旅人 白鳥 恵子 Lv.17 ????⑦
ムシャムシャ、ゴックン。
リザードマンの指を飲み込みながら、槍を振るう。太刀打ちで迫る刃を受け止め、叩き、払い、受け流す。
側面部から突き出される刀、私は上体を逸らすことで避けるが、前髪数本が舞う……切れたらしい。
イラっとしつつも裏拳を放つ。後ろから羽交い締めにしようとしていたリザードマンは鼻血を吹き出しながら倒れ、喉を石突きに貫かれて動かなくなった。
リザードマンを食べるにも、多少の時間は必要だ。
部位をもぎ取るにしても、そのまま噛みつくにしても、満足に咀嚼できない状態では食べられない。
私は槍を長く持って振り回す。刀を奪って振り回す方が槍よりも楽なんだろうけれど、スキルレベル的には槍を手離せない。
いつかは剣術のレベル上げもしたいね、毎日素振りしてたらいつの間にか世界最強とかならないかな。
……なるわけないか。
「いったーい」
笑う、嘲笑う。
せっかく食べてあげようと肘をへし折ってあげたのに、前腕部に噛みつこうとした瞬間にビンタされてしまった。
驚いて手を離しちゃったじゃん。もったいない。他のリザードマンたちが邪魔してこないタイミングって中々ないのに、本人が邪魔してどうするの?
手元でクルリ、三叉槍を回す。そのまま、足へ狙って振るう。
ドタンバタンと、2、3体の倒れる音を聞きながら、背後に迫る気配を感じて振り向く。
ギリギリの所で三叉槍で受け止めることができた。その腹に蹴りを食らわせてはその隣のリザードマンへ回し蹴り。2度、刀で叩かれるものの問題ない、痛みもなければ蹴りを外すこともない。
肩へと槍を突き、そのまま腕をひっぱっりつつ胴体は蹴って千切り取る。やっと手に入れた腕を口元に近づけるが──光となって消えてしまった。腕をもがれただけで死なないでよ。
次に迫るリザードマンは、武器を捨てて掴みかかってきていた。伸ばされた腕を、その手首を掴むと姿勢を低くしながらの背負い投げ。叩きつけられたリザードマンは体を跳ねさせて、そのまま起き上がろうとするのでグーパンで気絶させる。まるで寝てる彼氏にキスするかのように顔を近づけて、その首に噛みつく。
思いっきり力を込めて噛みきると、うるさい叫び声が聞こえ、口の中へ血が溢れてくる。
「……おいし」
まだまだお腹は満たされない。
むしろ指を食べた時よりもお腹がすいて狂ってしまいそうだった。本格的にまずいかもしれない、干し肉を食べることも視野に入れなければ。
突き、そのまま切り払う。後ろから迫る敵へと穂先を向け、得物を巻き込んで腕へと、クルリ。無理矢理絡ませると、拘束されるのを嫌ったのか、ただ単に痛かったのか、刀を手放して飛び退かれた。
刀を踏み、折る動作をそのまま踏み込みへと昇華させ、柄を長く持って前方への凪ぎ払い。タタン、という2体の足音を聞いて、横方向へ転がる。
背後から降り下ろされた攻撃の回避に成功する。……ああ、避けないでそのまま噛みついてやればよかった。いや、でも体力が、でも……。
三叉槍を投擲。立ち上がろうとしていたリザードマンの眉間へと突き刺さり、命を刈り取る。
まるでお墓のように、倒れた死体から生える槍は……いち、にぃ、さん、よん。4体のリザードマンを通り抜けないと回収できない。
迷わず距離を詰める。
武器はなくてもいい、体が動けば喰える。
左右から、若干のタイミングがズレた袈裟斬りを、両の腕を伸ばし、それぞれ受け止める。骨が軋むような痛みと、耐え難い空腹感が襲いかかるものの、無理矢理に前へと進む。あと2体。
正面から武器も持たずに飛び込んでくるリザードマンが、直前で身を沈め、腹へと飛び込んでくる。
後頭部への肘鉄、膝蹴り。頭部を上下から叩き潰す。その時点で死んだらしいが、食べる余裕がないので腕だけ貰おう。
背後から迫る刃へと、死体を放り投げる。斬るというよりは、叩き切るという感じだったけれど、肩口から入った刀によって腕を簡単にもぎ取ることができた。ありがとう、死ね。
やっとのことで獲得した食料に噛みつく、しかし足は止めない。
両腕は食料を支えるので忙しい。でも三叉槍を取るためにはあと1体のリザードマンをなんとかしないといけない。
「あなたは、幸福者だね──ッ」
跳躍。
相手の顔面の高さまで飛び、逆肩車みたいになった。このリザードマンから見えるのは私の太もも、パンツ、おへそだろうか。……食料にパンツ見られても何も恥ずかしくないから。ええ、なにも。
後頭部の後ろで足を組んで、外れないようにする。あれだ、だいしゅきほーるど。
そしてその体勢のまま、後ろへ倒れるように重心移動。
『フランケンシュタイナー』通称、幸せ投げ。
足に力を入れすぎたのか、首があらぬ方向に曲がってしまったその幸福者は、まだ微かに息があった。食べかけの腕は左手で支え、右手をグー、パー。
熊手のように、鉤爪のように、指を軽く曲げ、幸福者の顔面へと叩きつけた。悲鳴が上がる。
両目へと指が入っているらしい。なんかぶにょぶにょした感触があるけど、まあいっか。そのまま顔面の肉を握り潰す。女の子のパンツを見た輩は全員こうなる。慈悲はない。
「ただいま」
『おかえり』なんて、返ってこないのはわかってるけれど、三叉槍に声をかける。食べかけだったのに食料は光となって消えてしまった。
クルリと槍を回し、両手で構える。さて、仕切り直しといこうか。
まだまだ新鮮な食料が襲いかかってくる。
柄を長く持つ、前頭のリザードマンへ向けて足払い。地面ごと足首を抉り飛ばす。数体がすっ転ぶが無視。柄は長く持ったまま、迫る刃を防ぐ。弾き、受け止め、刃に柄を沿えて無効化する。
払う、一歩前へ。受け止める、一歩後ろへ。
キリがないと思っていたこの殺し合いも、少しずつ終わりが見えてきた。リザードマンを殺し尽くせる。全てを全て食えるわけではないけれど、少しくらいは腹が満たされるだろう。
あと、5体!
重心を落として急加速、勢いを全て乗せた刺突。それはスキルを使っていないにも関わらず、スキルに匹敵する威力を叩き出した。
血しぶきが舞う。構わない、前、へ……?
「そん、な…………」
血しぶきが顔に当たり、鉄臭さと、ドロリとした感触を伝えるが、私はもう動けない。こんなところにくるべきじゃなかった。効率を優先してモンスターハウスなんかに来るんじゃなかった。
天井が、開いている。見えるのは空だ。紫色をしていて、赤い血のような雲が空を漂う。
そんな地上から、リザードマンが乗り込んでくる。何体も、何十体も。
まるで足りなくなったから補充するように、ボトボトと降ってくる。
受け流す。迫る刃を弾き、受け止め、受け流す。
腕が足りない、身体が追いつかない、息が続かない。もう歩くこともできない体を必死に動かしていたのに、数が減っていたからなんとかなっていたのに追加されたらどうしようもない。
限界を越えてあれだったのに、さらに越えろって言うのか。
自分の呼吸だけが聞こえる。聴覚が死んだ。遅れて側頭部に痛み、鼓膜でも破れたか。死にたくない。
腹部に衝撃。鉛のように身体が重くなる。無我夢中に振るっていた槍を、振るう腕を止めて自分を見下ろす。3体のリザードマンが抱きついてきていた。すでに足が動かない。重い、倒れてしまいそうだ。死にたくない……。
再び槍を振るう。背中に衝撃、視界が90度傾き、私は天井を見上げさせられる。
いや、違う。倒れたのか。ついに引き倒されたのか。
右腕を振るう。一体のリザードマンの首がねじ切れるがすぐさま別の奴に押さえつけられる。左腕も押さえつけられる。
足、動かない。痛い。血が流れているのがわかる。脛が欠けているを理解する。
「このまま、食べられるの……?」
最初に食われたのは脛だった。右の脛を噛み千切られ、左の太ももが裂かれる。ローブなんてもうボロボロできっと肌を隠すことができてないんだろう。右腕を噛まれた、肉を持っていかれた。
死にたくない。死にたくない……いたい……しにたく、いたい……。
思考がまとまらない。私の肉が、血が少しずつなくなっていく。ぼんやりと死が近づいてきているのがわかった。
一体のリザードマンが、私の首に刃を近づける。死神の鎌だ、私の命を刈り取ろうとしている。
あれに切られたら、この世界で死んだら、次はどこの世界に転生するんだろう?
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体力:1/336
魔力:2/199
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「ッ────ァ!?」
こえがでない。やめろとさんでいるはずのに、かまわずにくびへとやいばがせまる。このまましにたい。おねがい、しなせてくれ。だめだ、わたしはしんでもいい、どうなってもいい。このままくわれてもいい。それだけはやめて、かみさま。こわさないで、わたしのたいせつなものたちを、たいせつな、たいせつな──
『歪な器が発動されました』
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体力:0/336
魔力:0/199
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首が切られた瞬間に、そんな機械の声を聞いた気がした。
ついに恵子ちゃんが死んでしまった……
とてもつらいのでちょっとお休みをいただきます。その間に冬の童話祭を書きます
ちなみに明日あたりにモンスターハウス内での戦闘ログを公開します。無双してるように描写したけど実際倒したのは12体だけです




