喪失者 白鳥 恵子 Lv.4③
慌てて荷物の整理を行う。
ベッドの上に荷物を置くのも、なんか嫌だったので、机に置いておくことにしよう。
置ききれなければ床に置いておいてもいいし。
ただしベッドに置くのだけはダメ。
小さいタオルと、大きいタオルを机の上に置く。
歯ブラシも……素で置くのは少し抵抗があったので、小さいタオルにくるんで置く。
それから壺も置いて……いや、容器は必要になるかな? 水場を見つけたのに壺がなくて洗えないとか……ありそうだしポケットに入れたままにしておこう。
他は、ゴブリンのドロップアイテムである鉄の剣も、置いておこう。私は剣なんて使えないし、予備の武器として虫アミもあるし。
……虫アミなんて、今後正規の方法で使う日は来るんだろうか。
──────────────
スピアー
回復薬(魔10)×7
回復薬(魔35)×5
干し肉×10
レーション×5
通信の石板
戦士の秘薬×2
虫アミ
大きめの壺
──────────────
「にー、しー、ろー、はー、九個か」
これで空きは5個分。
それからバックパックにも、いくらかは入るだろう。あと2、3個程度だろうけれど。
ゴブリンのドロップアイテムの『戦士の秘薬』ってのも、効果がわからなくて使えないのも困ったものだ。
あの、えっと……情報屋の……ガッシュさん? に聞けばよかったな。いや、対価求められるのが怖いし、ギルドの受付さんにでも聞こうかな。
「いってきます」
カードキーを使って廊下へと出る。
……あ、カードキーの分もあるし、ポケットには残り4種類か。
急ぎ足で下へと降りると、エントランスにはとても香ばしい香りが充満していた。
そっか、晩御飯の時間か……。
寝たのが2時間か3時間か。そして寝る前は15時前後だったから……今は18時くらいかな?
また時計買おうかな。
体内時計が狂いまくってるし、アラーム機能がほしい。たぶんそんな高性能なものがついた時計なんて無いんだろうけれど。
「お客様、夕食の準備ができておりますが、いかがなさいますか?」
話しかけてきたのは受付をしてくれた執事さんだ。
ご飯……晩御飯かぁ……。
正直、お腹はすいてる。けれど耐えられないほどでもないし、残り時間も55分を切った。
む、ぅ……いや、ご飯はしっかり食べよう。
2回目の死は食料や睡眠のために生き急いだ結果だったのだし、人間らしい生活を蔑ろにしてはいけない……。
「……食べます。案内してくれますか?」
「はい、ではこちらへ」
エントランスを進む。
階段方向でもなく、外へ向かうわけでもないそっちには食堂が併設されている。
宿にもギルドにも、食堂が併設されているところばっかりだね。
現地人は、みんな大食いとか?
「ただいまお持ちいたします」
「ありがとうございます」
執事さんに案内されて、2人用の席に案内された。
料理が運ばれてくるまで、おのぼりさんに見えないように気を付けながら、周りを見回してみる。
意外と人はいるものだ。
ざっと、10人くらいだろうか。それでも席が3箇所ほど空いていることから、この食堂がこじんまりとしているのがわかる。
……いや、比べるのが日本のホテルだから参考にもならないかもね。
最後に日本のホテルに泊まったのは高校の時の修学旅行かな。
あー……あの時はクラスの男子が女風呂に乱入してきて大変だったなぁ。
今覗かれたら絶対殺すっていうのに、あの時はビンタ程度で済ませたのは優しすぎたかな?
……あの時に比べると、ずいぶんと狂暴になっちゃったなぁ。
隆昭君は、今の私を受け入れてくれるのだろうか。
「いや、命あっての物種だよね……」
「おっ、良い言葉だなぁ、嬢ちゃん」
「っ!?」
咄嗟に武器を取り出そうとポケットに手を突っ込んだ私を止めたのは、執事さんだった。
ちょうど食事を運んできたところらしい。
「店内でお暴れになられないように、お願い致します」
「……はい。料理、ありがとうございます」
トレーに乗せられているのは魚料理みたいだ、切り身にしては大きいサイズ。白身だけど、なんて魚だろう?
他には具だくさんの野菜スープ。え、ミニトマトが入ってる……野菜スープにトマトって初めて見た……。
他にはパンが切り分けられて盛られているくらい。質素というわけではないが、豪華というわけでもなく。
うん、普通ってことで。
「この辺にも海があるんですか、ガッシュさん」
「ゲッシュな? それは迷宮産だな、3階層にいるやつだろ」
「魔物……ですか?」
「ああ。……っと、すまん。魔物食うのには抵抗ある方か?」
「いえ、美味しいですよね。リザードマンとか……ははは……」
いつの間にか目の前に座っていたのは、数時間前に会った、情報屋のゲッシュさんだ。
ガッシュなのかゲッシュなのか、覚えにくい名前の人だ。
「それにしても意外ですね、ゲシュタルトさんが簡単に情報を話すなんて」
「ゲッシュだってんだろ!? ……俺も世間話くらいはするさ、だが代金と言っちゃなんだが、嬢ちゃんの名前を教えてくれよ」
彼は、本当にいい人なんだろう。
思えば自己紹介もしていないし、警戒心むき出しの相手を、武力を用いずに仲良くなろうと歩み寄っているのだから。
彼が『顔合わせが目的』と言っていたのを思い出す。
「私は……白鳥 恵子と言います、よろしくお願いします」
「シラトリ・ケーコ……? こっち風じゃねえ名前だな、それに家名まで」
名前だけでも推察できることはある。例えば異世界の出であることとか、もしかしたらあるかもしれない極東付近の出であることとか。
それに名前というのは知りやすく酷く重要な個人情報だ。名前を知れば相手を語ることもできるし、ほら……オレオレ詐欺とか、信憑性増すでしょ?
あ、ちなみに住所……位置情報ってのも大切な個人情報なんだよね。
どこに住んでる、今どこにいる。
その二つが分かればまた会うことができる。それに何か問題を起こしたときにアフターフォローをすることもできれば、逃げだすことも困難になる。
まあ、だからこそゲッシュさんに宿屋の場所を教えた……というか聞いたのだし。
「まずは、進捗を聞きますね。何か分かりましたか?」
「……さっぱり。逆に言うと、そういうことだろ」
彼は一口魚をフォークで食べて、うめえなぁ、なんて呟いたあとに続けた。
「俺も情報屋をやって長い。だがシラトリの言った──」
「ケーコでいいですよ、そっちが名前なので」
「…………ケーコの言った、状態異常には思い当たる節がねえ。つまりはこの世界に存在しないか、そんなレベルでマイナーな訳だ」
つまりは。
過去にこの状態異常にかかった人はいない。もしくはかかっても誰にも助けを求めることができなかった。
ちらりとステータスを見てみても、進行度は依然として5%のまま。つまりはレベルアップじゃないと進行しない。
こうして5%でも人と問題なく話せてるってことは、後者の可能性は下がる。
例え視界が赤く染まっても、理性がなくなっても私は何度も正気に戻ったのだし死ぬまで戦い続けたなんてことはないだろう。
……いや、聞いてみるか。
「理性剥奪の効果は、視界が赤く染まって、狂暴化する。もしくは生き物を殺したくなる、とかそんな感じでした」
「……今、何%だ?」
「5%です、レベルアップで進行すると思います」
彼は考え込む仕草をする。
真剣に思い当たることがないかを考え込むその姿勢は、情報屋という仕事に信念を持ってることが見受けられる。
……人は信じられないけれど、その人の信念は信じるに値する。
うん、決めた。私はこの人を信用するし信頼する。それで例え騙されたとしたら、それを受け入れる。
「……今までにそんな事象はない。いや、まて、一人似てるのがいた」
「ほんとですか!?」
「ああ、いや。だが、アイツはきっと似てるだけで違う症状だ」
彼が語りだしたのは、数百年前の勇者のお話、おとぎ話だった。
彼は、一時的に自分の筋力──攻撃力?──を上昇させるスキルを持っていた。それと同時に、自意識や理性といったもののリミッターがなくなるという狂暴化のスキルだ。
彼は自身に呪いを打ち込み、様々な楔で自分の心を縛り付けた。
その成果か、彼は狂暴化しつつも、敵味方の判別をつけ、敵を蹂躙し続けた。そして魔王との一騎討ちで、見事に勝利した
しかし、帰国後の凱旋パレードの最中に、突如として狂暴化により理性を失う。
祖国を滅ぼし、近隣国にまで手を出そうとしたところで、冒険者によって殺された。
「……参考になりませんね」
「制御できるが、治し方はない……ま、その可能性があるってだけだな」
パクパクと食べていた魚料理はすでに無くなり、野菜スープも残るは一滴になっていた。
執事さんが持ってきてくれたコーヒー(砂糖みたいなのを1杯入れた)を飲みながら、私は少し考える。
やはり、私と同じ症状の人はいないのだろうか。
いや、それよりも。
「随分と長生きなんですね、ゲッシュさん」
ピクリと眉が上がったことで、その疑問が正しかったことを悟る。
彼はその昔話をその目で見てきたかのように語った。あげくに勇者のことをアイツ、と言った。
どれも細かな違和感だったし、違っていたら『私より歳上だから』と誤魔化すつもりでいたのだけれど。
「……何の話だ?」
「いえ、話したくないなら聞きませんよ。私も聞かれたくないことがたくさんあるので」
「ふぅむ。……情報屋として信頼を失いたくはねえな。取引しようや、ケーコ」
彼は、にこりと、今まで見せたことのないような笑みを見せた。私が見たことのあるどれに似てるかと言われたら……ポーカーでブタのくせに勝負してくる、ハッタリを効かせてきている相手だろうか。
「聞きましょう」
「お前の情報を買わせてくれ。値段は俺の情報だ」
「それは、私がお高いってことなんでしょうか」
彼は、小さく吹き出した。
「ああ、損ではないはずだ」
「なら、売りますよ。どっちから話しましょうか」
彼の秘密と私の秘密。それは果たして釣り合うものなのだろうか。
彼は私の秘密よりも大きい秘密を抱えているらしく、それを教えてくれると言った。
彼は、俺から話すと言い。再びにこりと笑った。
「俺の種族は吸血鬼、名はゲッシュ・ベリスシャック。魔王軍の幹部をしている」
お、おっと。予想以上にすごい人だったぞ……?
受け入れ方がめちゃくちゃ重いんですが。。
そして明かされたゲッシュさんの正体。作者も意外すぎてどうしようこれ……




