ダンジョンコア 間宮日向 Lv.5③
『侵入者テト、止まりなさい。ゴブリンも、待て』
ナズナが普段のほんわかおっとりとした雰囲気とは違う、聞き惚れてしまいそうな凛とした声を出した。
突然の第三者の介入、まるで命令を聞くように攻撃も回避もやめたゴブリンを見て、テトは困惑のまま手を止めた。
……まあ、ゴブリンを止めさせたの俺なんですけど。
『それ以上、私の仲間を殺させないわ。ーーこれを見なさい』
……ほんとにナズナどうしたんだ? いつもの人好きな笑みも浮かべることなく、語尾が跳ねる癖もない。女王のような冷酷な表情で、Mっ気を刺激する声。
演技だとしても普段とのギャップが著しい。
『なっ ……リィル、さま』
『そのリィル様を殺されたくなければ、言うことを聞きなさい』
驚愕で目を見開くテトちゃんに向けて、ナズナは容赦なく人質の首筋に剣を添えては見せびらかす。
何かを迷うように弓を構えようとして、やめて、また構えようとする。その百面相は見ていて面白いが、同時に可哀想にも思う。
『……何をすればいい』
『そうねぇ……テト、私とゲームをしましょう』
そうか、ゲームと表現したか。
俺が指示したのは『リィルを人質にして、刺客とテトちゃんを殺し合わせろ』だった。確かにそれなら俺の考えた作戦通りに戦わせることができるだろう。
『今から魔物を連れてくるわ。そいつらを全部倒せたらこのまま二人とも解放してあげる。……どうかしら』
それは拒否権のない要求だった。そしてテトちゃんも断れないと悟ったのだろうか、ただ矢の残弾を確認しながら一つだけ確認を取った。
『それに貴女のメリットはないはず。なんでそんなことをするの』
『あら、不思議なことかしら?』
あくまでお嬢様言葉を隠すことをしないナズナが、人を見下したような笑みを浮かべる。
……これは、ほんとうに、演技なのだろうか。
『ーーだだの暇潰しよ』
『……リィル様は、私が守ります』
二階層も易々と突破してきた天からの刺客たちを見つめて、テトちゃんは小さく呟いた。すでに守りきれてないとか言ってはいけない。
というか刺客たちもさ、少し宙に浮いててスライム沼の効果がないとはいえガン無視で突っ切ってくるのはどうなのか。製作者泣かせってそういうことだと思うんだが?
『まずは固さを』
テトちゃんは4つの矢を同時に放つ。それは刺客それぞれに1本ずつ飛んでいく、だいぶ器用なことをしたが、命中率は高くない。唯一刺客Bへと当たったが、表面に引っ掻いたような傷を付けるに留まる。
『次は対応力を』
どうやら狙いを刺客Bへと絞ったらしい。速射の要領で5連続に矢を放つ。刺客Bは手に持った剣で矢を叩き落とす。
切り下ろし、切り上げるスピードはーー俺からしたら速いもののーー速射のスピードには追い付いていない。
一本目、三本目、五本目を叩き落とすものの、合間の二本は体に当たっている。……ダメージはほぼ無いようだが。
『 ッ!』
『んっ』
刺客Aと刺客Cが襲いかかる。
それを予知していたかのように、剣と剣の間に身体を滑り込ませて回避する。刺客Bも後れ馳せながら合流し、テトちゃんは3体に囲まれる形となった。
……ここでも刺客Dは動かない。ただぼんやりとその戦闘を眺めていた。
テトちゃんが弓を持ち変える。近接戦闘の構えだ。矢を同時に3本つがえると至近距離から放ーーーーてなかった。
真横から突き出された剣が放った直後の矢を全て叩き切る。テトちゃんは弓まで切られては堪らないと距離を開けようとするが、回り込まれていた刺客とぶつかり、そのまま背を斬られる。
……傷は深い。
普通なら撤退するべき傷のはずだが、人質を取られてる以上、彼女にそれは許されないだろう。
かといってこのまま戦っても、相手は無傷。テトちゃんは死にかけ……じり貧になるのはわかりきっている。わかってるはずでも、どうしようもないか。
テトちゃんは止まることなく、繰り出される剣撃を避け続ける。目の前で振られる剣もあれば、真横から斬りかかられることも少なくない、果ては真後ろの死角から剣が突き出される。
その全てを視覚と聴覚と直感で避けている。
もちろん無傷で避けれているわけではない、かすっただけでも血が赤く線を描き、地面を転がる度に土汚れと青アザが生まれる。
もちろんただ避けているだけではない。相手の位置を誘導して、同士討ちを狙っている。だが刺客たちは的確に味方に当たる攻撃だけを取り止めてしまう。
それでも諦めず、死ぬ気で、文字通り命を賭けて産み出した僅かな隙で、矢を一気に放つ。
さながらアクション映画のようで、ハラハラドキドキする。
一対三にして、テトちゃんはよく善戦しているように思えるが、確実に負けに近づいているのがわかる。
そりゃそうだ。片や人工物で疲れもなければ痛みも恐怖もない。決められた指示を最適な行動でこなそうとする。身体のスペックが低いからそこまで強くないのが唯一の救いか。
そしてテトちゃんは生身の人間だ。疲れもあれば痛みも感じる。そして一度切られればその痛みで動きは鈍る。
助け、られないだろうか。不可能なのはわかってる、彼女が俺たちの敵ってこともわかってる。
それでもなんとかならないかと考えてしまう。
俺はいま動けない、声も出すことができない。それでも何か……。
ハウルを送り込むか? いや、三つ巴にしてどうする。
そのままリィルを解放する。今テトちゃんが逃げると刺客は俺らを殺すだろう。
無理か。無理なのか。
心臓が痛む。散々に吐いたはずなのに胃から何かが込み上げてくる。涙で画面が見にくい。
それでも見てないと。自分の腕に噛みつき、その痛みを拠り所に意識を保つ。
やりたいこと、テトちゃんを含め誰も殺したくない、死なせたくない。
やらないといけないこと、ダンジョンの防衛、侵入者の殺害。
やってること、何もできない、声を出すことも、立ち上がることも。
今の俺はその全てが別のことをしている。これは、良くない。経験上、それを続けてると精神的に疲れて、折れる。
大丈夫、俺は今回、自分で気づけた。気づくことができた。そして自分流だが、この対処法もわかっている。
「ルール……」
そう、ルールだ。ぶれることのないルールを自分で決めてやればいい。そして俺はすでにルールを定めたはずだぜ、間宮日向。思い出せ。
ルール①『地球の感性を捨てる』
そうしないと俺の心が壊れるなら、自分から感性を捨ててやる。耐えて耐えて、それから我慢できなくなったらその反動は大きいだろう。それこそ心が壊れるほどに。
それなら今のうちから壊れてしまえ。
ルール②『侵入者は過程はどうあれ、全て皆殺しにする』
助けたいなんて考えるな、必ず侵入者は殺す。そうしないと俺や眷族たちが生きれないから、笑顔で手を合わせていただきますって言いながら殺してやれ。
ルール③『眷族以外を信用しない』
特に侵入者を、捕虜を信用するな。そして……眷族も信用するな。例えばハウルは別だ、アイツは俺にとっての特別だ。だから信用できる。そこらのゴブリンも何も考えず俺に従う、だから信用できる。
ルール④『最速でレベルカンストする』
最速で。そのためには侵入者は殺さないといけない。わかったな、間宮日向。
ルール⑤『この世界で生き残る』
俺はもう地球に帰れないんだ。ならそんな過去に執着する必要はない。この世界ならなんだってできる。殺しも、盗みも、それこそレイプだってできる!
俺はもうこの世界に生きているんだからッ!
だからさ
「泣くな、よ……まみやぁ……」
ウィンドウを見る。
いまだに飛んで跳ねて、テトちゃんは戦っていた。矢を放っても対した効果が見られるわけではないが、リィルとは違い、まだその目に闘志は宿っていた。殺意とか、憎悪といった暗い光が目に宿っているのが、俺から見てもわかった。
覚悟は決めた。決意は揺るがない。だからこそテトちゃんに手を貸してやろう。おかしいか? いいや、考えろ。これで正しい。俺は何も間違えていない。
俺はハウルを向かわせるため命令を下す。
「ハウーーぐ、ごはっ……ハッ……ウ……」
何度も吐いたせいか、声が出ない。水かなんかで口をゆすぎたいが、腕を持ち上げることすらできないほどに体力が削られている。
だが、落ち着け、問題ない。俺の種族はなんだ?
『ダンジョンコア』だ。俺自身があの赤い輝きを放つ宝石だ。
なら、今動いているこの肉体は? これはある意味操作盤だ、コンソールだ。
それなら『命令は口でしなければいけない』なんて誰が決めた?
最初に来たとき命令できるとは聞いた気がする、だが命令の仕方は教えてもらわなかった。それでも俺は口で発言するものと思い込んで実行し、実際にできた。
それに、だ。
遠隔にいる相手にも命令をすることができるし、命令に抵抗することはできないのがこの世界だ。それならば、その命令を判断し実行している物がいる。システムか、神と呼ばれる何者かはわからんが。
それなら、ソイツに伝わりさえすれば命令はできる。
念じる。強く、強く。伝わるように。
ハウルに、『命令』する。「刺客を殺せ」
『『『グオオオオォォォォォォッッッッッ!!!』』』
ダンジョンが震えるほどの返事が聞こえる。
……だからうるせえって、いつも言ってんだろ。
お前不能だろとか言ってはいけない。




