旅人 白鳥 恵子 Lv.17 大討伐⑭
「こんなのが、災厄なんですか?」
ついそう聞いてしまった私を、誰も責めることができないと思う。そう思ってしまうほどに相手は、小柄だった。
リザードマンが二メートル弱。
羽マンは二メートル強。
ハンタードラゴンは十メートルにもなろうかというくらい大きく。
ワイバーンに至っては二十メートルを越えるくらいの塊だった。
それなのに、目の前の災厄竜ディザスタードラゴンは、二メートルもない大きさをしていた。
いや、尻尾を含めて二メートル半って感じかな。
白銀の鱗がくまなく生えそろう全身を見回すが、やっぱり目につくのは胸部、頭部、そしてその腕部。
胸部から腹部には、白い、不透明な球体がめり込んでいる。いや、肉体が球体から生えていると言った方が正しいかもしれない。
もしかして、あの球体って、魔石……?
私の持っている魔石は2、3センチ。前回手に入れた比較的大きい魔石でも6センチあるかどうかってところなのに。
あれは30センチ近くある。
そして頭部。
双頭竜ってのは、よくあるよね。だってホ◯ケモンとかさ、たしかいたよね、ドラゴンタイプの双頭。
……目の前のは、人間サイズの双頭。しかも、首は一つしかない。それは異形というしかない。
そいつらには、きちんと顎も、口も、頬も、耳も、眉も。全てが二つずつ存在している。
それなのに、眼球だけは、三つある。
二つの頭を、眼球と眼球が同じ位置になるまで、めり込ませたような異形。……気持ち悪い。
そして、腕部。
そいつの腕は4本ある。横山さんみたいに、肘のところで枝割れしているのではなく、綺麗に4本生えている。
そのうち一組は普通の腕に見えるが、背中側に生えているもう一組は、デカイ。
私の腹回りよりも一回り……いや、二回りかなー。
二回りほど太い腕が地面を掴み、抉っていた。
「こんにちは、ドラゴンさん」
私は、3本の腕で、それぞれ別の剣を構えた横山さんを視界の端に見ながら、災厄竜へと近づいた。
魔物語のスキルを全力で発動させながら、災厄へと声をかける。
横山さんが慌てた様子を眺める暇もない。悪意が、私へ向いた。
「私の言葉、わかりますか?」
魔力が減っていく。
ラジオの番組を探しているかのように、言葉が通じるチャンネルを探していく。
言葉にするとたったそれだけなのに、実際にやるとすごく時間がかかる行為で、時短のために魔力を使っているのだと理解した。
横山さんが、私の腕を掴んだ。
行動を。……奇行を咎めるように、強く、腕を掴んだ。
それでも、私は災厄へと言葉を投げた。
「返事もできないんですか、異形のドラゴンさん」
『……我らが、異形、だと?』
繋がった!
に、しても我らねぇ。双頭──実際には1.5頭くらいなわけだけど ──はそれぞれ別の思考を持つのかな? それとも種族そのものをバカにされたと考えたのか。
「バカにしたい訳じゃないんです。……なんで人間の街を襲うんですか?」
『我々、魔物が存在するというだけで攻撃する人間がそれを問うか?』
そう言われてしまうと、少し戸惑ってしまうのだけれど…… ほら、もっと、こう……和解する道があったんじゃないかな?
「恵子さん、無茶しないで」
「もう少しだけ。……知性があるなら、なんで戦う以外の方法を探さないんですか?」
横山さんは、きっといつでも守れるようにと準備をしてくれているんだろう。だからこそ私が自由に、敵に会話を試みるなんてことしてるんだけどさ。
『我らとて食料は必要だ。それに、数多くの同胞が殺され、黙っているほど愚か者ではない』
「それで自分も殺される方が、よっぽど愚か者だと思いませんか?」
目の前の災厄は、特に表情を変えることもなく、小さく唸った。
自分でも理解していて、意図的に考えないようにしてきたことなんだろうね。そこを指摘されるのを嫌がるのは、人間も竜も同じみたい。
『……どうしろと言うのだ』
災厄が言い負かされて白旗を上げる図。
横山さんがポリポリと頬を掻いているが、構わず質問する。
「横山さん、ドラゴンが暮らしていても問題ないような場所って、心当たりありますか?」
「え…… うーん、確かに2、3箇所あるよ? けどそこでドラゴンが暮らせるかはわからないし、近くの国から討伐隊が派遣されるかもしれない」
「初心者が集う森で暮らせるなら、大抵のところで暮らせるとは思うんですが、それは置いといて。討伐隊が結成されたら返り討ちにすればいいんですよ。そしたら触れてはいけないと理解できるはずです」
横山さんも、災厄竜も、お互いに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。……私が言ってるのは理想論だということはわかってるけれど、ゲームでよくある『竜の棲み家』みたいなところを作ろうとしてるだけだ。
「……月美さんに話を通してみる」
「ドラゴンさん、この人は人間のなかでもトップクラスの実力者です。彼と一緒なら、人間へと和解の意思を伝えることもできるはずです」
さきほどから百面相している災厄竜へと、一歩近づく。
一歩。また一歩。
遂には触れられる距離まで歩いてしまった。今すぐにでも食べられちゃうんじゃないかと思うほどに怖いけど、私はゆっくりと手を伸ばし──頬に触れた。
触感としては、鱗が生えてるから、ザラザラしててツルツルしてる。顎先から耳へ向かって撫で上げると、ザラザラしていて、この子も嫌みたいだ。
逆に耳から顎先へと撫でると、ツルツルとしていて、気持ち良さそうに三眼を閉じてくれた。
『……もう、戦わなくてもよいのか?』
「そうですよ。ゆっくりと暮らせる場所を探しましょう? そして、人間とドラゴンが、共存する国を作るんです」
統治するのは貴方ですけどね! 私はレベル上げないと死んじゃうからそんなことしてる暇ないけどね!
「まさかそんな方法で、大討伐を終わらせるなんて……」
「平和って、良いことですよ」
横山さんは、いまだ少し警戒心を滲ませたものの、武器を収めてくれた。災厄竜も、敵対の意思は無いと、4本の腕をだらりと垂らした。
『戦わなくてもいいと言うのなら、我々は共存を望もう……感謝するぞ、人間よ』
「い────え?」
私の目の前では、その災厄竜の、異形の腕が、千切れ飛んだ。
その場にいた全員が硬直し、次弾を避けることもできなかった。
森の奥から飛来した弾丸が、災厄竜のもう一本の異形の腕をもぎ取る。痛々しい断末魔が響き渡り、ソイツらが現れた。
「……機械の、蟻?」
見える範囲だけでも、百匹を越える蟻の軍勢。そしてその奥に見える、巨大な機械の、女王蟻。
女王蟻の口が、パカリと軽快に開き、弾丸が発射された。
「属性剣『暗黒』!」
横山さんが弾丸を切り捨てた瞬間に、鼻にツンとくる匂いが広がる。この酸っぱい匂いといい、蟻酸かな?
「一旦退こう、恵子さん! コイツら、突然湧き出てきた!」
想定と大幅に違う結末が。。。
恵子ちゃんって戦闘を見に来たんじゃないの……?
恵子「可哀想な目をしていたので話しかけた。後悔はしていない」
次回更新は10月19日19時予定!
そろそろ更新ペースがキツくなってきた!あとクオリティがやばい!




