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旅人 白鳥 恵子 Lv.17 ????⑤

 残り体力は58。残り魔力は86。

 あれだけ即死攻撃を使った後にしては、魔力が残っているものだと思う。けれど、問題は体力と、血で汚れた服だ。


 何か使えるものとか、着替えを持っていないかと、ポケットの中を漁ってみる。

 買ったはいいものの、使っていなかったものだろう真新しいローブと、フェイスタオルが入っていた。役に立った……!


「脱ぐ? ここで……?」


 誰も見ていないとしても、流石に少し恥ずかしい。

 だからといって血が固まったらさらに気持ち悪いことになるだろうし……。

 仕方ない。コートでできる限り隠せば、急に誰かが来ても問題はないはず。


 しゅるしゅる。

 まずは真っ赤なコートを脱ぐ。数ヵ所穴が開いていているものの、まだまだ現役の防具だ。

 ポケットから三叉槍とランスを取り出す。そして地面に石突きを突き立てて、簡易的な支柱とする。そしたらその2本の支柱で、コートを広げて干せば……うん、衝立みたいになったんじゃないかな。


 多少はマシになったと、さらに防具を外していく。

 黒い、蠍の甲羅を使ったチョッキ。鉄だと思われる素材で作られたグリーブ。

 そのどちらも傷だらけで、金具が取れかかってしまっている。どちらも耐久は3。壊れるのだけは避けたいから、最悪外すことも考えよう。

『最強装備』でもないと、あの守護者とは戦えないだろうけどね。


「……ふぅ」


 もう一度部屋の中を見回すが、誰もいない。特に違和感もない。

 魔力的に探知とかできないか、と意識を巡らしてみるものの……うーん、特に……?

 私は探知魔法とか持ってないからなぁ。まあ、大丈夫だろう。


 しゅるり。


 ローブを脱いでしまう。こんな見知らぬ洞窟で、下着姿になっていることに羞恥心と、ふつふつと怒りに似た感情が沸き上がる。

 八つ当たり先は守護者だね。私を辱しめた罪だ。


「ローブの穴……直ってる……」


 何度も背中を刺され、守護者の間に入った瞬間では、まだローブに穴が開いていたはずなのに、こんな短時間で魔力も消費せず、修復されてる。

 これ、一番最初に、この世界に来たときに着てたローブだよね。スピアーも、『完成されてる』とか、誰かが言ってた気がするし、意外とすごいものなのかも……。


「水の魔法──『ウォーター』」


 そんなことより治療しないと。

 呪文を唱えると、手のひら大の水球が生まれ、重力に引かれて落ちる。慌ててタオルを水球の中に突っ込んだ。

 軽く絞ってから、背中を拭く。届きにくいけれど、必死に腕を伸ばす。その冷たさが心地よく、ヌメリとした気持ち悪さを忘れさせてくれる。

 あ、でも半裸で冷たいタオルは、寒い……。


「くしゅんっ! ……回復魔法」


 傷へと癒しの魔力を流し込む。肉が蠢く感触と、傷口が巻き戻るように塞がる不快感。

 多少ではあるが、傷が塞がると共に体力も回復しているのがわかる。微々たる量でも、この後のことを考えるとありがたい。


「もいちど……『ウォーター』」


 血で汚れたタオルへと水球を自由落下させる。バシャリと水が跳ね、私の太ももを濡らすけれど、下着にかかってないから良しとしよう。

 タオルを絞って、仕上げとして背中を拭き直す。

 血の拭き残しがないことを確認してから、新しいローブを身に纏う。少し、スッキリした。



 防具は身につけず、真っ赤なコートを羽織る。安全地帯にいる間くらいは、こんな格好でも問題はないはずだ。

 槍を回収して、水溜まりを避けた壁際に座る。右手を、グー、パー。問題なく動くことを確認しつつ、体を休ませ、心に殺意を燃え上がらせる。

 殺すと誓ったのだから。あそこまで辱しめてくれたのだから、即死なんてさせてやるものか。


「嗚呼、お腹減った……」




 寝れない。

 かといって体力が少ないからレベル上げもできない。

 お腹減ったから外に出たいけど出るためには戦わないといけない。

 体力を回復させようにも、食欲をまぎらわせようにも、寝れない。


 無限ループ。それも負のループだ。


 手持ちにある干し肉は、まだ食べない。これが最後の一個だから、できる限り取っておきたい。




「リザードマン程度なら、魔力がなくても……」


 少しの間、じっとしていたけれど、1も体力が回復しない。

 やっぱり睡眠中じゃないと回復しないみたいだ。眠くないのに、どうしろというのか。


 少しこの洞窟を探索することにした。

 最悪は安全地帯に戻ってくればいい。守護者から逃げられたのに、そこらの雑魚から逃げられないはずがない。

 ……ない、はずだ。


 限界まで魔力を引き出し、回復魔法として変換する。胸に当てた手から、じんわりと、暖かいオーラみたいなものが流れ込んでくる。



 ────────────

 体力:178/336

 魔力:5/199

 ────────────



 吐き気がする。目眩がする。耳鳴りがする。座っているだけなのに世界が揺れる。きちんと座れているのかわからない。

 ……魔力切れってこんなにもつらいものなんだね。まるで2日間寝なかった時のようで、今にも気絶してしまいそうで。

 ゲームの中じゃ魔力が1でも平気な顔して歩き回ってるとか、どんな強靭な精神をしてるんだ……って気がするね。まあ、フィクションだからなんだろうけれど。


 あーこのまま気絶したら回復しないかなー……?


「す、すこし、休んでから……」


 座っていたのにつらくて、遂には横になって踞ってしまう。

 少しこの感覚に慣れてから動こう。今は歩くだけでも、満足にできなそうだ。戦闘なんてもっての他……。

 寝ようとしても吐き気が込み上げては気持ち悪い。目を瞑っているとその気持ち悪さにだけ意識が向いてしまい、目を開けて、地面を見続ける。でも、そんなことをしていると寝られない、魔力を回復させられない。


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く……。


 いまはたったそれだけが上手くできない。息を吸ったならすぐにでも吐き出したい。ゆっくりと吐いてることにイライラする。息を吐くと苦しくなってすぐに息を吸い込む。

 精神がまいってしまっている。なんで横になってるんだっけ、だるいなぁ。ああ、でも、なんでもいいから倒さないと、早くここから出ないと。


 ポケットから三叉槍を取り出すと、杖代わりにして立ち上がる。ふらりふらりと揺れるからだがうっとうしい。だるい。重い。今は何もかもがめんどくさい。


「コルァ……少し、寄りかからせて……」


 幻視する。夢想する。

 背中に羽を生やした、オーガよりも鬼みたいな顔で、私を嘲笑うその姿を。このコートに負けないくらい赤い体皮をした腕で、私を突き飛ばすように押すコルァの姿を。


『ナサケないナ』


 私を侮辱する声を、聞いた気がした。

 少しだけ足に力が戻る。


「クロノス、待っててね……」


 ここから出たら、逢いに行くから。今よりもっともっと強くなって、あいに行くから。

 体の中。丹田よりさらに奥。私という存在を穿つ、クロノスとの絆から、何かが流れ込んでくる。

 魔力だ。

 クロノスが、魔力を少しだけ分けてくれている。


「いた……っ」


 左腕への痛み。何がどうなったのかも理解できないままに、そちらを見下ろす。

 私の腕には、十、二十枚ほどの、竜を思わせる鱗が生えていた。



 ────────────

 体力:178/336

 魔力:10/199

 状態:竜化(1%)

 ────────────



 何度か腕を叩いてみても、しっかりと生えているその鱗は取れることがなかった。いや、無理矢理に引き抜けば取れるだろうけれど、自分の爪を引く抜くようなおぞましさがあって、ためらってしまう。

 いや、これは幻覚だ。これこそが幻視だ。


 魔力が僅かでも増えたおかげで、やっと感覚を取り戻せてきた。しっかりと、自分の意思で前へと進む。


「アレス、私を見守っていて?」


 クロノスと繋がる絆の隣。私の存在を穿つ二本目の楔は、何とも繋がっていない。途中で砕けて、途切れてしまっている。

 当然だ、アレスは死んだのだから。それでも、わずかばかりに残る楔の名残が、小さく、それでも確かに疼いた。反応を返してくれた。

 それに、ポケットの中。アイテムボックスの中にある、アレスの手甲が、震えた気がした。


 アレスの記憶に後押しされて、さらに進む。敵のいない通路を進む。


「エルピス、早く孵化しないかな……」


 今もまだ、ベッドで寝かされているだろう卵のことを想う。私を拉致して殺すような、ろくでもない神々がくれた、物だけど。エルピスももう、私の家族だ。

 エルピスとも繋がる楔は、まだまだ細い。クロノスと比べたら10文の1程度しかないだろう。けれど、少しずつ、その楔は成長しているのがわかる。

 その楔が成長しきったら、エルピスは生まれるんだろう。その姿を夢見て、どんな子なのだろうと想像する。


 大丈夫、従魔にしなかったけれど、フィビオもいる。私はこの世界で独りじゃない。隆明くんと『通信』で会話することもできる。

 いつも通り進めばいい。私のやりたいことをやればいい。


「さて、レベル上げだね」


 三叉槍に寄りかかる必要ももうなくなっていた。

 左腕が竜になろうとも関係ない。


 力強く、一歩を踏み出し、その部屋へと入る。

 そこには、リザードマンが50体ほどいた。



 私は、モンスターハウスへと、戻ってきた。

ぎゃー!竜化ってなに!?変な設定が増えてるー!?

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