ダンジョンコア 間宮日向 Lv.5②
三階層。
そこは普段、生殖能力をもつ血統種をメインに配置している訳だが、今回はそこを決戦の場に選んだ。
単純に広いから。長方形の形にぶち抜かれた部屋しかない三階層は、横にも縦にも広い。眷族を大勢を送り込んでもそれぞれが自由に動くことができるし、数に紛れて撤退もしやすいはずだ。
送り込むのは……ナズナ、イグアナ、ゴブリン50体、ファンガス20体。計72体、おおよそ四階層にいた眷族全てを三階層に集めた。
ハウルは別動隊として、別の指示を与える予定だ。もしーー考えたくもないがーー眷族が全滅してしまったとき用の最終手段として配置しておく。
真の意味で総力戦だ。
かといってリィルを倒し、刺客も殺したところで眷族が全滅していたらダンジョンとしては負けだ。
まだ数が少ないものの、ほっとけば増える血統種たちにはできるだけ隠れるように命令する。こいつらがいれば戦力を補充することが可能になる。
命令を受けて、それぞれのしゅぞくくが固まって隠れ始めた。まるでそこが縄張りだと言わんばかりに。
どれ、少し覗いてみよう。
スライムは湖の辺りを住処にしているようだ。ぷかぷかと水面に浮かんでは、スライム同士がぶつかりーーぷるんーーそのまま漂う。
その数は7体……詳細な数は覚えていないから、増えてるのか増えてないのかわからない。スライムの餌って何かわからないのも増えてると確信を持てない理由だ。
バッタやアリのような小さい虫でもいればそれを餌として与えるんだが、地球産の動物は召喚できない。でもああいう虫はどこからか湧いてくるものだし、自然発生するのを期待しよう。
それまでひもじくても頑張って耐えてくれ、スライムたち。今度ゴブリンの死体でも置いとくから、最悪それ食べてくれ。
ゴブリンは牢屋付近の木陰を住みかにしているようだ。
……お、幼体だったゴブリンが少し大きくなっている。随分と成長が早いな。これで戦えるゴブリンは合計11体になったわけだ。
こいつらが成長したら加速度的に増えていくんだろう、同じ群れだけで増殖すると奇形とか生まれそうだ。余裕があるときに新規で血統種ゴブリンを呼び出して、群れを二つに増やすか……?
そしてファンガスは鶏のような魔物、コックの巣の近くを住処にしているらしい。むしろコックと共存しているらしい。
ファンガスはコックの巣を守るように配置され、コックは糞や食べ残しなどの養分をファンガスに与えて成長を促しているようだ。
その甲斐あってか、コックは増えていないものの、ファンガスの幼体のようなものが木の根元に3体ほど蠢いている。
ぱっと見マジックで顔を描いただけのただのキノコだが、ステータスが見れるから魔物で間違いないらしい。
順調に数を増やしていることがわかったし、生態観察はこれくらいにしよう。息抜きはこれくらいでいいだろう。
『凍心』の重複使用。心が更に冷える、凍える。それでいい。
深呼吸を数度、精神的ショックへの覚悟を決める。いける、いけるはずだ。やらなければ勝てないかもしれない。だからこれは仕方ないことだ。
ハウルに、『命れーー』いや、……お願いする。
ごめんな、こんなこと頼んで。指示出ししてるだけなのにこんなに辛そうに被害者ヅラして。
ハウルは俺のお願いを聞いてくれた。
嫌なら断ってくれて構わないと意図した行動が、まるで脅迫のようになってしまい、罪悪感が募っては凍っていく。
この感情が溶けないうちに、早くケリをつけてしまいたいものだ
侵入者ーーテトとリィルの二人の方ーーが三階層へと侵入した。スライム沼を、彼らは必死に走り抜けてきた。スライムに攻撃をすることは諦めていたようだったが、何匹か踏み潰されて死んだスライムはいる。
尊い犠牲の代わりに、テトは1回足をとられてたたらを踏んだ。リィルは滑って盛大に転んでいたものの、運動神経が良いのか、すぐに立ち上がっていた。
どちらも対してダメージは負っていないだろう、9割以上残っていると想定している。
リィルはあれから魔法を使わなくなっている辺り、本当に魔力切れが近いと思う。確実に作戦を進めるために、せめてあと2発くらい撃たせたいものだが……撃ってくれないなら逆に死ぬ間際まで渋ってくれるかもしれない。
「作戦を開始する。第一陣、前進」
俺の指示により、イグアナとゴブリン10体が前へと進んでいく。ゴブリンたちには『イグアナとは別方向に回り込み、挟み撃ちを仕掛けろ』と指示を出している。その指示通りに眷族たちが動いている。
できることならイグアナはテトを足止め、ぐるりと横に回ってゴブリン10体でリィルを攻撃したいものだが、さて、どうくるか。
『ーーッ 敵です! 二方向から……!』
『テトは数が多い方をお願いね、なんとか時間稼ぎはしてるよ』
『…………わかりました。御武運を』
早く片付けるためだろうか、テトは自らゴブリンたちの方へと駆け出していった。一対多が得意なテトをゴブリンに当てるのは戦術として理解できる。それにその役割分担の方が俺の想像する理想の形だった。
……分断が狙いだったのに、こうもうまく行くと不安になってしまう。
「第二陣、前進」
進軍の予定を早める。援軍として送り込まれたゴブリン20体とファンガス10体が距離の空いたテトとリィルの間に入り込み、肉壁となる。
リィルはこの絶望的な状況にいち早く気づいたようだが、テトは早くゴブリンを蹴散らそうと焦り、まだ気づいていない様子だ。ゴブリンには回避を優先するように指示する。
おっと、リィルが助けを求めようと息を吸い込む。それを見たイグアナが肉薄する、リィルはたまらず回避行動を優先した。
「ナズナ、前進。まだ姿は見られるなよ」
『…………わかりました』
作戦は、全てうまくいっている。この作戦を改めて見直そう。
まずはイグアナとゴブリン10体を送り込む。挟み撃ちのように左右から現れたら、背中合わせのような形で迎撃すると予想した。そこでできれば、イグアナとリィル・テトとゴブリン複数という形で分断する。
本来はゴブリンが逃げ回ってるうちにリィルとテトの距離が離れることを願った作戦だったし、そうなるためにはゴブリンを追加で送ることも考えていた。必要なかったみたいだが。
そして第二陣を送り込む。これは倒すのではなく、仕切りとしての役割が期待されている。
分断が成功した後、その間に壁を作り、合流を防ぐ。そのためには肉壁としてゴブリン、行動阻害用の胞子要員としてファンガスが用意されている。
もしも、テトが全力でこの壁を殺しにかかったとしたら、後はナズナの仕事の早さに期待するしかなかったが、ウィンドウの中のテトはまだ惨状に気づいていない。
そしてウィンドウの中、ついにナズナが初めて侵入者と接敵した。これが第三陣。
与えた指示は、『イグアナとナズナの連携でリィルを捕縛しろ』……半殺しでも構わないと伝えてある。
捕縛したリィルを人質に、テトを脅す。そうすればその一時だけは俺らの戦力として扱うことができる。そしたらテトを刺客にぶつけ、戦わせる。
敵と敵をぶつけ合うのが一番楽な勝ち方だとしても、普通はそんな事態落とすことができない。ダンジョン内なら尚更。だったら戦わなきゃいけない状況をつくってやればいい。
そこでナズナの存在が広まる危険を犯してでも、『戦闘ができる交渉役』を送り込む必要がある。まあ、テトもリィルも解放しなければナズナの存在が広まることはないさ。
「くっ……!」
イグアナが真正面から突っ込む。ナズナはいつぞやの俺を真似してか否か、右手をリィルへと向けたまま右側面へと回り込むように走る。
2対1。しかもリザードマンと人間の女の子。リィルは何故という表情を隠そうともせず対処に追われる。
イグアナは咆哮をあげ、振りかぶることなく得物を振り上げる。
こいつの戦闘は一度しか見たことなかったが、全て振りかぶっては大振りを放つパワーアタッカーだったはずだ。だからこそゴブリンに避けられることも多かった。
あの戦闘訓練は眷族たちに少なくない影響を与えているらしい。
常に右手を向けられて死角に回り込まれ、魔力も余裕がないほどに削られ、それでいて不意を打つような掬い上げるような軌道の剣筋。
リィルの胸元をスッパリと切り裂く。血飛沫が舞い、一瞬イグアナの視界を塞ぐ。
ーージュッ
宙を舞う血飛沫を焼き払いながら、リィルの放った火魔法がイグアナの胸を叩く。よく切られながらに魔法を完成させ、自分も視界が悪い状況で当てれたものだ。
だがーー
「ウォーター」
ーーナズナが右手を天井に向け、魔法を放つ。イグアナの真上で弾けた水が、雨のように降り注ぎ、鱗を焦がす火を鎮火する。
捨て身で放った魔法も、即座に対応されてしまったためか、もはやリィルの目に戦意は感じられない。
じり、じり……と下がるリィルと、容赦なく追い詰めるイグアナ。
そしてリィルの背後へと回り込んだナズナが、二度剣を振るう。右腕を切り落とし、そのまま背中を切り上げる。
……殺してないよな?
『気絶してます』
「よくやったナズナ。イグアナもお疲れ様。……良い連携だった」
『っ…… はい』
あえてイグアナに応急処置を指示する。ボロボロで血の染み込んだリィルの服を、一部切り裂いて止血用の包帯代わりしている。
まあ、出血死とかしなきゃいいよ。体力制の世界で出血死なんかするのかわかんないけど。あとは切り落とされた右腕を回収しておこうか、もしかしたらくっつくかもしれないし、他に使い道があるかもしれない。
ふぅ。
上手くいった。むしろ上手くいきすぎて怖いけれど、とりあえず第一段階は成功だ。次はテトを刺客にぶつけ、殺しきる。
最後の一体を相討ちで殺してくれるのが一番楽だが、そうもいかんだろう。
……ハウル、準備はいいか?




