喪失者 白鳥 恵子 Lv.1⑧
ゴブリンからドロップするとか薬……私のうすっぺらいゲーム知識を掘り起こしてみるものの、何一つ思い当たることがなかった。
一度ポケットに入れて名前を確認すると『ゴブリンの秘薬』という効果がまったくわからない代物だった。
どーしようかなぁ、と考えつつ中級回復薬を浴びる。ただでさえ執事長に殺されかけてた体力が、ゴブリンにぶっ叩かれたせいで死にかけだ。
『現在のレベル1。残り時間12分』
『現在の経験値70EXP。レベルアップまで残り30EXP』
とりあえずよくわからん薬は放置しよう。槍を構え直し、再び森をさ迷う。
どっちに進むと奥に行くのか、もうわからなくなってしまったけれど、とりあえず前に進む感じで。
体力はある、魔力もある、食料もある。眠気はまだない。万全だ。
ギャアギャア騒ぐ声が聞こえて、そちらを見る。どうやら来た道とは別の方向に進んでいたが、いつの間にか180度も逸れていたようだ。鉄剣持ちのゴブリンと、その周りで手を打ってはしゃぐゴブリンの群れに出会った。
戻ってきてしまった。
経験値は残り30EXP。ゴブリン2体倒しとけばなんとかなるレベルだろう。
そして、もう時間的に次を探すのは怖い。リスキーすぎる。
「ギャア?」
「アア! ギャアギャア!」
石や木の枝を拾い上げると、私が隠れている木の近くの茂みへと放り投げる。それがガサガサと音をたてると、ゴブリンたちは怪しむようにそちらを見た。
これで一体だけ確認に来るようならソイツを仕留める。剣持ちがこっちに来たなら回り込んでその場に残ったゴブリンたちを相手にする。
運のいいことに、フラフラと偵察に向かったのはこん棒を持ったゴブリンが一体だけだった。つまりコイツを仕留めることが確定した。
ゴブリンは近くに私が潜んでいるとも気づかず、茂みへと歩を進める。そして私の間合いに入った瞬間、突きを放った。
真横から突きだされた槍を避けることはできなかったようだが、咄嗟に顔を庇った腕に刺さり、深手を負わせることに失敗した。
ゴブリンは痛みか、仲間を呼ぶためか、ギャアギャアと騒ぎだし、当然私は見つかった。
4対1。予想だと先程の一撃で戦闘不能レベルまで持っていくつもりだったのだけど……予想以上に攻撃力が低い。
前回はビンタ一発で殺せるほど弱かったはずなのに、同レベルの視点だとこうもキツいものか。
私は近場の木に身を隠した。が、それも一瞬のことですぐさま別の木へと移り、さらに別の木へと移る。
すると回り込んで挟み撃ちにしようと、二手に別れたゴブリンたちが、別れたまま追ってきた。片方の組だけを相手にする。
柄を長く持って、払うようにスイング。ゴブリンAは屈んで避けられたが、ゴブリンBの側頭部を捉えることができた。
喜ぶ暇などなく、背中からガンガン叩かれる。挟み込まれていたようだ。しかし囲まれていないのを幸いに、また距離をとるべく木を盾に隠れた。
まるでかくれんぼだ。
しかし回避の仕方や、槍の扱い方、果ては森の歩き方も。体がやっと感覚に馴染んできたようだ。ぎこちなかった動きも、多少ましになった。本当に多少、ずいぶんと拙いままだけど。
ゴブリンAの鳩尾を石突きで叩く、そのまま顎先を打ち上げる。どう、と倒れたゴブリンの頭を全力で踏み抜き、砕く。
これでようやく1匹……!
バックステップで距離をとり、得物で威嚇する。一番警戒するはこん棒を持ったゴブリンよりも、ボロボロでも一応剣を持っているゴブリンだ。
判別しやすく、『リーダー』と呼ぶことしよう。ゴブリン世界もカースト制度があり、下から2番目の剣持ちたちを『リーダー』と呼ぶ。……なんてね。
リーダーが何やら指示のようなものを飛ばしている。ゴブリンBが右に、ゴブリンCが左に回り込み、正面からはリーダーが攻める。
リーダーになるには、知性も問われるらしい。きちんと司令塔ができていることに少し驚き、無意識のうちに、目の前の敵を侮っていることに気づいた。
「よく、ないなァ──!」
リーダーが降り下ろした剣を、槍の柄で受け止める。次いで繰り出された突きは、リーダーの手を横から殴ることでそらす。
っ、回り込んでいたゴブリンたちの対応が遅れる。無茶苦茶に振り回されたこん棒が、私の首を捉えた。痛くはない。痛くはないが噎せ、喉を押さえるために槍を手放してしまった。
それほどビックリした。
背中も叩かれる。こん棒の一撃だろう。痣にならなければいいけど……。
ゴブリンBがこん棒を振りかぶった。スイカ割りのように、私の頭をかち割ろうとしている。
脇をすり抜けるようにして一歩、距離のコントロール。即座にゴブリンBの首へと右腕をかけ、足を絡ませるように払う。これが大外刈。
倒れたゴブリンの顔面に、叩きつけるように、ワン・ツー。どうやら息絶えてくれたみたいだ。
『テレテレテッテッテーッ』
随分と懐かしいファンファーレの音に驚く。一瞬の体の硬直は、戦闘中だと命取りだが、相手がゴブリンで助かった。
体の硬直を見てから剣を構え、振りかぶって、切りかかる。
そんなんだと当然のように避けれたよ。ヒヤヒヤしたけどね。
さて、レベル2になったことで延命はできたけれど、こいつらは逃がしてくれないだろうし、逃がすつもりもない。
槍を拾って思い切り逃げたことで開いた距離は、およそ10メートル。お互いに得物を構え直し、向き合う。
2対1まで好転している。このまま勝てるだろうけれど、最後まで油断せず。
よし。よし……!
先に動いたのはリーダーだった。私はカウンターを狙う。
相手の狙いは、胴。横薙ぎの剣が迫り、私は受けるために槍を縦に構えた。
手応えがない。代わりに太ももが焼かれたかのような痛みを訴える。見ると、ボロボロ剣が太ももに突き刺さり、貫通しているようだ。
胴狙いの横薙ぎは、私の槍に与える前に、横から突撃してきたゴブリンのこん棒に当たり、弾かれたように軌道が変わった。太ももに切っ先が触れた瞬間、リーダーが体重をかけて突き刺した。
……記憶を手繰り、結果から逆算するとそういうことらしい。そういう連携もあるのね。
「ぅ──らぁ!」
槍で払い、距離を空けさせる。剣も奪い取ってやろうと思ったものの、思いの外素早く逃げられてしまった。
……ポケットから中級の体力回復薬を太ももにぶっかける。じゅくじゅくと肉が蠢き、傷が塞がる。何度やってもなれない感覚だ。
もう連携されてはたまったものではない。先にただのゴブリンを倒してしまうことにした。
リーダーが切りかかってくるが、逆にこっちから間合いを詰め、体当たりすることでタイミングを外させる。
そして後ろからドタドタと迫ってきていたゴブリンへと、突き、打ち払い、踏みつけ。
その3連撃でようやく息絶えるゴブリンを眺めながら、攻撃力の低さにうんざりとする。まあ、こればっかりはランダム生成だったしねぇ……うぐっ。
「背中からを切らないで!」
ローブごと、背中を切られる。ボロボロに錆びているせいで、スパッと切られるというよりも肉を引き裂かれる感覚に近い。
……いや、なんでそんな感覚がわかるようになってるんだろう私、日本だとただの学生だったのに……。
余計なことを考えて行動が遅れた。リーダーはすでに目の前に迫っている。……避けられない、けど当てられない訳じゃない。
脇腹を貫かれる。代わりに私の突きが相手の太ももを貫いている。
痛みに喘ぎつつ、切り下ろしを受け止め、無理矢理を押し返す。剣を構え直そうとしたリーダーの腹に蹴りを入れ、体勢を崩させてから足を払う。転んだリーダーの腹を蹴り、その背中へと槍を刺す。
痛みから逃れるためか、手足をバタつかせたリーダーに追撃しようとするが、一瞬の隙をついて逃げられた。地面を転がった勢いで立ち上がったリーダーが、切りかかってくるのを左腕で受け止めるッ!
視界の端が黒くなり、ぼんやりと意識が遠ざかる。けれど隙を作った。
「刺突ッ!」
その名前を叫びながら、リーダーの顔面を突いた。
……名前を叫んでみれば発動するかと思ったけど、そんなことないんだね。この世界は、少し私に優しくしてくれてもいいと思う。
ゴブリンリーダーが、倒れた。もうピクリとも動かないのを確認してから、回復薬を浴びる。
中級を使ったのに、体力が全快には至らない。けれど、まあ、なんとかなるレベルにまでは持ち直した。
視界も問題ないレベルまで見えるようになった。
「回復薬、多目にもらっておいてよかった……」
スミトモ君──だったっけ?──に心の中で感謝の気持ちを想いながら、へたり込む。
状況を確認しよう。まずは敵がドロップしたアイテムが1つある。
『こん棒(攻10)』
何かに使えるかもしれない、とポケットに入れておこう。あとはお金……ゴブリンリーダー1体とゴブリン3体で110ロト。これもポケットにしまっておこう。
次は、目に見えない部類の確認。
『現在のレベル2。次のレベルまで残り60EXP』
『残り時間1時間58分12秒』
「ステータス」
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名前:白鳥 恵子
年齢:19歳
性別:女
種族:人間
職業:旅人
レベル:2/99
状態:理性剥奪(3%)
体力:76/82
魔力:28/34
攻撃力:17
防御力:55
敏捷:12
精神力:15
幸運:14
所持金:5165ロト
装備
右腕:スピアー(攻20)
左腕:
身体:ローブ(防10)
バックパック
装飾:ただの髪止め(幸1)
スキル
槍術2
体術1
回避2
固有スキル
襲撃者(人間への奇襲時、初撃のみステータス2倍)
従魔
クロノス(悪魔竜)……死亡
アレス(トロール)……死亡
エルピス(アラクネ)……死亡
称号
同郷殺し
殺戮者
災厄をもたらした者
従魔殺し
────────────
理性剥奪の数値が、上がってる……!?
どうして、何が条件? いつ上がった? なんで上がった?
考えられる条件としては……『敵を倒したから』『レベルが上がったから』『ダメージを受けたから』『一定時間が経過したから』この4つくらいだろうか。
どれも、ひどい条件だ。レベルを上げないと死ぬのに、レベルを上げる仮定で不穏な状態異常が私を蝕む……っ。
グングニルのために、神々に喧嘩を売るのはやり過ぎただろうか。
……いや、いつかは殺す相手だ。ちょっと早かっただけ。
ふぅ、落ち着け、私。
まずはこの状態異常の効果を知ろう。進行度が上がる、詳しい条件も知ろう。
そして、できる限り上げずにいて、なんとか直す方法を探そう。
「もう、少しだけ……休憩……」
息が荒い。心臓の音がうるさい。
レベルが下がったのに、気持ちだけ先走って動いていたから、体が悲鳴をあげている。今は槍を持つのも億劫なほど、限界だ。
「早くレベル戻したいなぁ……」
色々と無茶ができて、楽しかったあの頃に、戻りたい。
無理だとわかっていても、どうしても考えてしまう。
ポケットから通信の石板を取り出す。もしかしたら、と思ってもう一度確認する。
────────────
【通信可能】残り3/5
スミノフ・トゥルーフ
ルドルフ・ヤーディア
────────────
やっぱり、隆昭くんの名前はない。結局この世界に来てから隆昭くんの声を聞けたのは1回きり。
……もっと電話かけておけばよかった。
そっと石板をなぞる。この通信の魔道具は、人工物であるらしく、手頃の石板に魔方陣を彫ることで作り出すらしい。
そもそもさ、私が前に通信したときは髪留めを『媒体』に、隆昭くんのスマホへと電話をかけた。つまりこれは異世界版スマホみたいな物だと思う。
スミトモ君に通信をかけたとき、彼は魔道具を持っていたのかはわからないけれど、もし持っていなくても通話に出られるとしたら?
もしかしてこれ、『通信魔法』を使うための道具だとしたらさ。この石板に『通信魔法』を教えてもらえるんじゃないかな?
そこら辺に落ちていた木の枝で、地面に魔法陣を模写する。
幾何学的な模様は、何か意味があるとは思えない。しかし円の中に模様が書かれていることを考えると、この円の中にある模様を弄ることで魔法現象を弄ることができる?
とりあえず、魔力を地面に書いた魔方陣へと流し込む。
光ることもなく、魔力は霧散した。
……どうしてだろう? きちんと模写できているはず。なら、石板にも何か意味があったのだろうか……?
いや、でも、魔方陣って床に書いても発動するのが普通だよね?
「この世界で、ゲームの普通は通用しないか」
あの神々的にも。そんなに素直だとは思えない。
それじゃあ、1つの仮説を立ててみよう。『床に書いた魔方陣だと、魔力が逃げて発動しない』としたら?
石板に意味があるのではなく、地面と触れていない物に書かれていることに意味があるとしたら?
「何か書けそうなもの……あっ」
ポケットの中にはこん棒が1つ。
槍を股に挟んで、人魚さんみたいな崩した正座の座り方をする。そうしたら穂先を固定しつつ、目の前に用意することができるよね。
よし、槍ではなく、こん棒を動かすようにして魔法陣を彫る。
ガリガリ、ゴリゴリという小さな音だけが響く。
「よし、少しズレちゃったところもあるけど、完成!」
曲面のこん棒に彫るのが予想以上に難しくて、四苦八苦しているうちに、不格好になってしまったけれど、なんとか完成。
魔力を通してみる。
「わっ!? ……失敗ってこと?」
魔方陣が赤く光ったかと思うと、小さく爆発した。魔法陣を掘った部分を中心にこん棒が焦げて、しまう。
んー……通信の魔道具作ろうとしたら爆弾ができちゃった?
日間ランキング入りしました! みなさまありがとうございます!
なによりも! 宣伝して拾いあげてくださったもやしいためさんに最高の感謝を!
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