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喪失者 白鳥 恵子 Lv.1③

 その屋敷についたのは、ちょうど太陽が真上に陣取るのをやめたときだった。何時なのかは……ちょっとわからない。

 懐中時計もどこかに置いてきてしまった。時計って肌身離さず持ってるものじゃなかったっけ?


 馬車の中で隣に座っていた女性にお姫様だっこされながら運ばれる。レベル補正があるとはいえ、こうも軽々持ち上げられるのは変な気分。けど特に抵抗するようなことではない、されるがままに連れていかれる。

 先導するダハク弟さんや『隊長』さんの案内で、豪華なお屋敷へと招待された。


「ドグラマ・グラノス。入ります」


 屋敷の中、とある一室の前で立ち止まり、隊長さんがノックし、名乗った。入室の許可聞こえ、隊長さん、ダハク弟さん、お姫様だっこされたままの私と入室していく。


 部屋の中は、執務室だろうか。

 赤い絨毯のお部屋は広く、壁際にはぽつねんと本棚がある。他には仕事用だろう机が1つ来客用のテーブルと椅子があるだけという、質素な感じだ。

 そんな室内にいたのは2人、きらびやかな服装をした、私より年下の男の子。貴族、なのかな?

 お偉いさんの後ろに控えるのは老成した執事さん。いかにも仕事ができる執事長といった風貌だ、かっこいい。紅茶とか入れてほしいね。


 さすがにお偉いさんの前でお姫様だっこは無礼に当たると考えたのか、立たされるけれど、なーんも気力がわかないのでそのままへたり込む。


「スミノフ私兵団団長、ドグラマ・グラノス、報告にあがりました」

「ご苦労、楽にせよ……って、これ毎回やらなきゃダメ?」


 小首を傾げるお偉いさんは、すぐさま執事さんに「本来ならばそのような口調で話すこと事態が~」うんたらと説教されて、嫌そうな顔をしていた。

 少し見ていればわかるものの、この執事さんやり手だねぇ。多分この隊長さんよりもレベルが高い。今まであった人の中で、三番か四番目辺りに相手したくない人だ。

 ま、相手することなく私は死ぬけどね。


「さて、おかえりドグラマ。報告を聞かせてくれるかい?」

「はい。まずはこちらの女性が、唯一の生存者になります。特異点全域を捜索しましたが、彼女以外には、何も」

「この人がいた周りに、変化は?」

「何も変わりはありません。植物もなく、魔力も薄い荒廃した大地が続いているだけでした。全域でもそれは例外はなく、ナチャーロは建物こそ健在なものの……無人でした」


 ナチャーロが、無人……。

 そっか、生物即死に耐えられた人はいなかったんだね。横寺さんたちも死んだっぽいから、普通の人が耐えられるわけないか。


「『ノンマルト』のトップたちは?」

「……いませんでした。おそらくは──」

「うん、そっか。……そっかぁ」


 お偉いさんが悲しそうな顔をした。推測するに、ノンマルトって知り合いたちが、大討伐のためにナチャーロにいたんだろう。そして私の固有スキルに巻き込まれて即死した。

 特異点ってのが、即死の範囲かな? その全域を捜索したって、すごいね。半径五キロの円形だっけ?

 なぜか十円ハゲを思い出したけど他意はない。


「スミノフ様、一つ進言が」


 今までずっと無言で、隊長の後ろに控えていたダハク弟が声を出した。隊長がせっつくが、やめる気配はない。


「君は……アヴェセタだっけ? 今回の捜索に志願したんだったよね」

「はい、違いありません。私が志願した理由は、兄のダハク・グリューエルを探すためであります。……そして、こちらの女性は兄のことを知っているようなのです。早急に事情聴取を行っていただけないでしょうか」

「固いなぁ……うーん、事情聴取ねぇ……」

「早急にお願い申し上げます。この方には、特異点を作り出した容疑がかけられています故」


 殺気。いや、まだ怒気なのかな?

 ダハク弟さんから私に向かって鋭い殺気が飛んでくるけれど、実害がないので放置。それより私はぐでーっとするので忙しい。


 というかなんで、私は何もしてないのに話が進んでいくの? ただちょっと死にたいだけで寝転がっていて、この人たちのせいで死ぬのに失敗してるんだけど?

 あー……ダメだ、またぶつける先のない怒りがふつふつと……。落ち着こう。なんならこのまま寝ちゃおう。


「容疑って、そもそも……なんでこの人は床に寝転がってるの、ドグラマ?」

「おそらくは、心が壊れてしまっているのではないかと。特異点の実情を知った結果、なのかもしれません」


 私が寝転がってるのは立つのがめんどいからで、心が壊れてるなんてことないよ? 隊長さんは見る目がないなぁ。


 スタスタと近づいてきたお偉いさんが、しゃがみこみ、私へと顔を近づける。目が合う。綺麗な青い瞳だ。髪はサファイアを繊維にしたような透き通るファンシーカラー。

 顔立ちは中性的で、あと5年もすれば女が放っておかないイケメンになるだろうことが見てとれるほどの美貌。


「こんにちは、少しお話を聞かせてもらえないかな」

『……こんにちは』


 ちょっとした悪戯心と重要な確認、それから会話する気がないと遠回しに伝えるためだった。私はあえて、日本語で返答をした。

 そして、気づいたら目の前にナイフが突き刺さっていた。


「じぃや!?」

「ドグラマ殿、坊っちゃんをお守りください」

「ええ。……スミノフ様、お下がりください。何をしてくるかわかりません」


 じぃやと呼ばれた執事さんがナイフを投擲し、私の数センチ前の床に突き刺さったのだ。牽制のためってわかってたし、殺してくれるなら甘んじて受け入れていたのに。

 初動も何も、全然見えなかったなぁ。眼球に魔力を灯して強化しようにも、魔力が動かしづらくて、暴走しそうだったのでやめた。


 にしても大事なことがわかった。……ここに日本人はいない。

 つまり神々のおかげで即死を免れました、なんて言っても伝わらないだろう。

 私がとれる行動はだんまりだけだ。


「坊っちゃん、どうするおつもりで?」


 執事さんがナイフを手に、私を睨む。

 隊長さんはお偉いさんを庇いながら、私の一挙一動を見逃すまいと見ている。

 ダハク弟さんは視界に入らないのでわからないが、それでも薄くぼんやりとした、弱々しい殺気を感じる。

 そんな誰もが警戒する中、坊っちゃんと呼ばれたお偉いさんだけは、不用心に私に近づいてきた。微かに魔力が動いているのを感じる。


「今からステータスを見させてもらいます、いいですか?」

「……」

「否定がないので肯定とさせてもらいます。『鑑定』っと」


 むず痒いような、心に土足で入り込まれるような不快感。鑑定されたときに感じる気配。心に溜め込んだ怒りに、再び火がつく。


「……じぃや、ドグラマ、アヴェセタ。この人は犯人じゃないみたいだ」


 何をどう見たのか、お偉いさんは盛大な勘違いを口にした。それから、今見たステータスを紙に書き出すと言い、さらさらと筆を走らせ始めた。



 ────────────

 名前:ケーコ・シラトリ

 年齢:19歳

 性別:女

 種族:人間

 職業:旅人

 レベル:1/99


 体力:68/68

 魔力:26/26

 攻撃力:11

 防御力:48

 敏捷:9

 精神力:11

 幸運:13


 装備

 身体:ローブ(防10)

 装飾:ただの髪止め(幸1)


 スキル

 槍術1

 回避2


 固有スキル

 襲撃者(人間への奇襲時、初撃のみステータス2倍)


 称号

 同郷殺し

 殺戮者

 災厄をもたらした者

 従魔殺し

 ────────────



「まず第一に、この人。シラトリさんのレベルは1。成長が遅くても10歳にはレベル2になってるはずだから、19歳の彼女にはありえないはずだ」

「19!? どんな若作りだよ……」


 呼吸をする、食事をする、運動をする、勉強をする、睡眠をする。たったそれだけのことでも経験値は入るらしい。

 だから19歳の私はレベル3ほどはないとおかしいらしい。例え箱入りで、19年間寝ていてもレベルは上がっているはずなのだ、とお偉いさんは言った。

 ダハク弟さんがやけに驚いていたけどどうしたんだろう? 私ってそんなに若く見える?


「正直不可解な所ばっかりだ、旅人の職業なのにそれらしいスキルはない。しかも凶悪なわりに効果バフ・デバフのない称号が4つも手に入っている」

「殺戮者、災厄をもたらしたもの……やはり特異点はシラトリ殿が……」

「それはどうだろう?」


 執事長の発言を遮るお偉いさん。

 それぞれを見回し、しばらくの間を置いてから話し始めた。


「この人も巻き込まれたんだ。あの荒廃した大地を産み出すスキルがないことが証拠だ」

「ステータスの偽装は?」

「鑑定の魔眼を騙せるスキルを、僕は知らないね」


 そのトントン、ってこめかみを叩く仕草むかつくのでやめてほしい。


「……レベルドレインなどでステータスを引き下げるというのは」

「それならば共犯者がいるはずだよね、自分のレベルを引き下げることはできない。そして共犯者がいるならなんでこの人を連れて帰らなかったって話になる」


「では……レベルドレイン以外の方法でステータスを弄れたとしたら?」

「じゃあなぜ固有スキルの襲撃者を、称号を消してないんだい?」


 執事長と隊長さんが質問をし、お偉いさんが切り捨てていく。会話の早さについていけないのか、さっきからダハク弟さんとお姫様だっこしてくれた女性が黙りっぱなしだ。

 というか私、眠くなってきたんだけど。


「なによりも。……何よりも、この人のレベル上限は99だ」


 その発言で、再び私に視線が集まった。うとうとしていたところで急に見られるとビックリして眠気覚めちゃうからやめてくれないかな……。

 執事長さんがナイフを仕舞った。隊長さんも目に見えてわかるほどの警戒はやめたらしい。するとダハク弟さんの殺気だけを感じるようになる。


「ドグラマ、この人を私兵団に入れようと思う。頼めるかい?」

「ええ、期待に応えて見せましょう」


 隊長さんが胸に手を当てて礼をした。それを見て、本当に貴族の挨拶っぽいなぁなんて今更な感想を抱いた。


「坊っちゃん」


お偉いさんが強引にまとめようとしていた話を、執事長さんは止めた。まるで最終確認をするかのように、引き返すなら今だと言い出しそうな雰囲気で、口を開いた。


「もしこの方のレベルが高くなったとき……あなたよりも強くなるのですよ? あなたは扱いきれるとおっしゃるつもりですか」


「その疑問は最もだ、元王国騎士団団長ルドルフ。父であり国王でもあるあの方なら、こう言うだろう。『たった一人の小娘も御せぬのに、何が王だ』」


「──出すぎた真似を致しました」


 執事長さんが、まるで言わせたかったようだ。お偉いさんの決意に満ちた目が私に向いている。

 ……正直、勝手に期待しないでほしい。





 今私はスピアーを構え、執事長と訓練用らしいフィールドで対峙している。しっかりと握りなおした槍を執事長に向けると、木刀を向けられる。


「さて、無理を言ってこの場を作ったのです。全力でお相手願いたいものです」

「言われなくても……殺すぞ……ッ」


 お偉いさんの部屋を出るとき、執事長さんがとある提案をした。それは私の今の実力を見たい、というもので、これからの訓練の指針を決めるために必要なことだと説明されていた。

 しかし、その裏を感じないでもない。

 いかにも不穏分子な私を事故に見せかけて排除したいとか、そういったものが。現に執事長さんは私を探るように見て、言葉を変え挑発をしてくる。


 全力で戦え、とか。

 この先ここでやっていけるのか試してやる、とか。

 そういった内容を言われたところで、私の粉々以下の心は動きもしなかった。……でも、こいつは言ってはいけないことを言った。


「そんな様子だから従魔を殺すのです。まあ、殺された従魔も従魔ですが」


 襲撃者を用いた一撃。全身に一切力を入れていない自然体、ポケットからスピアーを出して振るった。

 虚と実。

 静と動。

 例えレベル17の頃であっても再現できないほどの速さは、隊長さんでさえ反応できていなかった。


 そして──いともたやすく避けられた。

 奇襲をかけた側だというのに最小限の動きで回避され、首元にナイフをそえられる。この上ない屈辱だろう。普通ならば、首の皮が切れるのも構わずに一歩詰めると、執事長は『場所を変えましょう』と提案してきた。

 私はそれに乗った訳で、今に至る。



 槍をくるりと回す。

 たったそれだけの動作が上手くできない。手から滑らせないように注意しないとこんなこともできないってことに少しショックを受ける。

 狂気を燃やせ。殺意を呑み込め。

 もいちどくるり。槍を回すと執事長へと向ける。


「吐いた唾は、二度と飲めない」

「ええ、そのようですね」


 私は穂先を向けたまま、後退する。およそ5歩の微妙な距離がさらに開く。予想外な行動に、執事長がどう動くのか悩んだ様子を見せた。

 さらに数歩下がる、投擲でもしない限り届かない距離。そう、投擲しないと届かないならば、投擲すればいい。どんな格上だろうと殺す攻撃を。

 ステータスにない? 知ったこっちゃない、扱い方はわかる。神々に奪われたというのなら、神々から奪えばいい。


『私はグングニルの継承者』


 日本語による詠唱。この場にいる誰にも理解できず、おそらく覗き見しているだろう神々へのみ伝わる言葉。


『返せ、私の狂気を。神に届きし一振りの槍を』


 臍より下のあたりから、どす黒い魔力が沸き上がる。それを御する必要はない。呑み込まれても良い。ただ、詠唱し、投擲し、アイツが死ねばそれでいい。


『敗者を殺せ、勝者を潰せ。全てを滅ぼせ』


『世界を壊す一撃を』


 世界の核に楔を打ち込む呪詛を唱え終える。十二分に魔力を吸いとった槍が、黒く光る。黒い靄ではないけれど、確かに技が発動したエフェクトだ。

 だが、同時に理解する。これは『滅槍グングニル』なんかではない。別のスキルだ。滅槍グングニルはクロノスたちと共に消えてなくなってしまった。


「グングニル・レプリカ──ッ!」


 それがこの技の名前だ。無くなったのならばそれを作り出してしまえばいい。

 代償も、当然付いてきたけれど、確認は後回しだ。


「なっ!?」


 別にね、私を馬鹿にするのはいいんだよ。散々にやらかした責任だと思ってるから。

 だけどさ。クロノスやアレス、エルピスといった従魔たちを馬鹿にするのだけはおかしいよね。うちの子たちは必死に生きて、私に縋ってくれていたんだから。

 吐いた唾は、二度と飲めない。言ったとおりだ。だからその責任をとってもらうよ、執事長さん?



 この技はダメージを与えない。故に必中。そして使用後は私の手元へと戻る即死の槍。



 必死に回避しようと体を捻ったところで意味はない。槍の軌道が捻曲がり、執事長さんの心臓を捉えた──

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