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旅人 白鳥 恵子 Lv.17 大討伐⑩

 大討伐の最中で、少しでも戦力がほしいんだろうってことは理解してる。

 ……理解してるけどお腹すいたんだもん。

 ギルドに寄って色々な情報も聞きたいし、魔力も回復させたいし。少し休憩しないと、なんか大きな失敗もしそうだからね。


 というわけで宿に戻ってきた。受付に座っていた、ええと……そう、シギルさん。シギルさんにご飯を頼んでから、部屋に戻る。時計がないから今の時間はわからないけれど、空が赤くなってきてるから5時か6時か…… 大体そのくらいだと思う。

 懐中時計とか、ほしいな。


「ただいま、エルピス」


 布団にくるませておいた卵に声をかける。まだ孵化する様子は、ないかな? あ、でも触ってみるとほんのり温かい……。

 そのまま布団に入ると寝てしまいそうな気がして、別のことをすることにした。

 まずは、楽な格好になるために防具全般を脱いで、ポケットへと仕舞う。ドアに鍵がかかってることを確認してからローブも脱いでしまう。新しく買ったローブを着てみるけれど……あー、少し砂がついてた。なんか気分的に嫌だな。


 流浪のこともあるし、パジャマ用の服は宿に置いておくことにしようかな? 盗まれて困るものはポケットに入れておけばいいんだし。

 ってあれ?このローブのポケットからは何も取り出せない……。

 一応ステータスを開いてみるけど、きちんとアイテムの欄には表示がされている。

 じゃあ、試しに、と脱ぎ散らかしたままのローブのポケットに手を突っ込んでみると……三叉槍を取り出せた。


 アイテムボックスって初期のローブについてるだけで、服を自由に変えて良い訳じゃない……?

 うわー、なんか、地味に不便…… 耐久力の表示されてないローブだから、壊れることは無い、と思うけれど、それでもそれを着ていないといけないっていうのは不便だ……。

 それにこのローブ盗まれたら無一文になるってことだよね?


 初期のローブに着替え直す。

 目立つ汚れはないし、武器も防具も入ってる物が手元に無いと、どうしても不安になってしまうから。

 そして新しいことが判明したものの、二度手間だった着替えを終えて食堂へと向かう。

 料理はもう準備し終わっていたようで、席に座ると定食モドキが出される。ステーキ(なんの肉だろう)と、サラダ(青色とか紫色がいっぱい)。ご飯は無いけどパンが籠に数個入っていて、味噌汁は無いけどスープがある。

 んー、この世界で料理してみるのも面白いかもしれないね。隆明君がこっちに来たときに、作ってあげられるように。


 ステーキを切り分けながらこの後の予定を考える。

 魔力が回復したら、また大討伐に戻ろうと思うけれど、そのためにはギルドに行きたい。

 外出するならついでに回復薬とか、小腹が空いたときに食べられる物も買いたい。さらに言うなら小麦粉とか懐中時計も、あれば買いたい。

 エルピスに魔力も込めたり、隆明くんに電話したり、したいんだけど……いま魔力を使うわけにはいかないよね。大討伐から生きて帰ってきた時のご褒美にしよう。うん、そうしよう。

 肉をオカズにパンを食べる、なんて地球じゃやらないようなことを終えて、そのまま外出する。


「御武運を」


 なんて、シギルさんに言われて嬉しくなってしまったものだけど、それと同時に危ないところへ行くんだ、とか。人殺しがそれを言われる資格あるのかな、とか。

 そんなことを考えて、すぐに忘れるように努めた。



 ローブにコートを羽織るだけのラフな格好で街中を歩く。大討伐の最中ってことで人は少ない。露店なんかも、もう少し多かった気もする。それにちらほらと閉じたままの見せもある。

 それに……治安も悪くなってるみたい。買い物終わりなのか、籠に果物を入れて歩いていた女性が、路地裏に引き込まれたのが視界の端に見えた。

 コロコロと転がったリンゴが、何の運命か私の足元まで転がってきた。それが助けを求めてきている気がして、少しだけ迷う。

 装備をつけてないから、持ち前の防御力だけが頼り。路地裏は狭いから槍を十全に振るうことはできないけれど、リーチを生かして突くことに集中すれば私は有利。ただ、人質を取られたら動けなくなるよね。


「行ってから考えよう」


 考えるのがめんどくさくなった訳ではない。

 無理なら逃げれば良いのだし、見ず知らずの人を人質にされても止まる理由にはならない。もし手違いで殺してしまったら経験値が増えるし、無事救出、捕縛できたらきっと隆明君が褒めてくれる。


「いやっ──むぐっっ」

「すこ~~~し黙ってろよ~?」

「黙ってれば痛い目見ずに済むからよォ」


 相手は2人、名前はバカとアホで確定だね。……ってそうだ! 体術の訓練をこいつらですれば良いんじゃないかな!?

 よくよく状況を見てみる。30になろうかという女性が二人の男に組み敷かれていて、首元にはナイフが当てられ、もう少しで死んでしまうかもしれない。

 いや、私だったら犯されるより殺される方を選ぶけれどね。彼女はそうじゃなかったみたい。涙を流しながら、目を瞑った。

 それを見て、満足げに口角を吊り上げた男は、三角飛びで壁を蹴り接近した私に気づけない。



 まさかの奇襲をかけた初撃を空振った。

 えっとね、言い訳っぽくなるけどほんとのことを言うとね。慣れてなかったのとか、普通に蹴ってたら女の人を巻き込んだのとか、ローブが捲れそうでイヤだなーとか、壁が滑べりやすいこととか色々な要因が複雑に絡み合った結果の空振りなんだよ。わかる?


 バカとアホって呼ぶことにしたけど相手もただ棒立ちしてくれるほどのバカではない。

 敵わたしが来たとわかった瞬間に人質を取ろうとしたらしく、女性を無理矢理に立たせようとした。なのでその腕を捻り上げ、肩関節が外れた音を聞き流しつつ、アホに向かって投げた。

 バカとアホは二人してもつれて転び、女性は私の側でへたり込んでいる。

 空振りはこれのための布石だったんだよ。つまり予想通りなんだよ。


「大丈夫ですか?」

「……は、はい。助けていただいて、ありがとう、ございます……」

「ささっとアイツら捕まえちゃうので、もう少し待っててくださいね」


 そう声をかけてからようやく立ち上がったバカアホに向かっていく。逃げようとしてるみたいだけれど、そうはいかない。


 破れかぶれな突撃に見えて、実はそうじゃない。二人で連携した波状攻撃は、片方を避けるともう片方を避けづらくなるように計算されている。

 今までずっと二人でやってきたのか、アイコンタクトすらなく呼吸を合わせているのを見て。酷くもったいなく思う。

 ……普通の冒険者で、やっていけたんじゃないかな。


 攻撃を避けるときに足を引っ掻ける。それでアホを転ばせるが、その転び方でさえ私の妨害をしようとする。ニヤリと笑ったバカは、ナイフを突き出してくるが手首を掴み、強引に横に逸らす。……ってあらら、ナイフが外れたらすぐに下がっちゃった。そのまま突っ込んでくるようなら一本背負いでもしてあげようとおもってたのに。


「なんでオメエみたいなのが、街中にいんだよ」

「そーだぞ! さっさと大討伐に行きやがれ!」


 それはこっちの台詞なんだけどなぁ……。

 こんな人たちでもリザードマンにダメージ与えられるだろうし、数人で囲んで叩けばいいのに。なんで参加しないんだろう?


「今はちょっと休憩中なんですよ」

「なら宿で寝てろや!」


 無言の腹パン。そのまま後頭部への肘打ちでアホは気絶した。

 うん、少しずつだけど体術にも慣れてきたね。でも魔物相手だと要練習、かな。

 三叉槍をポケットから取り出して、バカに向けると……力なくへたり込んだ。太刀打ちで顎を掬い上げるように殴って気絶させる。ロープとか持ってないから、逃げられないようにしないとね?


「助けていただいて、ありがとうございます」

「やりたくてやったことなので。別に。……あ、この人たちどうすればいいんですかね?」


 格好よくそのまま立ち去ろうかと思ったけれど、足元で伸びてる2人のチンピラをなんとかしないといけないことを思い出した。

 衛兵さんでもいるなら、そっちに連れていくし、冒険者ギルドなら一応の目的地だし。


「普段は衛兵さんに頼むんですけど、今は手が空いてないと思うので、ギルドに連れていけばいいと思います」

「付いてきま──せんよね、家まで送りましょうか?」


 付いてきますか? って聞こうとした瞬間にその女性の顔が曇った。まあ、顔も見たくないって感じなんだろうね。

 ネーベと名乗ったその女性は、自分で帰れると言い張り、そのまま大通りへ戻っていった。

 終始、お礼をなにもしなくて良いのかと気にしていたようだけれど、そういうのを求めてやったのではない。

 強いて言うなら私は善良な一般市民の味方なのだ。ただし敵意を向けてきた奴は容赦なく経験値にする。



 盗賊を引きずって冒険者ギルドまでやってきた。

 客観的に見ると男二人の首根っこを持って引きずりながら入ってきた女…… けっこう注目浴びそうなものだけど、周りは一回見た後すぐに興味をなくしたようだった。

 手の空いていた受付の人が駆け寄ってくる。


「どうしました?」

「女性暴行の現行犯です。どうすればいいんですか?」

「個室へ案内しますので詳しい状況を聞かせていただけますか?」


 その人が奥へと声をかけると、ロープを持った男性が3人ほど駆け寄ってくるので、バカアホを引き渡す。

 そしてそのまま個室で状況説明をした。そう長くはない拘束時間だったけれど……買い物してないし、休憩にもならなかった……。

 ギルド曰く、犯罪者は殺しても罪に問われないけれど、この程度ならば捕まえてきてほしいとお願いされた。

 気が向いたらそうしよう。



 ついでとばかりに、大討伐についての進捗を聞いた。

 リザードマンがいたことから大体の予想はされていたようだけれど、今回は竜種の大量発生による大討伐。リザードマンから始まり、羽マン──リザードフライと言うらしい──や狩竜ハンタードラゴンが多くいるらしい。

 ……らしいと言ってももう戦ったんだけどね。あんなのがまだ100匹ずついるらしいから、いやーな顔になってしまうのも仕方ないと思う。

 そして新情報として、斥候の人達が森の奥で古竜ワイバーンを見たらしい。いまだに森の奥でゴブリンやスライムを食べているらしいけれど、いつ街に向けて進行してきてもおかしくはないという。

 ワイバーンの強さとしてはAランク冒険者(人間最強レベルが50レベルらしく、40後半からがAランクに分類されるらしい)が複数人のパーティを作り討伐するレベル……。


 ワイバーンを見かけたらすぐ逃げる。それだけは確定だね。


 それから斥候の人達は、ボスらしきドラゴンも見つけていたらしい。

 ボスは災厄竜ディザスタードラゴンと言う、ほぼほぼ伝説上のドラゴンらしい。翼だけで20メートルの大きさになるらしく、全長が80メートルになるほどのドラゴンは、森の奥に巣を作り、卵を温めているらしい。


 卵……従魔にできるのかな? でもドラゴンはクロノスがいるから喧嘩とかしそう……それに卵はエルピスもいる(ある?)んだよね……。


 隠密のプロである斥候たちが、災厄竜には見つかったものの、意図的に見逃されたらしい。

 だからといってイタズラに刺激するようなことはせず、Sランク冒険者の月美さんや拓郎さんに任せておけ、と釘を刺されてしまった。

 知りたいことは大体知れたから、用事は済んだかな?


「ありがとうございました」

「いえいえ、少しでも敵を倒していただければ、私たちとしてもありがたいことなので」


 受付……というかロビー? の辺りに戻ってくると、担当の……あの女の人。えっと……マリーさん? に呼び止められた。


「フェル・リースリングです。覚えてますか?」

「モチロン覚えてますよ」


 一文字も合ってなかったね。昔から名前覚えるのとか苦手で……。


「ケーコさんは、確か弓を使いますよね? 少ないですが、矢の支給品がありますが、受け取っておきます?」

「……あれ? 私、フェルさんに弓使えるってこと教えましたっけ?」


 思い返してみるが…… うん。フェルさんに使える武器の種類とか、そういう話をした記憶はない。

 普段は槍をメインに使っている訳だし、他の冒険者の言伝かな……?

 フェルさんは目を逸らして、続けた。


「回復薬なんかも、あるので持ってきますね」

「ありがたくもらいますけど……スキルとか覗き見するのやめてくださいね?」

「冒険者の力量を見極めるために必要なことなんです……無断で覗き見たことは、すいませんでした」


 フェルさんに見られる程度なら、特に実害もないし、言いふらさないことを条件に許すことにした。

 何よりも今の能力を見られたところで、明日には死ぬかレベルアップしてるかなんだ。そこまで重要視することじゃない。


 一度奥へと消えたフェルさんが戻ってくると、矢が20本、体力20と魔力10の回復薬が2本ずつ。それから厚紙みたいなものでくるまれた干し肉が3枚。

 どれも大切に使うことにしよう。


「それでは、ご武運を」

「はい。いってきます」


 必要なものが大体手に入ってしまったのだけれど、一応買い物には行こうと思う。体力も、魔力も。どちらもとても戦える状態ではないから、少しでも回復しておきたい。

 寝るとどちらも回復するだろうけれど、最近不規則な生活をしてたせいでまったく眠くないんだよね。



「はい、いらっしゃい」


 まず私が足を向けたのは小物屋さん。懐中時計を買いたいんだけど、1500ロトしかない手持ちで買えるかどうか、確認もしないといけないからね。


「うっ。足りない……」


 値段は4500ロトで、大体3000ロトほど足りない。

 何かお金になりそうなものがあれば売っちゃおう、とポケットの中を漁っている……と使い道の分からないものを見つけた。

『魔石(小)』

 これだ。見た目はただの綺麗な石なんだけど、もしかして歩行のあるものだったりしないかな? だって、魔石だよ!?


「すいません、これとかって売れたりしますか?」


 カウンターに座るお爺さんに魔石を見せてみる。その魔石3つを光に透かしながら見つめるお爺さんは、ほぅ……と小さく息を漏らした。


「自然ものの魔石かい? こんな小さな店に回ってくることは少ないからねぇ……」

「売れたりってしますか?」

「小さいけれど、それでも純度は高いからねぇ。……1つ2000ロトでどうだい?」


 思った以上のお金になった。いわゆる換金アイテム……?


「それじゃあ全部……いや、2つ買い取りお願いできますか? そして──この時計ください!」

「それじゃあ500ロト。うん、毎度あり。またよろしくねぇ」


 お爺さんは小さく手を振ってくれるので、私も手を振りかえす。

 魔石を2つしか売らなかったのはお金が足りていたっていうのもあるし、現金以外の価値のあるものを持っておきたかった。

 ……一応、ね。


「鑑定」


『懐中時計(正確+魔力電池)耐久5/5』


 魔力で動いて、しかも正確付き。効果を効かなくてもわかるってのは、いいことだよね。

 今の時間は18時27分を指している……というか時間表記は12時間表記で変わらないんだね。

 ここがサンプル番号持ちを連れてくるためだけに作られた世界だっていうなら、それも納得がいくけれどね。それでも拉致したことを許す気はない。


『残り時間15時間42分38秒』

『レベル18まで残り94126EXP』


 必要経験値も莫大になってきたけれど、残り時間も莫大だ。

 今日も安眠するために、回復薬を買えるだけ買ったら、戦いに戻ろうかな。

 ……この大討伐が終わったら、この街を離れるわけだし、クロノスに一度会いに行くのもいいかもしれないね。

 あの電気がビリビリしてたグリーヴもドロップするかもしれないわけだし。

ただ一般的なFランク冒険者のステータスを出したかったから作った存在に、鑑定をしてくれない……


次回更新は10月7日予定!

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