喪失者 白鳥 恵子 Lv.4④
「……場所、変えますか?」
私がまず気にしたのは、ゲッシュさんの世間体だった。
いくら私に信用されるためとはいえ、『人間ではない』と明かせば色々と不都合は出るだろう。
最小限の顔の動き、それと目線だけで周りを確認する。
しかし、そこでも違和感を感じる。誰も私たちの方を見ていないというか、そもそも向こうの声が聞こえない……?
「いや、問題ない。それに……ケーコってどっかおかしいだろ」
彼は、感心したような顔をしている。彼もようやく、私を信用してくれたようなその顔の真意を探るが。
うーん、わからない。
「世の中には結構な数、亜人嫌いがいるんだ」
「亜人?」
人間以外の種族のこと、だったかな。エルフとか、ドワーフとか。
それこそ目の前の吸血鬼とか。
「いえ、大体の意味はわかります。説明はいりません。それよりここで話しても良いんですか?」
「問題ない、周りの声は聞こえなくなっちまうが、こちらの声も聞こえなくなってる」
ゲッシュさんが何かしたらしい。
向こう側のガヤガヤとした喧騒は聞こえなくなっていると同時に、私たちの話し声は聞こえない……。
私や彼に干渉しているわけではないだろう、もし私の耳が音を拾えなくするとしたら、ゲッシュさんの声も聞こえなくなるはずだから。
だったら、私たちの空間を覆った?
「……結界ですか?」
私が数度だけ使った結界術は、半透明な膜のようなものを作り出し、敵の攻撃を止めたり、足止めしたりするものだった。
スキルレベルが上がったら、私もできるようになったのだろうか?
「半分正解だ。ケーコが言ってるのは結界術のことだろ? あれだけじゃ無理だ」
「なら、風魔法とか?」
「なんでその名前が今出てくるんだ……?」
……もしかして、音の伝わる仕組みが解明されてない?
いや、私も空気が振動してるから、真空だと音は伝わらないってことくらいしか覚えてないんだけどさ。
あー……もっと勉強してれば科学の力でチートとかできたのかな。私は点数とれたけれど、応用できるほど覚えてた訳じゃないし……。
「それも、後々教えます」
「…………そうかい。これは音魔法との組み合わせだな。音魔法ってのはコウモリ系の魔物や吸血鬼が持っている固有スキルだな。人間が覚えられたって例は今のところねぇな」
その言い方は、まるで『お前ならできるだろう?』と言っているようで、その過大評価が気にくわなかった。
いや、私が秘匿しすぎているから、きっとなんでもできるすごい人なのだと期待しているのだろう。
「そろそろ、自己紹介させてもらいますね」
なら、盛大にぶちまけてやろう。
彼が盗み聞きできないように結界を張ってくれてるわけだし、何も心配することはない。
「……私は、異世界人。そしてナチャーロを滅ぼした本人である白鳥 恵子。サンプル番号24番です」
「ま、まてまてまてまて……」
さっきまでニタニタと意地の悪い笑みを浮かべていたというのに、私が暴露したとたんに頭を抱えてしまった。
まあ、そうなるように言ったんだけどさ。
「一つ言っておくと、ナチャーロが滅んだのは私の意図するところではありませんでした」
「……異世界人ってことは、ギルド『ノンマルト』の仲間ってことか?」
「のんまると……?」
のんまると……ノンマルト……?
どっかで聞いたことのある言葉だ。けど、どこでだっけ?
「ツキミって女をトップにした異世界人の集まりだよ。全員がレベル99って化物軍団だ」
「あー……」
思い出した、スミノフ君に聞かれたんだ。
ナチャーロに彼らがいたはずだけど生きてる? って。
「確かに同じ世界の出身です。けど、仲間になる前に彼らはナチャーロと共に死にました」
思い出したらルドルフ君たちにも同じように暴露してるね、これ。
なのでカット。要件を短くまとめて話す。
ゲッシュさんはその度に不思議そうな顔をしたり、頭を抱えたりするけれど話続けた。
もう残り時間が30分を切った。そろそろ本気でヤバイ。
「世の中には……知らないことが一杯あんだなぁ……」
「私はもう行きますね。聞きたいことがあるならついてきてもいいですよ」
「……あ? もう日が暮れてんぞ?」
ゲッシュさんに引き留められるが、それでも行かざるを得ない。
暗いのは色々と大変だからカンテラでも買ってからいこう。
「……やることがあるんです。今日は本当にありがとうございました」
「ま、頑張れよ」
お皿は片付けておいてくれるらしい、執事さんにそう言われてからペコリと頭を下げる。
ご武運を、と見送られるあたり、どこに向かうかもわかっているらしい。……もしかして結界の中の会話、聞こえてた?
いや、でも私からは周りの音は聞こえなかったし……。
じゃあなんでバレたんだろう?
ま、まあいいか。うん、時間もないし後回し。カットカット。
いつぞや寄った道具屋に立ち寄ると、青年が立っていた。名前を聞いた気もするけど、覚えてない。
姉の手をへし折ろうとしたら剣を向けてきたあの人だ。
「いらっしゃいませ」
「カンテラ……あー、明かりになるようなものありますか?」
「カンテラなら、300ロト。予備の油も小分けしてある」
と、まあ、そんな感じの簡潔なやり取りで買い物を済ませる。
カンテラで300ロト、予備の油も5つほど、瓶詰めされたものを買う。合計で500ロト。
ちっちゃい爆発を起こす魔方陣と、瓶詰めされた油……。
火炎瓶というか、爆弾を作れそうだ。
いや、でも魔方陣は直接手で触れて、魔力を流すことで、爆発するのだから火に私も巻き込まれてしまう。
火の耐性を持つ防具か、遠隔爆発の方法を見つけられればなぁ。
「ありがとうございました、また来ますね」
「……ああ、今度はもう少し早く来てくれ。ほんとならもう店じまいしてるはずだったんだ」
「それは……私はタイミングがよかったみたいですね」
嫌そうな顔をされる。本音を言っただけなんだけどね。
今は……大体18時半すぎってところだろうか。うん、明日があるとしたら、もう少し早く来ることにしよう。
50ロトでカンテラを腰にくくりつけるようのベルトも売ってもらった。
くくりつけるというか、フックみたいなものでひっかけられるので、軽く飛んだり跳ねたりするくらいならば落ちることはないだろう。
流石に、敵の攻撃に耐えられるほど頑丈なカンテラではないけれど、魔物蔓延る森の中で片手が塞がらないというのはとても助かる。
「さて、残りは23分……」
お店を出てから、時間を確認する。
レベルアップまでに必要な経験値は、370ほど。ゴブリンで言ったら、19体ほどの数値だ。
……森へと歩を進める間、思考する。
門番さんにギルドカードを見せ、心配されながらも門を抜けてもまだ、思考する。
ゴブリンだけを倒す?
1分に1体ペースで倒せばギリギリ、2分ほど残してレベルアップできる計算だ。
けれど、そう上手く見つかることはないだろう。逆に言えば、ゴブリンは群れる。
一体見つければ大体四体ほどで動いていた。
もうひとつの選択肢は、もっと強い魔物を倒すこと。
ウルフと呼ばれた狼の魔物や、30センチも全長のないほどの悪魔。そいつを倒せば時間はむしろあまり、20分そこらで2レベルや3レベルも上がるだろう。
ただし生存確率。
「簡単だよ」
私は槍を取りだし、くるりと回す。
思考は瞬時に戦闘モードへと移行し、口角が吊り上がる。自分でも、なぜ笑ったのかはわからない。
けれどそんなことを考えるのは後だ、後。生き延びて、寿命で悩む必要がなくなったら考えよう。
「見つけた奴は、全員殺す」
──それが、人間であろうと、なかろうと。
口には出さないが、心の中で覚悟を決める。目的のために色々と犠牲にしなければならないというのなら、私は容赦なく他人を切り捨てよう。
ランタンを灯し、その光を頼りに森を歩く。
歩いて5分かそこら。焦っているからか、見知らぬ道だからか、数キロほども歩いたように感じられた。
けど、その甲斐はあった。
ギャア、ギャア、ギャアアア。
そんな風な声が聞こえる。ここならば、わざわざ探し歩く必要もない。……ハイリスクだが。
目の前にいるのは、たった4体ぽっちのゴブリンが、焚き火を囲んで躍り狂っている。
目的地はその奥。岩壁にぽっかりと開いた洞穴。
ゴブリンの巣穴だ。
次回はできるだけ早めに投稿する予定ですが、今週はまるっとテスト期間なのであまり期待しないでください。
というか女の子がゴブリンの巣穴に単独特攻ってどういうことなの……




