喪失者 白鳥 恵子 Lv.1⑤
「……やっぱり生きる希望は見出だせないかな?」
お偉いさんは、少し見当外れな返答をした。私は、そっと首を振る。
「私は、どれだけ落ちぶれても従魔の主です。死んでしまった彼らが、今の私を見たら後悔すると思うんです。こんな人を主人に選んでしまった、って。……それは、嫌なんです」
クロノスの母親になりたかった。
アレスの相棒になりたかった。
エルピスは……何になれたんだろう?
私は確かに自分の不手際で彼らを殺した。けれど、彼らが許してくれるくらい。彼らが生まれ変わっても私の従魔になりたいと言ってくれるような主でありたい。
クロノスの母親を目指す。アレスの相棒を目指す。エルピスの主人を目指す。
上へ上へと目指す。そして、神々を滅ぼす。その願いが叶ったとき、私は自分の心臓を自分で潰そう。
これは盛大な自殺劇だ。自爆テロだ。
神々へ。この世界への爪痕を残し、死ぬ。そんな物語だ。私はこの瞬間テロリストになった。
けれど作戦もたててなければ相手の居場所もわからない。武器も泣ければ戦力もない。
ないないづくしだ。
だから
「取引を、しませんか?」
まずは後ろ盾を得てみようじゃないか。
「私は特異点が発生した理由を全て話します、唯一の生き残りであると断言できる私が。そうですね、ダハクさんのことだって話します」
「──ッ」
おおよそ訓練所のど真ん中でする話ではない。けれど、今じゃなければダメなのだ。私の寿命が残り1時間を切ったのだから。
「……話してくれるのかい?」
「ただで、とは言いません。私も聞きたいこと、必要なことはたくさんあります。なので、取引です」
いまだに地面を転がっていたスピアーを拾い、くるり。手元で回すが火花が舞わない。それが酷く寂しい。
そう、だね……コルァのライバルとして、胸を張れるように生きるよ。だから生まれ変わったらまた私を殺しに来て?
「じぃや」
かしこまりました。と聞こえた瞬間には、ナイフが首筋に添えられている。背中にじんわりと感じる体温は執事長のものだろう。
……ああ、忘れていた。神々を殺す前にコイツも殺さないといけないんだったね。うっかり。
「こうして君を脅すこともできる。誘いを断った君と取引なんてしなくてもいい」
「そうですか、なら殺してくださいよ」
「……」
「ほら、わかりますか執事長サン。あなたのナイフが肉を切っているところ。これ戦闘用じゃなくて食事用ですよね? いいのかなぁ、執事サンが食器で人を殺して。ご主人様に人を殺したナイフで食事をさせるんですか?」
ズブズブとナイフが喉へと刺さっていく。喉が切り落とされていく。執事長は動いていない、私がゆっくり切られにいっている。
ダメージが少しずつ溜まる。体力が半分ほど削れる。
「ダハクさんもなぁ、いい人だったなぁ。あの人の言ってたこと、伝えられなくて残念だなぁ……」
「ルドルフ殿──ッ!」
ダハク弟さんの泣きそうな声と共に首元のナイフが消えた。命令もなしに行動を取り止める……ダメな執事だなぁ、ルドルフさん?
「……あなたは、狂ってる」
「I kill you」
耳元で囁かれると感じちゃうじゃないですかぁ、私の想いを伝えると、ルドルフさんは舌打ちをした。
執事さんが~舌打ちしたら~いけないんだよ~?
と、まあ。冗談はほどほどにしておこう。お偉いさんも狂人を見る目をしているわけだしね。
「この世界で、死人を生き返らせる方法はありますか?」
「ない。……あるとしても禁呪、負の遺産だね。次はこっちの質問でいいよね?」
お偉いさんが問いかけるので、私は頷く。交互に質問し合うらしい。これじゃあ私の手札が切れるのが先かな。
「ダハク・グリューエルについて」
「随分と従者思いなんですね? でも対価として、大きすぎませんか?」
「君の質問が悪いだけだろう? ……いや、まて、そうだな。もう一つの質問にも答える、だから教えてくれ」
ダハク弟さんが「焦らすな」とばかりに睨んでくる。けれど、睨まれる私としては笑顔だ。渡す対価としては少ないが、こちらはいくらでも誇張できる。偽装も捏造もできる。
向こうはあくまで常識的な質問だから、嘘をつけば誰かがボロを出す。……どこが限界か、もう見誤るな。
「この国の近くでゴブリン、もしくは同程度の魔物が出る場所を教えてください」
「……東門から出てすぐのところに森がある、僕らは『試練の森』と呼んでる」
「なるほど。まず、ダハクさんとは一度会い、共闘しました。正確には強敵を相手に手こずる私を助けてくれました。ダハクさんは他の2人の冒険者とパーティを組んでいて、大討伐の前線で戦い、特異点に巻き込まれて即死しました」
他2人の名前は、えっとティリーさんとリズさんだっけ?
流石に命の恩人のことは忘れないよ。
「特異点と大討伐は、別……?」
「そうですね、その2つは関係ありません。ダハクさんだけでなくその場にいた全てが即死し、肉を溶かされ、経験値となり宙を舞いました。彼らは、全員死んでいます、この目で見ました」
この目というか、精神体の目でだけど。
ダハク弟さんが泣き崩れた。けれど取引に関係はない。話を続ける。
私が切れる手札は『特異点発生の理由』『この世界ができた理由』くらいだろうか?
一方私が聞き出したい情報はもうない。なのでここからは物をねだろうと思う。『食料』『お金』『回復薬』くらいだろうか?
武器は必要になってから揃えればいい。少なくとも手札が少ないこの場面では要求すべきではない。
「なぜ、君は生きている……?」
「それを喋るための対価を求めます。……と、言っても聞きたいことは聞けたので現物取引でもいいですか?」
頷かれる。できる限り用意しよう、と第一王子さまの口約束も得られたところで、核爆弾をぶちこむことにしよう。
「私が生きている理由は、私が特異点を作り出したからです──ルドルフさん、止めて」
「……シラトリ殿、詳しい説明を」
ダハク弟さんが剣を抜き、飛びかかろうとしてきたが、予想はできていた。なのでアイコンタクトでルドルフさんへと警戒を促し、爆弾発言と同時に止めてもらった。
ダハク弟さんを羽交い締めにするルドルフさんは、私を睨み付けてくるが、私だって被害者なのだから許してほしいものだ。
「私が引き起こそうとして引き起こしたことではありません。むしろ私は止めようとしていました。……いつだったかから、固有スキル『歪な器』というものが神々から与えられました」
「聞いたことないスキルだ」
「そのスキルの効果は『使用後消費。半径5キロ以内の生物即死』でした」
お偉いさんは、悩むような仕草をしている。私の扱いに困っているのか、この事件の真意に迫ろうとしているのか。それはわからない。
「ステータスに写っていないのは、それが理由かい?」
「いいえ、私はその時一度死に、『歪な器』によって生まれたエネルギーで生き返らされました」
「生き返らされた……? それは、誰に?」
「神々に」
信じてもらえるか、賭けだ。
異世界なんだ、それにスキルが与えられる世界なんだ。神々の存在が認知されていてもおかしくはない。
あの地球ですら神という存在は言い伝えられているのだから。
「……信じられない。けれど、ルドルフ」
「嘘は、言っておりませんな」
「とのことなので信じよう……それにレベル1であったことも、説明がついてしまう……」
ルドルフさんが、本人も信じられないと言った表情のまま私を見ている。
なんで? 信じられないってんならもっと質問してくればいいのに。
「そのスキルを使ったときの状況は?」
「私がリザードマンに囲まれ、殺されかけたときに、それが勝手に発動しました。……おそらく、ですけど、死にかけたら自動的に発動するようになっていたんだと思います」
お偉いさんは納得したのかしてないのかわからない表情をしていたが、ルドルフさんは信じてくれたらしい。ダハク弟さんに「この人のせいではない」と説得してくれていた。
ありがとう、死ね。
「これくらいですかね?」
「いや、もう一つ聞きたいことがある。なのでまずは要求を聞きたい」
「私がほしい物品は『回復薬』『食料』それから『お金』です。くれるというなら『武器』や『防具』なんかもほしいですけどね」
「……わかった、多めに用意させるから次の質問の分の対価も合わせていいかな?」
ん、それならばこの後に要求するはずのものを先に要求してしまおう。
「それなら『通信』の魔道具ってもらえますか?」
「……質が悪いものでいいなら」
「まあ、それでもいいですよ。それで、何が聞きたいんですか?」
ルドルフさんが、私をお姫様だっこしてくれた女性に声をかけた。名前はメアリーというらしい。というかいたの?
私の要求した物品を用意するように、と指示していた。それからいつの間にか書いていたメモ紙を渡している。
……あれが私の暗殺計画とかではありませんよーに。
「ノンマルトの人たちは、どうなった?」
「……のんまると?」
「ツキミ・カワラギ。トール・ゴーダ。タクロー・ヨコデラ。の3人がナチャーロにはいたはずだ」
ああ、レベル99の人たちね。ノンマルトの人々って呼ばれてるのかな。どういう意味だろう?
人外? 化物?
……ま、いいか。
「月美さんと横寺さんは、死にました。あの人たちでも即死スキルには耐えられなかったようです」
「そう、か……そっかぁ……」
お偉いさんは、へたり込んでしまった。これで話すことはなくなったかな? まだ何か聞きたいことがあった気がするけれど……いっか。
「一度は断った誘いですけれど、何か困ったことがあれば呼んでください。そのために『通信』の魔道具を貰うんです」
「誰にも従わないんじゃないのかい?」
「ええ、従いません。でも、協力関係なら別です」
つまりは後ろ盾になってくれるなら、何かあれば力を貸すよ。っていうこと。
これこそ本当に欲しかった対価だ。
「……たった一人の戦力が、役に立つとでも?」
「ええ。レベル99って、珍しいんですよね?」
現地人で、レベル99の人を見たことがない。私が一年もせずに至らなければいけない領域だ、現地人なら一人くらいなっててもおかしくはない。
なら、その理由はレベル上限が、現地人は低いんじゃないかな?
まあ、私はレベル上限が低くても寿命が数時間ではない方が嬉しかったけどね。
「いないってわけではないんだけどね、限りなく少ない。才能や努力、育つ環境でレベル上限は増えるし、犯罪をするとレベル上限は下がる。……っと、これも対価を求めるべきだったかな?」
「投資ってことで我慢してください?」
この人は私を仲間に引き込もうとした。きっとレベル99という駒を持っていれば、政治的にも有利になるから。
なにが生き甲斐を与える~だ、そんなもの与えられるのは隆昭くんか、クロノスたち従魔だけだ。
私は何かあれば手を貸す代わりに、後ろ盾を得る。彼らは私の将来に投資して、優秀な駒を得る。
最高な協力関係だ。主に、私が死ねば向こうが大損をするというところが。
「……うん、いいだろう。トゥルーフ国第一王子スミノフ・トゥルーフは君を支援しよう」
「冒険者(予定)の白鳥 恵子はスミノフ王子と協力関係を結びます」
こうして握手を交わした。
さて、寿命伸ばすために森にでも行こうかな。
『残り時間41分52秒』
やっと戦闘の気配が近づいてきたぞ……!
従魔の主からテロリストにジョブチェンジすると、誰が予想できただろうか。




