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ダンジョンコア 間宮日向 Lv.4⑪

 頭の中でテトちゃんの動きを思い出す。

 左手で弓を持ち、放った遠射は正確性があった。湿気とかでの誤差を気にするほどのストイックな精度と、たった一回で調整できるほどの慣れと技術。


 一方、右手で弓を持ち複数の矢を一度に放つ射撃は、確かに手数は増えていたが精度は比べ物にならないほど低かった。だからこそ彼女は精度を保つために当てられる距離まで近づくという戦法を取ったのだろう。


 時には弓で殴り付け、複数の矢をゼロ距離で放つその戦法は、まるで多対一の接近戦を想定して作られたような型だ。

 遠距離での攻撃や精度を捨てる代わりに、近距離でできることを増やす。逆に遠射は奇襲や、弓兵本来の遠距離からの致死の一撃という役割を使い分けている。


 遠中近、弓を左右で持ち帰ることで全ての距離で戦えるようにしたオールラウンダー。

 それがテトちゃんなのだろう。



 なら。俺は後ろにいる男へと目を向ける。

 リィル様と呼ばれたその男は、確かに様付けされてもおかしくはないような小綺麗な格好をしていた。貴族の青年であるかもしれないが、少し裕福なだけの一般人かもしれない。

 装飾は過剰ではないし、髪も服も少し土汚れがついているし、さらに荷物持ちをしている。

 判断に迷うところだ。


 一番あると思うパターンは、よくある『戦える性奴隷&冒険者』というパターンだ。テトちゃんが奴隷だから飼い主を様付けしているとしたら、ご主人様に荷物持ちをさせるわけにはいかないから、奴隷を買うほどお金があるから自分の身なりにも金を回せるから……。

 そう考えると納得は行くものの、別の疑問も生じる。


 テトちゃんを買うほどのお金を、魔法職で稼げるのか……? 若い女の奴隷は高いというのはある意味常識だ、需要が高いわけだし。しかもテトちゃんほどの美少女ならなおさら高いはずだ。

 しかも自分の身なりにも金を回せる……そんな冒険者が、荷物持ちを雇っていない。


 ちぐはぐすぎる。



「ナズナ、あの弓兵……テトって子とリザードマンが1対1で戦ったらどっちが勝つと思う?」

「うーん……正直、テトちゃんの方が強いと思う。でもね、勝率的には4割かな」

「そんなに高いのか?」

「でもね、リザードマンを2体3体と増やすと勝率は下がるの。リザードマンは味方が邪魔で素早いテトちゃんを捉えられないけど、テトちゃんは2体を同時に攻撃できるから、大体3割くらいになるかなぁ」


 1階層をうろうろしていたゴブリンが、テトちゃんに遭遇して矢を叩き込まれてる様子を眺めながら、ナズナがそう言った。

 俺的にはリザードマンの勝率は2割程度だと思ったが、ナズナはさも当然のように俺の予想よりも良い結果を提示した。

『戦略家』が上手く機能した、のか? それともナズナの過去による経験や、サポートキャラとしての知識か? ……もしくはただの勘か。

 スキルが発動したらログかチャットなんかで『発動しました』ってわかるようにしてほしいものだ。そうでないと判断に迷う。



 よし、とりあえずの防衛方法は決めた。

 2階層のスライム沼で疲弊を誘い、3階層でできればテトちゃんとリィルって男を分断、リィルはハウル率いるゴブリン集団が、テトちゃんはイグアナが戦闘に持ち込む。


 今回はそこにナズナも投入する。


 まずはテトちゃんの殺害、もしくは無力化をする。

 リィルは男だし、絶対男殺す罠ことペコちゃんで倒すこともできるし、テトちゃんを人質に投降を求めてもいい。相手が男ならやりようはいくらでもある。


 今回ばかりは最大戦力を投入し一気に叩く。

 それでもしネームド……その中でも幹部クラスと呼んでも問題ないような眷族が負けたら、もはや諦めもつくというものだ。


「ナズナ」

「うん、なぁに日向くんっ」


 呼びかけると嬉しそうに笑顔を浮かべてはこちらを向く。

 彼女を戦地に送り出して、もしも二度と帰ってこなかったら……そう考えてしまい、咄嗟に『凍心』を使いそうになる。


「……今回ばかりはナズナも戦闘に参加してもらう。戦えるってことがわかったからな」

「ーーえ、いいの?」

「ああ、頼む」


 ナズナには3階層に向かってもらう。予定では4階層でリィルを、e階層でテトちゃんを倒すつもりだがどうなるかはわからないし、いつそこまで潜ってくるかはわからない。

 転移だってタダじゃない、自分の足で迎えるところは向かってもらおう。……俺だって牢屋まで行くのは徒歩なんだぞ。



 気持ちを切り替える。

 俺は腰に剣を吊り下げ、ヌリカベの上で手を組み、ゲンドウスタイルをとった。

 いつものダンジョン防衛の体勢だ。これでこそ頭も十全に回るというものだ。



 まずは1階層で監視をする。ここでは罠の判別の有無を見分ける。

 この1階層は呂の真ん中が2つに増えた、梯子のような形をしている。

 奥に進むにはどうしても2本道のどちらかを通らなければならない仕組みだ。入って左方向では一見行き止まりのように見えるが、そのまま進むと通路となってる、ある種幻覚で塞いでいるような隠し通路。

 右方向では超原始的な、落とし穴になっている。しかし穴はパッと見わからないし、ゴブリンたちの重さには耐えるから逃げ惑うゴブリンを追いかけて落ちる、なんてことが起こりうる。

 落とし穴の底にはイケメン指揮官の武器を生やしておいたので、まあ上手く刺されば致命傷だろう。


 彼らが進んだのは左側だった。


「……行き止まりのようですね」

「いや、よく見てごらん。ここの壁、繋ぎ目が少しずれてるだろう?」

「あ、ホントです!」

「うん、だからこうしてーー腕を伸ばせばすり抜けるんだ」


 ここは青空教室ならぬ、洞窟教室ではないぞ。殺れ、隠し通路に忍ばせておいたゴブリンA。

 俺の指示でゴブリンAはこん棒を降り下ろす。流石に見えない敵からの攻撃を避けることはできないらしく、右腕を強かに打たれていた。が、流石に折ることはできなかったらしい。


「ーーいたっ」

「リィル様!」


 木の棒で全力で叩かれて『いたっ』で済むとか筋肉ダルマかよ。

 ゴブリンに伏せるように命令する、とギリギリでテトちゃんの放った矢を避けさせることに成功する。

 向こうは目隠しで矢を射るようなもの、一方こちらは遠隔操作のカメラを見ながら避けるようなもの。

 その差は同じようで、大きい。

 よし、そのまま匍匐で撤退してこい。隠し通路を抜けて仲間と合流したら後ろに回り込め。ボス部屋に入らずに帰ろうとしたら追撃できるように待機。


「まさか敵が隠れてるとはねぇ……ゴブリンたち用の通路だったのかな?」

「だ、大丈夫ですかリィル様……」

「ああ、うん。これくらいなら回復できるよ」



 ……なるほど、リィルは盗賊、荷物持ち、魔法使い、僧侶とごちゃ混ぜの器用貧乏か。

 そのうち唯一の不器用が『火力』だったんだな。だからテトちゃんを入れてバランスを取ったんだ。

 だが、なぜもっとメンバーを増やさない? テトちゃんがいるなら盾持ちのタンク、攻撃特化の剣士を入れればそれこそバランスが取れる気がするんだが。テトちゃんにもリィルにも負担は少ないし。


 ……ま、関係ないか。きっと人間関係がめんどくさくて、奴隷しか信じられなくなったとか、そんなところだろう。

 ウィンドウの中では、二人がボス部屋へと入っていくところだった。




 ナズナの意見を参考に、1階層のボス部屋にはホブゴブリンのみを配置し、取り巻きのゴブリンたちは1階層の中に散らばらせる。

 もし2階層で引き返そうとしても多少の足止めはできるはずだ、そしたらその間に次善策を考えて実行する。無理だと思うが。


 とりあえずはホブゴブリンVSテトちゃんの一騎討ちだ。開幕で遠距離射撃で殺されないように、ホブゴブリンには壁際に潜んでいてもらう。


 ーーカツン


 ドアが開けられたと同時に左手で持たれた弓から矢が放たれた。先制攻撃は予想していたため、ホブゴブリンには当たることなく、壁に当たっては心をヒヤッとさせる音を鳴らすばかりだった。


『ボスは倒されてるのかな?』

『……いえ、扉がしまっていたのでどこかに隠れているのかと思います』

『うーん、ちょっと暗くてわからないなぁ』

『お下がりくださいリィル様、私が探してみます』


 色々と気になる発言はあったが、今は彼らの状況に集中しよう。

 意図せず、彼らは離ればなれになった。が、そのまま分断し、各個撃破するという準備はできていない。

 一個の手としてはゴブリンをたくさん並べて、壁を作っている間にイグアナ、ハウル、ナズナの3体でリィルという男を倒す方法だが、テトちゃんが壁を突破する可能性が高い。


 不用意に手を出して仕返しを食らうのが怖いが、こちらから仕掛けないと不利な状況がさらに悪化していく。


「スライムA、前進」


 テトちゃんが壁際をぐるっと回って敵を探している。偶然か運命か、ホブゴブリンが隠れているーーというか隅っこで蹲っているーー場所とは反対方向から回っている。

 そのため、テトちゃんがホブゴブリンを見つけるまでには数秒のラグが発生する。


 天井を這うスライムが、じりじりとリィルへと迫る。天井から飛びかかり、口と鼻を塞いでもいい。体内に入り込んでもいい。体液で目を攻撃してもいい。

 思いの外最弱でも嫌がらせはできそうだと特攻させたが、いかんせん動きが遅い。


 ホブゴブリンがみつかるのが先か、スライムがリィルの真上に着くのが先か……



 運命は、まさかの俺たちを味方した。

 テトちゃんが部屋の隅で動かずに隠れた気になっているホブゴブリンを、見つけられずにスルーした。

 これには俺もホブゴブリンもびっくり。スライムがようやくリィルの真上に到着して、垂れ下がった瞬間。リィルが歩き出し、テトちゃんと合流した。


 スライムはそのまま地面に落ち、それを合図にしたかのようにホブゴブリンが襲いかかる。テトちゃんは敵を見つけられず油断しており、リィルも無警戒に近づいてきている。

 一撃必殺は無理でも、リィルにダメージを与えるか、捕縛するか……なんらかのアクションは取れるだろう。


 頑張れホブゴブリン。

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