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喪失者 白鳥 恵子 Lv.1②

クロノスとエルピスの死体が消えてからも、私は泣き続けた。擦りすぎて目が痛いけれど、涙は止まってくれない。

笑い声を最後に、神々の声が聞こえなくなったのは、正直ありがたかった。ぶつけられる相手のいない怒りほど、持て余すものもないから。


「つう、しん……っ」


髪留めに触れる。

随分と動かしづらくなってしまった魔力を、必死に動かして注ぎ込んでみるものの、当然応答はない。隆明君にすがることもできない。

この世界に来たばかりの時は、『通信』なんて機能を持っていなかったのだから。


横に倒れる。もうダメだ、動く気力がない。このまま寝てしまおうか、と腕を枕に踞る……カランカラン、手から何かが溢れ落ちた。

スピアーだ、寂しい鉄色をした槍だ。

スピアーをポケットにしまう。そしてポケットからスピアーを引き出す。


ちがうの、これじゃない。わたしはあのあかいやりがいいの。


何度ポケットを探ってもスピアーしか入っていない。他にも色々と入れていたはずなのに、どこかへ置いてきてしまったんだっけ?

頭ではわかってる、もう紅い三叉槍はなくしてしまったことを。でも、心が受け入れられない。だから、もしかしたら、もしかしたら……と、何度もポケットに手を突っ込む。


そんなことをくり返していたら、遠くから音が聞こえてきた。

駆ける足音……複数の足音が、こちらに迫ってくる。けど、どうでもいい。

紅い槍も、どこかに仕舞ったんだよ、きっと。うん、今は少し寝よう? 寝て、起きたら、また歩きだそう。

今度は、何も失わないように。


「──ッッ!? 生存者有りッ!」


その声をきっかけに、足音が迫る速度が早まる。荒い息づかいは、馬のもので、いつぞや聞いたな、この世界に馬なんているんだな、なんて思考をすぐに捨て去る。今は寝るんだ、何も考える必要はない。


「……女の子?」

「手当てをしてやれ! ……やっと見つけた手がかりだぞ、死なせるなよ」

「はい、隊長!」


ガチャガチャと音をたてる鎧の数は、10個ほどだろうか。お父さんほどの大柄な男もいれば、私と同じかちょっと年上くらいの女性まで、色々な人が慌ただしく動き回っている。

一人の女性が私を抱き起こし、口に液体を流し込んでくる。味は──しない、水だろうか。飲み込む気力もないのでそのままボーッとしていると、口元から首筋へと冷たい感触が流れる。


「お願いです、飲んでください……っ」

「──」


この人は、なんで必死にこんなことしてるんだろう? これから死のうって決意した人を止める、なんて、場所が荒野じゃなくて屋上でやるべきだよ。

そもそも私のは消極的な自殺なのだから気づかれなければよかったのか、うわー失敗したー。


ふと、私を睨むように見ている人がいた。それも、見知った顔の人だ。

私は、彼に声をかける。


「ダハクさ──ゴホッ、ゲホッ」

「ッ──兄貴のこと知ってんのか!? おい!」


無理に話そうとしたら水が気管へと流れ込んできて、噎せてしまった。けれど知りたいことは知れた。

兄貴……つまりダハクさんの弟ってことかな? うん、つまりは別人だ、私の知り合いではない。


ダハクさんなら、ハンタードラゴンから助けてくれた命を無駄にしますって謝りたかったのに。生きてたんですねって言いたかったのに。


私は再び口を閉ざした。『死人に口なし』だ、無駄なことは話すべきではない。そう、私が誰も彼もを殺したことなんて、知らなくていい。私が言わなければわからないんだから。

私は、もう、誰かを敵視したり敵視されたり……疲れたんだ。



『現在のレベル1。次のレベルまで残り100EXP』

『残り時間38分19秒』



「おいッ!」


ダハク弟さんが、私の胸ぐらを掴んでくるが、どうでもいい。

唾が飛ぶほどに大声で、正直刺し殺したいほどにウザったいけど、動くのはダルい。

めんどくさーい。


「落ち着けアヴェセタ。屋敷に連れ帰ってから聞けばいいだろ」

「~~~ッ! くそ……っ」


隊長らしき人に肩ポンされてようやく私を離してくれた。身体に一切の力をいれないようにしている私は、そのままドチャリと地面に叩きつけられる。

正直ムカつく、けどそんなことよりもこの隊長らしき人……ああ、いいや、『隊長』って呼ぼう。今日からこの人が隊長だよ、がんばれ。


……この人、なーんか変な気配するなぁ。なんていうか、同類って感じがする。

あ、この人も人生ダルい勢かな?


「ゴルドンさん、この子、どうしましょう? 特に外傷は無いみたいですけど」

「……とりあえずは一緒に連れて撤退だ。この辺りは粗方調べたことだしな。総員、撤退準備ッ!」


女性二人がかりで、馬車へと運び込まれる。食料は数人分、多く見積もっても十人分程度しか積まれていないようで、思いの外馬車の容量は空いていた。

椅子なんかはないので床に、壁に寄りかかるようにして座らされる。座布団くらい敷いてほしいなぁ、けどまあ、汚れてもいいか。さっきまで地面にいたし大差ないでしょ。


左隣にさきほどからずっとそばにいる女性、そして向かいにはダハク弟さんだ。さっきまでとは比べ物にならないほど私を睨み付けてきている。気にしないことにしよう、どうせレベルが違いすぎて殺せないのだし。

……なんでレベルが高ければ殺す、みたいに考えてるんだろう。また同じことくり返すだけってのが目に見えてるのに。



しばらくして、ガコン、と馬車が揺れた。小刻みな振動は止むことがないので、どうやら走り出したみたいだ。

どこに向かうのかは知らないけれど、やることがない。暇だ。

圧倒的暇。

何かすることないかなーと考えていたら、クロノスと一緒にダンジョンにいたときは、暇さえあれば歌っていたことを思い出した。

最初こそ私が恥ずかしくて歌を教えるのを躊躇ったのも、いい思い出だ。……また一緒に冒険したいね、クロノス。


『せーんろーはーつづくーよー、どーこまーでーもー……』


歌う。クロノスが耳元で口ずさんでいたことを思い出しながら、二人で潜ったダンジョンのことを思い出しながら、謳う。


視線を感じる。隣の女性に、目の前にいるダハク弟さん以外にも、馬車に乗る5、6人の鎧を着た人たちも。

その全員が、私を見ているのを感じる。この歌って人の視線を集める魔法だったのかな?


「△◇◆§●◆□?」

「*′″◎$?……∵√≪、◎∵◆△≪」


雑音が混じった。けれど、私の耳元ではクロノスが歌っている。だから私も歌おう。こんな奴らとクロノスだったら、どちらを選ぶかなんて決まっている。


『しゃーぼんだーまーとーんーだー、やーねーまーでーとんだー……』


クロノスは本当に日本の民謡が好きだね。私が教えられる歌なんて、日本人全員が知ってるような民謡か、Jポップくらいだ。

クロノスにJポップは……その、ちょっと合わないんじゃないかなーって……。


ねぇ?


私は肩ごしにクロノスを見る。

……けれど、そこには何もいない。ただ壁が見えるだけで、隣に座っていた女性が怯えた目で、こちらを見ていることに気づいた。


「$√″υ∀⊇eすか……?」


ザラザラ、っと。チャンネルを回したかのような雑音が混じった声。

しかしその声は意味不明な音から、段々と聞き取れる音へと変化していった。


「ぁー……ぁ?」

「あの、大丈夫ですか……?」


声を出すと、先程とは違う音が出ていることに気づいた。そして、今は若干口の動きと音程がずれている気がした。

もしかして、さっきまでの歌は日本語で歌ってた? 言語翻訳機能が切れてた?


「──」

「ぇ、あの……?」


まあ、そんな検証はどうでもいいんだ。どうせ死ぬんだから。


『残り時間32分37秒』


残り30分の命かぁ……長いなぁー……。




馬車の中ってのは本当に、ほんとーにやることがない。

景色を見てすごそうにも、窓はたち膝にでもならないと見えない高さだ。そんなことするほどの気力がないのだから、やれることといったら寝るくらいだった。

うーとうとして、生と死の間のような夢現をさ迷う。ふわふわして気持ちいい感覚は、馬車が止まったことで打ち切られた。

ゆっくりな停車とはいえ、慣性に負けて倒れちゃった。いてて。ダメージはないけどね。


お? ダハク弟さんがスカートだったらこれパンツ見えてるよ絶対。きゃーへんたーい。


『残り時間1分39秒』


なーんて、最期に考えるのが脳内女装男性のパンツとか、悲しすぎる。

……けど、ま、それはそれで平和的でいいんじゃないかな。

さようなら世界。さようなら神様。私の3度目の人生はこれで終わり。あーつまんなかった。


『残り時間26秒』


………………やっぱり。痛いのかな。苦しいのかな。

今まで……切られて、叩かれて、刺されてきた方がマシって、そう思うような痛み、なのかな。

手が震えてる。

……やだな、怖いな。死にたくないな。


そして目を瞑る。瞼で閉ざされた世界はまっくらで、ただ残り時間だけが映し出されて、どんどん寿命がなくなって。

残り5秒。


心臓が暴れる。どれだけ狂ったふりをしたって、能天気でバカを装ったって、何も誤魔化せてない。


残り3秒。

残り2秒。

残り1秒──。


「……あはは」


私は笑った。












『トゥルーフ国に入ったため、ボーナスで残り時間2時間の特別猶予が与えられます』


神々(せかい)はまだ私を手放してくれないのか

恵子ちゃん「なーんか変な気配する」


作者「えっ ……えっ!?」

あいかわらず作者を困らせる子だ。死なせねーからッ!

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