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旅人 白鳥 恵子 Lv.17 大討伐⑨

「ついに、ドラゴンか……」


勝てるわけないね。

フィビオとの特訓で思いの外魔力も使っちゃってるし、体力が全快ってわけでもない。戦ってみて少しでも負傷すれば、その度に逃げ切れる可能性がなくなっていく。

なら、今回は最初から逃げの一手だ。


三叉槍を取りだし、威嚇の意味も込めて手元でクルリクルリと回してみる。穂先に追従するように舞う火の粉がとても幻想的で、少し焦っていた気持ちが落ち着くのがわかる。


そのドラゴンは、翼を広げたその姿こそ大きいものの、本体は思いの外小柄だった。……いや、小柄というよりも、素早く獲物を狩るために特化した、言わばアスリートのようなシュッとした体格をしている。

森と保護色になる緑の鱗をびっしりと生えさせてはいるものの、下から見上げる私には黄色の腹が見えていて、そこには鱗がついていないようだ。

翼は腕から脇にかけて生えていて、予想のドラゴンというよりはモモンガを連想させた。あとは尻尾。鞭のように細く、長いそれはドラゴンの動きを追従するだけじゃなく、叩きつけられたら流石の私でも肌が裂けるのではと身震いさせる。


「ギァァァァ!!!」


私が木に身を隠すよりも、先に動いたのはドラゴンだった。

腕を動かすことで翼を絞り、上空からの急降下をしかけてきた。


身を隠そうと動き出していたその微々たる誤差が、私を救った。体当たりによって巻き起こされた暴風が私の背中を掠めるが、もしも一瞬の遅れがあれば、頭部に衝撃が襲っていたのだと夢想し、冷や汗が吹き出る。

木を盾にするように、ジグザグと森を走り抜ける。


背後からは、メキメキと木が折れる音。それから何かが木々を蹴り飛ばしながら追いかけてくる音が聞こえてくるけれど、振り向くことはしない。

タンッという踏みきる音を聞く。位置を特定し行動を、攻撃範囲さえ予測する。『直感』スキルで確証を得て、『回避』スキルで的確な回避行動を行う。

地面が抉られる音や木が倒れる音を置き去りに、私はそのまま走って逃げ続けた。



森を抜けた。

そこではリザードマンや羽マンが街ナチャーロへと殺到し、それを防ごうと冒険者たちが武器を振るっていた。

3人から4人でリザードマンを相手にし、羽マンは魔法使いが遠距離で牽制し、他の冒険者の手が空くまでの時間稼ぎをしていた。

……まるで、戦争みたいだ。


「ギィァァァアア!!!」


っ!? まさかまだ追ってくる? 森を抜けたのに?

振り返ってしまった。そんな隙を見せれば、避けきれなくなると理解していたのに。

振り向いた木々の先、ちらりと見えた緑の鱗。ほんの一瞬の瞬き。

嗚呼、なんであんなに脆いものを盾にしていたんだろう。そう疑問に思っても仕方がないほど、いとも容易く5、6本の木をへし折って、竜の爪が目の前にあった。


「あ、っぶねえだろッ!」


今日だけでどれほどの運を使ったんだろう。

私に迫った爪は、私のほんの目の前で、横からメイスで叩かれて空を裂くに終わった。

メイスを持つ、筋肉ダルマというのが相応しい男。

すらりとした細身で、両の腕に盾を構えた男。

腰に吊り下げた剣を構え、一部の隙も見せない女。

彼らが、私を守るようにして立っていた。


「大丈夫ですか、狩竜ハンタードラゴンに追われてたみたいですが」

「……助けてくれて、ありがとうございます」

「いえ、困ったときはお互い様ですよ」


キラッと白い歯を光らせたのは盾役の優男。ハンタードラゴンと言うらしいソイツを、3人は油断なく睨み付けている。ハンタードラゴン……ああ、もう。長いしハンターでいいや。

ハンターも3対1だと攻めにくいのか、若干の距離を開けたまま動かない。


「倒せそうですか」


問う。短く「キツい」と返されることで大体の戦力を予想する。

ハンターの能力は余裕で私を上回っているだろう、下手したら、防御力でさえ、負けているのかもしれない。

そしてこの3人はおそらく私と同じか、もう少し上程度。

でもさ、攻撃3人、防御1人の構成なら、なんとか押し返せる可能性はある。それに、従魔以外と共闘するのって、初めてかもしれないから。


「私も戦います」

「おいっ…………いや、お前の得物は?」

「恵子です。槍がメイン、弓と体術を少々」

「俺はダハク。見ての通りメイス使いだ、盾役もできる」

「僕はティリー。盾使いです、あまり前に出すぎないように」

「私はリズ。メインはサーベルですが、剣なら全般扱えます」


名前を名乗っておく。それだけで連携の取りやすさは格段に上がるだろうから。そしてメインの武器情報も交換する。

味方が何を使えるのか、それを知ることで戦略の幅は広がる。

ダハクさん、ティリーさんを前に、私とリズさんで遊撃。そんな陣形に言わずもがな並び替えた。


ハンターは動かない。タイミングを外すとタコ殴りにされるとわかっているからこその待ちの一手なんだろう。

一方こちらも、動くに動けない。即席の連携を、どこまで信じていいのかわからず、勝手な行動が制限されてしまう。


「──いきます」


だからこそ、小さく呟いてから、勝手な行動をする。成功したなら吉、失敗したなら持ち前の防御力で一発防げばいいだけだ。

それに、気を使いすぎてると胃が潰れそうになる。



三叉槍を地面に突き刺しと同時に、3本矢をつがえた状態で弓を取りだし、放つ。

咄嗟に考えてやってみたけど思いの外できちゃったシリーズ『ポケット速射』。

放たれた矢はハンターの顔に迫るが、2本が爪で叩き落とされた。それでも落とし損ねた1本の矢が鼻先に当たり、嫌ったハンターが顔を背けた。


「勝手なことしてくれるねェッ!!」


ダハクさんがそう言いながらも疾走し、勢いを全て乗せた1撃をぶち当てた。ハンターが大きくよろめいた。その爪にも亀裂が入るが、破壊には至らない。


ハンターはよろめきながらもダハクさんを狙い、その前足を振るう。ガリィン、と甲高い金属音を立てながらティリーさんが盾で防ぐ。

一枚目の盾で攻撃のタイミングをずらして勢いを削ぎ、二枚目の盾で上手く受け止める。両利き、なのかな? 私はどれほど盾の使い方に慣れても再現できる気がしない。

ハンターの攻撃を防いだ瞬間には、リズさんが回りこみその脇腹へと剣を振るう。うっすらと血の線ができたのを私が視認した時には、そこにリズさんがいない。

転移したのかというほどの速さで回り込んで、反対側の脇腹に剣を突き立てる。ハンターがリズさんに攻撃しようとしても、ティリーさんが上手く立ち回り防ぐ。ハンターの動きが雑になってきたところで、ダハクさんがどデカイ一発をお見舞いする。


……あれ? 私必要なくない?


変に攻撃して、この連携を壊してしまいそうだ。この高速な戦闘では弓は誤射の危険がある。それに、攻撃が当たってもダメージになるかは、わからないんだし。


「お前さん、俺に合わせろ。タイミングは俺が指示するから、打てる最大火力をぶちかますぞ」

「っ……わ、わかりました!」


気づいたらダハクさんが隣にいた。……本当に、よく状況を見てるんだなぁ。これが冒険者なら、私には向いてないのかもしれない。

押し寄せる無力感を見て、見ぬ振りをする。それは戦いじゃ、必要ないもんね。


リズさんも私に気づいたみたいだ、相手を翻弄し攻撃する動きから、翻弄するだけの動きに変化していた。それは些細な変化だけれど、私やダハクさんが動きやすくなるように、ハンターの動きを誘導していた。

ハンターの振るう爪を、ティリーさんが止めるのではなく、受け流した。爪が深々と地面に刺さり、抜くために一瞬の隙が生まれた。


「行くぞ」

「はい」


短い指示を受けて、一気に駆け出す。重そうな、大きいメイスを持っているダハクさんのスピードにさえついていけず、一瞬遅れてしまう。

もっと能力値がないと、このハンターを相手にするのはできないみたいだね。羽マンあたりを乱獲して、レベル上げしよう……。

ダハクさんがメイスを振りかぶり、トンッと一歩分、跳ねる。ハンターはその動きを予想できなかったようで、一歩分早く回避してしまう。ズバァン、とおおよそ殴った音ではない音がして、ハンターが倒れる。

私はその倒れたハンターの顔へと飛びかかり、刺突を放つ。流石にここまでしてもらって避けられることはない。まあ、避けられなくても攻撃が通るとは限らない。


「このまま攻めるぞ」



ダハクさんの指示に答えることはせず、代わりとばかりに刺突を放つ。それを見てダハクさんも、何かのスキルを使いつつハンターを殴る。

見ると、リズさんもスキルを使っているようだ。あれは、刺突かな……? 剣でも槍と同じスキルが使えるのか、同じような効果や見た目なだけなのか。……後で聞いておこう。


ハンターががむしゃらに爪を振るい、尾を振り回した。

ティリーさんが受け止めに行こうとするものの、横から尾で叩かれ、転んでしまう。リズさんがティリーさんの元に駆け寄るのと、ハンターが空中へと逃げるのは、ほぼ同タイミングだった。


「これからあと2回ほど殴れば落とせそうだな。お前さん、弓で援護してくれないか」

「ダメージにはなりませんよ?」

「また目を狙え。最悪は当ててくれさえすればいい」


そういうとダハクさんはティリーさんたちの方へと走っていってしまう。

……置いていかれた気分になるけれど、元々私はソロだ。うん、これが普通。今回はたまたま共闘してるってだけだ。


弓を取り出すと、矢を3本取りだし、つがえる。

狙いは言われた通り、目…… と言いたいけれど、当てられる気がしないので顔を狙っておく。


魔力が抜ける感覚が、そろそろキツくなってきた。吐き気もしてきたし、頭もいたくなってきた……。

そのせいか、矢にも勢いはなく、ハンターの起こした風に煽られて途中で落っこちてしまう。


「飛ばすときはなァ、こうやんだよ──ッ!」


ダハクさんの声が聞こえた瞬間、リズさんがまっすぐに吹っ飛んでいく。メイスの上に立ったリズさんを、打ち上げる要領で投げ飛ばしたらしい。

リズさんはハンターの翼へと剣を振るう。片翼を落とされては、流石に飛ぶことができないようで落下してくるが、それを待ち構える影が二つ。

ダハクさんはハンターへとメイスを振るう。

ティリーさんはリズさんを抱き止める。


「と、っと。ここで空振るとは、ざまあねえわ」


ハンターもしぶとい。片翼で落下の軌道を反らし、メイスの間合いから抜けたらしい。

けれども地面との激突は少なからずダメージになったようで、時たま巨体が、ふらりふらりと揺れる。ここぞとばかりに駆け出すが、私に追従するのはティリーさんとリズさん。

敏捷の差で、リズさんには追い抜かれてしまうけれど、そんなことよりも少し実験がしてみたい。すごい屁理屈になっちゃうけれど、簡単な処理で動いているらしいこの世界なら、もしかしたらできるかもしれないこと。



三叉槍を構える。けれどそれは槍として、突き刺すための構えではなく、ただの棒で相手を叩こうとする構え。野球のバットのように三叉槍を振りかぶり、全力で魔力を込めて振るう。


屁理屈になるけれど。

例えば剣術の練習をするとき、木刀を使うけれど、あれはただの木を刀に見えるように削っただけだ。なら、木刀ってこん棒みたいなものじゃない? 語弊はあるだろうけど、ニュアンスは伝わったと信じてる。

そしたら槍って、ただ先端が刃物になってる棒じゃない? なら使えてもおかしくはないと思うんだ、棒術のスキルが。


まあ、結論から言えば発動はしなかった。私の振りかぶった全力の一撃はただハンターの足を叩いただけに終わった。


うーん。もしかしてやり方がまずかった?

持ってない棒術のスキルだったから発動しなかった可能性があるから、今度はただの木を彫って木槍(?)を作って『三段突き』でも試してみようと思う。

それで成功したら、今度は穂先の無いただの木で試してみようと思う。成功したらさ、結構なアドバンテージにならないかな、これ。特に対人戦で。



「ゴァァァ……!」


リズさんの放った大降りの一撃は、ハンターの顔面を真芯に捉え、そのまま深々と切り裂いた。

血を流しながら断末魔をあげたその竜は、ついに倒れた。強さに比べると少量のお金だけを残して、光の粒になって消えた。


「お疲れさん」

「助けてくれて、ありがとうございました」

「いいってことよ、お互い様ってな」


彼らは、きちんとお金を等分して渡してくれた。私は全くと言えるほど働きもせず、むしろ足を引っ張った気さえするのに、等分……。いいのかなぁ……?

いや、でも変に報酬関係で拗れるよりは等分にした方が良いのかもしれないね。先輩冒険者の胸を借りたってことで一つ。



今回はたまたま共闘することになった、ダハクさん、ティリーさん、リズさんにもう一度お礼を言い軽い自己紹介も再度する。

私がランクEなこと。レベルが17のこと。ナチャーロをそろそろ出ようと思っていること。

私のレベルを知ったときに、三人の反応が大袈裟だった気もするのだけれど、何も言わないってことは気のせいなんだろう。

それから結構有能な情報は聞くことができた。ナチャーロの近くには『迷宮都市』と呼ばれるリベラルのこと。


この大討伐が終わったら、そこに向かうのもありかもしれないね。その頃には、エルピスも孵化してくれると嬉しいんだけど。


あー……魔力ないし、夕暮れになってきたから今日はもうおしまい。それにお腹すいた。早く宿に帰ろう。

恵子ちゃんが人を殺さないだと!?←


次回更新は10月4日19時!

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