旅人 白鳥 恵子 Lv.6 ②
リザードマンは、今までに会った魔物よりも……下手すれば羽リンよりも強いと思う。羽リンに睨まれたときの殺気がバカバカしく思えるレベルで睨まれる。気を抜くとへたり込んでしまいそうだ。
──先に動いたのは、リザードマンだった。
いや、むしろあいつが動くまで私たちは動けなかったというのが、正しいのかもしれない。
私が前に出る。今までクロノスのステータスを確認しなかった……させてもらえなかった?のが災いした。
クロノスがどのくらい強いのか分からない以上、防御特化の私が防ぐしかない!
あいつの武器は大きい、刃渡り1メートルほどの武器は威圧感こそすごいが軌道を読みやすい。止められる、防げるはずだ。
『GAAAAAAAAA!!!』
「ハッ!──っ!?」
切り払いに対して私は軌道に槍を差し向け、受け止めようとしたが、リザードマンが踏み込みを小さく変え空振りした。しかしリザードマンは止まらない、そのままの勢いで回転し切り上げてくる。技で負けてる?
──ガキィィィン!!!
金属音。私の防御が僅かにリザードマンの攻撃力を上回った!
しかし私の身体は宙に浮いている、それほどの衝撃だった。
「滅槍グングニルッ!」
切り札。なんなら一撃で戦いを終わらせられる唯一の手札を躊躇もなく切る。風を切り飛ぶ槍は──ダメ、黒い靄を纏ってない!
『ガァァァ!』
クロノスがブレスを吐く。リザードマンは槍を避けようとしていたがそこにブレスを吐かれたことで、避けるのではなく耐える方向へと切り替えたらしい。
槍が弾かれ、火で炙られようと軽く焦げ目がついているだけだった。舌打ちしたい気分になる。
地面へと着地した私は手斧を召喚しつつ槍へと進もうとする。が、リザードマンは下卑た笑い声を上げながら槍を拾い上げた。……取られることを想定していなかったわけではないけれど、こいつに取られたのは厳しい。逃げるに逃げられない。
でも、必然的に狙うのは腕と決まった。なんとかして槍を奪い返して、刺突を使えば、もしかしたら。
左手に持った槍でクロノスを、右手に持った曲刀で私を攻撃しようとするけれど、そんなの上手くいくはずないでしょう。
右腕に組み付き、手斧で間接を狙う。何度もガンガンと降り下ろすけれど、薄皮が切れた程度しかダメージを与えられないなんて。この世界はステータスがあるせいで地球の常識が通じない、そんなの解っていたはずなのに。
『ガギィ』
クロノスの声なのに、今まで聞いたことのないような音。
そちらを見るとクロノスの身体がぶれた。ビシィ、バチィとリザードマンの身体を何かが攻撃している。きっと、クロノスなんだろうけれど。なに、この技、私知らないよ……?
『GYAGYAGYA!!』
クロノスの動きが止まった。身体から血が何ヵ所か出てしまっていて、それでいて息も荒いけれど、クロノスは戦いを諦めたわけではなさそうだ。
リザードマンがまた両手で別々の武器を扱うけれど、曲刀の精度も悪くなっているため私たちにはありがたいことだった。キレたリザードマンが槍を投げ捨てたので、これ幸いとそれを取ろうと跳躍。
跳躍して……罠だということに気がついた。リザードマンだってわかるはずじゃないか、槍を捨てたら私がそれを取りに行くってことくらい。なら、そこを狙えば少なくとも確実な一撃は当てられる……?
『ガギィッ!』
クロノスがまた知らないスキルを使って攻撃しているけれど、リザードマンは気にした様子もなく、大きく振りかぶった曲刀を私の頭へと降り下ろす──
「ぁぁぁァァぁぁ──ッ!?」
なんとか頭は庇うことが出来た。出来たけど、左腕が折れてる。それに地面に強く叩きつけられた衝撃で頭から血がダクダクと流れ出している……右目に血が入り、上手く距離感が掴めない……っ!
「流浪が、無ければ……死んでたんじゃないかな……っ」
立ち上がる。リザードマンが私の方へと槍を蹴飛ばす。……バカにしてるよね?
いいよ、殺ってやる。生きたまま石ころみたいな小さな形に折り畳んでやる。お前がどれだけ攻撃しようと、あそこまでの大振りじゃないとダメージにはならない。なら、私の魔力が尽きるまでグングニルを当ててやる。
「クロノス、きついだろうけどそのまま『裂壊』を続けて、仕留めるよ」
『ピィ!』
クロノスの固有スキル『裂壊』は、いわば自壊技だ。自分の体力と魔力をコストに支払うと確率で防御無視のダメージを与える。しかもこれ必中だ。
そして私のグングニルも理解する。
確率はあれだけ使い込んで1%の即死効果、たぶんこの先使い続けても即死確率は上がることが無いんだろうけど。それに固定ダメージを10与えるけれど、これまた確率で自身の武器を破損させる。
……まあいいよ、どちらにせよこの2枚の手札しか有効打を与えられないのだから。
リザードマンの突進、そのまま私を突き刺す気?いいよ、避けないであげる。だから私の槍も避けないで?
「滅槍グングニルッッ!!」
『GAAAAAAAAA!!!???GUOOOOO!!!!』
「ああ、サヨウナラ。痛いかもしれないけど、どうせ死ぬから受け入れて?」
私の胸元で止まった曲刀と、リザードマンに突き刺さり黒い靄を噴出する私の槍と。どちらが勝ったなんて言うまでもない。
いまだに暴れるリザードマンの手足に靄が巻き付いたかと思うと力任せに折る。すごいね、指を20本全てを1秒間隔で折っていくなんて。しかも第一関節を折り終わったら第二、第三と折っていく。手首も足首も肘も膝も肩も股関節も全て丁寧に折り曲げたら次は背骨を折っていくんだね。海老反りで頭がお尻にくっつくほどに曲げさせるなんてカッコいいね、神話を歌われるスキルはやっぱりすごい。これからも使わないとね。
あ、でもリザードマンもすごいね。関節全てをねじ曲げられて全身複雑骨折ってレベルを通り越してるのにまだ息がある──ああ、なるほど、これダメージ判定が無いのか。即死ってだけの演出で、この演出が終わるまで痛みはあるけど死ねないし気絶もできないなんて、本当に、本当に素晴らしい技だ。
ん、もう最後?圧縮するんだって。
身長2メートルにもなろうかという大男を直径2センチの球にまで圧し固めるんだって。しかも、完全な球になって演出終了……つまり心臓よりも小さくなってるのにまだ死なせてもらえない。
どう?リザードマンさん、痛い?私に攻撃した反撃としてはやり過ぎかなーって気もするんだけど、どっちにしろ殺してたんだしそれが痛いかとても痛いかの違いでしょう?アハハはは!!!
──カラン。
球体が床に落ちて、戦闘は、私の反撃は終わった。
「クロノス、食べてもいいよ」
『……ピ、ピィ?』
「うん、遠慮しないで。私に使い道は無いんだもの」
『てれてれててててん』
ファンファーレ、か。本当に戦闘は終わったんだという気持ちになるね。……ただでさえ赤く染まっていた目の前が、ぼんやりと霞む。
『残り時間4時間29分48秒01……』
そんなに残ってたのか。私ってすごいんじゃないかな。
『現在のレベル7、次のレベルまで2794EXP』
『残り時間6時間59分59秒』
もう意識を保ってられない。
体力が半分以上削り取られた現状、疲労やストレスも合間って、もう指先さえ動くことがない。
……クロノス、少しの間、守ってちょうだい?
私は意識を手放した──
──────────────
「タリナイ……」
先程ファンファーレの音を聞き、またあの憎き少女を倒すための力を……人間を滅ぼすための力を手にしたリトルラグエルのコルァは、迷っていた。
森のゴブリンではもうレベルを上げるのは厳しくなってきた。しかしここから大きく移動してしまうと人間に見つかり逆に滅ぼされてしまう可能性がある。
確かにもう自分の力はそこらのひよっこを一網打尽に出来るほどではあるが、全てに勝てるとは思っていない。それに目標は自分の攻撃力の大半を削るほどの固さの少女だ、この程度で自惚れるはずがない。
「ゴブリンタチヨ……」
『ギギィ!ギィ!』『ギィギィ!』
「ツヨキマモノノ、イルトチヲ、サガセ」
ゴブリンたちが一斉に散ってゆく。コルァは折れず、曲がらずの三叉槍を構え直した。この森には数こそ少ないがウルフやグレムリンもいる。沿い面を倒せばまだ上を目指せる。
「マッテイロ、コムスメ……!」
『キィ!キィ!』
ちょうどその数が少ないグレムリンが現れた。
「グオオオオオオオオオオ!!!!!!」
森に彼の咆哮が響き、その声は街まで届いた。
──物語はまだ動き続ける。
恵子ちゃん「……バカにしてるよね?」
即死確率1%
(サイコロコロコロ…)01。即死発動。
ボク「なんだよそれ!?ボスだぞ!一応階層主だぞ!?」
この展開細工したのではないかと思うほどに綺麗に決められて恵子ちゃんを怒らせないと心に決めた。
ごめんなさい。そしてクロノスに『リザードマンの塊』食べていいって言ったときね、あいつ遠慮してたんじゃなく君にドン引きしてたんですよ……?




