喪失者 白鳥 恵子 Lv.4②
残り時間は3時間45分ほど。必要経験値は400くらいだけれど、ゴブリンで考えたら20体分だ。
うん、まだ余裕があるね。
「改めて自己紹介させてもらうぜ? 俺はゲッシュ。ここいらで情報屋をしてる」
「私は恵子です。なんで私に、情報屋さんが?」
彼は、受付カウンターで話すと邪魔になるから、と酒場を指差した。受付嬢のポーラさんも、屈強な尻撫でマッチョマンも、他の全員も、特に何を言うわけでもなかった。
誰も止めようとしない。つまり、彼はみんなに信用されている。もしくはこのギルド全部がグルか。
……ま、少なくともこんなに人気の多い場所で襲われることはないでしょう。
もし厄介事に巻き込まれても……スミノフ君に貸しを作りたくないけれど、最悪は頼ればなんとかなるだろう。
「いきなり本題かよ……まずは出会った記念だ、一杯奢るぜ?」
さて、少し頭を捻ることにしよう。
相手は情報屋と名乗った。情報屋、というとそのままの意味で、相手の知りたい情報を売り付け、お金を稼ぐ仕事だろう。
また同時に、情報屋は鮮度のいい情報を求めるものだ。鮮度はそのまま値段になるから。
そんな忙しい彼が私と話がしたいそうだ。私が情報を欲しがってるとでも思ったか、それとも……。
ただ話がしたかっただけって可能性は、少ないとはいえ、ないわけではない。確証が得られるまでは、警戒して会話を試みよう。
「お金は自分で払います。私はそんなに安くないので」
「……そうかい。俺の目的がわかってくれてるってんなら、話は早そうだ」
彼の表情をよくよく観察する。貴重な情報源だから。
彼は、少しも残念そうな顔をしてはいない。むしろ、満面の笑みを浮かべ、会話を楽しんでいるようにも見えた。
それに、私の予想はあっていたみたいだ。
異世界に来て“くいもの”にされかけたのは、初めてかもしれない。いや、物理的に食べられたことならあるけど。
手書きのメニュー表をチラリと見ながら、ポケットに手を突っ込んでお金を取り出す。
「私は……ホットミルクをお願いします」
「んじゃあ、俺はエールだ」
近くのウェイターの人に声をかけ、それぞれ注文する。
どうやら前払いでお金を払うシステムらしく、注文と同時に会計を済ませてしまう。
ホットミルクは70ロト、エールは100ロト……。
エールって確か日本のビールみたいなものだった気がするし、1ロト3円前後だろうか?
いや、質も考えると1ロト5~10円くらい……?
1ロト10円とすれば、10倍すると日本円に変換できるし計算しやすい。ひとまずはそうと仮定して考えることにしよう。
「それで、なんで私のことを知りたがるんですか?」
「その顔はほんとはわかってるけど、って感じだな? 言ってみろ、当たったらご褒美やるぜ~」
「途中で答えを変えられたらたまらないので、嫌です」
よくいるよね、『考えてること当ててみな』って言って答えたら答えを変えてハズレにしてくるズルい人。
ああいうみみっちいイカサマは嫌い。やるならバレそうでバレないスリルのあるやつをしてほしいものだ。
「情報屋は信頼で食い繋いでるんだぜ?」
「言いましたね?」
「ああ、俺は嘘を捨てた男だ。約束しよう」
まずは嘘を吐かないことを確約させる。
口約束でも良い、言葉にさせるってことが大事だ。それだけで私のリスクは下がる。
けど、やりすぎてはいけない。
逆ギレされて、武器でも構えられたら私は負けるだろう。相手の方が強いことはわかるものの、相手の実力を測ることのできないほどの実力差。
「まず、ガッシュさんは──」
「ゲッシュだ」
「──ゲッシュさんは、私のことを情報屋なのに知らなかった。つまり外から来た田舎者か、例外か。そして私には外から来たって経歴はない。きっと何らかの方法で確認してますよね、門番さんに情報を売ってもらうとか?」
ゲッシュって変な名前だ。
彼は、そこで一旦言葉を区切った私を見ながら、ぽりぽりと頭を掻いた。
「……お、おお。中々に頭が回るみたいだなぁ。だが安心しろ、門番にゃ聞いちゃいない」
「信じます。あなたは私を何らかの例外だと考えたはずです。そしてその例外の情報を最初に手に入れられたら、お金になるはずだ、と」
彼は、ニヤニヤとしながらも私を見ている。
どうですか、と答え合わせを要求すると、彼は楽しさを隠しきれないといった声で話し出した。
「半分正解ってところだな。お前の情報を欲しいってのはあるが、最低目標は顔を売っておくことさ。コネを作るってのは、大事だろ?」
彼は半分でも正解は正解だ、と呟きながら銀貨……100ロトを机の上に置いた。ご褒美の飲み物1杯分らしい。
私は机に置かれた銀貨をつまみ、表裏と見てみる。特に変なところはなさそう。そのまま仕舞うわけでもなく、机の上に戻す。
「ええ、顔合わせは大事ですね。あといい情報をあげます、出口ってそっちなんですよ」
私がドアの方を指差して、帰れと言う。けれど彼は笑うばかりで、まったく席を立つ気は無いようだ。
「そう冷たいこと言うなよ。自分で例外って言ってたろ? 色々と物入りだろう、相談に乗るぜ?」
「ただで情報を聞き出してやる、の間違いですよね?」
「信用されてねえなぁ」
できる限り私の情報は渡したくない。そもそも情報屋と関わりを持ちたくない。
明らかに厄介事になりそうだ。ナチャーロに知り合いがいる人が全員敵になる可能性まで出てきてしまう。
……あ、そうだ。唯一、情報屋に用事があるじゃん!
「一つ、知りたいことがあります」
「おっ? 帰ってほしいんじゃねえの?」
彼はニヤニヤと、まだ交渉の余地があることを喜んでいる。
「とある状態異常の直し方についてです」
「……状態異常?」
「ええ、『理性剥奪』について」
「り──」
「対価はいくらになりますか」
情報を喋る前にそれを聞かなければいけない。
私が知りたい情報ってことは、相手はいくらでも足元を見てふっかけることができる。
もっと言うなら、情報を話し終わってから、法外なレベルで要求することもできる。
「……すまねえが、その状態異常について、俺が知ってることは何もない。あんた、本当に何者だ?」
「それを知りたいんですか? 貴方は何を対価にしてくれるんですか?」
先程とは一転、ゲッシュさんは苦々しい表情をしている。
私が欲しいものは提示した。それは知らないと素直に言ってくれたあたり、彼は信頼できそうだ。
まあ、信頼したからといってペラペラと喋るつもりはないんだけどさ。
「他に。なんか他に知りたいことはねえのか?」
「いえ、ないですね」
「……貸し1つってのは?」
「ダメですね。確かに有益なものですけど、また会えるとは限りませんから」
確かに『貸し』っていうのは所謂なんでもできるワイルドカードなんだけど、それはこの街で暮らしてる人とか、商人とかの信用が売り物になる人にとって有益なものだ。
冒険者みたいな、明日どうなってるかわからない人。この街で宿暮らししてる根なし草。
この時点でツーアウト。
そこに私は制限時間っていう寿命まで加わるから、即ゲームセット物だ。
未来への投資は、されるべきもので、するべきものではないの。
「あんた……もしかして情報屋の天敵か?」
「遂には人を犯罪者呼ばわりですか」
「あーあーあー……悪かった、前言撤回だ……」
彼は手を上げて、降参だとジェスチャーした。
私はポケットから1000ロト……大銀貨を取り出して、彼に差し出しながら問いかけた。まあ、これくらいで買える程度の情報だろう。
「この辺でオススメの宿屋が知りたいんですけど、これで足りますか?」
「……ギルド出て左側の大通り、そこに『片腕の大海亭』って宿がある。こんくらいの値段で、質もいい」
彼は、出しっぱなしにしていた報酬の銀貨をつまみ、そう言った。一泊100ロト前後か、高いけれど、オススメされるくらいだ。早速行ってみよう。
あ、この情報の値段は100ロトでいいらしい。大銀貨を出した意味が無かった。
さて、顔合わせも終わり。私は宿屋とはいえ、住所を教えた。
コネとしてはこれくらいなものだろう。
「じゃ、またな《・・・》」
「ええ、よろしくお願いしますね」
彼はきっと、私のことを調べるんだろう。けれど、同時に『理性剥奪』についても調べるはずだ。だってどっちも知らない情報だから。
そして、後者を調べたら私に恩が売れて、私から対価も受け取れる。
『また』と言ったのは彼で、『よろしく』と言っても拒絶されなかった。
もし凄腕の情報屋なら、今度あったときは優しくしてあげよう。
そう心に決めて、私は席を立った。
宿を取ったら、目指すはダンジョンだ!
ギルドを出て左、大通りを進んでいく。
すると、海から片腕だけが出ている絵の看板を見つけた。
『片腕の大海亭』
いや、看板と店名だけだと何のお店かまったくわからないんだけど?
外観も、宿屋というより少し大きいパン屋さんと言われても納得してしまいそうなほど。
……ほんとにここだよね? ゲッシュさん、信じるよ……?
どうか彼が、私の完全論破に心折られて、意地悪してきたとかじゃないことを祈ろう。
「いらっしゃいませ」
カランコロン。ドアを開けるとベルが鳴った。
そこは赤いカーペットが敷かれ、どこの豪邸だといわんばかりの部屋だった。執事服をかっちりと着こなした男性が、丁寧な礼をした。
「ご宿泊でしょうか」
「は、はい。一人で、とりあえず一泊……」
ほんとに宿屋だった!
前払いってことで値段を聞いたところ、一泊120ロト。朝食夕食つけて200ロトと、格安だ……。
200ロト払って一部屋借りるけれど、カードキーを渡され、さらに驚く。
さすがに地球みたいなペラいカードではなく、チョコレートの箱程度の大きさをしていて、ところ狭しと魔方陣が描かれている。
擬装も、不可能なレベルだろうなぁ……。
セキュリティ良し、接客良し、そのくせ格安。
裏を探ってしまうよね。なんていうか、寝て起きたら牢屋の中とかありそうだ。
「心配要りませんよ、こちらは王宮お抱えのお店でございます。こちらにいらっしゃる大半のシェフは見習い料理人。使用人も大半が見習いとなっております」
「見習い……?」
「はい。こちらで経験を積んで、それから王宮でのお勤めとなります。そのため、このようなお値段で提供できているのです」
貴族様への料理は、プロの料理人が作らないといけない。
ベッドメイキングや紅茶出しなんかもプロがやらないといけない。
外部からプロを雇ってくるには手間も費用もかかる。それに人数には限りがある。
そこで新人を一から鍛え上げることにした。けれど貴族さまに見習いの料理を出すわけにはいかない……。
そこで練習の場を作ったわけだ。
この片腕亭で経験を積んで、プロとして名乗れるレベルになったら貴族様に使えて、その後は後輩の育成のためにまたここに戻ってくる?
「こちらの机も、貴族様が廃棄されるものを買い取り、綺麗に磨き上げて使用しております」
掃除の練習になるらしい。
というか、一回や二回物を溢しただけで買い換えるとかもったいない……。
ここで再利用してるし、そのお陰で豪華な生活ができるわけだけど……もったいない……。
「いちおう聞きたいんですけど、部屋に荷物を置きっぱなしにして外出してもいいんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ただしチェックアウトの際は忘れ物をしないようにお願いします」
チェックアウトは明日の朝の予定だ。それまでの簡易的な倉庫を手に入れられたわけだ。
「では、何かご用がありましたら、お声かけください」
再び丁寧な礼。
私もペコリと頭を下げてから、自室へと向かう。
部屋は3階……最上階だ。エレベーターや転移魔方陣の類いはないから、階段で向かう。
305……305……あった。
そのドアに取手の類いはなく。ドアノブの位置には空洞があるだけだ。
カードキー──ボックスキー?──を差し込み、引き抜くとドアが透明になって消えた。恐る恐る中に入ると、ドアは再び実体化して閉じられた。
こちらから出るにもカードキーを差し込めばいいらしい。
「地球みたい……便利……」
さてさて。やっと落ち着くことができた。
ベッドに腰掛け、ふぅと一息。
大討伐──だったっけ?──の時からずっと戦ってばかりで休めた記憶がない。
仮眠や気絶はしたけれど、ベッドで寝たのは……もう何日も昔のことに思える。
「ねむい……」
残り時間は3時間40分ほど……
寝れても仮眠程度、しかも必要経験値が350はある。
やっぱりレベル10くらいにならないと寝れない……
うとうと……うー……
少しだけ
少しだけ……
『PiPiPi……PiPiPi……』
電子音のアラームが聞こえる。
大きくはないその音に引っ張られるように、私の意識は夢から覚めていく。
……終わってしまう。みんなとの記憶が。幸せな夢が。
目を覚ます。
視界が滲んでいる。私は、泣いていたようだ。
「……ぅ、ぐすっ……」
誰にも見られていないとはいえ、涙を止めることができない。
何の夢を見ていたのか、薄ぼんやりとした記憶さえも薄れ、思い出せなくなる。
ただ、幸せな夢だったと。ずっとあの夢に溺れていたかったのだと。
その事しか覚えていられない。それが酷く悲しく、脆く弱っている証拠だった。
「 」
私のすすり泣く声が、静かな部屋に響く。
クロノスとアレスとエルピスの主人として、恥ずかしくないように、凛々しく生きようと決めたのに。
……彼らが今の私を見たら、どう思うだろう。
コルァのライバルとして、強く強くあろうとしているのに。
きっと今の私はコルァにさえ同情されてしまう。
そして、隆昭くんも。
彼は、いま元気に、してるのだろうか。
今も、私のことを覚えているだろうか……
『残り時間59分58秒』
木の柵が嵌め込まれている窓から、外を見る。
見事に日は落ちていた。完全な寝坊だった。
恵子「やりすぎてはいけない」
作者・ゲッシュ「「やりすぎ」」
情報屋の天敵って、詐欺師だと思うんですよね。
嘘を武器に戦うって、信用第一の情報屋からしたら嫌な存在ですよね。
まあ、詐欺師の天敵も情報屋なんでしょうけど。(身バレしたくないって意味で)




