旅人 白鳥 恵子 Lv.13 ⑤
やっぱり日常パートは苦手だ……!
あれから数分後、私は『ナチャーロ』へと戻ってきていた。
残り時間は7時間ほど残っていた。あれから何度か戦闘しようかと思ったんだけどどうしてもやる気が出なかった。
だから少し休憩。
それに卵はギルドの後に宿で置いてきたから少し不安なんだよね。
仕方なく腕で抱えていたとはいえ、戦闘するとなるとなんかケースみたいなものに入れておきたい。それかこのまま放置か。
でも卵から生まれるのがアイテムじゃなくて生物だったら、怖いよね。とりあえず帰ったら卵の状態から契約魔法を打ち込んでおこう。
……ああ、そうだ。鬼と戦う前に手にいれた弓もあったよね、それの性能確認や試し射ちもしたい。
こういう余裕があるときにしておかないと、残り時間に殺されることになっちゃいそうだし。今後の必要経験値の上がり方にもよるけどね。
「鑑定、っと」
『獣襲(攻撃30+無音)……耐久8/8』
ポケットに仕舞っていた弓を取り出しては鑑定するが、出てきた結果を見て驚く。……この無音ってのが矢にも適応されるなら、強くない?
あ、でも矢が無いんだった、意味ないや。矢も買わないといけないなぁ。
「ケーコさん、でしたっけ……?お疲れさまです」
「門番さんもお疲れさまです、これギルドカードです」
森へと出る前も行った軽い挨拶と身分証の提示を行う。
門番さんは5人いて、外側、内側、高台にそれぞれ1人ずつ。そして残り2人が控え室みたいな場所にいる。
これでここに魔物が襲ってきても食い止めるつもりらしい。
「はい、確認しました。……あの、トロールは?」
「アレスは……その。ええと、死に、ました」
「──これは、失礼を」
門番さんと一言二言の会話をして、宿へと戻る。
……ああ、二人部屋に移動したのも無意味になっちゃったんだよね。アレスが使ってたベッドはもう卵用で良いんじゃないかな。
ドアの戸締りをきちんと確認してから装備を外していく。
ずっと着けっぱなしだったからもう肩が凝っちゃった。よくこんな装備してられるよね、命には変えられないって意見は超同意するけどさ。
「こうしてゆっくりできるのも、久しぶりかな」
卵を抱えてベッドに横になる。普段使っている布団よりもふかふかしてるけど、頬にあたる感触はごわごわしててちょっと落ち着かない。
でも何も考えないでいいって幸せだなぁ。眠くはないけど、少し目を瞑るくらいはいいよね?もし本当に寝ちゃってても時間経過でアラームが鳴るはずだし。
夢を見た。
はっきりと覚えているわけではないが、誰かが私の隣を歩いていた。
その人は私の前に立つと、魔物の攻撃をその盾で防いだ。私は手に持った槍で魔物を貫いた。
攻守のバランスが取れている、良いコンビだと思う。
……かと思ったらその人物がドロリと溶けた。敵の攻撃かと思ったがそうでもないみたい。
彼は私に手を伸ばすことはしなかった。ただ、距離を開けるように、拒絶するように一歩下がった。代わりに私が手を伸ばした。
その手が届く瞬間、目を覚ました。
……アレスの夢、だよね?というか寝てたみたい。
『残り時間2時間51分10秒』
大体5時間も寝てたみたい。アラームでも起きることなく寝てるなんて、どれだけ疲れてたんだろう。
いや、むしろ時間があるときに寝溜めできて良かったと思うべきかな。3時間もあれば、経験値は何とかできるし。
あと確認することは……卵は、孵ってないね。うん。それが良かったのかは分からないけどさ。
『彼の者を従魔とし、我が友へ。名を──』
名を、何としよう。
神様の言うことには、この卵の中身は生き物かそうじゃないかも分からないんだ。性別も分からないし、何か意味のある名前を付けたりしてまったく違うものが出てきても困るし……。
うん、なら
『──エルピスとす』
パンドラの箱、というのは知らない人がいないくらいに有名な、災厄の詰まった箱だ。
そんな箱の中にエルピスはいる。その女神は、希望を意味する。
様々な災い、疫病、悲嘆、欠乏、犯罪が詰まった箱の底に眠る希望。そんな神々への皮肉と、期待。その名前をこの子に送ろうと思う。
例えどんなものであっても、私たち家族の一員として、希望を与えてくれる存在へと……。
これで孵化したら……とおもったけどそんなに都合のいい事は起きなかった。
ステータスの従魔のところを確認してみる。
クロノス(悪魔竜)
アレス……死亡
エルピス(???の卵)
うん、しっかり記載されてるね。自分の内側に意識を向けてみると契約魔法陣は繋がっているもの、繋がっていないもの、繋がりが細いものの3つ。あと、大体7個分くらいしか契約は出来ないと思う。
自分の分も含んで残り6個、ちゃんと考えて家族を増やさないとね。
歯磨きセットを取り出してみる。
こっちの世界に来てから気にしたことなかったけど、けっこう気持ち悪い。この個室には洗面台があるので歯磨きしたら身体も拭いちゃおうかな。
ドアにしっかり鍵がかかってることを確認して、木製の窓も閉まってることを確認して。大きい布をふたつ取り出す。片方を水で濡らし、素肌に当て痛めないように擦っていく。
ひんやりとした感覚が心地いい。ただ、布が大きすぎて拭きづらいことが難点かなぁ。
ゆっくり、ゆっくりと体を拭いていく。
この世界に来てからおよそ一日半くらい、けっこう傷を負ったと思うのだけれど傷痕はひとつも残っていない。むしろ地球の頃の方の傷痕さえもなくなっている。
一応濡らしていない方の布で体を拭く。ほぼ乾いていたけれど、どうしても気になってしまうので服を着る前には拭いておきたかった。
ああ、温泉とかあったら入りたいな。
使い終わった布をもう一度濡らし、部屋内にあるハンガーもどきにかけておく。
これで半日もすれば乾いてるはず。もう少し布を買っておくのもいいかもしれないね。あとは着替えも。
黒い布製のチョッキをローブの上に着る。中に金属のような素材が入っているからか予想以上の重さがあるけれどレベルが上がってることもあって着ても動きに支障はない。
次はグリーブだ。膝当てとすね当てをくっつけたようなそれを素足の上に装着する。靴下は履いてるけどニーソックスのように長いタイプじゃないからこればっかりは仕方ない。多少ダサくても命には変えられないのだから。
そして最後に真っ赤なマントを羽織れば装備完了。特にどこが欠けてるわけでもなかったので、鬼と戦ってるときに聞いた金属の壊れるような音は聞き間違いだったっぽいね。
それはそれで不安なんだけどさ。
「あ、ケーコさん。またお出掛けですか?」
「はい、そのつもりですけど。……ええと」
「? どうしました?」
「名前……」
この宿の受付の人、名前なんだっけ……?
うーん、聞いたことなかったっけ?
「ああ、覚えてないんですね……。初めてあったときにも名乗りましたがオーナーの奴隷で、この店を任されている『シギル』と申します」
「初めてあったとき……寝ぼけてたとき?」
「ええ、その時ですね。夕食はいま食べますか?準備はできてますよ」
少し考える。そういえば昨日の夜からご飯食べてない。
意識したら耐えがたいほどの空腹感に襲われた。……死の危険が迫ってるからって人としての生活を捨ててたら体壊して死んじゃうよね。
「食べます。料金は……」
「宿代に入ってるので大丈夫ですよ。併設の食堂の方で座ってお待ちください」
そう促されて向かう。
食堂に来るのも2回目だね。これ食べたらタオルとか、他に足りないものを買ってこよう。あとは……ああ、矢も買って試し射ちしないと。
なんて考えながらステータスを流し見すること数分。シギルさんが料理を運んできてくれた。
「お待たせしました。ああ、ケーコさん、宿は明日のお昼までしかお金もらってないですけど、延長します?」
「します。銀貨5枚でしたっけ?」
「2泊だとそうですね」
今の手持ちは8267ロト。ここからアレス用の武器の値段を引いても4267ロト。日用品や矢を買うくらいなら足りそうだね。
「4泊でお願いします。これ、大銀貨です」
「え、あ……はい、分かりました。ありがとうございます」
お金を渡すとシギルさんはパタパタと去っていく。とりあえず4日後の昼までの宿は確保だね、また稼いでこないと。
本日のメニューは焼いた赤身の魚、彩り鮮やかなサラダ、グラタンもどき、ホワイトシチューだった。飲み物として果肉入りのオレンジ色のジュースが出てきた。
まずはホワイトシチューから。スプーンで掬って口に運ぶと、ピリッとした辛さが舌を刺激する。けれど、辛すぎるなんてことはなく、精々スパイシーなスープだ。
あれだね、カレーは飲み物ってのを実現した感じ。カレーよりはさらさらとしてて飲みやすいけど細切りにされた野菜とかが入ってて美味しい。
次はグラタンもどき。
スプーンで掬ってみると……底の方に麦が入ってるみたい。あ、これドリアもどきだ。
米とは違うけれどこれはこれで美味しい。味付けも特に変なところはないね。サラダも変なところはない、かな。いや、緑よりも青色が多いけど味は日本よりも美味しいくらいだ。なんだろう、深みがあるというか……いや、やめよう。ボキャ貧なのがバレる。
あとは赤身の魚を焼いたやつ……なんだっけ、ムニエル?
よく聞くのが鮭のムニエルだけど、これは鮭じゃないっぽいね。なんて魚だろう……川とか見つけたら獲ってみるのもありかもね。うん、美味しい。
最後はオレンジジュースだね。ゴクリと一口……うん、これも地球の奴より美味しい。
「ご馳走さまでした」
シギルさんに声をかけると片付けておくからそのままで良い、と言われたのでついでに出掛けることも言って外へと向かう。
卵は布団に寝かせたままだけど、ステータスを見れば『???の卵』と表示されるから孵化したかどうか分かるようになった。便利だね。あ、でも契約魔方陣経由で魔力を吸いとられる感覚がある。気持ち少なめに計算しておかないと戦闘中にぶっ倒れそうだね。
「いらっしゃい」
適当なお店へと入る。看板にあった絵のように、ここは洋服屋みたいだね。下着、ローブを2着ずつ購入する。これに関しては着替えだから防御力とかまったく気にせずに購入した。これで1600ロト。
色?……秘密。
次の店は日用品を売ってるお店。看板はフラスコに紫色の液体が入っていて、ボコボコと泡立ってる絵だった。
薬屋さんかと思ったけど日用品も売ってるみたいでよかった。
大きな布を追加で1枚、体を擦るようの小さめの布を2つ。これで800ロトだね。
あとはそこそこ綺麗な手鏡を見つけた。
異世界って鏡がないイメージをしてたけど、普通にあるもんなんだね。でも値段は1000ロト……いや、買っちゃおう。
はぁ、今度どこかの湖とかで水浴びしたいなぁ……体を拭くだけだと少し物足りない。
あと買うのは……矢くらいかな?
ちょうどここに売っていた矢の束を買っておく。1束で30本、120ロト。バラ売りだと1本5ロトみたい。
矢筒が無いけど、ポケットから取り出せばいいしいらないかな……?2束買っておこう。これで4027ロトとギリギリな所持金になってしまった。
「あ……」
「嬢ちゃん。その矢筒、気になるか?」
私が矢筒を見ていたら、少し離れたところに置かれた変な形の矢筒を発見した。
他のは本当に筒という感じの形をしてるんだけど、みつけたのは長方形をしていて、その4分の1がまるっとなくなっていた。
「それは矢産み筒って呼んでてな、10分に1本のペースで矢を作り出すんだ。もちろん矢筒として使うこともできるが30本入ってると矢も作られなくなるから注意が必要だな」
「これ、売っちゃって良いんですか?」
「ああ、その分高いけどな」
値札には3万ロト……とてもじゃないけど買えはしないかな。
ダンジョンで拾える場合があるらしいから、いつか手にいれたいな。
「あれ?ケーコさん?」
ところ変わって門番さんの所へ再び。残り時間は2時間半もあるけれど、新しい弓の試し撃ちをしながらレベルを上げちゃおうと思う。
ここでやることも特にないし。友達を増やそうにも時間制限あるから知り合える人は限られるし……。
「また、少し外に行ってきます」
「またですか……?」
「ええ、時間もないので」
ギルドカードを押し付けるようにして承認させる。
そのまま門を潜り、森へと向かう。目的地は森の浅いところ。ゴブリンやスライムだけしか出てこないような所でいい。
無音の効果が確かめられるように、身を隠しながら攻撃できるところならどこでもいい。
5分ほど獲物を求めてさ迷う。
ふらふらと歩いているうちに、ゴブリンの声が聞こえてきた。私は『獣襲』を構える。そしてポケットから矢を取りだし、つがえる。
ググッと強く引っ張り、手を離すと、風切り音さえ一切しない。弦の弾ける音もしない。ただただ不自然なほどの無音で、矢はゴブリンの眉間に突き刺さった。
ゴブリンは棒切れを手放し、倒れた。
「……これ、不意討ちや狙撃には使えるかも」
ゴブリンの死体へと近づき、その矢を引き抜く。
よくよく見てみるけれど、特に壊れた様子もないのでまだ使えると判断しポケットへと仕舞う。
今度は少し実験もしたいからゴブリンの集団でも相手にしてみようかな。
またふらふらと進むとゴブリンの声が聞こえた。今度は2体、かな?
大きめの木を見つけて身を隠す。ゴブリンたちは木の実を拾い食いしていた最中らしく、たまに屈んだりはするものの特に動くことはなかった。
矢をつがえる。今回は魔物の耳にも無音になっているのかの実験をしてみる。なので1本だけ。
──。
「グギャ!」「ギャギャ!?」
やはりというかなんというか。
無音で射出された矢はそのままゴブリンへと突き刺さり、生きてる方のゴブリンは何が起きたのかも分からずに周りを見回しては死んだゴブリンへと駆け寄った。
……あれ?なんかデジャブ。
実験その2。
獣襲から魔導の弓へと持ち帰る。矢を取りだし、つがえる。
そしてステータスを見ながらゴブリン近くの木を狙って射出。
ピュゥッ。
と小さな風切り音。やっぱり弓はこうじゃないとね。
そして実感結果。魔導の弓は矢を魔力で生成するけど矢を別で持ってくると魔力は消費しないで射出出来る。
そしてゴブリンは矢が木に刺さったのを見ると、私の方へとえっちらおっちら歩いてきた。
魔導の弓のまま、魔力の矢を生成。射出。
見事にゴブリンの眉間を捉えた矢は、青白い光となって霧散した。
歩いているとゴツゴツした岩の露出する場所へと来た。
ふるふらしている間に森を抜けてしまったらしい。来た道を戻ろうかとしたところで、3匹のゴブリンが岩影から出てきた。ちょうどいいと思い、今度は1度に3本の矢をつがえる。
魔力の抜ける感覚とともに、射出。僅かばかりに狙いがそれたものの、その矢全てはそれぞれの脇腹、眉間、左目を捉えた。
3本同時射ちって、出来なくないけどやっぱり厳しいね。
昔見た戦国系ドラマだと弓の達人が3本同時射ちを、速射でやってたんだけどなぁ。ドラマはドラマってことかな?
さきほどゴブリンが出てきた岩影を調べてみると、地面を掘り進めたのか、長く続く洞窟のような場所を見つけた。
先は薄暗く、何がいるのかよく見えない。
魔導の弓を取りだし、洞窟の中へ向かって放つ。ここがゴブリンの巣なら……ほら、出てきた。
予想とは違って出てきたのはボロボロの剣を持ったゴブリン1体とスライム2体だったけど。
また弓を構えて──緊急回避!
回避スキルと直感スキルに身を任せて横っ飛び。
私がさっきまでいた地面に真っ直ぐな傷痕がついている。それはゴブリンの攻撃なんかじゃなくその上、木の上にいる存在が斬撃を飛ばしてきたのだと理解した。
「ウチな、人を探してるねん」
女の声。妙に甘ったるく感じるその声の裏には、確かに殺意を感じられた。
相手はゴブリンと同じく刃物──剣使いだと仮定しよう──を使う。勝てるか?斬撃を飛ばしたのがスキルだとしたら、私より格上だ。
「不意討ちしながら質問ですか?良い教育を受けてるみたいですね」
「褒めてくれんの?でもあんたも人を殺して何食わぬ顔するとか。腹グロなんやなぁ」
「……人、殺し?」
「とぼけるんか?ええよええよ、そないなことは今は重要じゃないんね」
その女が木から降りてきた。
その動作からも色々と読み取れることはあるけどとりあえず相手の武器を確認する。
綺麗な青髪。太ももをほぼ露出させていて、かろうじて下着を隠している切り詰められた黒い着物。身長は160くらいだろうか、私とほぼ同じくらいだ。
瞳の色は黄色に近い金色で、私を睨み付けている。
得物は、腰に吊り下げられたナイフ2本。あとはむかつくくらい豊満な谷間に挟んで──よし決めた、殺そう──隠してある短刀。
「ウチの弟子、紅石 帝。知らへん?」
彼女は狂気を隠そうともせずに、微笑んだ。
今回でレベルアップする予定だったのにファンブルするからまーた敵が出てきたよ……。
帝くんの師匠さんは、一撃死しないよね?




