ダンジョンコア 間宮日向 Lv.5⑤
刺客Aが砕け散った。
三体に囲まれ、高速で飛んで跳ねてを繰り返す戦場の中、得物の差や表面の傷で判別して攻撃をする。
しかもその攻撃も矢を三本同時にゼロ距離から当てている。雨のように降り注ぐ矢は新しい傷を作り、傷を深く掘り起こし、遂には貫通してトドメとなった。
胴体から砕け散った刺客Aの欠片は、もう動くことはない。死んでいる。分裂してそれぞれが別個に動き出す、なんてことなくてよかった。
敵の数が減った。だが、それはけして良いことだけではない。
例えばテトちゃんの消耗。
見ているこちらがつらくなるほどに肩で息をして、虚ろな目で敵を見据えては矢を構える。
もはや弓も持ち上げられないほど腕力も残っていないのだろう。腕は震えるだけで一向に的に照準が合うことはなく、攻撃の機会を逃しては必死の回避を繰り出す。
そういう体力的な消耗もそうだが、矢の残弾も残り50本を下回っているらしい。ときおり矢筒を叩いて数を数えているみたいだが、小さく『70……』と漏らしてからも連射はしていた。
本来なら回収して使い回せるはずのその矢も、石を砕く際に欠けたり折れたりしてしまう。
そうでなくても刺客たちは矢を叩き落とすし、テトちゃんも構わず踏み潰していた。
そうでもしなければいけなかった理由もあるが、それをしてはいけない理由もあった。
真綿で首を絞められるかギロチンで首を落とされるか、みたいなそんな些細な差だった。
一方で、ハウルはまだ刺客Dを倒しきれていない。
猛ラッシュをかけてもあと30秒はかかるだろう時間と、ハウル自体のダメージの蓄積と。
テトちゃんはどうでもいいが、ハウルは死なせるわけにはいかない。まだ何も償えていないのだから。
ーーじゃあ、どうする?
あれが嫌これも嫌と駄々をこねるのは簡単だ。だがそうして対策を考えなければその先にあるのは破滅だけ。
だが援軍は無理だ、ハウルを進化させるために後先考えないリソースを割いているんだ。
ゴブリンを送ってもこちらに被害が増えるだけで肉盾以外に意味を為さないだろう。
これ以上、これ以上は……!
『ーー見捨てるの?』
凛とした声が響く。
いつもの語尾が跳ねる癖もなく、ほんわかとした口調や声色を意図的に変えて、彼女は問いかける。
……見捨てたくはない。だが、打つ手が何もないんだよ!
『見捨てたくはないさ、なんなら死んでもいい』
『死んでもいい、ね。……なら助けてあげなさい、許可します』
……簡単に言ってくれる。
少しの苛立ちを無理矢理飲み込んで声の主ーーナズナの映るウィンドウを見る。わかってはいたが、その問いかけは俺に対してのものではなかった。
ダンジョンマスターを騙るナズナは、イグアナに命令をして、リィルを解放するよう迫っていた。
イグアナは判断に困って、口を開けては閉めて、まごついている。
考えろ。動けなくても喋れなくても、俺には考えることができる。なら必死に頭を回せ、未来を予測しろ。
リィルを解放する、そのメリットデメリット。
リィルは回復魔法を使える後方支援型の魔術師、だと思われる。そして何よりテトちゃんが命を燃やす火種だ。
リィルがテトちゃんの後ろで支援することで、今の不利に近づく状況を打破できる可能性はもちろんある。人の絆や、連携といった、ステータスに現れない部分の勝ち目は増すだろう。
けれど、思い出せ。リィルは魔力も体力も残り少なかったはずだ。
捕獲するために体力を削り、腕を切り落としている。止血はしているものの素人知識で、適当で。地球にいる人間ならいつ死んでもおかしくない絶対安静の容態だ。
だからこそテトちゃんを操ることができたとも言えるが。
そして魔力。
ダンジョンの1、2階層を突破する際に、こいつは湯水のように魔力を消費し、2階層からは魔力をケチって窮地に陥っている。
こいつが参加して何になる?
たった一回の回復と、たった一度の肉盾がもたらす影響はテトちゃんの精神的ショックよりも価値のあるものか?
……いや、無いだろう。無い、はずだ。
イグアナは、諦めたように拘束を解除する。
解放された腕をゆっくりと回して、体の不具合を認めた上で、リィルは力強く立ち上がる。今にも命が溢れそうな酷い吐息を漏らしながら、目だけはテトちゃんを見据えている。
残っている唯一の腕を伸ばし、回復魔法を唱える。光がテトちゃんを包み込む。
『ーーリィル、さま……っ』
『テト、生きて帰るぞ』
『はいっ はい……っ!』
スキルを使っていないのに、急速に心が冷えていくのを感じる。世界から色が抜け落ちたかのように灰色に染まり、音が遠くなっていく。
ああ、嗚呼。感動的な場面だな。だからこそそれを邪魔するつもりはない。
イグアナに『命令』する、『戦闘体勢。テトとリィルの逃げ道を塞ぎ、逃走するようなら殺せ』
そしてゴブリン10体に『命令』する、『ハウルを守れ』。
リィルがテトちゃんを回復する。
2回分の回復魔法を使えるのは予想外だが、倒れそうなほどふらつき、ただでさえ血色の悪かった顔色をさらに青くして蹲る。
しかし無理した甲斐あってか、テトちゃんは動けるようになったようだった。矢が残り少ない以上、さっきみたいに死ぬまで連射しまくる方法は使うことができないが。
テトちゃんは弓を左手に持ち変える。
遠距離から正確に射抜くための型、だったはずだ。ハウルを前衛に、テトちゃんは後衛って編成にしたら後先考えず即座に殺してやるからな。
ーーテトちゃんが駆ける、刺客Bに向かって。動きは最初ほど良くはないがだいぶ良くなっている。
つがえた矢の数はたった1本。
跳躍する。横凪ぎに振られた剣を棒高跳びのように飛び越え、着地までの一瞬、空中で矢を放つ。
空気を抉る鋭い音と共に、刺客Bの顔面にあたる部分の石に比較的深く傷をつける。
『横凪ぎ。胸への袈裟斬り。ッ 足!』
即座に矢を持つものの、つがえることはせず刺客Cの攻撃をバックステップで避ける。追撃の袈裟斬りを上体を反らして避ける。
体勢を立て直そうとせずに、そのままバク転の要領で後ろへ下がる。……そうしていなければ太ももに赤く線が入っていたことだろう。
下がって産み出された余裕で、再びたった一射のみを行う。力強く、よく狙いを定めて撃ち抜かれた矢は刺客Bの顔面に突き刺さる。
深めに入っていた傷をさらに掘り、おちょこ半分くらいの水なら溜めれそうな窪みへと変える。
……なるほど、敵の数が減り、避けやすく撃ちやすくなったからこそ、無駄な連射をせずとも攻撃ができるようになったのか。
それにリィルが短く避けるべき攻撃を伝える。五歩以上離れていて、戦況をよく観察できるように陣取っていたらしい。
指示の声はつらそうで、今にも吐くのではないかと心配になるし、時折苦しそうに喘ぐものの、目だけはテトちゃんから離さない。
ナズナに任せて、正解だったかもしれん。
いや、正解だった。
俺が間違えていた。
リィル一人が加わったところで、なんて思ったが、一時間も観察してない俺だと測りきれないほど、二人は信頼し合っていた。俺とナズナには無いものが彼らにはあった。
……もしかしたら、いや、もしかしなくても。
ハウルを無理矢理進化させたのは間違いだったんだ。そんなことしなくても勝てたはずだ、ナズナに任せれば。俺が余計なことを考えず、恐怖に負けて小細工なんかしなくても。
悪い方向に思考が進んでるのはわかってる。それでも考えを止めることはできない。
たった10分ほど前、初めてハウルが俺の『お願い』に躊躇いながら引き受けてくれたのを見てしまってから、心はとっくに折れていたのかもしれない。
それでもやるべきことがある、まだまだ死ぬわけにはいかず、死なせるわけにもいかないと目を逸らしたが、逸らしきれなかった。もしくは逸らしすぎて一周回ったのかもしれない。
は、ははは……俺のやってきたことは全て、すべて無駄だったのか。最初から全部、ナズナに任せていれば。
アイツは何も見ていない盲目の不利をして、状況も戦況も、相手の心境も何もかもを見透かしたかのように動く。
まるで未来が見えているかのように、何をどうすれば正しい未来に繋がっているかがわかっているかのようにーー
ごめん。ごめんな、ハウル……
『ゴオオオ……アアアアァァァァァァァ!!!!!!!』
砲声。顔を上げてウィンドウを見る。
俺が見たのは、ちょうどハウルが石像へと飛びかかり、噛み砕くシーンだった。
刺客Dはハウルの攻撃を幾度も受け、ボロボロになっていたが、最終的にはその大きくなってしまった口で噛み砕かれーー何食ってんだお前ぇ!?
『ゴアアアアア!!!』
両の手のひらにできた口も使って、地面に落ちている刺客Dの石の身体をガツガツボリボリと食べきってしまった。
美味い! と言わんばかりに虚空に向かって親指を立てる、サムズアップをした。いや、おま、お前さぁ……!
は、はは……能天気すぎるだろ、ハウル……今度マトモな飯食わせてやるから変なもの食いすぎるなよ。
ハウルに『命令』する、『刺客Cを殺せ』
『グオオオオォォォォ!!!!』
だからうるせえってば。ダンジョンが揺れんだろうが。
俺がうるさいって言うことを期待して、わざとでかい声で返事をするあたり、本当にハウルは変わらない。
姿形が変わっても、ハウルは何も変わらないのかもしれないな。
頼むよ、俺の最初の家族。一番の眷族よ。
ーーまだ死にたくない。たすけて




