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喪失者 白鳥 恵子 Lv.2

恵子ちゃんって一人っ子だと思う。


 爆弾を作ることができるようになったのはいいけれど、なぜ爆発したのかがわからない。

 たぶん魔方陣が上手く書けてなくて、ショートした結果爆発したんだろうけれど……それって爆発するのか成功してるのか使うまでわからないってことだよね?

 敵に向かって投げつけたら実は成功してて通信状態になるとか……なんだろう、通信相手を驚かせるくらいで特に意味のない……。


 それに、この爆発ダメージ低いんだけど。

 具体的にいうと防御力0の人が1ダメージ受けるか受けないかレベル。戦闘に使うには少し難がありすぎる……!


 使えなくなってしまったこん棒を捨てる。

 鑑定がないから見えないけれど、耐久値をゴリゴリと削って彫られたところを、止めとばかりに爆発したからなぁ、そりゃ廃棄になるのも仕方ないよね。


「あーあ、無駄な時間だった」


 けれど気持ちは切り替えられた。

 前に進もう。そしたらまた、ハプニングで隆昭君と通信できるようになったり、新しい従魔かぞくと出会えたりするよ。

 もしかしたらクロノスたちが生きてて、再会できるかもしれない。


 槍を杖代わりにしながら森を歩く。思いの外、木の根っこは少なく、歩きやすいけれど……草が生えまくってるのはちょっと嫌かな。虫とか蛇とか潜んでそうだ。

 そういえば、虫型の魔物ではなく、ただの虫を倒しても経験値になるんだろうか? たくさん集めて試してみようかな? ……あー、素手掴みはキツいから、虫アミとか虫かご買ってきてからかな。


 ……いや、時間はある! 気になったらすぐやってみよう!



 ということで森を抜けるために歩く。

 途中でギャアギャア騒ぐゴブリンの声が聞こえてきたけれど、木の影に身を隠してる間にどこかへ行ってしまったようだ。

 とりあえず通った道をそのまま引き返す。草が踏まれたあとがあるので、それを手がかりにしていると、木々の隙間から門が見えた。

 急ぎ足で戻ると、先程と変わらない門番さんに引き留められた。ギルドカードを渡す。


「どうしたんだいお嬢ちゃん、やっばり怖くなったから引き返してきたのかい?」

「いえ、虫取りしたくなったので道具を買いに来ました」

「虫取り……?」


 門番さんが変顔をしている。


「虫取りアミって、どこかに売ってますか?」

「え、あ、アミ? あるとは思うけど……」

「ありがとうございます、探してみますね~」


 何か言いたそうな門番さんに手を振って、街の中へと戻る。さて、どこから探そうかな?



 ブラブラ~と立ち寄ったのは道具屋さん。やっぱりあるとしたらここかな?

 中に入ると、色々な物が置いてあり、店員さんが見当たらない。

 んー……店員さんが来るまで商品でも見てようかな?


 回復薬はまだ在庫があるし、今回はスルー。

 太いつまようじみたいな歯ブラシ。小さいタオルに大きいタオル。火打ち石とコンパス、トゥルーフ王国周辺の地図も買うことにした。

 虫アミと虫かご買いたいけど、お金、足りるかな……?


「すいませーん」


 商品をレジに置いても店員さんが来ない。奥に向かって声をかけてみるけど……反応はない。

 無用心だなぁ、と思いつつ奥へと続く廊下へと行ってみる。


「すいませーん!」


 反応はない。無人なんだろうか?

 あ、でも耳を澄ますと微かに呼吸音が聞こえる、気がする。

 空き巣、なんてことはないだろう。耳が遠いお婆ちゃんでもいるんだろう、と奥へ奥へと進む。

 とある一室へと辿り着いた。そこにはお婆ちゃんとは程遠い、一人の女の子が、寝ていた。幸せそうな寝顔がこちらを向いている。


「……ほんと、無用心だね」


 申し訳ないけれど起こすことにした。肩をポンポンと叩きながら声をかけるけれど……ぬへぇ~っとしただらしない顔で私の指を握った。

 ……赤ちゃんかな?


「起きてくださーい、お客さんですよー」

「ん~……ゃ~……」

「いや、やだじゃなく。お客さんですよー?」


 声も幼い。15歳か16歳か……ピンク色の長髪がサラサラと私の手をくすぐった。手を引っ込めようにも、指を掴まれていてどうしようもない。

 頬を叩いて起こすのも考えたけれど、このぷにぷにしていて白い肌を見ると触るのも億劫になってしまう。

 この子の手も、白く小さく、そして細い。触ると折れてしまうんじゃないかと怖く──こわ、く?


 気づくと、視界は赤く染まっていた。

 けれどそれに驚くことができない。体も動かすことができない。ただ、この子の指に釘付けになっている。

 脳みそを支配しているのはたった一つ。



『折りたい』



 掴まれている手を動かそうとして、思いの外、力が強く振りほどけない。

 なら、反対の手を使おう。そっと手を伸ばす。その指を折るために、この人を殺し、血を浴び、断末魔を聞くために──


「ただいま、姉さ──誰だお前」

「え、あ……」


 裏口が開き、一人の男性が入ってきた。気づいたときにはその人は、両腕で抱えていたはずの荷物を床に置き、私に黒い剣を向けていた。


 とりあえず立ち上がり、槍を取り出す。せめて防衛できるように──ってあーもう! 指離してよ!?


「ここは店員さんが寝てるだけじゃなく、お客さんに剣を向けるんだ?」

「……とりあえず姉さんから離れろ、殺すぞ」

「うるさいよシスコン。この子が指を離してくれな──姉さん??」


 目の前の男性は、私と同い年か一つ年上くらいの青年で、そこそこ身なりのいいイケメンだ。

 180はあるだろう高身長なのにシスコンで……この子が、姉さん??


「姉さん、起きて。……マリ姉、起きてってば」

「ん~……リョウちゃん~……?」

「買い物してきたんだけど、この人は?」

「お客さん~」


 マリ姉と呼ばれたこの子は、ようやく私の手を離してくれた。そのままゴロゴロ~と青年の所へと転がると、彼に抱きついた。

 この人もブラコンかぁ……。ヤバイ店に入っちゃった……?


「……すいませんでした、客とは知らず」

「家に知らない人がいたら怪しむのは当然ですからね、仕方ないですよ」

「本当にすいませんでした、でも殺気を出していた貴女も悪い──」

「リョウちゃん」

「…………すいませんでした」


 お姉さんが嗜めると、言いたいことがあるだろうに青年は黙った。重度のブラコンのようだ。


 ……けど、殺気ねぇ。

 急に指を折りたくなったり、目の前の人を殺したくなったりなんて初めてのことだ。

 一気にレベルが上がったりすると、魔力に呑まれて凶暴化するって、帝くんに聞いたことはあったけれど……1しかレベル上がってないのに呑まれるなんてことあるかな?


 他に原因があるとしたら…………あ、もしかして『理性剥奪』?

 なるほど、確かにあれは理性がなかった。今回はギリギリで正気に戻ったけれど、次もああ上手くいくとは限らない。

 ……いや、この世界なら大抵上手くいかないんだろうな。



 人と深い関係になるのもいけない。



 酷い枷だ。あれもダメ、これもダメ。ダメなことばかりわかるけれど、何をしていいのかわからない。

 ……理性剥奪って、直るのかな。直らないとキツいなぁ……。




 マリ姉とリョウさんは手を繋いで、マリ姉が引っ張られるようにお店へと向かっていて、その後ろを着いていく。

 ……立ってみてもらっても、兄と妹にしか見えない。弟のリョウさんが高身長なことを引いても、マリ姉さんは私よりも身長が低い。

 150あるのかな……?


「たくさん買うんですね……失礼ですけど、お金持ってます?」

「これが全財産です。足りますか?」

「十分すぎるほどですね。これがお釣りです」


 5000ロトを渡したら、1900ロトほど返ってきた。

 買ったものはポケットに突っ込んでいく。歯ブラシ、フェイスタオル、バスタオル、火打ち石……?

 4つほど入れたところでもう入らなくなってしまった。手のひらサイズのコンパスが拒絶するように入ってくれない。

 それじゃあ? と、地図を入れようとしても入ってくれない。


 ……容量オーバー?

 とりあえず調べるのは後にしよう。残り物は背負い鞄に入れておく。


「ここに虫取りアミと虫かごってありませんか?」

「虫取りアミ? 虫かご……?」


 もしかして、と思って紙とペン──正確には羽ペンとインクだけど──を借りた。そして簡単にイラストを描いてみたけれど、心当たりはないらしい。

 虫取りアミの起源っていつなんだろう?


「それなら作れるかも~」

「え、いいんですか? えっと、マリ姉さん」


 呼び方に迷ってリョウさんの真似をしたら、睨まれてしまった。マリ姉さんは微笑んで自己紹介をしてくれた。


「私はヒマリって言います、よろしくね~」

「俺はリョウ。……よろしく」


 小首を傾げて小さく手を振るマリ姉こと、ヒマリさん。あざといなぁ、こうしてる方が男にモテるんだろうし、優しくされるんだろうな。

 はぁ……うん、別に私には隆昭くんがいるし……。

 はぁ……。


「ヒマリさん、作れるんですか?」

「見る限り棒にアミをくっつけるだけ~かな?」

「それでも大丈夫ですよ」


 そして唐突にカウンターの下に身を隠したヒマリさんは、一つの壺を取り出した。


「今なら『虫が捕まえやすくなる壺』もつけて500ロト~!」


 なんだろうその悪徳商法みたいな名前の壺は……。

 でも、私は買うことにした。それはリョウさんが慌てながら「それマリ姉が2000ロトで買わされた『幸運の壺』……っ」と言っていたから。向こう的に赤字なほど割引してくれるって、わかったから。

 それに正直、プラスチック製の虫かごは再現不可能だろうし、虫を入れておけるなら何でもよかった。


「ちゃちゃ~っと作っちゃうね~『クリエイト』!」


 ヒマリさんが、どこからか取り出した棒切れと三角コーナーにつけるようなネットを取りだし、呪文を唱えた。

 瞬きする間に、その二つは形を変え、ずいぶんと不格好な虫取りアミが出来上がっていた。

 手渡してもらって軽く素振りしてみると、見た目が悪いだけで使用感に問題はなかった。


「本当に、500ロトでいいんですか?」

「いいよ~?」

「姉さんそれじゃ赤字──ッ!」


 ヒマリさんは、しぃ~と黙るようにジェスチャーした。


「お客さんに剣を向けたお詫びだよ~?」

「うぐっ……」


 リョウさんもなにも言わなくなった。そう言われてしまっては文句もないらしいので、遠慮なく割安で買わせてもらうことにした。

 虫取りアミを左手に右手に槍を持つ。背中の背負い鞄からは大きめの壺が顔を出している。


 完璧だ。


 完璧な虫取り女が誕生した瞬間だった。

また恵子ちゃんが何か始めるようですが……?(作者も無計画)

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