旅人 白鳥 恵子 Lv.17 大討伐④
勝てる、だろうか……?
私は悩みながらも、無意識に、三叉槍の持ちかたを変えていた。奇襲に対抗できるように。奇襲できるように。
しかしそんな自分でさえ気づけない動作に、彼は反応し、殺気を出した。
勝てない。
そう直感するほどの殺気。
目の前が真っ暗になる。切られたのかと錯覚するほどに息が荒れ、汗が吹き出る。
平衡感覚を失う。倒れかけているのか、いまだに立っているのか。実はもう倒れてしまっているのかもしれない。いやでも衝撃も痛みもなかった。つまり倒れてはいない? ……足が地面についているのかさえわからなくなる。
耳も聞こえない。殺気を感じた瞬間から、体の全てが、感覚の全てが機能を投げ出し、その殺気を認めなかった。
「ごめんごめん、ここまで効くとは」
その声と、口に流し込まされる不味い液体が私を現実に引き戻した。
うえぇ……これ、回復薬……?
「別にね、戦う気は無いんだ。時間が無いから歩きながら話すよ? 恵子さんにはボクたちのリーダーに会ってもらうつもりだよ。サンプル番号1番……この世界最初のレベル100到達者だよ」
すごいよね、と続けた横、よこしま……横寺? さん。私を抱きかかえたまま散歩でもするかのように木々の合間を縫って移動する。
ときたまリザードマンが冒険者と戦っていたり、見たこともない小柄な──小柄と言っても私を丸呑みできそうなサイズはある──ドラゴンが空を飛んでいたりする。
横寺さんが二本目の右腕で切りつけ、一瞬で炭化させる。いや、炭化じゃないかも。黒い、ヘドロみたいなゲル状になってる?
再び接敵した。
私は咄嗟に眼球に魔力を集め、動体視力を引き上げると共に脳へと魔力を送り思考能力を底上げする。
横寺さんがリザードマン3体を一振りで切りつけた。
どうやら私をお姫様だっこしているせいで肘から先しか自由に動かせないらしい。肘の部分で前腕が2本に枝別れしているにしては、動きがスムーズに感じた。……意外と動かしやすいのかな?
リザードマンたちはそれぞれ腹を浅く切りつけられただけのようだが、次の瞬間傷口からドス黒い線が体中にはしっていく。線が全身に行き渡る、すると肉が腐る映像を早送りで見ているような光景が繰り広げられた。
肉が黒いヘドロへと侵食されていく。それが表皮、脂肪、筋肉、神経、内臓、骨と順々に侵食し、最後には炭化したかのようなリザードマンのフィギュアができあがる。
……吐き気がこみ上げてきた。
「よく見えた?」
「一瞬だからいいものの、グロイですね……」
「魔力操作に身体強化かな? 我ながらこの魔剣は使いたくないんだけどねぇ」
彼は遠い目をした。言えない何かを隠すように、聞かれない様にしている気がして、私から話題を逸らした。
「なんでお姫様抱っこなんですか?」
「重心のブレが少なくて安定するから。抱きかかえてるほうが早く到着するって理由のほうだった?」
彼はそう言いながら回復薬を頭から被った。
……もしかして、最初にあったときみたいに、体力が減ってる?
ならそれを利用すれば私でもこの人を殺すことができるんじゃ? ……いや、無理か。きっとこの人の体力が1減るよりも先に私を切り殺し回復薬を飲むくらいできそうだ。
それくらい、私とこの人の敏捷には差がある。
うん。とりあえず殺されるってわけでは無さそうだから大人しくしておこう。
レベルアップしてからおおよそ10分しか経っていない。
それなのに、なんでだろう? 今すぐにでもレベルアップしないと死んでしまう気がして、焦っている。
健康的な生活を送れていないからか、ずっと戦っていたからか…… 上手く説明できないけれど、思い返すと同郷の……帝くんだっけ? を殺したのも焦っていたからかもしれない。
いや、流石にそれは言い訳かな。
「ちなみに恵子さんは残り時間どれくらい?」
「15時間はありますよ、大丈夫です」
「ん、それだけあればゆっくり休めそうだね」
いつの間にか、森を抜けていたらしい。
今はトン、トン、と軽い歩調で屋根を飛ぶように走っている。
ここは、ナチャーロかな?
「もう少しで仮設のテントに着くからね」
「……体力は、大丈夫ですか?」
「うん、これくらいなら疲れないよ」
聞いたのはそっちではなく、今もなお減っているだろう数値のことだったんだけど……。
いや、回復薬を被っていないから大丈夫ってことなのかな? 前回の減りかたとかしっかり覚えておくべきだったな、そしたらころ──回復させてあげるタイミングとか、わかったのに。
この世界に来てから覚えておけば、って思ったことが多いな、と少し自分の頭の悪さに嫌になる。
横寺さんが、ゆっくりと私を降ろしてくれた。目の前には一軒家ほどの、仮設というには厳しい大きさのテントがあった。
「さ、入ってね。ボクは、ついていけないけどさ」
何でですか? と聞く前に、答えはテントの中から聞こえてきた。いや、正確にはテントの幕を開けた人物が答えた。
「拓郎君はそろそろ体力が減りすぎているからね、後は私が引き受けるよ」
「月美さん」
出てきたのは、私と同じ……もしくは私より年下の女性だった。
「月美」と呼ばれたその女性は、いわゆる軍服ワンピースを着ていた。
わあ! ゴスロリだ! 美少女が着るとメチャクチャ可愛い!
好みドストライクのヌイグルミを見つけた気分で抱きつこうか迷う私に、彼女は銃口を、向けていた。
「……えっ?」
「私はサンプル番号1、河原木 月美だ。歳は26、貴様より7つも上だ。きちんと敬え」
「……えっ?」
銃口を向けられたまま、固まる。目の前に突きつけられた拳銃よりも、別のことで混乱してしまう。
26歳? この子が? 今年で中学校入学です、とか言われても信じられそうなこのロリが? ゴスロリ厨二病銃刀法違反幼女が?
ダァン。
乾いた銃声が響き、私の左目1センチ先に弾丸が止まっている。
……横寺さんが撃ち出された弾丸を掴みとる、なんて曲芸みたいな真似をしていなければ、私は死んでいただろう。
今更ながら冷や汗が吹き出る。
「いきなり撃たないでくださいよ。びっくりするなぁ、もう」
「こいつが散々にな? 私を侮辱したんだぞ? 私を幼女と! 厨二病と! そう罵ったのだぞ!?」
「合ってるじゃないでsおっと危ない。だから撃たないでくださいよ……」
先程の曲芸はまぐれではないと証明するようにパァンパァンと撃ち出される弾丸を全て掴み取っている横寺さん。
月美ちゃんも掴まれるとわかっているようで、悔しいという顔をすることなく執拗に眼球、眉間、口内へと狙っている。
周りの兵士さんたちが銃声を聞きつけて集まるものの、すぐに「なんだいつものことか」みたいな顔で立ち去っていくのが何気に怖い。
このヒステリックは日常茶飯事なの……?
「月美さんの指示通り、連れてきましたよ。それに板にて確認済みです」
「ふん…… 私のほうでも確認した。ご苦労、呼ぶまで好きにしておけ」
「了解。……っと、一つだけお願いですけど。殺さないでくださいよ?」
「──場合による」
弾切れになったようで、月美ちゃんは急に撃つのをやめた。
横寺さんも苦笑いをしながら報告? をして、転移魔法でも使ったかのように消えた。
月美ちゃんは弾を込め直し、再び私に向けた。
……今度は横寺さんの守りはない。次に撃たれたら私は、死ぬ。
のんびりして時間制限を越えない限り死なないと思い込んでいた私への、罰だろうか。
……実在した神様たちは、まだ見てるんだろうか?
そんなことを考えて現実逃避していた。
「まずその月美ちゃん、と言うのをやめろ」
「え、あ……は、はい、月美、さん」
まるで思考を読み取られているかのような発言に、警戒心を忘れる。
それは──いや、考えるな。考えるな。必要なこと以外を考えるな。
「これは思考を読んでいるわけではない、だから貴様が何を考えようとも、無意味だ」
「……何が、目的ですか?」
思考を読んでいないのに相手の考えが読み取れる。
何かのなぞなぞなの? その方法を羅列していくけれど、彼女の顔に驚きの色が滲むことはなかった。
「頭はきれるようだが、やはりまだ弱い。所詮はレベル17ということか」
ステータスまで読み取られている。
私は彼女に会ってからレベルについて考えてはいない。なら、他人の記憶を見ることができる? 最初の台詞がブラフで、横寺さんから読み取った可能性もある、か。
こういう心理戦は私のギャンブラー魂をくすぐる。
「……さっきから言っている、横寺、とは横山 拓郎のことか?」
「そう、です」
「他にもヨコシマなんて呼んでいたのか……くふふ、後でいぢめてやろぉ」
急にキャラ崩壊された。……どっちが素なんだろう?
ま、いいや、今はこの人の目的と無事に逃げることを優先しよう。
「逃げる必要はないよ。私が聞きたいのはたった1つのことだけだ」
彼女は私から銃口を逸らすことなく、問いつめた。
その凶悪な殺気も、重圧な威圧感も、銃口という視覚的な精神圧力も。
全てを忘れさせる一言を言った。
「貴様は、サンプル番号何番を、なぜ殺した……?」
教訓。
やっぱり悪いことってできないもんだね……
なんで恵子ちゃん、レベル80も違う相手を経験値にしようとしてるの?
というか、プロット作らずに筆の進むままにやってたら大討伐とかいう謎イベント終わらせられる気がしなくなってきた。
終了条件満たせねえぞこれ……




