旅人 白鳥 恵子 Lv.17 ????⑥
モンスターハウスというにふさわしいその光景を前に、私は笑う。
リザードマンたちが、一斉にこちらを向き、我先にと駆け出してくると、まるで壁が迫ってきているような錯覚に陥る。
三叉槍をクルリと回る。しかし、火の粉は散らない。
魔力の放出を限界まで抑えた結果、この槍は火属性を扱えなくなり、火の粉さえ出すことができなくなったようだ。でも、別に槍が柔らかくなったわけでも、先端が欠けたわけではない。
刺せば、殺せる。
なら、問題ないよね?
今回は壁を背にしているわけではなかった。
背後には通路があったけれど、私が前へ前へと進むことで囲まれてしまう。正面から側面から背面から、死角もなにも関係なしにリザードマンが迫る。
でも、私は防御しない。
真正面から迫ってきたリザードマンだけを相手にして、他の奴らからは無抵抗に叩かれる。
刀が振り下ろされるけれどサイドステップで避け、その膝を蹴りつける。膝カックンされたように、両膝をつく、一時的に無力化できたそいつにもう興味はない。
次の、刀を振り下ろそうとしているリザードマンへヤクザキック。後ろにいたリザードマンごと吹き飛ばす。
そして最後、三叉槍をクルリと回す。穂先をリザードマンの眼前に向けると、私は突きだしていないのに自ら刺されに来た。
なにこいつ、ドMなの?
そうなるように仕向けたのは私だけど。
槍に刺さったままだと重いので蹴ると、首がブチリともげてしまった。それがとどめになったようで、倒れた胴体はそのあと動かなくなった。
って、叩くのはいくらやったところで無駄だからいいんだけど、ローブを裂こうとするのはやめて。リザードマンの群れの中で裸コートとか、どんな変質者に仕立てあげようとしてるの?
私のローブに爪を立てていたリザードマンの手を掴む。
手の甲から覆うように──相手の手が大きくてまったく覆えてないけど──して力を込める。
魔力を使ってないものの、底上げされた万力のような筋力で掴むと、リザードマンはそれから逃れようと私のローブを手放した。
「あーあ、穴空いちゃった」
そのまま手に力を込めていく。
リザードマンの悲鳴が聞こえ、私の手を何度も叩くが、ギブアップなんて許さないよ?
手を握りつぶし、地面へと引き倒す。クルリと回した三叉槍で背中を突き、刺したまま掬い上げるようにぶん投げる。
ゴリゴリと地面と、リザードマンのどちらも削れ、どちゃりと死体が音をたてたが、もうそんなものに興味はない。
顔面を狙って突き。
膝を折ってから蹴り飛ばし。
関節技で腕をへし折って……。
キリがない。
キリがないけれど、少しずつ経験値が増えていくのがわかる。
変に急所、心臓とか顔面とかを狙ったところで一撃で倒せるわけではないし、両のふとももをそれぞれ刺しただけで絶命したリザードマンもいた。
「無理に急所狙わなくても、2回刺せばいいのかな」
『直感』スキルが是と反応を返す。
自分の考えた結論を、自分で肯定しているだけのそのスキルを、どこまで信じていいのかわからないけれど、何度か刺せば死ぬのだからまあいいか、と放置を決め込む。
それと同時に、ズキリ。両目が痛む。
別に目を開けてられないほどの痛みではないけれど、戦闘中に、その違和感は厄介な物だった。
「……おなか、すいた」
無意識に口から漏れたのは、終わらない殺し合いへの愚痴なんかではなく、食料不足への不満だった。
アドレナリンが出て、痛みも恐怖も感じないはずなのに。
高揚感に後押しされて感情が薄くなっているはずなのに。
なぜかさっきからお腹が減る。……そんなに大食いキャラってわけではないはずなんだけどなぁ、むしろ地球だと小食だったのに。
正面からの振り下される攻撃をを、半身になって避け、刀を持つ腕と腕の間に三叉槍を差し入れる。
地面から垂直に生えたかように現れた真っ赤な槍、リザードマンは驚いて硬直し、そのまま両腕を捻られて転んだ。
棒を使った関節技の一種だ。
続いて後ろから迫るタックル。
視界の端に見える景色、全方向から聞こえる足音、地面の僅かな揺れ、そういった情報を統合して、まるで後ろに目でもあるかのように状況把握ができるようになった。
新しいスキルが、ただの慣れなのか。
どちらにせよ戦闘中に私の負担が増え、脳みそが焼ききれないか心配になるね。
タックルしてきたリザードマンだけど…… どうやら、攻撃が効かないと悟ったようで、タコ殴りにしながらも、私を拘束しようと切り替えたらしい。
あえてそのまま捕まる。腕ごと、腹回りで抑えられると、槍が振るえない。動きづらい。けど、足は自由だ。
ダンッ! リザードマンの足を踏みつける。どうやら『威圧』スキルも発動したようで、時間が止まったかのようにピタリと、動くものがいなくなった。
そんな世界で私は動く。
体を捻り、拘束を緩めると、ギリギリでリザードマンの指を一本握ることに成功する。そのまま容赦なくへし折る。
私を離したリザードマン。だが私は離さない。その腕を掴み、背負い投げ。
そのまま追撃とばかりに鳩尾、喉、鼻面へと三連打のパンチをお見舞いする。
流れるようにリザードマンを殺す。
殺せば殺す度に、私の中の食欲が大きくなっていく。
気づけば、私の手の中には背負い投げをしたときだろうか、千切れ取れたらしいリザードマンの指があった。
今日だけで指を何十本折ったんだろうか、みんなには無駄に痛い思いをさせちゃったかな。
口に入れ、噛み砕く。
生暖かい鉄のような味が口の中に広がるけれど、そのあとに感じる味は、そこそこに美味しい。鶏肉に近いかもしれない。
うーん、固いのが難点かな。あとはキチンと血抜きしてから食べたいけど、殺してすぐじゃないと光の粒になって消えちゃうからなぁ。
ゴクリと飲み干す。指一本程度の肉じゃ、全然お腹は満たされない。
「いただきます」
私は目の前にいる、たくさんの食べ物たちを見る。もはや認識が『敵』ではなく『ご飯』になったと、彼らは知らないのだろう。
三叉槍をクルリと回す。火の粉が舞わない。
何体か、首を切ってから逆さ吊りで放置しようかな。
首を切っても死なないなら、それで大丈夫だよね? できるよね?
『直感』スキルが答えを出してくれない。見たこともない光景を予知できる万能スキルではないのだし、仕方ないよね。うん、やってみれば問題ない。
血抜きできれば万々歳、できないならこのまま踊り食いするだけだ。
……食料問題、解決っと。
魔物の肉を食べる、なんていうのは異世界でよくあることなのでしょう。
しかし、魔物(人型)の踊り食いをしているのはうちの子だけじゃないのか……
この子ほんとに女子高生か……?




