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喪失者 白鳥 恵子 Lv.1

 神々は理不尽だ、だからこそ殺そうと思ったのだけれど。



『やあ、久しぶりだね』

「……」



 私は目の前にいる、神々を睨み付ける。

 ふわふわと浮遊感がある、重力を感じない今は精神体で、ここは拉致られて最初に訪れた神域なのだろうと当たりをつける。


 モンスターハウスで死んだら、裏ボスの前で復活した。


 状況は最悪だ、コイツらを殺せるかどうかわかんない。それに、私がこの先どうなるのか、まったくわからないのも怖い。

 未知が怖い。


『折角状況を教えてあげようとしてるのに』

「どうすればお前らを殺せるのかが、聞きたいところね」

『ははは。それは無理だね』


 気持ち悪い笑みを浮かべたソイツから視線を外し、自分を見下ろす。

 何事にも先ずは状況確認だ。それに、なんかものすごいことになってる。



 当然だけど、私はきちんと首が繋がっていた。その事に安堵する。

 だけど、奇妙なことが起きている点が4つ。



 左腕。肘のところまで紅い鱗が生え揃い、まるで手甲のようだった。そこだけ竜化してしまっていて、ドラゴンのようになっている。

 紅い鱗はクロノスを思い出させ、膨大で暴れ狂う魔力が、流れ込んでくる。



 右腕。こちらも手甲がつけられているが、それは見覚えがある。アレスの専用装備だ。

 迷彩柄をした肘までを覆い隠す手甲は、風を纏っている。性能は確か、『伝令』『魔力の盾』そして『狂乱』。

 確かに気が狂いそうな思念が流れ込んでくるけれど、何か別の思念に中和されているようで、そこまで影響はない。



 体。ずっと身に付けていた紅いコート。コルァの堕天使コートをここでも身に纏っていた。

 最近は使い込みすぎててボロボロで、申し訳なかったのだけれど、ここでは新品よりもピカピカしている。神を相手にしても遅れを取らなさそうだ。まるで『神』を相手にするのを喜んでいるみたい。



 そして最後、これは本当に意味わからないんだけど……私の背中から蜘蛛の足が8本、綺麗に生えている。

 しかもこれ、動かそうと思えば両腕よりも精密に動かすことができるんだけど──この魔力、もしかしてエルピス?

 そっか、エルピスは蜘蛛なんだね。もう産まれそうだったのかな。



 武器はない。相手は神。

 だというのに何も怖くなかった。負ける要素が見当たらなかった。

 左手を、グー、パー。きちんと動くことを確認して、強く握りしめる。全力でぶん殴る、それだけでいい。



 初動、何やら口を開こうとした神々は、私が一瞬で距離を詰めたことに驚きもしない。それどころか視線さえついてこれていない。

 いける──ッ!?




 パチン。




 乾いた音が響く、神々は指を鳴らした。たったそれだけ。

 私は壁に埋もれた体を、無理矢理引っ張り出す。指が鳴った瞬間、なんかよくわかんないけどすごい勢いで吹っ飛ばされた。壁に数十センチほどめり込んでようやく止まったほどだ。

 けれども、精神体に痛みはない。


 まだ、決着はついてない。

 視線はついてきていなかった。私の動きは追われていなかった。なら、次は指を鳴らす前に殴ればいい。一瞬の間もなく殴り殺せば何も問題はない。





 パチン、パチン、パチン、パチン。





 どうやら神々も同じ考えのようだった。私が動くより先に指を鳴らす。

 そうするだけで無効化できるのだから、ズルいや。



「ぁ……?」



 違和感、不快感、喪失感、絶望感。


 見てはいけないと、現実を知覚してはいけないと思いながらも、私は左腕を見た。

 ただの腕だ。……そう、ただの人間の、血だらけの腕だ。

 鱗が全てむしりとられている。たった一枚も残すことはなく、クロノスとの繋がりを引き千切られた。

 魂に穿たれた楔が崩れてなくなる。従魔契約が一つ、消える。



 右腕を見た。

 肘から先が細くなっていた。叩かれ、潰され、捻られ、砕かれ、手首なんか小指ほどの太さもなくなっている。木の枝のような右腕を見つめ、ただ引き千切られるよりも壮絶な痛みに絶叫する。

 アレスとの繋がりを叩き壊された。従魔契約がまた一つ、消える。



 体は、全身余すところなく杭が突き刺さっている。

 どこまでがコートの紅色で、どこからが私の赤色か、判別がつかない。コートが引き裂かれ、穴が開き、原型をとどめないほど破壊される。それはコートを着ていた私の体も巻き込まれている。例外なく人体を破壊し尽くされている。



 背中も、破壊された。生えた脚を全て折られ、繋がっているのが不思議なほどねじ曲げられたその脚からは、青い体液が流れ出している。

 エルピスとの繋がりまで壊された。私の持つ従魔契約が、全て消えた。



「あ、ぁ……ぁぁ……ッ」




 パチン。




 もう一度指が鳴らされる。

 痛みは全て消えてなくなった。私は白いローブを着て、何の変哲もない槍を持っている。


 万全な状態だ、精神以外は。



『ありがとう、不穏分子を排除してくれて』


 神々の声が聞こえた。目の前にジオラマが用意される。


『ここがナチャーロ。そしてこの辺の地下に君はいた』


 神々は指を指し、説明している。誰に? 何を?

 不意に、ジオラマ内で変化が起きた。二度目に指差された場所を中心に、荒野が広がっていく。

 地形を塗り替えるように、草原を枯れさせ、木々をなぎ倒し、魔物と人を腐敗させる。


 それはナチャーロも巻き込んだ。視点がナチャーロの街並みへと切り替わる。

 買い物する人々、楽しそうに会話する人々、鎧を纏い、凛々しい表情でどこかへと歩いていく人々。その全ての人々が急に苦しみだし、肉を腐らせ、グズグズに溶けて消える。

 そこには銃を突きつけてきた月美さん? の姿もあった。

 肘から先を枝分かれさせた異形の腕を持つ、横寺さんの姿もあった。

 二人は何が起きたのかわからないといった顔で胸を押さえ、踞った。そうしているのも数秒、他の人と同じように溶けて消える。


『素晴らしい。これが歪な器の効果だよ』


 そう、だから使いたくなかったのに。

 無意識に使ってはいけないとリミッターをかけていたはずなのに、死ぬ間際になって使ってしまった固有スキル。



 歪な器……使用後消費。半径5キロの生物即死。



 例えそれはレベル99になったとしても例外ではないらしい。制限時間が無くなったというだけで、人間としての寿命はあるだろうし、体力が0になれば死ぬ。

 なら、なんで私たちは必死にレベルを上げていたのだろう? 結局はみんな、こうして死ぬというのに。


 神々は、とても楽しそうに私を見て『期待している』と声をかけた。私は何も答えなかった。





 肉体へと意識が戻る。

 精神世界のふわふわと漂うような感覚から、重力に引かれ、地を這うことしかできない異世界、バベルへと戻ってくる。

 目を開ける。私は地面に寝転がっているらしい。上体を起こして、周りを見回す。

 元々は草原だった場所らしいが、雑草だって生物だ、全て死滅し、荒れ果てた荒野のようになってしまっている。

 手に握っていた槍を杖の代わりにして、立ち上がる。すごく体が重い、よくよく自分を見てみる。


「ステータス」



────────────

 名前:白鳥 恵子

 年齢:19歳

 性別:女

 種族:人間

 職業:旅人

 レベル:1/99


 体力:68/68

 魔力:26/26

 攻撃力:11

 防御力:48

 敏捷:9

 精神力:11

 幸運:13


装備

 右腕:スピアー(攻20)

 左腕:

 身体:ローブ(防10)

 装飾:ただの髪止め(幸1)


スキル

 槍術1

 回避2


固有スキル

 襲撃者▽


称号

 同郷殺し

 殺戮者

 災厄をもたらした者

 従魔殺し

────────────



 襲撃者……同族に奇襲をかけた場合、初撃のみステータス倍化。



 滅茶苦茶だ。

 今までこの世界でしてきた全てが無駄になり、ただただ傷つき、絶望し、依存先を失った。

 それでも神々は死にたくなければ戦えと、私を放り投げた。


 こうなるのならばいっそ、首を切り落とされたまま食われて死にたかった。歪な器で死んだ生物たち全ての魔力で私を再召喚なんて、なんて、なんて馬鹿げたことをしてくれたんだろう。

 私はこの世界にきた瞬間まで時間を巻き戻された。


 そして、固有スキルが変わっている。流浪とかいう、条件がそこそこ厳しいだけで、くそ強かった切り札を失った。

 そして、なによりも、従魔殺しの、称号が……ッ。


「そう、だ……クロノスに、会いに行くんだった……」


 自分の呼吸の音しか聞こえない。

 無音というにはうるさすぎるほど、音がしない。

 ジャリ、と土が音をたてたことで世界に音が存在するのだと再認識する。ジャリ、ジャリ……足を動かす。平衡感覚が怪しい、気づけば右に傾いていた。

 倒れる。ドゥ、と音をたて地を這う。


 小さい石ころが私の体を指す。擦れば引くような痛みしか、ローブで軽減できるような痛みだったけれど、私は先程の全身に杭を突き立てられる痛みを思い出した。

 ちょっとした痛みをきっかけに、脳が認識を諦めていた激痛を取り戻す。


「ぁ、あ……ぁぁ……ッ」


 痛みに悶え、絶叫する私の前に、不意に、空から何かが落ちてきた。

 ドチャリと潰れたような音をたてた肉塊と、黒く染まった卵だ。卵は落下の衝撃に耐えきれず、割れる。中身がぶちまけられる。


 肉塊が蠢く、私へと、その小さな腕を伸ばす。

 見間違えるはずがない、私が、家族の姿を私が間違えるはずがないッ!


「クロ、ノス……」


 震える両の腕で、クロノスを抱き上げる。全身が炭化してしまっているみたいに、ボロボロで、黒く、体温を感じない。呼吸してない……っ!


「エルピス……っ」


 卵へと目を向ける。堅い殻が割れ、中身が潰れてしまっている。中から青い体液が流れだし、手のひらよりも一回りも二回りも小さい蜘蛛が、踞って死んでいた。


「マス、タ……」

「クロノスっ、クロノス、ごめんっ、私が……ッ」


 私が無茶しなければ、引き際を見謝らなければ。

 あのまま、死んでいれば……ッ。


 クロノスは、もう呼吸していないのに、腕を動かすだけで体が崩れるにも関わらず、私へと手を伸ばした。

 その手を握ろうとして──ボキン。崩れかけの腕が限界を向かえ、半ばで折れた。


「──」

「……ぇ、なぁに? 聞こえないよ、くろのす……」

「  」


 クロノスは、確かに何かを言おうとした。言おうとしたけれど、途中で諦めてしまったかのようにだらりと体から力を抜いた。


「やだ……! いじわるしないで!? 教えてよ、クロノスッ!?」


 クロノスの体を揺すると、ボロボロと崩れていく。それだけじゃなく、光の粒となってどんどんと体が消えていく。

 エルピスも消えていく、まだ何もお話しできてないのにっ、やだ! 消えないでよ!?


『ほら、逢えただろう?』


 そんな言葉が、聞こえた。嘲るような笑い声と共に、空から降ってきた。


「どこまで──」


 涙で、こんなに近くにいるクロノスが見えない。体を引きずるようにしてエルピスの元へと近づき、軽すぎるその体を掬い上げる。

 カリ、と手のひらを引っ掻いたエルピスは、確かに私を見つめていた。


「どこまで私をバカにすれば気が済むの──ッ!」


『アハ…… アハハハハハハハ!!』


号泣しながら書き上げた作者の鑑。


投稿は1月1日から!とかやろうかと思ったけどみんな同じこと考えるだろうから即日投稿に切り替えたよ!


神々殺す慈悲はない

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ダンジョンは異空間への転移なのに半径5キロの概念が通用するの…? ????がダンジョンではなかったというオチかもしれませんが。
[一言] うわぁ……… 恵子ちゃんには幸せになって欲しかったなぁ…
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