ダンジョンコア 間宮日向 Lv.5⑦
難産でした。
やっぱり戦闘って描写が難しい
少なくないダメージを受けているハウルのために、回復魔法が使える魔物を探す。
しかし俺が召喚できる魔物の数は少なく、ナズナに頼もうにも向こうは戦闘中。
余計な負担を強いるのはよくない。かといってこのままハウルを戦わせるのも怖い。
俺が回復魔法を修得する……いや、無理か。
SPもなければMPもない、それに使えたとしてレベル1の回復魔法がどれほど意味のあるものかわからん。
ゴブリンで肉盾をして自然回復を待つ……そもそも自然回復するのかわからん。
魔力も起きてる間はほぼほぼ回復しないが、寝て起きたら何割か回復してるような状態だ。それに体力は回復するのかまだ確かめていない。
もし回復できるとしても、10体を即死させた相手を何時間も足止めできるほどのリソースはない。
俺が何もできず、ただ見ているだけのウィンドウの中、4本の触手がのたうち回る。
叩きつけ、貫き、絡めとり、切り裂く。
ナズナが2本、ハウルとゴブリンで2本を対処しているような戦況だが、とてもじゃないが優勢とは言えない。
ゴブリンの顔面が刺し貫かれ、その触手をハウルが掴んで動きを止める。
ハウルが受け持つのは2本の触手。つまりもう一本の触手がカバーするかのようにハウルを襲おうとするが、2体のゴブリンが横から叩き、刺客本体へと飛びついて邪魔をする。
ゴブリンが1体、また1体と命を散らしていきながら、ハウルは回避を重ねていく。
一方のナズナは支援もなく、たった一人で2本を避けている。
ぴょこぴょこと飛んで跳ねてをくり返し、剣で触手を打ち払いながら生存圏を潰されるごとに作り出しては生き長らえている。
……触手の材質は変わらないみたいだな。石、またはそれに準ずる硬さの物。
剣で弾けば傷がつき、ハウルが噛みつけば歯形が残る。二人ともただ避けるのではなく、少しずつダメージを与えているようだ。
このまま持久戦を続ければ勝てるのでは……なんて、甘い考えを振り払う。
見ろ。
ハウルを守るために、こんなにも多くのゴブリンが死んでいく。
掴んだ触手が暴れ、ハウルの脇腹に攻撃が入ったみたいだ。血が出ている。
ナズナも、全てを避けきることはできず、綺麗だったドレスが一部破けて白い肌がチラ見している。
状況を打破するための一手。
ギリギリで優位を保てている戦況で、求められる確実な勝ちの目。
ダメだ、それが何も思い浮かばない。ここで祈ることしかできないのか……?
いや、1つだけ作戦はある。単純に戦力を送り込めば良い。
ーー俺という戦力を。
ヌリカベを盾にして、ハウルかナズナの請け負う触手を俺が引き負うことで、攻撃の手数を増やす。
ヌリカベに『命令』し、盾になってもらう。
といっても変形したのではなく、ただテーブルの脚を内側に折り畳んでいるだけ。それを持ちやすいようにロープでグルグル巻きにする。
そんな歪な盾を、俺が持って、あの戦場へ……
……行ってどうなる?
ヌリカベに寄りかかってようやく立つことができたが、気を抜くと今にも倒れそうな状態で。
声は満足に出なくて指示出しもできなくて。
実践経験がなくて、模擬戦でもズルをしまくったのにゴブリンを倒すのがやっとで。
こんな俺が行って、なんになるっていうんだよ。
いや、認めよう。恥ずかしいけど、認めたくないけど。
俺は、怖いんだ。恐怖しているんだ。
ナズナが志願して戦いに行って。
ハウルを無理矢理進化させて戦わせて。
ゴブリンを戦力として数えずに無惨に死なせる命令をして。
自分が死ねば眷族も全て死ぬから、なんて言い訳して。
怖いんだ。
俺には……俺はこんな世界はもう嫌なんだ。
「ふっ……ぐ、ぅぅぅ……!」
テーブルを持つ手が震える。足から力が抜け、膝が地面に衝突して泣きそうなほど痛い。目からは涙がボロボロと溢れ出てきて。
「ーー『転移』!!!」
それでも。
ウィンドウの中で脇腹を貫かれ、臓物ごと血を撒き散らすハウルの姿を見たら。
そう叫んでしまっていた。
刺すような殺気というものを、初めて感じた。
人の恨みを具現化したような黒い靄が見える気がした。
人の視線がそのまま宙を描いているような錯覚に陥った。
混乱していることは自分でも自覚できた。だが頭を振る余裕もない、俺は咄嗟にヌリカベ盾を構える。
ーー真正面から受け止めてはダメだ。盾の表面を滑らせるようにして受け流せ。
自分に『命令』する。
身体が勝手に動くなんてことはない。
その何も意味のない行為をしていることで、すこしだけ自分のペースを思いだし、身体を無理矢理に動かす。
俺に襲いかかる触手は4本。左右それぞれ2本ずつが、逃げ場を潰すように回り込む。
「っっ 日向くんっ!」
「ゴ、アアアアア!!!!!」
ナズナの声。触手を切り飛ばす音と、剣の砕け散る音。
ハウルの声。地面に倒れる巨体と、捕まれて地面をのたうつ触手と。
俺に襲いかかるのはたった2本の触手になった。ヌリカベ盾は、俺の右前方を守るように斜に構える。
まるで金属を切断しようとしているかのような鋭い音。そして凄まじい衝撃に少し引きずられる。だが、移動も攻撃も捨てたヌリカベの防御力は、触手の貫通力を防ぎきった。
矛盾は生まれなかったみたいだな、考えと行動は矛盾したが。
「ナズナ、使え。2本は俺が受け持つからその隙にアイツを倒してくれ」
「え、あ、うん…… じゃなくてなんで来たのっ!?」
「……ゴアアッッ」
何かに使えるかと腰に下げてきた剣を鞘ごとナズナに投げ渡す。避難の目を向けられるし、ハウルも何か言いたげな声を漏らすがそれどころではない。
俺はヌリカベ盾を構えたままダッシュで距離をとる。ダンジョンマスターを殺せば全て終わると、わかっているかのように俺を追うように触手の2本が背に迫る。この2本を相手に俺が死ぬ気で時間を稼ぎ、その間にハウルとナズナで刺客を殺しきる。
俺の考えた、上品とはとても言えないは作戦はそれだけだった。
一応、俺にはヌリカベ盾の他に、ゴブリン肉盾があるから、即死はしない……はずだが、実戦は初めてだし、さっきもただ走っただけで転びかけたから、過信はしないし、してはいけない。
だが、ナズナが触手の1本を叩ききってくれたおかげで戦況は好転した。それこそ俺が来なくても勝てたのではないかと思うくらいに。
……いや、この行動に悔いはない。例え何度同じ場面を迎えても、俺はきっと転移して乱入したはずだ。
それなら、その行動に悔いはない。ないったらない。
俺が今するべきなのは、この乱入を将来の笑い話にするためにも死ぬ気で触手を捌き、みんなで生き延びることだ。やはり俺は一番後ろで怯えてるのは性に合わん。
さあ気合いを入れろ、間宮日向。最悪かすったら死ぬかもしれないんだ。
シュピッ
と鋭いようなへぼいような音で2本の触手が俺へと真っ直ぐ向かってくる。しかし、その軌道は素人目に見ても避けやすそうだった。
ナズナが刺客の本体に切りかかり、ハウルは3本目の触手をひたすらかじっている。
刺客がどういう原理で動いているのかわからないが、処理能力が足りなくて俺へと気を回せないんだろう。
俺だって全力で走りながら3桁の掛け算を行えとか言われたらぶちギレる。
それでも2本の触手を俺へと差し向けるのは、俺が死ねば全てが終わること、俺があきらかに戦うことに慣れていないことが原因だろうか?
だが、舐めるなよ。
ガーーギィンッッ!
一歩右に移動。それだけで1本の触手は回避完了。
ヌリカベ盾を地面に立て、身を隠す……ように見せて右側へと重心をずらす。若干盾のバランスも傾けて、右足を軸に立つと、衝撃がはしる。
ヌリカベ盾の左側が押されるが、扉を押し開けたように90度回転して受け流すことに成功した。咄嗟のアイデアで、とりあえずやってみるスタイルなのに、こんなにも綺麗に決まるとは。
そしてとりあえずやってみるスタイル第2弾、俺は盾を構えたまま触手へとタックルをする。2本の触手をまとめておしのけるが、傷もつけられないのはわかっていても悲しいものだ。
再び飛来する触手を、左足を少し出して斜めに構えたヌリカベ盾で受け流す。盾の表面を滑る触手が火花を散らしてとても怖い。
は、はやくナズナなんとか倒してくれ……! そっちの状況が全然わからないがこの触手が動く限り俺は死にかけるんだぞッ!
三再迫る触手。
俺は盾を構えるーーふりをしてそのまま横っ飛び。べちゃりとカッコ悪い着地をするが、受け止められると思っていた触手たちは困惑したように元居た位置を素通りして、動きを止める。
その一瞬の余裕で体勢を立て直す。足が震え、立つのに時間はかかるが、それでも触手よりは先に体勢を立て直すことができた。
視界の端ーーハウルの巨体が転がった。ナズナは刺客の顔面へと剣を突き刺す。
が、刺客はまだかろうじて生きているらしい。ナズナは追撃とばかりに剣をその首へと振るう。
戦闘で高ぶり、アドレナリンが溢れ出ている俺には見えてしまう。3本の触手が、左と前と右と。同時に、逃げ場をなくすように俺へと迫ってきているところが。
時が加速していく。いや、元通りに戻っていく。
普通に動ける俺と、普通に目前まで迫る3本と。
これが、最後の攻防になる。直感する。
ゴブリン肉盾はすでに届かない、指示しても俺を守れない位置にしかない。
唯一頼れるヌリカベ盾も、1枚では3箇所を同時に守ることはできない。かといって分裂しろというのも不可能な話だ。
左腕をかする。血が吹き出る。避けきった。
ヌリカベ盾に衝撃。貫通はしてない。耐えきった。
だが、最後の一本。右目を狙って迫るその触手だけはどうしようもなかった。
くそっ、避けきれなーー
ーー眼球数ミリ手前で触手は止まっている。
俺が死ぬより先に、刺客を殺してくれたらしい。ギリギリで……本当にギリギリで俺は命を拾った、らしい。
なんともドラマチックな幕引きだ。
これでこそ異世界だ。
「ーーずいぶんと、『らしい』最後だったぜ……」
「日向くんっ!」
ナズナが剣を捨てて駆け寄ってくる。ボロボロになって、素肌がちらつくそのドレスは、俺に効く。冬眠中の息子には効かないようだが。
上着をかけてやるべきだろうか。それとも勝利を祝して抱き合うべきか。頭でも撫でて褒めてやるべきか……。
とりあえずヌリカベを縛るロープをほどき、脚を展開して地面へと設置する。ありがとうヌリカベ、お前のおかげで命を繋げたよ。
「ナズナ、お疲れさま」
「ばかぁ!」
ナズナが抱きついてくる。俺はそっと抱きしめる。
「日向くんが死んだらみんな死んじゃうんだよ!? 私も、ハウル君も! 頑張って戦う意味が無くなっちゃうの! それなのにどうして……どうして来ちゃうのッ!?」
自分でもわからん。気づいたら転移してた。
……なんて言えないよなぁ。それに、ナズナが言うことは全て正しい。
戦うダンジョンマスターは相当自信があるか、切羽詰まってるくらいしかあり得ないだろう。今回は後者だったが、まだまだやり方はあったのも確かだ。
俺が参加しなくても勝てただろう。しかしその未来ではハウルか、ナズナのどちらかが死んでいた可能性が高い。今でこそ罪悪感で押し潰されそうなのに、償うことも許されることもなく死なせてしまったら、俺は本当に人でなしになる気がした。
「ナズナやハウルを犠牲にしてまで、俺は生きたいとは思わない。……ごめんな」
「ばかっ 日向くんのばかぁ!」
戦いは終わり、緊張の糸が切れた。俺も、ナズナも。
俺の胸のなかで泣き叫び、ぽかぽかとーーわりと痛いレベルでーー殴ってくるナズナを撫でていると、不思議と俺も涙が出てきた。
「…………ごめん」
「……ばかぁ」
いつしか殴ってきていたナズナも、俺の背へと腕を回していた。お互いに泣きじゃくりながら相手をぽんぽんと優しく慰める。
自分が守ることのできた存在を確かめるように強く抱きしめると、冷たい体温と暖かい体温が混じりあう。
ナズナの柔らかさと、鼻腔をじれったくするいい匂い。込み上げてくるのは興奮ではなく、こんな子を戦いに出したのかという罪悪感。再び涙が溢れる。
「わたしはっ 大丈夫だからぁ」
「よかった。本当に、よかった……!」
ピロリン。
電子音が響き、それを合図にしたかのように身体を離す。ナズナは恥ずかしそうに涙を拭っているのであまり見ないようにしつつ、俺はウィンドウを開いて電子音の正体を確認することにした。
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入手:眷族ガチャ券1枚
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そういえばこれは神様を名乗るアホどもから出された任務だったな……
報酬も確かに乗っていた。内容もあっているが、その中身もまた『ガチャ』
何が出るのかはわからない。それでも防衛戦力になる。そしたら少しは眷族たちを死なせずに済むのだろうか。
「ナズナ、帰ろう。さすがに疲れた」
「うんっ」
ここで召喚やダンジョン拡張を行うわけにはいかないし、少し仮眠もしたい。
ずーっと刺客の死体をボリボリと食べ続けていたハウルに撤収の旨を伝えるべく声をかける。
お前ほんと体悪くしても知らねえからな!?
今回もしっかりダイスをふりました。
日向君の強運は本当に謎。いつから君はシールダーになったんだ
そして次回予定の眷族ガチャですが、こちらもダイスで種族からなにから、全てを決めます。どんな性格、性別になるかもまだ不確定です。




