旅人 白鳥 恵子 Lv.17 大討伐⑬
ステータスを見せてまで横山さんに確認を取った。
レベル17をボスの元へ連れていこうとしてるということを理解できていないのかと何十回も確認をした。
どうやら状況は理解できているらしい。むしろ絶対に守るという自信ゆえの提案だったらしい。
「でも……いいんですか? 戦術とか、武器とか、色々とバレますけど」
「僕もさっき見ちゃったわけだしね、おあいこってことで。それに最初にステータスを見せた時点で気にしてないよ」
少しだけ迷ったけれど、これは私のメリットが大きい。
死のリスクなんて、常にあるものだし、多少の時間はかかってしまうけれど、それでもまだ到達できるかわからない化物同士の戦いを見られるのは、この先を目指すとしてとても良い経験となる。
まあ、剣術使いとドラゴンだと、どこまで参考になるかわからないんだけどね。
「……行きます。つれていってください」
「ん、任された!」
横山さんは、そういうと左手を差し出してきた。
最初はなんのこっちゃわからなかったけれど、それが握手なのだと、右手に触れさせることを忌避したのだと理解した。
私も左手で応える。
「さて、ボスが移動してなければいいけどね」
「どこにいるか、わかるんですか?」
「月美さんがね、探知魔法に優れてるから」
隣に並んだ彼の表情は、月美さんのことを信頼しきっているのだとわかり、少し男女の仲を勘繰ってしまう。すぐに頭を振って振り払ったけれど。
……先にこの世界に来ていた先輩たちは、私の行く道を照らす希望だ。
横山さんはレベル100は達成できるのだ、と示してくれた。
月美さんは『同郷殺し』でも赦されるのだ、と示してくれた。
きっと他の人たちも示してくれるんだろう。
それに、殺してしまった帝くんだって。私が狂っているのだと、教えてくれたのだし。
……私は、後輩たちに。欲を言うなら先輩にも、何か希望を見せてあげられる存在になりたい。
もう殺すなんてことはせず、助けられるだけ助けてあげたいと思う。もっと早く決意しておきたかったことだけれど。
「歩きながらでも、少しこの世界について勉強しようか」
「この世界に……?」
「そう。魔物のこと。スキルのこと。やっちゃダメなこと。効率のいい経験値の稼ぎ方、とかね」
横山さんは、回復薬を口にしながらそう言った。
今も体力は減ってるんだろうか? あの、なにもしていないのに体力が急速に減る現象と、戦ってるのだろうか。
「まずは、その体力が減る理由を教えてくれませんか?」
「……ああ、これ?」
なんでもないように、それでも答えたくなさそうに肩をすくめた。
そして少し考えるような素振りをしてから、口を開いた。
「これはね、バランス調整の一種なんだ」
「バランス……?」
「そう、この世界に拉致してきた神々が勝手に決めたバランスだよ。先に来た人たちが、後の人たちを楽にしすぎないように、会える時間を決めたんだ」
「……つまり?」
「レベル99になった人は、レベル80以下の地球人に会うと、時間に比例して体力が削れていくんだ」
つまり、最初にあったときに血を吐いていたのも、今も体力が減っているのも……私のせい……?
「そういう顔するだろうなって思ったから言うか迷ったんだけどね…… レベル15以上だと、回復薬飲みながらだとなんとか耐えられる範囲だから気にしなくていいよ」
「でも……」
「気にするようならささっとボスを倒してしまおう。大丈夫、死にそうになったら転移で逃げるから」
リザードマンが数体走ってくるが、私が槍を構えるより速く3枚に卸されてしまった。
時間がない以上、私が倒すよりは速いんだけど……経験値が……。
「回復薬は結構用意したけどね、それでも有限だから」
「わかってます。……他にも質問いいですか?」
「うん、なんでもどうぞ」
なんでもって言われても、何を聞こう……?
「この世界って法律とかあるんですか? 例えば、その……人殺しとか……」
「それは結構緩いみたい。犯罪はダメと言われてはいるけれど、それだけだよ。捕まるってことはないけれど、現行犯だと暴行を受けたりするらしいね」
流石に日本みたいな、ガッチガチの法律があったりするわけでは無いみたい。そこは少し、助かったかな。
でも、暴行ねぇ……。
「……横山さんは、神様から卵を渡されましたか?」
「ああ、あのアップデートの品? 貰ったよ。確か恵子さんがこっちにくる前にあったアップデートの品はエリクサーだったかな」
エリクサーっていうのは名前聞いたことあるかも。なんかめっちゃすごい薬だった気がする。体力全回復とかかな。
「あの卵ってどうしてます?」
「ポケットに入ってるよ? あ、でも月美さんはポケットに入らないって騒いでたみたいだから、個人差があるみたい。中身も、何が入ってるかわからないしねぇ」
横山さんの卵はダークマターみたいなどす黒い見た目で、触ると寒気がするらしい。見せてはくれなかったけどね。
「職業って、いくつ獲得できるんですか?」
「多分、4つだね。30レベルで選べるようになるよ」
「……横山さんは、2つでしたよね」
「隠してるだけで、きちんと4つあるよ。それは君が80レベルになったら教えてあげるよ」
「約束ですよ?」
「うん。約束、ね」
そんな会話をしつつも、リザードマンが、羽マンが。遂にはハンタードラゴンでさえも一撃で切り捨てられていく。
横山さんが切った瞬間、傷口が炭化したように黒くなり、そのままボロボロと崩れていく。
しかしよく見てるとわかるが、一度切りつけた瞬間に相手はすでに死んでいて、その後なのに死体を朽ちさせているみたいだ。
「この攻撃も、職業と一緒に教えるよ」
「……なんで、レベル80なんですか?」
「レベル80になると、僕たちが近づいても体力は減らなくなるんだよね。おおよそ、その先はウイニングランみたいなもので、ゲームクリア確定みたいなものらしい」
うっ……。
いや、直感スキルで理解しちゃったんだけど、横山さん言ったのは検討違いかも。
レベル80になってからは、レベル99や100のサンプル番号持ちの体力が減らないっていうのは、ハンデを無くすためだ。
おそらく、レベルが80にもなると、90との能力差はほぼ誤差みたいなもので、スキルレベルや、戦術、それから運なんかでは下克上できてしまうんだ。
レベル90代の魔物なんて、ほぼ伝説上の生き物だろうし──もしかしたら魔物のレベル上限は無いのかもね──そいつらを探すよりは、近くにいる高レベル冒険者を倒した方が楽ってことかな。
このシステムを作った人は、よっぽど人間同士の殺し合いがみたいらしい。
本人には見えないくせに他人にだけ見える称号なんかも、用意しちゃってさ。意地悪いね。
「あ、ワイバーンだ」
「──えっ?」
10円落ちてた、みたいな気軽さで言わないでほしい。
薄い青色をしたそのドラゴンは、どことなく、人間に似ている気がした。
もちろん顔は竜そのもので、鋭い牙がいくつも見えるし、頭頂部から背中にかけて、魚のヒレのようなものが生えている。
腕は細く、骨に皮を張り付けたような印象を受けるものの、私ではまだ折ることはできないと思う。
そして妙に引き締まった胸。くびれのように細くなった腹。下手すると腹よりも一回りほど太い尻尾。
足関節は、人間と逆向きに曲がるようで、ぐぐっと溜めを作ったあと一気に飛び上がった。
「……珍しいな、水属性か」
「ワイバーンにも属性ってあるんですか?」
圧倒的な強者を前にしても、私は逃げることを考えもしなかった。むしろ横山さんに質問するくらいには余裕があった。
「んー、ワイバーンクラスになるとね、それぞれ得意な属性があるみたいなんだ。あれは鱗の色が水色で、ヒレみたいなのがついてるよね」
「でも、ここ森ですよ?」
「そうだよね、少しおかしいよね」
そんな少し不安になるようなことを言ったあと、横山さんが剣を握った。
鞘からは取り出さず、腰だめに構える……所詮、居合いの構え。
「ふっ」
「グァァァ──ッ」
軽く息を吐く音と共に、振り抜かれた剣。
剣に風の魔法を纏っていたらしく、私にはそよ風程度の風が、ワイバーンには風の刃とも言えるほどの風量がぶつけられた。
真っ二つになりながら墜落するワイバーンは、炭化することなく、光の粒になった。
「その、魔法を纏った攻撃って、私もできるんですかね?」
「それは……どうだろう? 僕の場合、職業による補正が大きいから、自力で作り上げるのは、厳しいと思うよ」
厳しいけど、出来ないって訳じゃないみたいだ。
幸いなことに私は下級魔術なら4属性あるからね、やってみるのもありかもしれない。
「そろそろ着くよ」
横山さんの声色が、少し真剣なものに変わった。
私より一歩先を歩いている彼が「止まれ」とジェスチャーを出した。素直に立ち止まることにする。
「────ォォォォォォォオオオオオオ!!!!!!」
咆哮が聞こえた。
横山さんに向けられた殺気に匹敵するほどの悪意が、漂っている。
守るように、自分を抱きしめながらも、逃げるという選択肢を捨てる。
きっと戦闘を見てるだけでも、失神しそうになるほどの殺気を感じることになるんだろう。
将来的に、そこに飛び込んでいくことになると考えると、ゾッとしないけれど、それは今は置いといて。
「あれがドラゴンたちのボス──ディザスタードラゴンだ」
そこにいたのは、ワイバーンよりも……小柄な双頭竜だった
次回更新は16日19時予定!




