが耐久減少しない神様からの贈り物で助かったね。そうじゃなかったら全裸で帰らなきゃいけなくなってた。
体力が凄い勢いで減っているのがわかる。きっとこれ呼吸ができないことの窒息ダメージも込みだなーなんて考えながら、回復薬を被る。
火によるダメージは一括処理ではなく、継続ダメージみたいだ。なら、体力が1でも残っている間に回復薬を使い続ければ、助かる。
「はぁぁ……ふぅ……」
通路へと倒れ込む。
やっとのことで火の海から生還し、私に燃え移った火は消した。髪は……うん、長さは大して変わらないだろうけれど、全体的に焼け焦げたから、髪質が酷いことになってる。
命あっての物種、とは言うけれど、この世界で髪の手入れはどこまでできるだろう。
っと、ここでようやくファンファーレ。
レベルアップできたってことは、中にいたゴブリンたちは死んだみたいだ。
私も回復薬をスミノフ君からもらってなければ死んでただろうけど。
「あーあ、この方法は自衛手段を手に入れてからかな」
前に着てた真紅のローブでは、火耐性なんてあって、一度も使うことがなかったというのに、無くなってから必要になるとはね。
人生こんなものだよね……。
「とりあえず帰る……」
帰り道にステーテスの確認もしないとね。うん
今現在までのスキルの情報でも纏めて公開したほうがいいかな?




