喪失者 白鳥 恵子 Lv.4⑤
テストは終わったが気苦労は絶えない
草むらに身を潜めつつ、様子を伺う。
目の前にあるのはゴブリンの巣。
ここなら余裕でレベル上げはできるだろう、大して大きくもないだろうし、ゴブリンだし……。
唯一の不安要素は囲まれて、掴まれて身動きが取れなくなること。
思い出すのはクロノスと別れてすぐに、名も知らぬ幼女と歩いたゴブリンの巣。
あの巣穴でも捕まってゴブリンの慰み者……いや、種馬? あれは確か男の人のことだし……対義語は肌馬だっけ。
もういいや、苗床で。
ゴブリンの苗床にされた人、あんな風にはなりたくないね。私なら即座に舌を噛んで死ぬ。地球ならいざ知らず、ここでは死体がすぐ消える。
死後の体を弄ばれることもないだろう。
「まずは、あの4体のゴブリンから」
ポケットから弓を、取りだし……取り……。
うん、持ってないね。昨日まで持ってたから間違えちゃった。誰にも見られてないのだけが救いね。
しょうがない、投石でいいか。
そこら辺から大きめの──と言っても10円饅頭みたいなサイズだ──石ころを拾い上げる。
数はたった2個。外したくはない。
一投目。まさかの大暴投。
外したくないと言ってすぐこれか……。あとでちょっと練習しよう……
私の手のひらからすっぽ抜けた石ころは、明後日の方向に飛び、岩肌にぶつかり音を響かせた。
もしかしてこれ、見張りのゴブリンだけじゃなく巣穴にいるゴブリンにも気づかれたんじゃ……?
慌てて第二投。
次の石ころは抜けることなく、それでも狙いは逸れた。
狙っていた奴の、隣のゴブリンの胴体に当たると、ソイツは悲鳴を上げた。
追撃しようとした瞬間。
──ガサガサ
後ろの草むらが揺れた。槍を構えたまま振り向くと、ちょうど巣穴に戻ってきたのだろう。
ボロボロの剣を持ったゴブリンリーダーと、その仲間のゴブリン3体。
「挟まれた……!?」
8対1。これは、流石に多勢に無勢だ……!
即座に走り出す。
ゴブリンリーダーの咄嗟の一閃を回避したそのままの勢いで、石を当てたゴブリンへと肉薄。喉を狙った一突きで絶命させる。
が、止まらない。
すでに左手はポケットの中へと手を突っ込んでいる。
虫アミを逆さまに召喚!
掴んだときには、何かの意図を感じるほどに最適な持ち位置をしていたが、今は好都合。
そのまま最寄りのゴブリンへと柄で撃ち込む。
背中に2発被弾する。太ももで1発を受ける。どちらもダメージはなし。
……いや、1ダメは最低値で入るんだったかな。つまりあと80回ほど叩かれたら死ぬ。
一方私は、1度突けばミリ残り。2度刺して止めという戦況。リザードマンに囲まれたデジャブを思い出して仕方ないが、勝てなくはないだろう。
無理はしないこと。
無理だけはしないこと。
左手の虫アミは牽制を目的に振り回し、右手だけに集中して敵を仕留める。
踏み込み、顔面狙いに突き。よろけるようにして回避され、皮膚片を散らすのみで、ダメージは期待できないがいい。
目的もなく振り回していた左手で、足払いするべく、大きく薙ぐ。
一体。二体。三体目が転びかけた時点で虫アミを手離した。
「戦闘用に作られたものじゃ、ないからね……」
そう、壊れかけたから。
ミシリという致命的な音が聞こえた瞬間に、虫アミを止めるでも引き戻すでもなく手を離すことで対処した。
虫アミを手放してしまったものの、転ばせたゴブリンに止めを刺すことはできた。
きっと数瞬の迷いでもあれば他のゴブリンの邪魔があった。はず。
そう思おう。じゃないと6対1に減らした戦況でも、やっていられなくなりそうだ。
前方へと飛び込み、地面を転がって距離をとる。
虫アミを回収できればよかったものの、あいにくと別方向へと飛んでしまったために、今回は槍一本での戦いを決意する。
……爆発の魔方陣、作っておくんだった。
「んなっ!?」
考え事をしていたら背後からの衝撃。
別の魔物が乱入してきたかと思いつつ、相手の足を踏みつけると同時に腰を掴んでいた腕を振りほどく。
そいつは、やっぱりゴブリンだった。
増援というわけではなく、いつの間にか背後に潜んでいたらしい。
一瞬の油断もできない……!
背後から抱きついてきたゴブリンをまずは仕留めることにする。
振り向き様の回し蹴り。
ゴブリンは小学生並の身長しかないので、私のウエストから腰の辺りの高さを薙ぎ払う。
どうやら側頭部を捉えたらしい。鈍い音と共に吹き飛んだゴブリンは、立ち上がろうとするものの、ふんばれずに倒れてしまうみたいだった。
他のゴブリンに叩かれそうになったので槍を振るって威嚇しつつ、後退。
下がりつつ迫るこん棒をいなし、死にきれてないゴブリンへと石突きを差し込む。
経験値が流れ込む。けれどレベルアップには足りはしない。
ひーふーみーよ。残り5体。多勢に無勢は変わらない。
なら、そうだなぁ。
指揮官でも、狙ってみる?
ステップで位置を調整。
ゴブリンの振るうこん棒をジャンプで避けると、背中から叩こうと振るわれたこん棒とぶつかる。
バツを作るように交差したこん棒の上に着地、そのまま踏みつけて折る。
空中で準備はできている。
下段に構えた槍を、渾身の踏み込みから解き放つ。
グチャリとも違う、どちらかというとパァンと破裂音のような音と共に、心臓を穿つ。
が、ぴくりと左腕が痙攣したのを感じ取ったから、掬い上げるようにして空へと投げた。
数瞬の滞空、落下に合わせて突きを放つが、リーダーは剣でいなすことに成功した。
それが奇跡なのか偶然なのか、それとも死の間際の足掻きなのか。わっかんないけどとりあえず地面に叩きつけられたソイツへと踵落とし。
心臓も脳みそも粉砕したのに動くってことは……なさそうだね。いや、たぶん体力を削りきったんだろうけど。
「あれ? 他のゴブリンたちは……?」
あ、巣穴へと逃げ帰って行く。
今逃がすのは、少し嫌だけど……うーん、疲れたし息を整えたい。
それに巣穴に逃げたんなら行き止まりは無いだろうからね。最終的には経験値にできるよ、うん。
「……爆発の魔方陣でも彫ろうかな」




