旅人 白鳥 恵子 Lv.9 ③
「せーんろーはーつづくーよー」
「どーこまーでーもー♪」
私が歌うとおんぶしているクロノスの歌声も聞こえる。
生後2年の赤ちゃんドラゴンは地球の童謡を気に入ったようだ。お爺ちゃんドラゴンもよく歌ってくれたらしく、先程からずっと歌ってばっかりだ。クロノスの歌声がどれくらい上手いのかというと異世界がスキルとして認めるほどに。
クロノスのステータスには『音楽1』というスキルが表記された。
スキルが無くても歌うことが出来る。
スキルが高い方が上手く歌える。
そう考えるとスキルが表記されないというのは『スキル0』なのではないか、と考えることもできる。
……隆明くんから聞いた話だと、スキルを持ってる新兵と、スキルを持ってないベテランだったらベテランが勝つ場合があるらしい。
クロノスに確認を取っても分かんないと言われてしまった。つまりあっても相当まれなんだと思う。
私はこう考える。スキル1にも個人差があり、例えば私の槍術3が他の人の槍術1と同じ強さだと思う。それは元々持っているスペックの差によるもの。身長差や体重差、スリーサイズに差が出るようにスキルにも差が出るんじゃないかと。
だからこそスキル0だろうとスキル持ちに勝つ人の噂が出ている、というのはどうだろうか?
「ご主人様てきー」
「クロノスは参加する?」
「ンー……しなーい」
「分かった。隠れててね」
クロノスを降ろす、そしてポケットから先程の『蠍の外殼』を取り出してクロノスに渡す。
私は流浪が発動し、クロノスは安全な盾を手に入れる。
これが私たちが話し合って決めたフォーメーションだった。槍を取り出していつものようにクルクルと手元で回す。不思議なことに、これをやるとクロノスが喜ぶんだ。
さて、なんでクロノスを戦わせないかなんだけど、それはさっきの実験の結果による。
クロノスの攻撃スキルは大きく分けると4つ。爪術、魔術、ブレス、『裂壊』だ。
ブレスは人間形態だと吐き出せない。
変身魔法を使うために魔力を温存してる現状だと魔術もブレスも控えておきたい。それに『裂壊』は魔力だけじゃなく、体力も消費する。つまり使えるのは爪術だけなんだけど、人間形態のデメリットとして『全ステータス半減』が挙げられる。
つまりクロノスは私と同じくらいの能力値に落ちている。
そしてクロノスの戦闘スタイルは、高い能力値でごり押しだから、うん。変身魔法まで大人しくしてもらおう。
視界の端に見えたのは、雷の魔術。別のことを考えていたこと、周りの草木のせいで雷の花弁を持つ魔物を見つけるのが遅かったこと。……避けられない。
うーん、最近ちょっと緊張とか警戒が薄れてきちゃったのかな。良くないね。
身体中に静電気よりもちょっと強い程度の痛みがはしるけれど、無理矢理距離を詰める。
「刺突ッ!」
槍を払うようにして振る。これも一個の実験だ。
スキルを使うと無理矢理にでも突きを放つ。なら、突き出しながら別の行動をしたらどうなるか。
答えは刺突の勢いのまま払うようにして、斬ることができる。……まあ、辺り範囲がすごく狭くなるのが難点だけど、今回は茎を上手く捉えることができたみたいだ。
完全に切り落とすことは出来なかったけれど、8割方切ったというのに、雷の花はまだ私へと雷を飛ばしてきた。
私は回避を捨てる。そのまま攻撃をくらいながら刺突を放ち、止めを刺した。
雷華の死体が消えると、お金だけじゃなく宝箱も一緒に残った。
外殼はそのまま落ちていたのに、宝箱が残るなんて……そうとうなレア物なのかな!?
焦る気持ちを抑えて罠の確認をする。あ、ついでにお金も拾っておく。
うん、多分罠は無い!はっきり言うと分からない!
女は度胸とばかりにパカリと開ける。中にあったのは1本の回復薬と1本の弓だった。
「ご主人様大丈夫……?」
「うん、大丈夫だよ。ありがと」
クロノスを撫でると嬉しそうに目を瞑る。可愛いなぁなでなでなでなで。
蠍の外殼、回復薬、弓をポケットへと入れて名前の確認をする。
回復薬(魔10)
魔導の弓(攻撃15+魔力の矢)
思わずガッツポーズ。クロノスが元に戻れる可能性が高まった!
でもどこまで必要であとどのくらい必要かも分からないんだよね……。
「クロノス、これ魔力の回復薬だよ」
「……ンー、いらなーい」
そして意外なことに拒否されてしまった。
「ご主人様の方が必要だとおもうー」
うーん、とりあえず取っておこう。弓が手に入った時点で戦闘時に流浪が発動することはもうないだろうから、諦めてしまおう。
──ぐぅぅ……!いい加減この、流浪が切れる感覚にも慣れないとなぁ……っ。
魔導の弓を取り出す。構えてみるけれど、矢はどこにもない。魔力の矢って、どうやって出すんだろう?
弦を引いてみる……と、青白い矢がつがえた状態で出現した。私の魔力を消費して作り出すってことは分かるけれど、感覚的に1か2くらいしか消費しないみたい。
クロノスが回復薬を遠慮した理由はこれなのかな?
手を離すと小さな風切り音と共に、矢が樹へと突き刺さる。完全に止まったあと、矢は光の粒へと変わり、消えてしまった。
「これは中々良いかも?」
大人数で戦うときとか、後衛として弓兵してて近づかれたら槍で攻撃すれば良いと考えると結構いいね。弓兵として問題になるだろう矢の管理が魔力管理と統合されるのは……あれ?良いことなのかな、悪いことなのかな?
街とか王都?とかに行ったら回復薬を買い込むのもありかも。そうすると流浪を封印することになるけれど。
……奥が深いなぁ。
ローブをくいくいっと引かれる。
退屈そうにしているクロノスが早くいこうよとばかりにひっぱるので手を繋いで進む。またクロノスと一緒に歌を歌う。
「しゃーぼんだーまーとーんーだー」
「やーねーまーでーとんだー♪」
ダンジョンで歌を歌うのなんて私たちくらいだろう。でもきちんと考えがあってのことだ。
「ご主人様ひだりー」
ガサガサっと草むらが音を立てる。木の影から姿を見せたのは今まで見た中で一番小さいリザードマン、その奥にはタンポポに似た花が蔓を鞭のようにピシャリと地面に打ち付けている。
2対1。それでも私たちの声に寄ってきた獲物だ。見敵必殺。
蠍の外殼を地面に置く。そして槍を手元でクルクルと回しながら敵へと歩みを進める。ゆっくりと、それでも槍を使って敵意を見せることで敵の目線はクロノスへ一切行かないし、行かせない。
──キラッ。
何かが光った気がした。
その瞬間、私の体感時間は引き伸ばされ、1秒が数百秒に感じるほど遅くなる。その私さえも遅く動く世界で、何処からか飛来した矢が私へと突き進む。その狙いは私の右目。
見えても理解までに時間がかかる。
理解しても回避までに時間がかかる。
そして、理解する。回避できない。このゆっくりな世界であと数十秒後、矢が私の眼球へと刺さるだろう。
「ご主人様ッ!?」
突風。
恐らくはクロノスの魔術。その風は僅かに矢の軌道を変え、右瞼を切り裂くに止めた。
──体感時間が戻る。
冷や汗がどっと吹き出し、全力疾走したようなほどに息が乱れる。頭がぐわんぐわんして、そのまま倒れてしまいたくなる。
右目へと血が流れる。拭っても瞼から流れる血は止まらない。私の持ってる回復薬は魔力だから、血を止める術を持たない。
「……ちょうどいい、ハンデよ。大丈夫」
敵が2体だと決めつけて伏兵を警戒しなかったのは私のミスで、良い経験となった。次に同じ失敗をしないようにしないと。せっかくクロノスに助けられた命を、無駄には出来ないんだから。
タンポポが鞭のように使う蔓を打ち払って接近。
小さいリザードマンの刀をサイドステップで避けて接近。
右目があてにならないから距離感が微妙なんだけど回避スキルのお陰かなんとかなりそうだ。まずは厄介なリザードマンを削ぐべきだね、腕狙いかな。
「刺突」
リザードマンが無理矢理に刀を振り回して私の槍を弾いた。弾かれる勢いのまま身体を回転させ槍で切り払う。がここで右目の影響が出た、頭1つ分ほど距離が足りない。
バックステップで蔓を避ける。
「GAAAAAAAAA!!!!」
少し甲高い声で叫ぶと、リザードマンは刀を持つ腕から赤い光をだしながら切りかかってくる。……確か、3回攻撃のスキルだったかな。避ける。避ける。避ける。
私はリザードマンへと突っ込み、踏み込みでフェイントをかけつつ横を走り去る。目的はその後ろのタンポポだ。
「刺突ッ!」
花弁の3割を消し飛ばすが、それだけで倒すことはできない。蔓を太刀打ちで叩き落としさらに花弁へと槍を突き刺す。
タンポポへと槍を突き刺すこと3度目。やっとのこと倒すことができた。
そこに死体が消えるとお金と……手のひらほどの大きさの種子?が残った。リザードマンの刀をバックステップで回避したついでに種子だけでも回収してポケットへと入れる。すぐに発芽することは無いだろうけれど、倒したそばから敵が復活するのはよろしくない。アイテム名の確認は後まわし!
刺突を突き刺す。やっぱり肉を貫く感触よりは植物を消し飛ばす方が精神的に優しい。というかもうめんどくさいからはやく死んでくれないかな。槍を突き込むフェイント、リザードマンが刀で防ごうとするところで回転、姿勢を低くして遠心力を乗せた槍で足払い。盛大にスッ転んだリザードマンへと槍を突き刺す。とりあえず右腕、そして左足と確実に動きを削いでいく。
そんなところで1発だけリザードマンの刀に当たってしまったけれど攻撃力も今までのリザードマンに劣るらしい。体勢を崩した程度でダメージを受けた感覚はしない。
流浪無くてもやっていけそう。……いや、でも普通のリザードマン相手なら負けそうだなぁ。今回は運が良かっただけ、調子に乗らないようにしよう。
「さよなら」
リザードマンの首へと槍を突き刺す。それがとどめとなったらしく、リザードマンは刀を手離し動かなくなった。
「ご主人様だいじょうぶ……?」
クロノスが心配そうにしているので思いっきり頭をわしゃわしゃした後に落ちてるお金を拾う。
「クロノス、助けてくれてありがとね」
クロノスは私のお腹へと頭をぐりぐり押しつける。見守ってるだけというのも怖いんだろう。けれど、これが今の最善策だと信じてる。
ステータスを開きアイテムを確認すると『タンポポの種』というアイテムが追加されている。……そのまんまなんだね。植えれば良いのかな?
「少し、休む……?」
「そう、だね。そうしようかな」
正直さっきの矢の恐怖が残ってて泣きたいくらいにつらい。木の根本に寄っ掛かって休む。クロノスが私の隣に座ったかと思うところんと横になった。少しでも寝た方が魔力の回復速度は早いのだという。私も座ってゆっくりするだけでも良い、今だけは戦闘のことも死の恐怖も忘れよう。
『残り時間4時間21分3秒』
『現在のレベル9。次のレベルまで残り857EXP』
うん、大丈夫。時間も余裕があるね。
私はそっと目を閉じた。




