旅人 白鳥 恵子 Lv.11 ②
今回も短いです。
「……」
「ふははは!恐怖しているのだな?だが、もう一度名乗ろう!」
中学生にしか見えない彼は、マントをバサりと広げた。
「我が名は伝説の勇者『ああああ』!」
「……」
「……」
「……」
呆れて物も言えない私と、キラキラした目で反応を待っている伝説の勇者。そしてギラギラとした目をしながら片膝をつき、防御の構えをしているトロル。
というかこの魔物、始めてみたけどトロルで合ってるのかな?
ゴブリンのように薄緑の体皮をした私と同じくらい──しゃがんでて正確には分からないけど──の身長。体格はそこそこに太っていて、その脂肪が防御力になっているなら今の私では傷つけることが出来るかは不安だ。ちなみに短パンみたいなものを腰につけているだけで他に着ているものはない。
ちらりと少年の方にも目を向ける。
日本人特有の黒髪を男の子らしくショートカット。クリクリとした目がこちらを向いている。
彼は黒いマントを背中につけている。そのマントの中身はジーパンにTシャツと、地球から持ってきたと思われる装備。その腰には包丁のようなナイフ、魔法使いゴブリンが持っていた物をもう少し手入れしたような杖。分かったのはそれくらい。
無視し続けるのは失礼だと思ったので声をかけてみる。
「えっと。どう、したんですか?」
「うん。少し手伝ってほしいのだ!」
「……はぁ」
「このトロルにとどめを指してほしいの。僕が……違う!我が!こやつの足を切ったので何も出来ぬはずだ!」
トロルの方をもう一度見てみる。
確かに足の腱を切られている。だから片膝をついたまま動かなかったのね。他にも顔を守るためにボクサーのように腕を立てている隙間から見えた。
このトロルの片目も抉られてる。
「えっと。それだと貴方に利益が無いと思うんですけど」
「あ、敬語じゃなくていいよおねーさん。……違う!我は!こいつのドロップアイテムが欲しいからです!」
「……えっと、じゃあ自分で倒したら?」
少年が困ったようにトロルの方を見る。その隙に口元を隠して短文詠唱。
──鑑定。
意識が引き伸ばされる感覚。
私の視線に込められた魔力がトロルの方へと向かうけれど、トロルの体から発生した半透明な穴ぼこの壁に防がれる。しかしその穴を通りいくつかの魔力がトロルへと到達した──
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種族:トロール(巨妖精)
体力:116/200
魔力:61/100
攻撃力:120
防御力:150
敏捷:110(-35※腱破損)
精神力:125
幸運:35
スキル
■■▼□■
固有スキル
■■▼□■
────────────
深呼吸、深呼吸。ばれない様に、鑑定したことがばれないように。
トロルがギラギラと睨んでいるからきっと鑑定した対象には分かるんだ。でも、少年には│バレてない《・・・・・》。
「見ててね、おねーさん。……ボクの攻撃だと防がれちゃうんだ」
状況を整理していこう。情報が多すぎる。
まずはトロルのステータス。この文字化けはきっと防がれた部分で、私のように本人にも秘匿されるような危険スキルではないと思う。
能力値は流浪を発動すれば全部勝てるものの、今では精神力が負けていて、装備を含まないと攻撃力だけじゃなく、防御力まで負けている。
けれど敏捷は負傷分で私が上回っている。そもそも当てられないという泥仕合にはならなそうだ、と安堵の息を呑み込む。
そして、少年が剣を振るったことで分かったこと。
少年の攻撃力はそのナイフを含めても150で防げる、つまり私でも無効化できる。けれど、その腕だ。
振りかぶりから、気づいたら振り終わっている瞬速の一閃を、避けられるかと聞かれると微妙だ。
それはつまり奇襲じゃないと避けられる可能性も高いのだと言うこと。
……奇襲をしたとして、どうやってその腱を切ったのか。目を抉ったのか。
流石にそこまでは教えてくれないよね。けれど、獲物を他人に譲るってことは効果が大きい代わりに消費が大きいってことだ。
「……いくつか質問いいですか?」
「ん?なぁに?……違う!ふはは!我に質問とは良い御身分だ!」
「日本人ですよね?」
「……うん。おねーさんもでしょ?なかーま!」
それはまあ分かってた。街で黒髪を見かけることは──無かったと言えば嘘になるけど。けどまあ、言動が、ね……?
「サンプル番号っていうのかな?あれは23番。おねーさんは?」
「私は24番だったはず」
「おー連番だ!今日は何か良いことあるかも!」
ぴょんぴょんと跳ね回りながら喜ぶ少年は、完全にトロルの存在も、中二病な言動も忘れてしまっていた。
私が身体で隠すようにしつつポケットからスピアーを取り出した。つい癖で手元で回してしまいそうになるけれど、あれは戦い開始前の鼓舞みたいなものだからまだお預け。
少年ははっとした顔をすると、数歩下がった。邪魔にならないようにという配慮だろうけれど、丁度良い位置取りをしてくれたものだ。……何に丁度良いのかは分かると思うけれど。
……ふぅ、と息を吐き、喉の調子を変える。
台詞を思い浮かべ、言語スキルへと通すと、自然とその発音が理解できる。……魔物語、上げといて良かった。
『大丈夫ですか?』
口からは「ゴガァ、アーガァ」という女の子としてどうなの?という声が出されたけれど、その羞恥心を捨てる──ッ!
目の前のトロルは驚いた顔をしつつ、口を開いた。
『……大丈夫に見えるのか』
『見えませんね。……今から後ろの少年を倒そうと思います、手伝ってくれませんか?』
『──同胞を、裏切るのか?』
声のトーンが一段下がる。
おそらく威圧してきているその行為に対して、私の顔は。……笑っていた。
『私は魔物使いです。同胞は、貴方たちだ』
『……』
私は選んだんだ。
クロノスか、隆昭くんか、それ以外か、自分自身か。
ハッキリと理解したうえで、まだ若い、同じ境遇の少年を、騙した。
『……何をすれば良い?』
『この後もう一度少年を近づけさせます。気を引くか、最悪そのまま殴り倒してくれませんか?』
『従魔になると決めたわけではないからな』
『それも分かってますよ』
私はよろめきながら後ずさった……演技をする。
さて、名も無き少年君。女性は産まれながらにして女優、なんて言葉を知ってるかな?隆昭くんに
「女ってマジこえぇ……」
と言わせたことのある私の演技をとくと見よ!
「お、おねーさん?どうしたの?」
「ちょっとした呪術だよ。まさか返されかけるとは思わなかったけど。……でもこれで防御力を半分にさせることが出来た、と思う」
「んー?なんで倒さなかったの?」
「ちょっとした実験を、ね?この呪術をかけただけで他の人が倒したら経験値が入るのか試したいの。それに元々は君の獲物だよね?」
引っ掛かってくれるかな?
と思ったら少年は嬉しそうな表情を浮かべ、私の手を取った。
「おねーさん優しいんだね!ありがとー!……違う!ふははは!感謝するぞ。えっと……こ、こむすめよー?」
その笑顔に罪悪感が募るけれど、飲み干す。
生きるって、そういうことでしょう?それに、私には『歪な器』という訳の分からないスキルがあって、仲間を作らない方がいいと直感が叫んでいる。
……ごめんなさい。
でももう賽は投げられた。──鑑定。
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名前:紅石帝
職業:魔法使い(4属性)
レベル:12/99
体力:151/194
魔力:95/127
攻撃力:79
防御力:73
敏捷:90
精神力:90
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易々と相手の抵抗を無視してステータスを覗く。
簡易表示させたそのステータスを頭に叩き込んで、勝率は五分五分だと結論付ける。なら、勝率を上げればいいんだよね?
「──おねーさん!?」
「ゴガァッ!」
鑑定されたことに気づいた少年──帝くんがこちらを向く。その隙を逃すはずもなく、指示していた通りにトロルが殴りかかり、後頭部をボゴッ!とすごい良い音をさせた。
ふらりとよろめいた帝くんに向かって突撃。走っている数瞬の間に三叉槍へと持ち変える。三叉槍へと魔力を流すと、ヒラヒラと舞う火の粉を出すだけだった槍から、ボウッと火が溢れる。
私の構えはおおよそ槍の構えではない。
どちらかというと棍棒などで叩くときの構えで、三叉槍をバットの様に構え、振りかぶり──スイング。
その一撃は、見事に帝くんのお腹を捉え、破裂させた。
私は体力を削りきったことを確信した。……なんだ、あっけないね。
「……ああ、なるほど」
吐血した帝くんは、悔しそうに。ただ悔しそうに呟いた。
私へと手を伸ばすけれど、魔力の流れは感じられない。……攻撃じゃない?
「おねーさん……良いことおしえたげる……」
「良いこと?」
「おねーさんは今、急激にレベルアップしたことで魔素って呼ばれる経験値に毒されてるんだ……だから、狂暴化する」
「……」
私は大丈夫だ。そう思ったけれど、自問する。
数日前の私だったらこの少年を仲間にしていたんじゃないか?『歪な器』という固有スキルを言い訳にしなかったのではないか?
「ね、呑まれないで、おねーさん……」
帝くんはそう呟くと、もう一度ゴボリと血を吐いた。
そして……動かなくなった。
ファンファーレが聞こえる。それも2度。
またレベルが上がったのだと嬉しく思う反面、帝くんの最期の言葉が頭をぐるぐると回っている。
よっわ!?!?!?!?
あ、えっと。今回から判定方法を変えています。活動報告の方に詳しくは乗せます。




