旅人 白鳥 恵子 Lv.17 大混乱①
人間VSリザードマンVS機械の蟻
大混乱、始まりです
「どういうことですか!?」
横山さんが私を守るように剣を構えた。
蟻酸の塊が数個、下手すると数十個単位で飛来するけれど、三本の剣と魔法で作り出した盾が守ってくれる。
「探知魔法に引っ掛からない! それでもこんなに大規模な量だったら斥候が見つけてるはずなんだ!」
炎を纏わせた剣を振るうと、一瞬で蟻酸が蒸発する。
私たちに当たるものだけを判別して撃ち落としているんだろう。そのせいで私たちには被害がないのに、周りが穴ボコになっている。
「災厄竜さんも、こっちへ!」
『が、ァァ……うでが……ッ』
私が手を伸ばすものの、彼(彼女?)は動くことはなく、ただ千切れ飛んだ腕を押さえている。
いくつもの蟻酸が当たっているものの、溶ける様子もない。あれ? と思った瞬間に、一回り大きい、黄ばみも強い蟻酸が飛来し、災厄竜の脇腹に穴が開く。
女王蟻の攻撃しか通じてない? いや、それでもこのままだと……。
「災厄竜さんッ!」
声が届いていないのか、痛みでそれどころではないのかわからないけれど、彼はこちらを向くこともしない。
彼を助ける方法は……横山さんは私がいるせいで防戦一方だし、災厄竜さんが動かないから逃げるなら置いていくことになっちゃうし。
でも横山さんレベルの化物を殺す方法なんて私は持ってない。
回復薬を3本同時に頭にぶっかけた横山さんが、つらそうな表情でこちらを見る。
「恵子さん、そろそろ限界だ。退くよ?」
「う…… わかり、ました」
了承すると同時にお姫様だっこで抱えられる。気づいたらお姫様だっこされて、その瞬間にふわりと浮いた感覚。
景色が物凄いスピードで流れ始めたから、きっと移動し始めたんだろう。
「またお姫様だっこですか……?」
「ダメだったかな? ごめんね、持ち運びやすいってのもあるけど。地球にいたころの癖で、つい」
横山さんはそう言って微笑んでるけれど、つらそうな表情が隠しきれていない。
そっか、地球に恋人がいるのって、私だけじゃないんだよね。もしかしたら月美さんとか、帝くんもいたのかもしれない。
……なんだろう、寒気が。
「……このままでいいです」
「舌を噛まないようにね。回復薬で治るけど」
今はどうやら、木々を蹴って移動しているようで、地面からの距離が高い。そのお陰で魔物を総スルーできてるんだけど。
……少し、情報を集めよう。
子のままだと早すぎて何も見えないから、目に魔力を集めて動体視力を高める。いつもやってることだからか、普段よりスムーズに肉体強化を行えた、気がする。
「機械の蟻と、リザードマンが戦ってますね」
「そうだね。これじゃ三つ巴……大混乱だ」
私たち、人間からしたら敵の増援が来たと絶望する。ところが蟻はリザードマンを攻撃した。かといって味方というわけでもなく人間にも攻撃してくる。
リザードマンからしたら急に背後から攻撃され、完全に挟まれたような状態で、もしかしたら災厄竜──ボスがやられたということもわかっていて、混乱に拍車をかけているのかもしれない。
「一番キツいのはリザードマンでしょうね」
「見たところ、機械の蟻はハンタードラゴンより上で、ワイバーンより下くらいの強さだ。陣営的には互角かな」
人間陣営が有利ではないみたいだ。
それでも人間は防衛側だから、ナチャーロまで突破されることは無いと、思う。横山さんや月美さんみたいなレベル100もいるんだから。
「機械の蟻って、種族名みたいなのはあるんですか?」
「マシンアント、なはずだけど。アイツらはここにいないはずなんだ」
「別の場所にしかいないってことですか?」
横山さんが三本目の腕で剣を引き抜いた。そのまま斬撃を飛ばし、蟻に食い千切られそうになっていた冒険者を助けた。
肘のところから枝割れしてるって、そんなに稼働域がある訳じゃないだろうに、よく戦えるなぁ。戦わないと死ぬから必死で練習したのか。
なるほど。
「コイツらは迷宮都市って呼ばれる『リベラル』でしか目撃されてないんだ」
「迷宮都市?」
確か、ダハクさんたちが教えてくれた隣街の名前がそれだった気がする。
「そう、そこには迷宮が7個ほど存在してる。ここからも近いし、行ってみるといいよ」
リザードマンでは少し経験値が少ないけれど、私は攻撃力が低いからそれ以上の魔物は倒すにはリスクが高すぎる。その迷宮都市に出てくる魔物の強さがわからないと、どうにも判断に困る。
……クロノスに会いに行ってから考えようかな。クロノスとお昼寝とかしたいな。進化したみたいだけど、またちっちゃくてぷにぷにしてるのかな。
あぁ……クロノスに会いたい……。
「恵子さんはこのあとどうする? 森を抜けた辺りで降ろしてもいいし、街まで行くなら連れてくし」
「横山さんは、月美さんのところへ?」
「そうだね。他にも情報を集めにいきたいから街かな」
残り時間は15時間を切った。
必要経験値はあと、7万と少し。
一時間で2万経験値は取れるから、そう考えると余裕がある。
問題は今夜の睡眠時間だけど、レベルアップまで残り1万経験値くらい残しておければいいかな。ギリギリを目指して失敗っていうのが、一番怖いからね。
懐中時計は19時過ぎを指している。明日の10時までかぁ……。
「森を抜けたところで降ろしてください。寝る前に経験値は稼いでおきます」
「そっか。……無理はしないでね」
「はい、死なない程度にしておきます」
たんっ。と軽い足音のあと、少し長い浮遊感。
木から飛び降りた横山さんは、そのまま私を降ろしてくれる。……周りに誰も人はいない。うん、見られてないね。見られてても困りはしないけど。
「あと百メートルくらいで森を抜けるけれど、もう降ろしちゃうよ。ここらには魔物の反応が少ないし」
「はい、ありがとうございました。また会いましょうね」
「うん、それじゃ。また」
軽く手を振りあって別れる。あちこちから悲鳴や金属のぶつかる音が聞こえるっていうのに、暢気なものだ。小さく笑ってしまう。
横山さんが走っていった方向に背中を向け、進む。三叉槍をクルリと回すと火の粉が舞う。
火の粉に誘われて現れたのはマシンアントと呼ばれていた、機械の蟻。そいつが一匹。
狩竜より強く、ワイバーンより弱い。
つまり私では勝率が1割くらいの格上だ。ヤバかったら逃げる。最悪即死魔法を乱発する。
逃げ道をいくつか用意している。だからといって油断するわけでもなく、私は三叉槍を構え、マシンアントに襲いかかった。




