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旅人 白鳥 恵子 Lv.10 VSコルァ戦

周囲はいまだに暗くなり続けていく。

月明かりが差す余地もないほど鬱蒼と広がる木々がさらに光を奪う。

光源は私の腰に吊り下げられたカンテラだけだ。

そんなちっぽけな光だけだと言うのに、予想以上に視界は悪くない。


それは暗闇に目が慣れてきたからなのか、私が夜目が効くのか。

もしかしたら何かのスキルが発現したのかもしれない。

……それともソレに向けられる殺気故の生存本能でなにかしらのブーストがかかっているのか。

私には分からない。


羽の生えたゴブリン──通称、羽リン──は紅い三叉槍を私の方へと向けた。

ただでさえ赤黒い皮膚を怒りでさらに赤く染め、私と対峙している。

今、目の前に強大な敵が現れた。それを理解して止まりかける思考で必死に考える。

得られたのは逃げるにしても、片手で数えられないほど武器を打ち合わせないといけないだろうという確信めいた予測だけだった。


「我ガ名はコルァ、貴様をコロス復讐鬼の名ダ、覚エテおけ……!」


ランスを持つ手が震える。目の前の羽リンから視線をそらすことなく深呼吸して、心を落ち着ける。

走馬灯のようにこの世界に来てからの2日間を思い出す。

ヨコシマさんに出会い、ゴブリンを倒して、ダンジョンに潜って、クロノスに出会って、アラズさんに会って、ナチャーロについて、ぐっすり眠って──。

この世界の思い出は基本的に戦うか寝るかのどっちかしていない気がする……。


いや、この際それは良い。


約束したことを思い出す。

それはクロノスと。それは隆明君と。ダニエウさんとも約束したようなものだ。

負けられない。……違う、負けたくない。

それもちょっと違うかもしれない。

本当は死にたくない、なんて浅はかなものかもしれないけれど、私はここで足を止めるわけにはいかないという思いだけは分かる。

それだけで、今は良い。余計なことは考えるな。……死にたくない。


「貴様ヲ殺スタメに磨イたこのワザ!トくと味ワウガいいッ!」


羽リンが声高らかに叫んでいるものの、ガン無視を決め込む。

私はあくまでも冷静に、状況を把握にかかる。

今回は他のゴブリンたちが突撃してくるのではなく、周りで大きな円のように囲んで逃がさないようにしている。

所詮ゴブリンというか……包囲網にはムラがある。頭数の多い所が数ヶ所、その代わりと言わんばかりに頭数が少ないところが2箇所、もはや人数もいない所が1箇所。


さっきまで戦っていた剣持ちゴブリンはその包囲網を抜けて森の奥へと逃げていく。……追いかけるのは、もう無理かな。


「オビえて動けないノカ?シカシ我はヨウシャなどせぬ!」

「ああもう!喋るならはっきり喋ろうよ!」


カタコトが混じるそのしゃべり方は私の思考力をガリガリと音を立てて削っていく。そういう作戦なら策士だと言わざるを得ないけど……うん、そんなことはないみたい?


警戒心を取り戻す意味も込めて、ランスを構え直す。

羽リンと数回攻防を交えてみる。その結果勝ち目がないとしたら、強引に包囲網を突破して逃げる。

大丈夫、いつも通りの作戦だ。

そう、いつも勝てなければ尻尾を巻いて逃げて、逃げ切れてる。きっと今回も大丈夫。


羽リンが三叉槍を持った右腕を、何も持っていない左腕広げる。

その大仰な動きについ視線を釘付けにされる。

その左腕の先に水が集まっていく。どこからか発生した水が渦を描くようにして球を作り、そこで止まることなく形を変える。

出来たのは赤と対になる三叉槍だ。製作過程から水の魔術で出来てるとは理解できるけど二槍持ちとは──ッ!?


魔力を流す。どこになんて考える余裕もなく流す。

一時的に強化された視力で挙動を全て捉える。

一時的に強化された思考能力で最小の動きでの回避を導き出す。

一時的に強化された脚力をフルに活用しほぼ予備動作無しに射出(・・)された水の三叉槍を避ける。

避けた先にいるのは羽リンだ。

私は攻撃を横に避けるのではなく、すり抜けるようにして前へと避けた。そして無傷で羽リンへと接近した。これが私の一撃目。

槍を剣のようにして持ち、大振りにならないように気をつけて振り下ろし。

ぬるりとした動作で半身になられてかわされ、そのままステップで距離を開けられる。私は追うようにして踏み込み、そのまま突きを放とうとして──強引に引き戻して回避。

ギリギリのところで射出された水槍を避けることに成功。魔力でブーストをかける必要がなかったのはとても運が良かったからだと思う。

今こうして避けられたけれど、本当にギリギリ避けられるかどうかと言ったところなんだ。

勘が外れなければ。スキルによってもたらされる動きを制御できれば。些細な予備動作を見逃さなければ。

そんないくつかの綱渡りを成功させるのなんて、10回中2回できるかどうかのレベルだった。

私は運が良いんだと思う。


なら、そのまま攻撃にも運が乗ってくれないかな?


真芯を狙っての突き。確か、真芯が避けにくく、武器で受けづらいんじゃなかったかな?

その突きを羽リンは軽々と言った様子で弾く。私も武器を武器で叩いて逸らすことはよくするけれど、実際にやられるのは初めて、かな?どうやら圧倒的に向こうの方が地力(ステータス)の方が高いから厳しいみたい。


また腕を広げた羽リン。

馬鹿の一つ覚えのように水で三叉槍かと思って警戒すれば、元々持っていた紅い三叉槍の方を構え直された。警戒のレベルを一気に引き上げる。構え方や些細な槍捌きを注意してみれば分かる。羽リンの槍術スキルはおおよそ私と同じくらい。

元が棍棒使いのゴブリンらしいその動きは、突きよりも払ったり、叩きつけたり、という動きが多いように見える。ただ真っ直ぐに飛来する水の魔法よりも脅威的だ。


──衝撃。


私に見えた断片的な光景は、羽リンの鋭いとは言い難い踏み込み。

少し飛んで、私のお腹へ叩き込まれる瞬間の槍の太刀打ち。

そのまま吹き飛ばされた私は近くの木の幹へと叩きつけられた。


微かに感じる口の中の血の味。

私の防御力を突破して叩きつけられたダメージに驚く。そして自分の防御力を過信していたことにまた驚く。


木の根本で腰かけるようにして座る私へ無慈悲にも羽リンが突撃してくる。私はがむしゃらに槍を振るい、その紅い三叉槍で再び弾かれる。

体に魔力を流し更に強引な回避行動。私が寄りかかっていた木が叩き折られ、倒れる。

うそ、あの木って私のお腹回りより一回りも、二回りも大きいんだよ……?


「ヤハリ、貴様をこロスには、足りヌカ……ッ!」


そんなことはないと叫びたくなった。

もし助かるならば大声で泣き叫んで命乞いをしたいほどだけれど、フシューッと荒い息を吐いた羽リンが命乞い程度で見逃してくれるなんて楽観視は出来ない。


私の攻撃はことごとく避けられ、向こうの攻撃はあと5発もせずに私を挽き肉に変えるだろう威力。必死の回避行動の度に魔力が無くなっていき、すでに吐き気と目眩がしていた。

だが……勝率を上げる方法は、頭に数個浮かぶ。


1つ目は流浪に頼る方法だ。

けどそのためには持ってるアイテムを、回復薬、日用雑貨、弓もスピアーも捨てる必要がある。それは本当に賭けだ。あと勿体ない。


2つ目は、即死効果を持つ『滅槍グングニル』に頼る方法だ。

けれどその即死効果が発動する確率は限りなく0に近く、1回使うだけでも私の魔力をゴッソリと奪ってしまう。


3つ目は……なんとなく、だけど、使ってはいけない気がする。

これは私が持っていた最凶最悪の切り札で、禁忌の手札だ。使ってしまったら、クロノスにも、隆明君にも顔合わせ出来ないレベルだ。なので思考の余地無く却下。



しっかりと立ち上がる。足の裏で地面の硬さを認識し、手元で槍を握り直す。少し腰を落として戦闘体勢。

ランスを右手だけで持ち、走り出す。

羽リンから見て右手側に、武器で隠されれば死角が生まれる方向へと走り出す。羽リンは少し遅れて私を視線だけで追った。


──ここだっ!


私は自分の体で隠した左腕でスピアーを取り出す。そして詠唱しながら回転。振りかぶる動作を遠心力で代用しつつ、スピアーを投擲する──ッ!


「滅槍グングニルッッ!!」


そのスピアーは、羽リンのわき腹に刺さった──




──……けれど、それだけだ。


私は賭けに負けた。


投げれてもあと2回のこのスキルが次に当たるビジョンが見えないし、その2回で即死が発動するとは思えない。

羽リンが忌々しそうにスピアーを抜くと、地面に投げ捨てる。

後で拾わないと、と思うけれど、拾う機会があるのかさえ怪しいところだ。早まったかもしれない。


羽リンの振り下ろし。私はスピアーで受け止めようと横に掲げて、腕に衝撃は無い。

フェイントだ。

お腹に突き刺さる羽リンの足。堪らず数歩下がってしまい自身の攻撃範囲から外れる。

私が踏み込むよりも速く踏み込んだ羽リンの横凪ぎを避けられず、また木にぶつかるまで吹き飛ばされる。

骨が折れたのかもしれない、もはやどこが痛いのか分からないほどに胴回りが痛い。

咳き込んで生暖かい息が漏れたと思ったら、血が混じっていた。

吐血なんて初めてしたかも。


──衝撃。

側頭部を殴られたのだと理解したのは追撃が私の腰を打ち据えたときだった。


地面を5、6回転してやっとのことで勢いが止まる。

立ち上がろうにももう腕に力が入らない。膝が笑う。何度も立とうとするものの、その度にバランスを崩して倒れてしまう。

ああ、視界も暗くなってきた。まずい、ほんきで、まずい。


「ブザマだな」


しゃがれた声。

その声が誰のものか、認識するまでにも数秒を必要とする。

もう寝てしまいたい。全てを諦めてしまいたい。

なんでこんなことをしてるんだろう。

死ぬほど痛くて。泣けないほどつらくて。

こんなことをしている意味が分からない。


「降伏シロ、人ノコよ」


こうふく?

こうふくってなに?

わたしはどうすればいいの?

なにをすればいいの?

もうなにもしたくない。どうしようもない。

はやく。はやく、しにたい。


「我ガ新たナツガイになるといウノナら、助けテヤロう」

「──」


コイツは、何て言った?

番になれって?それは隆明君を捨ててコイツを選べって言うこと?ふざけるな。私を侮辱するな。隆明君を侮辱するな。

殺す。

殺してやる。

コイツだけは!必ず!私の手で!殺してやるッ!




ポケットから取り出したのはいつの間にか腰から外れ落ちていたカンテラ用に、と買った予備の油だ。

それを豪華に3個。ガラスの瓶に入っている黒くテラテラと光るそれをソイツへと適当に放る。


「──ムっ!?」


ソイツは咄嗟に手に持った三叉槍で弾こうとしたようだ。けれどそんな攻撃力で弾けるほど瓶は堅くない。

ガラスの割れる音。

紅い三叉槍にぶつかった油はそのまま燃え上がりながらソイツへと振りかかる。


「──ァァァァアアアアッッッッ!!!」


めらめら、ぱちぱちと火の音がする。それに肉の焼ける良い匂いがするよ。

ソイツがもがき苦しんでる間に私はさらに準備を進める。

買っておいた大きな布に持ち物を包んで地面に置く。

弓も剣も綺麗な石も、植物の種が2つ、水筒、歯ブラシセット、洗剤として使える植物の実、スライムの入ってる筒に何も入ってない筒2つ。それらを全てまとめて近くの木の根に置く。

手に持った8本の回復薬を頭から被る。被る。被ったそばからすぐに乾き、私の傷を癒し、魔力切れの嫌な体調不良さえも癒す。

体感でもなんとなくは分かる。体力が60回復し、魔力は50回復する。

そしてその瞬間、体の奥底から力がみなぎる。──『流浪』が発動したのだと理解した。


「ギザマァァァ!!!!」


どうやら水の魔法を使って鎮火したらしいソイツが怨嗟の声をあげる。そのまま死んじゃえば良かったの思う反面、まだまだいたぶれそうだと口元が歪む。


「来なさい、神への生け贄にしてあげる──」





目の前の人型が怒り狂ってる。

ところどころを黒こげにして、髪があったらアフロになってそうなそいつは全身びしょ濡れだ。

頭から水を被ったらしいその点は私と一致していたけれど、私は一切濡れてない。……いや、だからどうしたって話なんだけどさ。


「ゴロス!殺ス殺ス殺ス!」


紅い三叉槍を振り回しながら半狂乱になって騒ぐそいつの懐へ踏み込む。低い体勢からアッパーのようにしてランスを突き上げる。

ん……まだ、体が慣れきっていないみたい。

歩幅は変わらないものの、スピードが全然違うせいで動きがアベコベだ。

まったくというほど反応できていないソイツの頬を掠めるようにしてランスの先端が通り抜ける。

慌てて飛び下がったそいつが水で形作った槍を射出する。

横にステップして回避、出来る限りのタイムロスを削ぎ落としつつランスを構えて突撃。

真芯を狙って突いたその一撃はソイツを軽々と吹き飛ばす。

さっきとは全くもって逆な状況になった。

私の攻撃だけが当たり、その全てが木を1本へし折ってさらにもう一本にぶつからないと止まれない威力。


「サッキまで……手ヲヌいて、いタノか……?」

「さっきも今も全力だよ」


答える。

そいつは立ち上がれないのか木の根に腰かけたまま水の槍を生成、射出した。

蹴る。私の蹴りを受けてゴロゴロと転がったソイツを追いかけてもう一度強く蹴り飛ばす。

がむしゃらな槍の打ち払いをこちらも槍で弾く。筋力の差か、武器が持っていかれかけるけれど数歩流されるままに歩くことで勢いを殺す。

もう一度ソイツを蹴り飛ばすと、ランスで刺す。

お腹に小さくない穴が空き、肩口にも同じ大きさの穴が空いた。小さな切り傷を挙げるときりがないほどだ。どの傷口からもドバドバと血が出ているというのに、ソイツは立ち上がった。

口元に垂れる血を拭うと、紅い三叉槍を構えた。

……ああ、本当に綺麗だと思う。私が勝ったらその槍を貰おう。


タイミングは一緒だった。


踏み込み。

私は突き上げ、ソイツは打ち払った。

火花が散る。


お互いの得物がぶつかり、そのどちらにも衝撃を伝える。これが最期だと分かっていたんだろう。故に命を賭けた最高威力の一撃を放てたんだろう。

今までに何度も見た最速の踏み込みから放たれた最高威力の一閃。

剣だったら私の胸元がスッパリと切り開かれ絶命していたかもしれない一撃は、私がしゃがんだことで空振りした。


──トスッ。


そんな軽い音だった。

私の穂先は確かにソイツの心臓を捉え、害したのを得物越しに理解していた。

ランスに貫かれたまま残る死体が、最後の力を振り絞り、私の方へと1歩、歩み寄った。

胸元の傷が広がるが、もはや痛みもないのだろう。


「エティ……」


ソイツは私を見て、私ではない者の名を呼んだ。



『てれてれててててん』



ファンファーレ。


死体からは光の粒がぽろぽろと零れ、天へと還っていく。

手元を離れた三叉槍が音を立てた。まるで主人との別れを悲しんでいるかのような悲痛な音だった。

さようなら。

貴方のたった一度きりの生をズタズタに壊したのは確かに私だ。

そしてこれからもたくさんの命を奪うと思う。

だから、些細な贈り物として、私は貴方のことを忘れない。そして貴方に名前をあげようと思う。


勇敢な戦士。勇敢とか、芯が強いという意味を込めてコア。

んー……少しだけ文字ってコルァ、かな。


さようなら、コルァ。天国で奥さんと喧嘩しちゃダメだよ?



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