閑話~後に『魔神と歩む女神』と呼ばれし少女~
『サンプル番号8、藤咲 夏恋。ようこそバベルへ』
機械的な女性の声。何も見えない漆黒の闇が消えると、次は視界を白く染め上げる閃光を感じた。
これだけでもクラクラするっていうのに一度死んでしまったことによる不調が体中で悲鳴を上げる。
目眩、吐き気。頭痛、腹痛。鈍痛、激痛。
ああ、神様たちも酷いよ。目立たないように、何もしないようにと生きてきたのに急に拉致して身体中の関節を捻じ切るんだもの。
まだ体中の関節がどっちを向いてるか理解できない。目で見ても痛みが違うと叫んでうるさい。
痛みには、慣れてたはずなんだけどなぁ。
体の節々をさするついでに、地面をのたうち回ったせいでついた土を落とす。とりあえず新しい体のチェックを行っていく。
肌の色。
褐色になっちゃってる。なんだか健康的ね。
髪の色。
オレンジ。本当に日本人をやめちゃったみたい。あの黒髪だけは気に入っていたんだけどな。
身長。
大して変わってないみたい?……スリーサイズにも大きな変化は無さそう。もっと大人びた身体になりたかったといえば嘘ではないけれど、どうしようもないものね。
ていうか服装は変わってないわ。中学校指定のセーラー服、黒に紅一点とばかりの赤いスカーフ。どうせなら異世界のドレスでも着たかった。
「うひゃぅ!?」
ここはどうやら建物の中ではないらしい。それは紫色の空から吹いた風が私の背中、肩甲骨の辺りをくすぐったことで認知した。
なんでそんなピンポイントに──って後ろを見ようとして、原因判明。
僕の背中には羽がある。
しかも黒い!いや、これは紫なのかな?でも待って、羽があるのはおかしい?
右の羽をちょいちょいっと触ってみると言いようのないくすぐったさが。例えるならシャワーを股に押し当てる感じ……。
左の羽も確認しようと目線を向けて──あれ、ない?
うんしょっと手探りで背中を弄ると違和感を感じた。ぁー……もしかして、左の羽は、むしり取られた?
はぁぁぁぁ……。
またそういう系?前世ではDV、今世では欠損とか神様たちそんなに私のこと嫌い?私はあなたたちのこと大っ嫌い。
溜め息1つで切り替えて、視界の左下に意識を向ける。
すると、半透明だった残り時間表記が拡大されて目の前に現れる。
『残り時間58分56秒』
これが0になったら、死ぬのか。そっか、って感じ。……だって、実感沸かないんだもの。
次は視界の上の方。意識を逸らすと残り時間表記はまた半透明になって左下へと戻る。代わりに残り経験値表記がでしゃばってくる。
『現在のレベル1。次のレベルまで残り100EXP』
多いのか少ないのか分からないわ。それじゃあ次は──
「ステータス」
────────────
名前:藤咲 夏恋
年齢:14歳
性別:女
種族:堕天使族
職業:魔法使い(光)
レベル:1/99
体力:144/144
魔力:36/36
攻撃力:14
防御力:30
敏捷:13
精神力:49
幸運:44
装備
右腕:大剣(攻50)
身体:セーラー服(防30)
スキル
剣術1
回避1
下級魔法(光)1
下級回復魔法1
固有スキル
不運と幸運
────────────
名前、年齢に変化なし。性別も変わっていないけれど、種族が変わっちゃってるわね。
堕天使族……天使でも悪魔でもなく、堕天使族?中途半端じゃない?それともなに?今までに不幸や神様に拉致られるところまで全部私の行いが悪かったっていうの?そのせいで堕天したとでも言いたいの?
は。そのくせ何?職業が魔法使い?しかも光属性?堕天使が?
……いい、もう。スルーね。
装備が大剣ってなってるけれど大剣なんてどこにm──ああ、最近の装備って空から降ってくるものなのね。忘れたから天界から落としたとかだったら私は怒るわよ。あと数センチでも左にいたら私、真っ二つになっていたのよ?
下級魔法に意識を向けてみると……なんとなくだけど、わかる。自分の中で血液のように身体を巡っている魔力の存在や、今使える魔法も。
光魔法は
ライトボール、魔力1、追加ダメージ5……光を玉にして打ち出す。
ライト、魔力1……光の玉を作る。光源として使う。そのまま攻撃として扱うことも出来る。
回復魔法は
ヒール、魔力1、回復5……体力を回復する。
って感じかな。使い込むほど強くなるみたいだし、練習必須かな。
ライトの魔法を使ってそのまま攻撃ってことが出来なくはないんだけど、手元で一度浮かせておかないといけないし、ダメージも少ないみたい。複数個体の周りに浮かせておいて必要になったら射出とか出来ないかな、後でやってみよう。
固有スキルは──
「堕天使族か、珍しいな。我が闘技場へようこそ」
急に声が響いたからびっくりした。
周りを見回すけれど、人の姿も、化け物の姿も見当たらない……もしかして幽霊?この世界ってそういう類もいるの?
すると声の主はふむ。とだけ呟いた。
私の目の前の地面がボコボコと泡立ち、そこから泥でできたデッサン人形が這い上がってきた。
「ライトb──」
「その人形は我の入れ物。攻撃するということは敵対行動と見なすぞ?」
「──っ!」
発動寸前の魔法を消すことは出来ない。でも発射待機として抑えることができるけれど、これ……キツい……っ!
声の主はまたふむ。と呟くと20メートルくらい先にデッサン人形が現れた。頭、心臓のあるだろう左胸が赤く色付けされている。
「あの的に撃つといい。しっかり狙えよ?」
お礼を言うよりも先に右手をデッサン人形へと向ける。私の手のひらがぴかっと光ったかと思うと、その光がまっすぐに飛んでいく。
とても目に追える速度ではなかったけれど、飛んでいった軌跡が綺麗に残っていた。
「……ぁ」
さっきまで棒立ちしていたデッサン人形は、右手を目一杯に横へと伸ばしていた。どうやら外れた魔法に自ら当たりにいってくれたみたい。
「……ぁの、ありがとうございました」
目の前のデッサン人形に向かって頭を下げる。するとそのデッサン人形がびくりと一震えしたあとに滑らかに動き始めて、私の頭を撫でた。
「よい。その歳でその威力は誇るべきだ」
頭を撫でられることなんて無い私は、そのまま髪を掴まれて殴られる光景がフラッシュバックして震えを抑えるので精一杯だった。
……異世界にきても、人が怖いまま、か。
「質問、してもいいですか?」
「ここにきて、我に質問だと?……面白いやつだな、言ってみろ」
言いたい!なんでそんなに偉そうなのって言いたいっ!
けど、落ち着こう。異世界に来て5分もせずに人に会うなんて物語に出てくる勇者並みの幸運だ。案外「幸運44」って高いのかもしれない。
さあ、慎重に質問して、騙されないように、出来る限りこの世界のことを知れるように。
「この辺りの土地は初めて来るんですけど、近くに街とかありませんか?」
「ああ、あるぞ。ここから東に二刻ほど歩いたところに『グレアム』という街がな」
2刻って、2時間?地球換算だと凄く遠いんだけど。
……まあ、最短ルートと距離が分かっただけいいとしよう。闇雲に歩くと食料もない現状死んでしまいそうだし。
「その街のt──」
「ふむ、特徴は簡単にいうと魔人種の街だな。お前ならば馴染めるだろう」
一瞬で頭がこんがらがった。
私の話を遮って返答を先に言われるのはストレスが溜まるけれど楽が出来たと割りきる。
割りきってすぐに、街が人間の街では無いと聞いて焦る。それでも『お前ならば馴染める』の意味を理解して納得よりも実感の無いあやふやな気持ちになる。
ああ、考えること多そう。……そりゃそうか、いま必死にならないと簡単に死んじゃうんだもんね?よし、私は絶対に死なないぞっ。
「だけか?なら──」
「ま、まだ!まだ質問があります!」
「我が出てきた以上、戦うことは必至。だが、良い。あと1つくらいは答えてやろう」
戦うために出てきたって言葉に違和感を感じるものの、急な戦闘の気配に怯える。
なんとか、なんとかこの質問で仲間に引き込めたりしないかな!?この世界のことも知らないといけない!レベルアップまでの制限時間!この人のこと!私の種族のこと!この場所のこと!貨幣価値や物価!食べられるものから食べられないものまで!
……うん、やっぱり聞くことが多すぎて迷う。
「私と一緒に、旅をしてくれません、か……?」
「ふむ。それは不可能だ。我は封印された身、この地から離れることはできぬ」
「それじゃあ!」
言葉を紡ごうと、戦闘を延期させようとしたけれど、デッサン人形から溢れる殺気に、体が震え、声も出せなくなる。さっきまで泥だった人形が、動物園で見たライオンよりも怖い雰囲気だなんて。
まずい、私は剣なんて扱ったことがない。こんなことになるなら選択授業は剣道にしておけばよかったかも。地面に刺さっていた大剣を掴む。
なんだ、思ったよりも軽い。なんなら片手で持つことも出来る。
──構えはきちんと両手で握り、正面に。出来るだけ│左右対称に。
イメージ。
イメージするんだ、私。
敵が動いたとき私がこの剣で防いでいる姿を、その光景を。
左右、上下でさえもどこにも隙は無く、敵よりも先に私の一太刀が敵を切り裂く未来を──!
「我が名は魔神ハーフ・ダラー。確率を弄ぶ娯楽の神だ」
……異世界で初めて戦うのが、魔人?
ふざけてるでしょ?
せめて子供でも倒せるような雑魚モンスターから始めよう?
ねえ?
「我には魔王でさえも勝てぬが、人間種の子供でさえ勝てる。
貴様の悪運を見せてみろッ!」
私の心でも読んでいるかのようにデッサン人形はカラカラと音を立てて笑う。その笑みでさえも獲物を前に舌なめずりしている獣のようだ。
私はイメージを再現するように自分の体を動かす。距離は少しでも開いている方が良いと思う、少しでも予備動作が見えれば生存率が上がるんじゃないかと期待して距離を開ける。
魔人は動かない。なら、私から攻めるだけだ。先手必勝。……自分の思い描く最速最高の踏み込みで斬りかかる。
──私は魔人を舐めていたんだと思う。
右手だけの真剣白刃取り。彼の親指と中指に挟まれた大剣はピクリとも動かすことができない。
「ルールの説明だ。このゲームでは全てが平等となる。魔王でも勇者でも悪魔でも天使でも人間でも魔物でも。そして我自身でさえも平等だ。
ライフの数は5。ターン制、くらうダメージは1ラウンドに最大1で固定。回避は不可能だが命中確率は必ず50%。1ターンは最大1分で、攻撃したら交代。交互に行動する。また我は必ず後攻とする。
……ルールは解ったか?小娘」
「え、ぁ……あの……」
「解ったか?解らないのか?」
正直頭は理解できてない。
だけど、今逃げることが不可能だってことは理解できてる。剣を手放し背中を向けた瞬間に私は再び死ぬんだろう。
なら。……魔人の言葉を信じて、子供の私が勝つことを願うだけだ。
願う?だれに?
頭の中でもう一度ルールを読み上げ、確認する。
HP5、ダメージ1、命中率2分の1、回避禁止、ラウンド制。
つまり先手有利のコイントス勝負?ああ、名前がハーフダラーってそういう……。
「……両手で同時に殴ったらそれは1ラウンドに2ダメージ与えられますか?」
「不可能だ。1ターンに与えられるダメージは1が限界であり、例え1ターン中に何十発と打とうが1発外せば全て外れ、1発でも当たれば全て当たり1ダメージのみを与える」
「……例外は?」
「ない。──もう良いか?」
良くない。全く良くないし、もしこの勝負に負けたらどうなるのか聞くまでもないから本当に帰りたいんだけど。
出口って、どこ?
デッサン人形がその指先を弾き、綺麗なパッチン音がなったとき、私の両腕両足がうっすらと光り始めた。
それはデッサン人形も光り始めていて、お互いに4箇所、自分の命も合わせると5個の残機ということかな。
「先手は挑戦者からだ。……来い」
私は大剣を左手だけでしっかり持つ。空いた右手は魔人へと向ける。魔法でも命中率は半々らしいね。だったら──
「ライトっ!」
「ほう?」
私が使ったのはライトボールでもないただのライト。光が玉となり私の手のひらから生まれ、魔人の目を眩ませた。
はず。結果は知らない、だって私はすでに動いているから。
「せ、りゃああっ!」
身体を捻る。捻ってそのままくるっと一回転。遠心力により勢いのついた大剣を魔人の脇腹に叩きつける──ッ!!
ぺちん。
音にするならばそれが一番正しい。きちんと刃を当てた。地球だったらスプラッタだったろう。
でも、ここはステータスのある異世界だ。私なんかは魔人を切り裂くことができないのだと。現実を見せられて膝から崩れ落ちそうになる。なんでさっきはわざわざ白刃取りなんて……いや、こんなことも出来るってレベルの差を見せ付けたのかな。
「見事だ」
魔人に褒められる。嬉しくもないけれど、デッサン人形の左足の光が消えていた。……うん、私の足はまだ光ってる。
やっぱりこれが残り体力を表してるのね。
「後手。我の番だな?」
気付いたらデッサン人形が目の前にいた。あっと言う暇もなく、魔人は振り上げた右腕を叩きつけてきた。
一瞬意識が飛ぶ。デッサン人形は腕を振り下ろした体勢のままカラカラと音を立てた。……あの、私がデッサン人形の腕に跨っているようになっているのは、なんでなの?
「外した、か。小娘、貴様は存外に運がいいのかもしれぬな」
……ゼロ距離だったけど半々の確率は『外す』だったから過程は省いて外した結果が残った?
つまり、あれだ。この世界は本当に地球とは異なる常識を持つみたい。私なんて羽が生えてるし、片翼だけど。
『残り時間52分33秒』
視界の端へと意識を向けると半透明だった時間が自己主張を始める。まだまだ時間がありそうだね。……ラウンドごとに時間が決められてるせいであまり意味はないけど。
意識を戦闘──というよりゲーム?──に戻す。目の前にはガラ空きのデッサン人形のお腹。
「せいっ!」
左足で踏み込んで、全体重を乗せた渾身の右ストレート。まるで見えない壁でもあるかのように魔人のお腹、その数センチ前で止められた。
……『外した』。
地球だったら絶対に外さない状況でもこのルールだと外す、見えない力に防がれる。逆に絶対に当たらない状況でも当てることが出来る……?
デッサン人形はまた、機械的に腕を振り上げる。無防備な私の脳天へ魔人の腕が下ろされ──
「いたっ!?」
ぽこん、とバカっぽい音がした。何も状況を知らない人が見ればデッサン人形に頭を撫でられてる堕天使に見えることだろう。
これが私の初戦闘なんです。
まさか初ダメージが脳天チョップだとは思わなかった!
左足の光が消える。体力が1減った証拠。
でも別に左足が痛むわけではないし、動かせなくなる訳じゃない。本当に分かりやすくするためだけの発光なんだと思う。少し安心した。
「これで状況は五分五分になったな、小娘よ」
「痛いんですけど!」
「本来であれば貴様はミンチになっていたのだ。撫でるから我慢しろ」
そう言われて本当に撫でられる。雑!撫で方が雑!髪わしゃわしゃになっちゃう!
……もう。そういう大雑把な男の人嫌い。
好きな人なんていないけど。
「頬を弛ませるのは構わんが時間が迫っているぞ?」
「ッ!!」
嬉しくない!頬なんか緩んでないから!
大剣を持ち上げる。魔人が腕を振り上げたように軽々と持ち上げたその獲物で、目の前のデッサン人形を真っ二つに叩き斬るッ!
その時“偶然”風がふいた。
私がふらつくほどの突風が。
その風でバランスを崩した私は大剣が私に当たらないように、間違えても刺さらないようにして無理矢理振り下ろした。
その軌道に魔人はいない。『外した』。
風を吹かせたのは魔人って訳ではないだろう。つまり外すという過程のためなら時間が消し飛ぶだろうし、室内だろうと突風が吹く。……いや、今回は屋外なんだけど。
「我の番だ」
デッサン人形はまた、機械的に腕を振り上げ、振り下ろす。
しかしその腕は私の頭スレスレで止まる。寸止めに見えるけれど、きっと止めたのは魔人の意思じゃない。
外した?
「ふむ、貴様は──」
「ライトボールっ!」
魔人が何かを話そうとした、けれど関係ない。私はほぼ零距離をさらに詰める。右手をデッサン人形のお腹へと触れさせると、魔術を唱える。
「当たった……?」
手を離し、少し距離をあけると、デッサン人形のお腹のところに丸く黒い焦げ目が出来ている。けれどその焦げ目はみるみるうちに無くなり、代わりに右足の光が無くなった。
「小娘よ、人の話は最後まで聞くべきだぞ」
「あ、その……ごめんなさい……」
狙ってやりましたとは言えない。
「こちらも魔術でお返ししよう。──ダークボール」
デッサン人形の腕がこちらに向けて伸ばされる。その手からは、黒くまったく向こう側が見えない闇の玉が打ち出された。
気づいたら闇の玉が出てきていて、気づいたらその闇の玉が目の前にあった。
──避けられない。避けられるはずがない。
「……えっ?」
「また外したか。……やはり貴様は運がいい」
ケタケタと笑う魔人曰く、闇の玉は私の目の前で急に軌道を変え、90度垂直に落下したのだという。
足元を見ると、右足のほんの数ミリ先に黒い玉が埋まっていた。空高くから落ちてきた大剣でさえも数センチしか刺さらない地面に球体全てがめり込むその玉が、実際に私に当たっていたら、どうなっていたんだろう。
魔人の強さを見せつけられるけれど、状況は私の方が有利なんだ。
『残り時間50分19秒』
レベルが上がれば残り時間も増える。もしこの魔人を倒すことができたら……いや、まずは倒さないと始まらないんだよね。皮算用してる暇なんてない!
「行きますよ……っ」
「ああ、とこからでも来い」
私は大剣を両手でしっかりと握り、左腰へと溜める。
抜刀術、と聞いたことがある。
イメージするのは最速の剣。
体の捻り、腕の振り抜き、手首の動き……その全てを一連の動作として頭に思い描き、その通りに細胞の一つ一つを動かす。
走る、2メートルもないその距離をゼロにするべく走る。──魔人は動かない。
攻撃を食らっても痛くないのなら、避けようとしても当たるのなら、動く必要などないのかもしれない。最速の剣など無駄なのかもしれない。けれど!私は!この剣に全てを賭ける──ッ!
私の剣は思い通りの軌道を描き、魔人を切り裂くかと思われたが、デッサン人形が一歩下がっただけで『外した』。
この剣に全てを賭ける(笑)
なにこれめっちゃ恥ずかしい。
返しの剣で降り下ろすけれど、手のひらに電気でも流れたように痺れ、大剣を落としてしまう。1ターンで『外す』と決まると何度攻撃しようと『外す』。
今回は“偶然”魔人が後ろに下がり『外した』。
その後は“偶然”手が痺れて剣を落として『外した』。
だんだんこのゲームが理解できてきたかな。
魔人の左フック。
屈んで避ける。避けきれたと言うことは魔人は『外した』!
私はお返しとばかりに右足で中段蹴り。
踏み込みもタイミングも何もかも稚拙な蹴りをデッサン人形は半身になって、また避けた。
魔人の鋭い蹴り上げ。
ビックリして体が硬直する──こともなくすごく自然に上体を反らしてギリギリ避ける。
……最後の上体反らし、私何も考えてなかったんだけど。これも“偶然”体が動いたってこと?もうなんでもありね。
「楽しそうだな、小娘」
「そういう貴方こそっ!声が弾んでるわよっ」
両足で地面を蹴り、飛ぶ。
テレビで見ただけで、出来るかどうか分からないドロップキックは、勢いが足りずに落ちる──前に不自然に加速した。
デッサン人形のお腹へと私の両足が突き刺さる。
『当たった』!
魔人の左腕に灯っていた淡い光が消える。残りは右腕だけ!!私は両腕だけじゃなく右足もある!2対4!勝てるかも──ってちょっ!?
お腹に突き刺さる私の両足を掴まれる。そのままぐるぐると私を振り回す魔人に悲鳴を上げて離すように懇願する。
というか!スカートが!捲れる!やめて!
手を離されたら飛んでいっちゃいそうで怯えていたら、気づいたら回転は止まっていて、私は魔人にお姫様だっこされていた。
「──目が、まわるぅ……」
「薄いピンク、それもヒモとは……。あまり背伸びするものではないぞ、小娘」
「あほォ!変態かあんたは!」
心からの叫び。今更スカートを押さえても意味がないのは分かっているけれど、もう絶対に見せないという意思表示だ。
……あ、右足の光が、無くなってる。今の振り回しも攻撃に認められるんだ?
「最初に比べて随分と表情が明るくなった。やはり貴様のような小娘は笑顔が一番だ」
そう言って地面に下ろしてもらう。まだ少し平衡感覚がおかしいようでふらつくと、魔人が支えてくれる。
初めて言われる褒め言葉。
初めて私を撫でてくれる人。
初めて私を避けずに、寄りかからせてくれた人。
笑顔を褒められたのはいつぶりだろう?そもそも、最後に笑ったのはいつだっただろう?
この短い時間でどれだけの初めてを経験しただろう?殺し合っていると言うのに、彼の優しさが、私を侵食する。
なに、この気持ち。こんなの知らない。
「ばか。私に優しくしないでよ、女たらし……」
魔人の胸を叩く。
しかしその拳さえも攻撃と判断されたのか、見えない壁を叩くばかりで、彼には届かない。
頭を撫でられる感覚。身を委ねてしまいそうになり、彼は敵で、今まさに殺しあっているのだと自分に言い聞かせる。
もう一度殴りかかる。強く殴っても、見えない壁はびくともしない。私の手も痛くならない。
距離をあける。魔人の手が行き場を無くしたようにさ迷った。
「魔神をばか呼ばわりとは、大した小娘だな」
「大した'小'娘って矛盾してな──いった!?」
魔人のデコピンが当たる。ぺちぃ、と私のおでこから伝わった衝撃が痛くて悲鳴を上げるけれど、目の前のデッサン人形はカタカタと笑うばかり。
光はどちらも右腕だけ。私も魔人も2対2。ガリガリと心の余裕が削られていくのが分かる。けれど、やることは今までと変わらない。走り出す。
「逃げるつもり、というわけではないな。面白い」
魔人を中心として、円を描くように走る。魔人にしたら敏捷19の走りなんて遅すぎるだろう、でも走る。目指すは──
「その大剣が狙いか?」
簡単にバレた。でも魔人は動かない。だからこそ私はドロップキックの際に落としてしまった大剣を掴めた。
「ライトッ!」
目眩ましの魔術。発動した瞬間に魔人へと進路を変え、加速するッ!魔人は避けようとしない、それはそうだろう死にもしない、当たっても痛くない。それでも私は全力で、戦略を練って戦う。
「ふむ……?」
魔人の探るような声。踏み込みが甘く、このままだと剣が届かないことを悟り、不思議に思っているんだろう。私は、本来よりも早すぎるくらいの距離で踏み切った。
足のつく瞬間に、バサリ。片翼を動かし、足りないはずの数センチを埋める。
「ふ……っ!」
手応え。手のひらが痺れ、大剣を支えきれずに離してしまうけれど、確かに斬った感覚があった。見ると魔人の腕の光も消えていた。残り体力1、私は勝ちを予見した。
「見事だ」
視界が暗転する。
攻撃が来ると予想し回避しようとするけれど、瞬時に背中、脇腹へと痛みが走る。私も体力が、残り1……?
「初めまして言うべきかな、小娘」
気づくと、鼻が触れてしまいそうなほどの近距離に、超が付くレベルでカッコいいイケメンがいた。
「……へっ?」
「我が名はハーフ・ダラー。今は封印されし、魔神だ」
「え、ぁの……私……」
状況を整理しよう。落ち着こう、深呼吸、深呼吸。
目の前にいるのは身長2メートルになろうかという高身長、渋みをひしひしと感じる40歳前後のイケメン。伯父様と呼びたい。というか呼ぼう。
頭には黒く捻れた2本の角が見えていて、角を半分ほど隠す男にしては長髪の、それでいてロン毛じゃない髪がさらに良い。
服装は物語の王子さまのようなきらびやかな、それでいて派手などではなく渋みに深みとかコクみたいなものを引き立たせる然り気無さ。
つまり、何から何までパーフェクト。そんな伯父様に、抱擁されている。
「両腕両足の光が消え、最後の命となると、その者の本来の姿を形作る。……堕天使かと思ったら、人間だったのか」
つまり、この伯父様が魔人の本来の姿ってことなんだと思う。
そして私も、髪が伯父様とお揃いの黒に、片翼はそんなもの無かったとばかりに無くなっていた。服はそのままセーラー服だけど。
「なんで、封印されてるんですか……?」
「教えてやっても良いが、小娘が攻撃しなければ我の手番となり、貴様をへし折り、殺すだろう」
魔人が腕に力を込めると体が絞め上げられ、口から苦悶の声が漏れた。すぐに腕の力は弱まるけれど、抱擁されたまま。……早くしないと死ぬぞ、という警告ってこと?
でも今は私の手番なんだから!
大分動きが阻害されているけれど、右腕を引き、体を捻る。そして殴る瞬間に、頭に過ることがあった。
もし『当たったら』、この魔人とは会えなくなってしまう。
初めて私を撫でてくれた人。
ゲーム上脳天チョップはしてきたけれど、対等に扱ってくれて、優しくしてくれる人。
魔人に撫でられたときに思ってしまった「この人がお父さんだったら」という考えも、全部私の腕を鈍らせた。
薄い壁に当たる。
私の拳は、魔人へと届かなかった。
でも、それでいいのかもしれない。この人に殺されるなら──
「──サヨナラだ、小娘」
少し寂しそうな魔人の表情。
息が漏れる。
全身の骨から軋む。嫌な音が聞こえる。
絞め上げられて肉が、骨が、血が、臓物が、魂さえもが苦痛から逃れようと暴れる。
魔人の抱擁。
口の中が血の味になってきたとき、それは起きた。
「なに──ッ!?」
私の体が一瞬だけ淡く光ると魔人の腕からかかる圧力が無くなった。魔人が驚き力を込めているのは分かるけれど、もう痛くもない。
私は魔人へとキスをする。
私のファーストキスは、きちんと攻撃と認められ、『当たる』。
「……これだから、世界は面白い」
魔人がそう呟く声が聞こえた。
彼はゆっくりと私を降ろしてくれた。すぐに、彼の身体はさらさらとした砂へと変化する。
──死んだ。
あまりにも呆気ない死と、私の心にあった恋心に似た何かを抑えることが出来ずに涙として溢れる。
泣いていても、私の頭を撫でる人はもう居ない。
固有スキル
『不運と幸運』
不運になった数だけストックを持ち、失敗を成功へと、不運を幸運へと変転させる。
ストック最大数99。幸運ストック数97。
私の命を救ったのは、皮肉なことに今まで受けてきた境遇だった。
家庭内暴力、イジメ、搾取、神様の虐殺に至る今までの不運全てがストックとして溜まり、魔人の『攻撃成功』を『攻撃失敗』へと書き換えた。
レベルアップのファンファーレが、魔人を殺したことを伝えてくる。数回、十数回では止まらないレベルアップの度にファンファーレが鳴り響き、魔人を殺したことを祝福する。
涙が止まらない。やっと。やっと見つけた人だったのに。
魔人のルールが悪かった。
私を送った先が運悪く魔人の手元だった。
私の固有スキルが運悪く魔人に対して相性が良かった。
世の中全て運が絡んでくる。目に見えない人の意思や些細な行動が、結果全て運と呼ばれて帰ってくる。
なんで、私が殺さないといけなかったんだろう。
「ずっと、一緒にいたかったのに……っ」
「──それは無理だ小娘、我はこの地に封印された身だからな」
「……っ」
地面がボコボコと泡立つとまたあの、デッサン人形が現れた。
泣きじゃくる私の頭を、そっと、慈しむように撫でられると、また涙が溢れる。
抑えようとしても、耐えようとしても、涙が溢れ続ける。
魔人は私を撫で続けてくれる。
「我が封印されたのは、不死身であるからだ。故に、死にはしない」
「先に、言ってよ……ッ!」
「すまぬな、小娘」
抱きしめると、抱き返される。頭を撫でられて、泣き止むまで傍にいてくれて。
……やっぱりこんな人に、初めて会う。
「お願いです、私のこと、夏恋って、呼んでください」
「勝者の頼みだ、了解した。夏恋」
名前を呼ばれると心が締めつけられる錯覚に陥る。
この理解できない感情を『初恋』と呼ぼう。
世間とは違うかもしれないけれど、ここは異世界だ。……少しくらい自由に生きても、許されるよね?
「夏恋、ステータスを見てみろ、レベルが上がり変化もあるはずだ」
「……ステータス」
言われたままにステータスを開き、驚愕でアホ面を晒してしまったことだろう。魔人の操るデッサン人形がカタカタと音を立てて笑う。
────────────
名前:藤咲 夏恋
年齢:14歳
性別:女
種族:堕天使族
職業:魔法使い(光)
レベル:28/99
経験値:1801887/2412106
体力:608/608(1338/1338)
魔力:254/254(280/280)
攻撃力:252(278)
防御力:296(326)
敏捷:241(266)
精神力:306(337)
幸運:132(145)
装備
右腕:大剣(攻50)
身体:セーラー服(防30)
スキル
剣術2
回避2
下級魔法(光)2
下級回復魔法2
体力自動回復1
魔力自動回復1
探知2
固有スキル
不運と幸運
称号
魔神殺し(全能力値10%上昇)
不死身の加護(体力倍増)
────────────
……能力値が、10倍位になってるんだけど。
あと称号?が増えてて、魔神殺しって……魔神?え、魔人じゃなく、神様の方?え?
「ここらでそのレベルはつらいことだろう、我の加護があれば生き残る可能性は増えるだろう」
確かに体力を2倍にしてくれるのは嬉しいの。だってそれだけで体力が600ほど増えるわけだし。
……なんか、私はそうとう危ない橋を渡っていたみたい?
「伯父様、質問です」
「おじ……?」
「次に戦えるのはいつですか、もしかして今すぐにいけますか?」
「丸1日しなければ我は娯楽にふけることも出来ぬ。今はこうして時の流れを待つのみだ」
もしすぐにでも再戦できると言うのならレベル99になるまでレベル上げするのもありかなって思ったけれど、彼を攻撃しないといけないと考えると嫌だな。
や、でもここから離れるのはもっと嫌だな。
そんな私の気持ちを察したのか、伯父様ははぁ、と溜め息を吐いた。溜め息するデッサン人形って……。
「……夏恋、貴様は一気にレベルが上がったせいでスキルのレベルは足りていない」
「……レベル30だったら、どれくらいが普通なんですか」
「人間の場合は7か8程度だったか……。まあ、3程度では足りぬ。そこで今からお前を鍛えてやろう。そして24時間後にもう一度ゲームを行い、レベルを上げる」
「そのゲームは必ず私が勝てます。なら、伯父様はつまらないのでは……?」
「心配するな、貴様のスキルが枯れるほどの強運があれば良いだけのこと。……それに、他者を育てると言うのもまた一興」
つまり、あと1日だけ一緒にいても良いっていうこと。それに私の固有スキルを枯れさせるのは1ゲームじゃ不可能だ。だって1ゲームで使う最高ストック数は10個だから。
……もしかして、伯父様は私のステータスが見えてない?
「さあ、夏恋、剣を持て。この一日で魔法と剣の基礎は全て叩き込んでやろう。魔神の名に懸けてな」
「お、お手柔らかに、伯父様……」
そうして1日かけて私たちは戦った。
伯父様が泥から作り出した大剣と何度も打ち合い、光の魔術と闇の魔術をぶつけ合い、回避の練習をして。
膝枕されて寝たりもした。魔神は睡眠を必要としない、なんて言って、私が寝ていた5時間の間、ずっと枕になってくれた。布団も泥から作り出したのに新品ふかふか同様の柔らかさだったりしたのには驚いた。
ちなみにゲーム2戦目では1対2の状況で私が固有スキルを使い勝利した。
いかがだったでしょうか、魔神と橙色堕天使ちゃんのコイントス勝負は。
いつものごとくプロット無く書いていたら魔神に恋する少女が生まれるというハプニング。それはそれであり。
ちなみに、本来の固有スキルを使わなかった場合の結果をご覧ください。
夏恋:体力0/5
○××○×××○×○×
ハーフ・ダラー:体力1/5
×○×××××○○○○




