喪失者 白鳥 恵子 Lv.2③
ガリガリ、ゴリゴリ。
丸太を削ってはみたものの、ゴブリンたちが持っていたこん棒とは比べられないほど不格好な、ただ一部が抉れただけの棒が出来上がった。
作り直そうか、と一瞬考えたものの。
使い終わったら捨てるし、別にいいか……とこれで完成と言うことにしてしまう。
さて、今の経験値は……っと。
『現在のレベル2。次のレベルまで残り10EXP』
『残り時間1時間25分42秒』
残り10EXPで、虫の数はおよそ25匹。
倍以上だから、1匹1EXPでも余裕でレベルアップする計算だ。
……残り時間が思いの外余っているのが、もったいなく感じてしまう。
けれど私はテロリスト、早急に戦力を確保しなければいけない。
「うへぇ……」
壺が動かないように抑え、そっと蓋を開くと……中ではムカデやらミミズやらがのたうち回って、なんとか這い出ようとして失敗していた。
正直、気持ち悪い。使い捨てのこん棒を用意して正解だった。
こん棒を突っ込むと、グチャリと嫌な音がした。
苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。いや、虫を潰した顔か。……ムカデって、苦いのかな?
気持ち悪さを抑え、何度かこん棒で潰す。
潰しきれない虫がいたら大変なので、かき混ぜてみると、グチョグチョという、湿った音がした。
およそ10秒の苦行。けれどその甲斐あって──
『テレテレテッテッテーッ』
──レベルアップだ。
壺をひっくり返し、中身を木の根元へとぶちまける。どうか栄養になりますように。
そのあとは、水とか入れて洗いたいけれど手元にないし、川とかもないし……とりあえず土でも入れておこう。
中級の体力回復薬をポケットから取りだし、アイテムボックスの中身を1枠空ける。そしたら壺を封印する。
今度川にでも行ったら洗って、綺麗にして、『幸運の壺』として転売しようかな。
ついでに、邪魔になりそうだから虫アミもしまってしまおう。
着火しそうで怖いけれど、火打ち石をポケットから背負い鞄へと移し、空いたスペースに虫アミを入れておく。
身軽に戻ったところで、確認作業といこうか。
「ステータス」
────────────
名前:白鳥 恵子
年齢:19歳
性別:女
種族:人間
職業:旅人
レベル:3/99
冒険者ランク:G
状態:理性剥奪(4%)
体力:85/100
魔力:23/39
攻撃力:20
防御力:61
敏捷:15
精神力:18
幸運:17
所持金:1530ロト
装備
右腕:スピアー(攻20)
左腕:虫アミ
身体:ローブ(防10)
バックパック
装飾:ただの髪止め(幸1)
スキル
槍術2
体術1
回避2
固有スキル
襲撃者(人間への奇襲時、初撃のみステータス2倍)
────────────
各種ステータスが伸びているくらいで、他に変更点は見当たらない。
理性剥奪も伸びているのが怖いけれど、虫を殺したせいなのか、レベルアップしたせいなのか……。
楽観的に考えるなら。
レベルアップの度にしか伸びていない──頻繁に確認した訳じゃないけれど──から、レベルアップ時に1%進行する病だと仮定できる。
それならば、意外と猶予はある。だって単純に考えるとレベル99になってようやく100%なのだから。
「とりあえずは、レベル17まで戻す」
私はレベリングに戻った。
見つけたのはゴブリンリーダー1体に3体のゴブリンたち。私はその4体を見つけ次第殴りかかった。
狙うはゴブリンリーダーだ。強いやつから先に落とす。
首を狙った打ち払い。結構強めに当たったはずなのに、ゴブリンリーダーは悲鳴をあげる程度。やっぱり私の攻撃力は低いみたいだ……。
「ゴブリンの攻撃なら……っ」
避けることはしない。
体に当たると、痛くもない攻撃で体力が削れる。けれど、ゴブリンリーダーの攻撃は当たると痛い。だからそいつだけに集中する。
リーダーの振るうボロボロの鉄の剣。その軌道に合わせて、クルリ。槍を回した。
護身術で見たことがあった。回し受け。
素手でやる方法が皆目見当がつかなかったので、槍で相手の腕を絡めればいいんじゃないかとやってみたところ、不格好ではあるが成功した。
感動に震えるのは後だ。地面に剣が突き刺さったリーダーの顎を蹴り上げる。
蹴り上げたリーダーの体が僅かに滞空し、地面へと落ちようとしている。
だけどそのまま見逃す私じゃない。リーダーの足を掴むと、そのまま回転。ゴブリンへと叩きつける。
しかしまだリーダーは生きているようだったので、そのまま回転する。私の隣にあった木へと叩きつけると、流石に死んでくれたみたいだ。
棒高跳びのように、槍を地面へと突いた。そのまま木を蹴り飛ばしながら空へと飛び、ゴブリンの攻撃を避ける。
そのまま着地、槍を手放し、ゴブリンの首を絞める。
ギチギチと、錆び付いた機械のような音が聞こえるようだった。
そのままブチりと首を折り、もぎ取ってやると息絶えてくれた。首から溢れた血がうざい。噴水のように溢れるその傷口を掴み、強制的な止血。
その死体を投げつけて他のゴブリンの攻撃の邪魔をする。
「……戦闘用の服も、買おう」
この服を洗ってきれいにしたとしても、布団に入りたくない。私は寝る前は基本的にきれいな格好になりたいのだ。
「……あ?」
背後から衝撃。目視で確認すると、ゴブリンが腰に抱きついて、動かせまいと踏ん張っていた。
邪魔なんだけど?
腰に抱きついてきているゴブリンへと槍を叩きつける。けれど間合いが近すぎて振りにくい、2撃、3撃と攻撃をするものの、ゴブリンは剥がれない。
しかもその間にもう一体のゴブリンが攻撃を仕掛けてくる。できる限り受け流してはいるものの、動きにくい現状だとどうしても被弾が多くなる。
これが狙いってことなんだろう、ゴブリンといえど知性高いなぁ。
槍を手放す。カラン、と音をたてた瞬間に、私は倒れている。
別に力尽きたって訳じゃない。
私の下敷きになったゴブリンは腕の力が一瞬緩んだ。手首をへし折ってやりながらマウントを取り、全力で拳を降り下ろした。
「……いい度胸だ、猿顔が」
やっと一対一になった。
私が手放した槍を探して周りを見ると、ゴブリンが私の槍を握り、こちらに向けていた。
こん棒ではなく、その槍の方が攻撃力が高いと踏んだのだろう。
けれど、それは逆効果だよ。
私の、私だけの武器を勝手に触りやがって、このゴブリンだけは惨たらしく殺してやる。
ぷっ、あはは……なーんでこんなことでキレてんだろ? なーんで、こんなことを楽しいと思ってるんだろう?
ゴブリンの不格好な突き、それは今の私のようで、簡単に流すことができた。
太刀打ちにポン、と触れ、穂先を横へ流す。そのまま一歩踏み込み、右の裏拳。
しかし、手応えでわかる。素手だとダメージにならない。
何十、何百と打ち込むと倒せるとは思う。けれど、それだとどちらが先に倒れるかわからない。
……さて、どうするか。
ジャブを放ち、間合いをコントロールしながら思考する。
今逃げるってのは、唯一の武器を失うことになる。それだけは避けたい。けれどこのまま戦っていてもじり貧だ。
他に使える物がないかとポケットの中身を思い出してみるものの、壺くらいしかない。
壺で殴る……?
いい考えに思えるけれど、壺を割ってしまうのは避けたい。
虫が入ってたから封印しているとはいえ、容器は色々と便利だから。
だったら、成功するかもわからないけれど、またスキルでも作る?
理性剥奪が進むかもしれない。もしかしたら他の、もっとキツいデメリットが与えられるかもしれないし、デメリットだけが与えられる可能性さえある。
相手の足を狙った払いを、ジャンプで避ける。そのまま手刀を降り下ろすけれど、槍で受け止められる。
ガチン、とけっこう良い音が響いた。
思いの外、体術のみってのはやりづらい。今までは槍術の隙を潰すように殴る、蹴るをしていたのだけれど、それだけってなるとまた一味も二味も違う。
戦いって難しいなぁ。
こんなことならもっと、ボクシングとか、アクション映画とか見て勉強しておけばよかったかなぁ……。
……ん?
そういえば、見たことがある。モップを槍みたいに扱って敵を倒している映画のシーン。
ならさ、虫アミって、槍に似てない?
ポケットから虫アミを取り出す。
そうして、クルリ。アミ部分が石突き、何もない尻の部分がが穂先。
そう思うと、不思議と手に馴染む気がした。けれど、虫アミ部分が風を受けるせいで槍速が幾らか落ちている気がする。
「ま、及第点かな」
ゴブリンの突き。避けることはしない。
あえて手のひらを突きだし、そこに受ける。私の防御力が穂先を弾いてしまう前に柄を掴みとる。
これで距離を空けるなら私の勝ち、そうじゃないなら。
「ギャアアッ!?」
眼球を的確に突く。攻撃力が低くても、目なら多少は攻撃が通るでしょう?
「痛い?」
言葉は通じているのかな?
そもそも音を判別するほどの余裕があるのかなぁ?
グリグリと突き刺した眼球の中、硝子体を弄ぶ。涙……じゃないね、眼球の中身が漏れだしているようだ。ゴブリンが潰れた目を悲しむようにきったない液体を流し、断末魔を上げ続ける。
それでも、こいつは武器を離さない。
その心意気は良し。根性だけは認めよう。
だから……まだ死なないでね?
足払い。虫アミが目から抜けたので、ポケットに仕舞う。
大の字に転がったゴブリンが、やっと槍を手放して無くなった目を押さえる。私は槍を回収しポケットにしまうと、そのゴブリンのマウントをとった。
両腕を膝で押さえ込み、左腕で顎クイッをする。
「いい狂気だ……」
私のことを恨んでいる顔。
死の恐怖で歪んでいる顔。
最後まで諦めていない顔。
良い。コイツの最期には相応しい顔だ。
「さて、右目も貰うよ?」
手刀を振りかぶる。
せっかくここまで押さえ込んだんだ。棒切れなんかじゃなくて、この手で楽しませて?
「──待てッ!」
見知らぬ声。
でも構わない。私の指が、ゴブリンの残っていた眼球を貫く。
プチュリ、と煮詰めた里芋を箸で刺した感覚に似ているだろうか。あまり抵抗という抵抗は感じなかった。
指を曲げ、無理矢理に眼球を抉り出す。
「……なん、で」
私は、ようやくその声の主を認めた。
たった一人の男の子だ。14歳……いや、12歳かな? そのくらいの幼い男の子が、震える手で、私に剣を向けていた。
「なんでそんな酷いことするんですかッ!?」
「……………………ひどいこと?」
どこが? なにが?
まーったく、ぜーんぜん。私に心当たりはない。
いまだにビクンビクンと痙攣しているゴブリンを放置して、立ち上がった。私はその男の子と向き合った、正面から。
これが、私とアジュール君の出会いだった。
どうやったら、ここから名前を知るくらいに仲良くなれるんだろう?




