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ダンジョンコア 間宮日向 Lv.3Last

 冒険者になりたくてなったわけではない。


 俺も、ロナも同じ村の出身で。本来なら村の外に出ることなんて考えていなかった。

 自分達の世界はこの村だけで、来る日も来る日も同じような日常を繰り返し、たまに外から訪れる商人相手に作物を売っては香辛料などを仕入れるだけの人生なんだと思っていた。

 そして、それに不満を思ったこともなかった。


 本来なら俺とロナも、関わることがあっても世間話が精々で、恋人になることなんてなかったはずだった。

 俺たちが初めて会ったのは、小さな丘の上だった。


「飽きないの?」


 それはおそらく、幼心に思った、ロナの本心だったのだろう。

 そこそこ太い枝から自分で削り出した不格好な短刀を握っては、毎日毎日素振りをしている俺は、確かに女からしたら理解不能な物だったのかもしれない。


「お前みたいにただ座ってるのは性に合わない」

「私は本を読んでるの」

「似たようなものだ」


 どちらが先にこの場所にいた、なんて言い合う気はなかった。

 調度いい場所だから使っていたが、いつからか相方がいた。しかもそれが自分より先に来たのか、自分より後に来たのかもわからない。

 最も、話す気もなかったから自分のすることを淡々としていただけ。


 俺は木刀を振り続けた。

 ロナは本を読み続けた。


 夕方になれば何を言うでもなく自分の家へと戻り、次の日にまたいたところで、邪魔でもなければ必要でもなかった。

 そんなそんな淡白な関係だった。



 そんな関係が変わったのは、彼女の腹の鳴る音が、偶然にも聞こえてしまったから。

 たったそれだけだった。


「腹減ってるのか」

「な……っ べ、別に平気よ!」


 顔を赤くして反論する彼女を見て、別に気にすることでもないな、と無視しようとして……ひとつ思い出した。

 俺は昼飯用に弁当を持ってきていた、けれどこの女が弁当を食べているところを見たことはないな。


「お前の昼飯はなんだ?」

「……なんだっていいじゃない」

「そうだな。……いや、そうじゃない。半分ずつ交換しよう、たまには他のが食いたい」


 反射的に肯定の言葉を出してしまったけれど、すぐに取り消した。

 家業を手伝わない俺は、昼飯のリクエストなんかできる立場ではなかった。だからたまには他の飯が食いたかった。


「……無いわよ。持ってきてない、私は朝も昼も食べてないの」

「……そうか」


 その言葉を聞いて、少し残念に思った。飯はいつも通りのものから変わらないのか、と。

 そして次に考えたのが……この女はなんで飯を食ってないんだろう? だった。


 そこでようやく、俺は『いつも木陰で本を読んでいる女』を認識した。

 髪は肩口くらいで揃えられているように見えるが、自分で切ったのだろう。よくよく見るとボサボサだ、手入れもろくにできてないのだろう。

 そして体格は、同年代に比べても小さく、そして細かった。

 そういう女に、心当たりがあった。


「お前んち、農家か?」


 農家の娘は、大抵悲惨な扱いを受けるのが、この村だった。

 息子なら畑作業に駆り出されるが、力が弱い娘は穀潰しとして売られるか、もしくは殺される。

 うちは農家ではなく調剤師だから男も女も関係ないが……


 こくり、と彼女が頷いた。

 それは俺の予想が当たっているということでもあった。

 俺は自分の弁当を取り出した。


「半々だ、それ以上は出せない」

「は……?」

「半分やる」


 自分でもなんでこんなことをしているのかは謎だった。

 けれど、少なくとも一ヶ月か、二ヶ月か。そのくらいの期間一緒に暇を潰した奴に冷たくするほど、俺は冷めてなかった。


「なんでこんなことをするのよ」

「もちろん交換条件だ。本が読めるなら文字も読めるんだろ?」

「まあ、そりゃあ……」

「なら俺に文字の読み方を教えてくれ。報酬は毎日俺の飯を半分分ける」


 いま思えば、それはロナのためではなかった。

 確かにロナのためにもなっていたのだろう。けれどその本心は、姉を見返したいという一心だった。

 腹をすかせているときに目の前に飯をぶら下げられたロナは、その条件を飲んだ。

 今まで関わりのなかった俺たちは、その日から友達になった。




 ふわりと香る匂い。

 いつの間にか閉じていた瞳を開くが、視界は暗い。


「マティ……っ しっかりして、マティッ」


 ロナの声。ああ、そうか、間に合ったのか……

 俺は抱きしめていたロナを、さらに強く抱きしめる。そこにロナがいることを確かめるために、ロナが自暴自棄に至らないように。


 どちらの目かはわからないが、片目だけがぼんやりと視力を取り戻していく。


 衝撃。


 俺の周りにはいくつものゴブリンの死体が転がっていた。

 そして、俺の背中にこん棒を振り下ろす複数のゴブリンの姿が見えた。


 こうなった理由は簡単だ。

 俺は負けたのだ。複数のゴブリン相手に時間稼ぎさえできず、死に際にロナを庇うことしかできなかった。

 右腕はホブゴブリンに叩き折られた。かろうじてナイフは掴めているが、もう腕を振るうことはできないだろう。

 そしてもう片腕ではロナを抱きしめている。


 反撃はできない。ただ、ゴブリンの攻撃がロナに届かないようにこの肉体で防ぐことしかできない。


「ごめ……ん、な……」


 俺があの時、お前を村から連れ出さなければ。そう思ってももう遅いのだろう。最後まで責任を取ることさえできず、俺はダンジョンに食われる。


 もう、目も見えない。ロナが泣きながら俺を抱き止めてくれている。

 痛いんだ。背中が、裂けているのだろう。熱くて、血が流れてるのがわかる。命があふれでているのがわかる。


「置いていかないでっ マティが死ぬなら、私も死ぬッ」


 ロナの声だけが聞こえる。

 自暴自棄になるな、とか。

 お前がそうしたいならそうしろ、とか。


 口を動かそうとしても、息が漏れるだけだった。

 あぁ、でも。

 道半ばで倒れるとしても、お前と一緒なら満足できそうだ。これも俺のわがまま。

 ダメな彼氏だな、俺は。



 そっと、小さな手が俺の右手に触れる。

 いつも触る手が、俺の右手を包む。そこでようやく、俺はまだナイフを握っていることに気づく。

 お前も死ぬというのなら、俺がお前の命を貰う。それが俺の罪で、きっと赦される唯一の道だ。


 コクリと頷く。

 例えナイフをもう振るう力が残っていなくても、意思を伝える術が残っていないとしても。ただナイフを突き出すくらいはしてみせるさ。


 小さい手が誘導する。

 それに抵抗するでもなく、ただ誘導された場所から、ほんの少しナイフを突き出すだけ。

 ああ、それでも、これだけは伝えたかったんだ。


 今まで恥ずかしくて一度も言ってやることができなかったけど。

 どんなにわがままを言っても、言われても、この気持ちだけは変わることがなかったから。

 だからさ、俺は――


『あいしてる』




 腕へと何かを叩きつけられた。

 ロナへと刺そうとしていたナイフがどこかへ飛んでいったのがわかった。

 ……ダンジョンは、俺たちを満足の行く死に方さえさせてくれないというのかッ


 横倒しにされた。腕の中からロナの体温が消えた。

 耳も満足に聞こえない。だけれど、ロナの悲鳴だけは聞き取れてしまう。

 腕も動かない。目も見えない。魔力も扱うことはできない。

 俺は、死に際に愛する女一人守ることもできないのか


 なあ、頼むよ。神様ってのがいるなら、死に際のちっぽけな俺の言葉くらいさ、聞き届けてくれよ……

 生きたいとは願わない。

 例え地獄に送られてもかまわない。


 ただ、ロナだけは助けてやってくれ

 俺はどうなってもいい。ロナだけは


 あいつだけは――





 俺はたまらずウィンドウを消した。

 が、すぐに自分にしか見えないように設定して再表示する。不自然にならないように、視界の中心に現れるようにする。

 透明度の設定、そして瞼を閉じても見えるように設定する。



 画面のなかでは、マティがまだ生きていた。

 折れた腕を必死に伸ばして、ロナを助けようとしていた。ロナも抵抗していた、ハウルを押し返そうともがき、手足をゴブリンたちに抑えつけられて服を引き裂かれても心だけは屈することなく、ただマティを助けようとしていた。


『自分は死んでもいいから相手を助けたい』


 ロナはマティの生を願い、

 マティはロナの生を願っていた。


 それをハウルは笑顔で踏みにじる。

 心中を防ぐためにマティの腕を折ったのもハウルだ。

 ロナを率先して犯しているのもハウルだ。


 ……けど、それを命令したのは?



「……仕方なかった、だよね?」

「ここはダンジョンだ、死ぬ覚悟くらいしてたはずだ」


 いつも以上に沈んだ表情のナズナ。

 まるで自分に言い聞かせるように、仕方なかったと口にした。俺はそれを肯定できない、けれど、否定してもいけない。


 肯定すればマティとロナを殺した罪から目をそらすことになる。

 否定すればナズナを責めることになる。


「……侵入者を殺さなくても済む方法って、あるのか?」


 わかりきったことを聞いた。

 侵入者が入ってきて、彼らが帰っていったとき。俺たちには撃退ボーナスとしてDPが手に入る。

 そして生き続けるためにレベルアップするためにはptを使わないといけない。ptは侵入者を殺害したときに手に入る。

 そして何より、pt→DPという変換はできても、その逆は不可能だ。


 ptを手に入れるためには侵入者を殺さなければならず、ptでしかレベルアップすることができない。


「……ない、よ」

「なら仕方なかった。これしかなかったんだ」


 なにが仕方なかった、だ。


「ナズナはもう見なくていい、今日はもう休もう」


 人の命を奪って、

 女の尊厳を踏みにじって、

 こんなことをして得られるのがたった数日の命か。


「日向君は……?」

「二人を殺してptが手に入った、レベルアップをする」


 なあ、頼むよ。

 もうこんなことやめさせてくれよ。もう十分神様の手のひらの上で滑稽に躍り狂っただろう?


「レベル4か、DPも手に入ってるから新階層も作らないとな」


 きっと俺が一人でこのダンジョンを経営していたなら、すでに諦めているんだろう。

 どれだけ決意しても打ち砕かれ、捨てたはずの日本の価値観に精神を磨り潰される。


 自分の手を血にそめるのはなんでだ?

 俺はなんでこんな残酷なことをしてる?


 ナズナのためだ。

 この子は何も関係ないのにこんな地獄に送りこまれている。それを助けられるのは俺だけだった。

 だからさ、ナズナにお願いだ。

 命令もしない。けして口にも出さない。心の奥底でひっそりと思ってしまったお願いがある。


 俺たちの……いや、俺のために今すぐ死んでくれ

 お前さえいなければこんな地獄から解放される


「大丈夫だ、ナズナは俺が守る」

「……うん、ありがと」


 お礼を言うナズナの表情は、けして明るいものではなかった。

最後の最後までダイスの女神は残酷だなぁ(他人事)


そろそろ本気でダンジョン攻略隊組ませます

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