IF 従魔コルァ
突き。
打ち払い。
切り上げ。
殺意は乗せていないが全ての攻撃が村人Aなら跡形もなく消し飛ばす威力を持っている。
持っているはずなのに全てその大盾に傷をつけることが出来ない。
それを全くもって、一ミリ足りとも悔しいと思うこともなく、自分の持つ技を、型を思い出すように動く。
基礎の基礎からやり直し。
差異なく高みを目指すために土台を確かめる。
フェイント、からの突き上げ。
左足を軸に回転、からの打ち上げ。
ステップ、からの降り下ろし。
大盾で全ての攻撃を弾かれる。
少し力を込めて振るっているのが分かったのか、ただ受け止めるのではない。
衝撃を流される。
打点をズラされる。
タイミングを外される。
そんなスキルではない技を使われているのが理解できた。攻撃の手を止め、石突を地面に突き刺し一息。
大盾からちらりと緑色の、エメラルドのような瞳が覗き込んでくる。
「……そろそろ、良い?」
「あァ、いいぜやろうや」
その大盾に言われて距離を開ける。およそ10歩。
一瞬で踏み込むには長く、かといって不意打ちが出来ない訳じゃない距離。
決闘の審判のように棒立ちしていたメイドに目配せする。
彼女は溜め息を吐く。
そして俺の瞬きの瞬間に合わせていつの間にか持っていたナイフを投擲される──大盾目掛けて弾く。
大盾はメイドから投げられたナイフを左の大盾で弾き、俺からのナイフを右の大盾で防ぐつもりのようだ。
させっかよ。
ナイフに追い付くほどの速度で走り、左腕へドロップキック。
金属音、金属音。少し遅れて衝撃。
ナイフ2本は大盾を貫通できるわけもなく地面に落下。
ついでに足を掴まれた俺も地面に落下──なんて生易しいものじゃなかった。ドラゴンの尾に弾かれた時並みの勢いで地面に叩きつけられた。息が漏れる。
倒れたまま槍を振るい、メイドから投擲されたナイフを弾く。大盾を降り下ろそうとしていた男は少しだけ目を細めた。
結果を見る暇なく腕の力と体重移動で立ち上がりバックステップ、地面に2本のナイフが刺さる。動かなければ俺の右目と足の健は死んでいただろう。
「ラディ!ナイフに毒塗るのは禁止されてんだろァ!?」
「──ちっ」
いくら回復魔法があるとはいえ、ラディ──さっきからナイフを投擲してるメイドの名前だ──の使う毒は治せない。
「……余所見しないで」
声がしてそっちをみると、目の前に大盾が迫っていた。避けるのは無理だと判断して軽くバックステップ。そのままシールドバッシュに押し飛ばされるようにして大きく後退。
空中でも無慈悲に投擲された2本のナイフを弾き、着地と同時に走る。2歩で大盾まで迫り、石突で盾を突く。
勢いは全て吸収された。泥沼に手を突っ込んだような感覚だけが槍越しに伝わる。
その大盾に掘られている数ミリの溝に手をかけ足をかけ、命綱無しのロッククライミングに挑戦。
3メートルにもなる大盾を登りきるとその上に立つ。これで視界の高さはおよそ5メートル。
「初めて見下ろしたったぜ、フォートよォ」
「……きて」
「言われなくてもなァ!」
『要塞』と謳われる3枚盾使いのフォートの懐へと侵入成功に心踊る。槍を振り回すには近すぎる範囲だが、この範囲以外からの攻撃は全てフォートの大盾に防がれるから仕方ない。
天井のない個室を思わせるフォートの盾の中ではリーチの差など関係ない。むしろリーチが長い槍は扱えず素手での戦いになるだろう。だが、それは同じこと。フォートを倒したいなら同じ土俵に引きづり下ろさないといけない。
背中に感じるのは大盾とフォートの腕に引き寄せられる感覚。
普段ならば抱きしめられるのかと思うところだが、今この場ではまったく意味が異なる。
背中から押されると、無意識的に前に倒れないようにと踏ん張るものだが、それは悪手となる。なぜなら──
「……よく耐えたね」
「タネが分かれば楽勝ってなァ!」
右半身を撫でられる。背中、尻、太もも、ふくらはぎとフォートの掌が撫で、そのまま後ろに重心をズラされる。
最初こそ転ばされたその技をこちらも意識的に重心をズラすことで対応する。それでも体勢が崩されたことに変わりはない。
槍に魔力を流す。
するもペキッという小さな音と共に槍が3分割される。これこそ三節槍『トリニティ』と名付けた真価だ。
柄が三節棍として機能し、その間接部の鎖は魔力で伸ばしたり縮めたり可能、最大で1メートルまで伸びる。
最大まで鎖を伸ばせられたら初心者。
魔力操作で鎖を巻き取り回収できて中級者。
鎖を伸ばしたまま真っ直ぐに固め、およそ3メートルの槍として扱えれば上級者だ。
今回は鎖を固めたりせずに10センチほど伸ばす。
真ん中の柄を背中に回し、両手で棒切れを2刀流してる構え。
フォートに殴りかかろうとして、防御の構えを取られて腕を止める。それをフェイントとして生かすために左腕をアッパー気味に振り上げる──!
「……取った」
「ちィッ」
フォートと戦うときの三原則。
『固められるな』『掴まれるな』『触られるな』
今回はその『掴まれるな』を破られた訳だ。この時点で俺の勝ちは一気に遠退いた。
だが、固められた訳じゃない。まだ勝てる。
なんて思っていたら、左手首を捻り上げられる。
こうされるといくら右腕が空いていようと、殴りかかる体勢が出来ない。やれるとしたら肩関節を外すくらいだろうか、俺には無理だ。
そこで気づく、フォートは盾を2枚放棄していることに。
三枚の大盾で囲まれていたはずの壁が無くなっている。それがどういう意味をもつか。
言葉ではなく存在自体で、飛来したナイフが教えてくれる。
1本目。
右手に持った穂先で弾く。弾かれたナイフはフォートの左目目掛けて飛ぶ。
2本目。
同じようにナイフをフォートへと弾く。
フォートは1本目のナイフを左手で掴み取ると、首をかしげることで2本目を避ける。
3本目。
ナイフは投擲されることはなかった。
フォートが俺の首筋にナイフを当てている。ひやりと冷たい金属の感覚が、お前の敗けだと言外に伝えてくる。
「勝てねェなァ……」
俺がそのまま仰向けに倒れると、メイドのラディが近づいてくる。そして乱暴に俺の顔へとタオルを投げる。
べちゃっ、と冷たいタオルの感触。
「やはひくやれァ」
「コアの分際で何を言ってるんですか」
ラディはメイドだが、いつも乱暴だ。
見てる限り俺にだけこんな対応だが、まあそれは仕方ないと思う。他の奴らは見た目が凶悪な連中ばかりだし。
「……ラディ、ありがと」
「いえ、これがお仕事ですので」
白いタオルで見えはしないが、4メートルほどの巨人であるフォートにもタオルを渡してるんだろうと予想はつく。
順に説明していこう。
まずは『個人要塞』フォート。
元単眼巨人の現複眼巨人鬼だ。通り名は他にも『三枚盾』とか『絶対防御』なんて呼ばれてたりもする。
種族名にもあるように、フォートは3つの目を持つ。
その全ての瞳の色が違い、左目はエメラルド、右目はサファイア、おでこの第三の目はルビーと覚えている。
そして他に挙げるとすればその身長だろう。
おおよそ4メートルにもなるその身長のせいで、3メートルにもなる大盾が大きく見えないのだから。
そしてフォートは意外なことに少食。俺よりも食う量が少ないうえに、重度の和食好き。見た目とのギャップが酷すぎんだろ。
次に『暗殺者』ラディ。
元木妖精、現樹魔人の彼女は『完璧メイド』なんて呼ばれてたりもするが、主人の敵に対しては本人さえ気づかれないように殺す暗殺者だ。
相手の瞬きや一瞬の無意識に被せるようにして行動することに長けていて、何度もナイフを投げられている俺らでもないと避けるのは無理だろう。
それにラディは植物との親和性が高く、遠くにある花と感覚を共有させることで情報収集することも出来れば、解毒剤の存在しない毒を生成することも出来る。
敵に回したくない存在だ。ただダメ男好き。あと自分のことになると急にだらしなくなる。
「大丈夫、コア?」
「ああ、問題ねェ」
タオルで顔を拭きつつ立ち上がる。いつの間にか傍にいたラディが水筒を渡してくれるので……匂いを確認してから飲む。
「無味無臭の毒も作れるんですよ」
「お前がそういう時は大丈夫な時だなァ」
グビグビと音を立てて飲むが、苦しくなったりはしない。むしろ適度な酸味が美味しく感じる。
「効果は?」
「特に。疲れがとれる程度ですよ」
そんな会話をしていると、騒がしい声が近づいてくる。
どうやらご主人の合流のようだ。
「コアー!」「こあー!」
まずは飛び込んできた子供二人を担ぎ上げる。
右肩にロリ、左肩にショタを乗せるとその二人はキャイキャイと騒ぎながら俺の髪を引っ張る。
この子供たちこそ俺らのチーム最高戦力だろう双子だ。
まずはショタ。
元スライム、現狂神粘のリリ。
固有スキル『物理完全無効化』と『魔術耐性20』をあわせ持つことで誰一人として傷つけることが出来ず、身体中から無数に生み出す触手が全て『強打20』と『刺突20』のスキルを平行発動させて襲いかかる。
欠点としては子供故に魔力量が少なくどうしても短期決戦型になることと、甘えん坊で自由気ままなことだろうか?
そしてロリ。
元魔導書、現狂神本のコン。
こちらは超攻撃特化型。全属性の魔法を使うことができて、なおかつ固有スキル『魔力干渉』により相手の魔法操作を乗っとる。
この双子が本気を出すとコンの周りをスライム化したリリが覆い、相手の魔法をコンが乗っとるという最強の布陣が出来る。
今のところ突破されたことはない。
「リリ、コン、あんまりいじめちゃダメよ」
「はーい」「あーい」
微笑を携えて歩いてくるのは、我らがご主人の恵子だ。
元人間で、進化したことにより神人という上位種族になっただけでなく、伝説級の4thジョブに就いている人。
……そして俺の愛する人でもある。
「そうやってすぐに発情するからゴブリンって言われるんだよ、コア。俺の女に手を出すな」
「るっせえぞ隆昭ィ」
目の前をふよふよと浮かぶハムスターは本来精霊と呼ばれる存在だ。しかし恵子の恋人を名乗る隆昭が契約によりその体を借り受け精霊憑依体として恵子と付き添っている。
しかしこのハムスターは実体がないためいくら殴ろうがノーダメージ。それだけじゃなく魔法で産み出した竜を操る竜使いでもある。
こいつもいずれ倒さないといけない、恋のライバルって奴だ。
「二人とも、喧嘩はやめて」
「してないよ。ただちょっと弱いものいじめしてただけ」
「それをやめてって言ってるの」
手のひらに乗せたハムスターをくすぐりながら、恵子が笑う。
あの綺麗な黒い髪は色素が抜け、白く透明となった髪が一房耳から滑り落ちた。
肌も白っぽい肌色ではなく、病的なほどに白い肌へと変わってしまっている。
瞳だってそうだ。黒いオニキスのような綺麗な瞳から、真紅の見る人によっては恐怖を覚える赤へと変わってしまっている。
昔の恵子も美しく好きだったが、今の恵子も好きだ。
守りたくなる庇護欲を刺激するくせに俺なんかじゃ到底追い付けないほどの高みを感じさせるそのオーラも。
……隆昭に睨まれる。負けじとこちらも睨み返す。
「もう。喧嘩しないでって言ってるでしょ。私はみんなが大好きなんだから」
「……じゃあ、俺の番に」
「はいはい。私に勝てたらね~」
「そのためには俺に勝ってからだな、頭の中がピンク色なゴブリンめ」
「……僕にも勝ってから」
「私にも勝ってくださいね、コア」
「僕もー!」「あたしもー!」
「ほぼ不可能じゃねえかァ!」
堪らず俺が叫ぶとみんながクスクスと笑う。それを見て毒気を抜かれた俺も破顔するしかない。
このパーティの中で最弱な俺は、置いていかれないようにと鍛えるしかない。
自分を鍛えるのは嫌いじゃない。それに、俺が自我を持ってからというもの、恵子を殺すためにずっと鍛えてばかりいた。
……それが今じゃ、いつの間にか恵子のことが好きになっていて、殺したいが守りたいに変化していて。何の因果か、従魔にしてもらえて。
幸せだと思う。
あの日、あの夜。
恵子に番になることを迫り、立ち上がろうとした恵子を再度叩きのめした。
そのまま自分の巣へと連れ帰り、散々に弄んだ頃にはこうなるなんて想像もしていなかったが。
あの時の俺が見ても後悔しない生き方が出来ていると思う。
出来ていると、思う。
何か1つでも間違えていたらこうなることは無かっただろう。
どこか1つでも違えば別の未来があったんだろう。
「────」
不意に響き渡る、ドラゴンの咆哮。
空を見上げると、体長20メートルにもなる黒いドラゴンが空にいた。
もう一度咆哮を上げると、その姿が掻き消える。
空から降り立つのは緋色の髪を持つ美青年。
「おかえり、クロノス」
「ただいま、恵子。王都の向きはこっちで合ってたよ」
……どうやらご主人はドラゴンを進行方向が合っているか確かめるためだけに放ったらしい。
王都の連中からしたら急に現れた世界最強クラスのドラゴンにあたふたしてるのとだろうよ。
ご主人の従魔、最古参の『優しき暴君』クロノス。
元ベビーファイアドラゴン、現魔神竜帝。
希少とされる『時空間魔法』を使い、全属性ブレス、防御無視ダメージを持つ『裂壊』と。これまた規格外な存在だ。
恵子はクロノスのことを実の息子だ!と言い張り、クロノスも満更じゃない様子だが……俺個人としては面白くない。
「大丈夫、君はきっと報われるよ、コア」
「心を読むんじゃない、クロノス」
俺が分かりやすいってだけではなく、クロノスはなぜか人の心を読む力を持っている。それはスキルに表示されてない不思議な力で、恵子が判明させようと意気込んでいることでもある。
「みんなは王都についたら何がしたい?」
恵子がゆっくりと歩き出す。足の向いている先には王都がある。
恵子が歩き出すと隆昭、クロノス、ラディと続けて歩き出し、リリ、コンが走り出す。フォートが立ち止まったまま俺を待っているので仕方なく俺も歩き出す。
「観光でもする?」
「隆昭くんとデート?するっ!」
恵子が肩に乗っている隆昭に向けて笑顔を向けた。
笑顔の先にいるのが俺になる日は、来るんだろうか?
「私は恵子様のお世話を」
「何時もしてることだよね?……いつもありがとっ」
ラディがメイド服を揺らしながら恵子の隣に並んだ。
視界の端でこちらに向かって来ようとしていたゴブリンが死んだが気にしないことにしておこう。
「ゆっくり眠りたいかな」
「クロノスは寝過ぎだと思うけどなー」
ラディとは反対側。恵子の左側を歩くクロノスはなんと羨ましいことに頭を撫でられていた。
フォートほどでは無いにしろ、身長の高いクロノスを撫でるために恵子は必死に背伸びしているのが可愛い。
「遊ぶー!」「あそぶー!」
「二人とも、転ばないようにねっ」
何が楽しいのか分からない子供二人が恵子の周りを走り回る。
途中で便乗した隆昭が先頭になり、空飛ぶハムスターを追いかける子供が触手を伸ばしたり魔法を放ったりする。
乗っ取る隙も無いほどの高速展開された魔法が全てを撃ち落としハムスターが高笑いする。……大人気ない。
「……ご飯」
「和食がいい?それとも洋食?……食べ歩きも良いかもねっ」
くるりと恵子が振り返る。
その白い髪が、着ているスカートがふわりと広がり、俺の目は釘付けになる。
俺の隣を歩いていたフォートはなんとも思っていないのか、和食、とだけ答えた。
恵子の目が俺を捉えた。
コアは何がしたい?と言われている気がして、考える。
王都には初めて行く。だから何があるのかは分からない。
恵子は人間だった頃に数回だけ言ったことがあると言っていた。
俺は……
「ギルド」
「えっ?」
「冒険者ギルドっていうものを、見てみたい」
元々はゴブリンで、狩られる側だった俺は。人間の、狩る側の世界を見てみたいと思った。
仲間入りしたいとか、ギルドに入りたいとか言う訳じゃなく。どんなところなんだろうと、純粋な疑問があった。
「一緒に見に行こっか」
「……そうだな」
恵子は微笑むと、リリとコンを止めに行った。
地形を全く変えることなく、大陸を破滅させる威力の魔法が数百ほど飛んでいる。
『──クスクス』
「……ん?」
ふいに聞こえた笑い声。
後ろを振り返る。だが、誰もいない。
だが、誰の声なのか、聞き間違えるはずもない。
「……エティ」
彼女の名前を呼ぶ。
たくさんの記憶が思い起こされる。
初めて会ったとき。
仲良くなるために何度も会いに行ったこと。
番になったとき、草で作ったリボンをあげたこと。
忘れない。忘れられるはずもない。
「コア?」
ふと、肩を叩かれる。
神人の紅い目が、不安そうに俺を覗き込んでいる。
「いや、なんでもない」
そういってみんなに合流する。
みんなが笑顔で俺のことを待っていてくれる。
……もう一度後ろを振り返る。もう声は聞こえない。
「いつか、会いに行くよ」
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