ダンジョンコア 間宮日向 Lv.3⑧
20日も更新してなかったのか……
次話は1週間以内にはなんとか
ウィルはあまり良い顔をしていなかった。
……イケメンとかそういう話ではなく、ダンジョンの調査を続行することに対して、あまり好意的ではなかったという意味で。
けれど、私は強くダンジョン攻略を推した。
一秒でも一瞬でも早く、こんな化け物のお腹みたいなダンジョンを壊すために。
マティも、ロナも。入り口で引き返すのは勿体ないとダンジョン攻略に賛成した。
ウィルは『だめ』と言ったわけではない。『反対』に一票入れただけだ。
つまりそれは他三人が『賛成』なら自分が折れる、という意思表示でもあった。
彼は人間不振であって、コミュニケーション障害者でも自己中心的暴君でもない。
「メフォナ、せめて詳しく説明してください」
「化け物に見られてた、私たちが化け物を倒せないとしても誰かが倒せるように情報を集めたい」
「……化け物?」
化け物は殺さないといけない。
それはもはや、私の中では決定事項であり、最優先事項でもあった。
けれど私は冷静だ。
私が化け物を倒さなければいけないわけではない。私が持ち帰った情報で、どこかの誰かが化け物へと致死の一撃を放てるのだとしたら。
きっと私の勝ちだ。人類の勝ちだ。
「メフォナ、落ち着いてください」
「私は落ち着いてる」
「剣を構えたまま、殺意を漏らして言う台詞ですか?」
私は自分の体を見下ろしてみる。
簡素な皮製の防具に守られた貧相な肉体から伸びる腕は、確かに愛用の両刃剣を握りしめていた。
血管が浮き出るほど、強く握りしめていたことに気付き、両刃剣を鞘に戻した。
手をグーパーとして力を抜くと、疲労が痺れとして襲ってきた。
……自分の状態を認知できないのに、冷静? ほんとに?
「やっぱり少しおかしいですよ、メフォナ」
「そう、かもしれない。……でも攻略は続けるよ、ウィル」
ウィルの顔を見る。目を見て、きちんと意見を言う。
大丈夫、私は冷静だ。私は――今も感じる恐怖に、負けたりはしたくない。
「しっ 敵だ、ゴブリンが4体。まだ気づかれていない」
マティが低い声で私たちを制した。
私は鞘にしまった両刃剣の柄を握り、みんなの顔を見回す。
「気づかれていないなら通り抜けるべきでは? 洞窟タイプではないので挟み撃ちを警戒する必要も薄いように思います」
「んー……4体は避けた方がいいんじゃないかなぁ」
ウィルの進言と、乗り気ではないロナを見て、私は焦る気持ちを抑える。
私としては、前衛2人で2体ずつ相手にすれば問題なく対処できると考えたのだけれど、リスクが高いのは確かだ。
ステータスの補正があるとはいえ、ゴブリンでも命を落とす可能性は十分にあるのだから。
「……わかった、迂回する。マティ、どっちに行ったらいい?」
「そう、だな。……他に敵は見えない、見つけ次第止める。いつも通り決めてくれ」
マティが少し困惑しながらも頼りがいのあることを言ってくれる。けれど、ウィルもマティも私の不調を悟ったらしい。
それでも止めないというなら、私は遠慮なく進むだけだ。
ダンジョンの探索を続ける。
私たちはマッピングの技術を持ち得ないとはいえ、大体の地形や進んだ方向を覚えている。4人全員で意見を出し合いながら仮のマップを作成する。
『ここには目印を置いた』
『その目印からこの方向へ進んだら目印を見つけた』
『この辺りはまだ探索していないはず』
私たちは森を探索するときに目印を置いておく。それは左右非対称にされた白い蝶結びのリボンだ。
地面に置いておくことで、結び目の形からどっちから来てどっちに進んだのかを判別することができる。道を曲がるときにそれを地面に置く。
他にも白いわっか状に結んだリボンを、私の歩幅20歩間隔で置いていく。ウィルの歩幅では16歩、ロナの歩幅では21歩だけど、基本的に設置するのは私だ。
私たちなりのマッピング方法で、あまり効率がよくない方法だけれど、はぐれた際の道標になるのだから、と使用している方法だ。
これは当然、帰る際に回収しておく。そうでないと少ない資金の減りが凄まじいことになってしまうから。ただ、緊急時は捨てていくので今回はそうでないことを願うばかりだ。
もちろん、これのマッピングを行うために、いくつか確認する必要がある。
それは、そのダンジョンもしくは原生生物が目印を持ち帰ったり動かしたりしないかどうかということだ。
それの確認はマティが行う。
一番視力の高いマティが見つからないように魔物を見つける。その魔物の目の前に目印を放り、反応を伺う。
持ち帰るようなら目印は使用しない。
手に取ったり動かしたりしたら目印は信用しない。
興味を示すものの、手に取ることもなく放置なら目印を過信しない。
今回もゴブリン1体を相手に実験を行っている。そのゴブリンは興味を示したものの、手に取ることもなく立ち去った。つまりこのダンジョンでは一番最後の『目印を過信しない』という方針で動くことになっている。
まあ、ここはダンジョンだからね。
明かりがないからどれほどの時間が経ったかはわからない。それでもけっこう長いこと探索していた気がする。
マップも大半が埋まった。もはや目印を回収して撤退するところだ。結論からいうと、一階層に生存者はいない。いるとしたらボス部屋の向こうか、息はしていないか。
マップ隅のところにゴブリンの巣と思われる場所を見つけて引き返したり、恐らく番のファンガスを発見したりと問題はあったが、一度も戦闘はしなかった。
マティが敵より早く、遠くから見つけたということもある。
ウィルが戦闘を嫌ったというのもある。
生存者を見つけるために探索を優先したというのもある。
だが、一番大きな問題があった。ロナだ。
私は極力気をつけてロナへと視線をやる。気づかれないように、不自然にならないように。
ロナはいつもの元気な様子ではなく、最初のような不安げな様子でもなく、不機嫌だった。
周りの警戒をするでもなく、何を話すでもなく。その感心はマティと、私へと向いていた。
原因は、わからなくはない。
ただ、マティが気づいているかどうかが問題だ。
「ッ!? 敵だ、前方4!」
マティが叫ぶ。今までのように静かに警告するのではなく、戦闘は避けられないと悟っているような声。
すまん、反応が遅れた。と彼は呟き、反省の色を漂わせるが、ウィルの声がその雰囲気を吹き飛ばした。
「後ろからも来てます! 同じく数は4!」
――挟み撃ち。
それは、ダンジョンが仕掛けてきたことを意味していた。
ほんとうに……ほんとうに、ダンジョンは狡猾だ。
私の不調だけでは息を潜め、小手調べのような魔物だけを並べてきたのに、ロナの不調が重なった瞬間に、仕掛けてきた。
ダンジョンに意思のようなものがあるとしか思えない。
「待て、左からも来てる。……囲まれてるぞ」
「一度固まって。背中合わせに」
マティが後方確認をしようとして、増援を見つけた。
私たちは今、前と後ろ、そして左からゴブリンの強襲を受けている。もう距離は近い。
「……右は?」
「ダメです、そっちはボス部屋です」
「応戦は?」
「避けたいところですが、するしかないでしょう」
ウィルが応戦の許可を出した。
ゴブリンの数は12。対してこっちは4人。ウィルとロナは後衛で、私に関しては味方が近くにいると満足な攻撃ができない長物だ。
「いつも通り。マティとウィル、私とロナの二手に別れる」
「――やだ」
そう呟いたのは、今まで不機嫌だったロナだ。
「やだ、マティと一緒に組む! もう我慢できない!」
「でもロナ、マティより私の方が被弾する可能性が高い。ウィルよりロナの方が適任――」
「そんなの知らないッ!」
ゴブリンが迫る。焦る私はその甲高い声で失敗を悟った。
生き延びる可能性が最も高い手は、使えないどころか私たちのチームワークを破壊した。
次善策を選ぶのではなく、最善手に固執したばかりに、フォローすることもできなくなっていた。
ウィルに助けを求めるように視線を向けると、男子同士で何かの対策案を共有し合ったらしい。
ウィルが私の元へと駆け寄る。そのまま私の手を掴んで――
――逃げ出した。
「逃げますよ! これだからあいつらと組むのは嫌だったんだ!!」
「ウィ、ル……?」
私は彼の手を振りほどこうかと迷った。けれど、彼は私の手首を指先でカリカリ。……二度、引っ掻いた。
それの意味は事前に決めている。
『信じろ』
……でも、こんなの……信じられないよ……
マティ、ロナ。どうか、無事で。
「仕掛けて正解、か……?」
「みたいだね……」
ウィンドウを眺めながら、二人して後味の悪さに顔をしかめる。
俺はゴブリンをはじめとする眷族たちを操作して、相手を誘導した。ダニィとかいう男戦士のいる牢屋から遠ざけて、ある程度のマスには立ち入らせないように。
そうすることで眷族を転移させられる場所を確保させながら一階層を探索させることができた。
俺たちのダンジョン防衛は遠隔から誘導することが基本となる。今回はナズナと二人で誘導をメインに勉強すると話していた。
……最悪の場合ハウルを先頭に全力で魔物を押し付けるだけだ。
まあそんな最悪な事態には陥りそうにない。
安堵のため息ひとつ、俺たちはウィンドウへと視線を戻した。
相手はマッピングしているようだったが、特に目印もないぶち抜きの階層のマップなんか、出回ったところでどうにかなるという訳ではない。
ただ、彼らは自分たちで目印を作って階層の広さなんかを測っているようだった。……それを考えると階層を自在に弄れるって強みだな。
『逃げますよ! これだからあいつらと組むのは嫌だったんだ!!』
ウィルと呼ばれていた怪しい風貌の青年がそんなことを言う。けれど盗み聞きしていた俺たちには演技なのだと一発でわかってしまう。
その発言はロナと言う女に向けられたものだろう。双剣士がウィルを信じているからこそできる芸当だろうが……利用させてもらおう。
「ゴブリンA、ゴブリンBはそのままウィルを追え。CからLまではそのまま包囲だ。ファンガス部隊は一時撤退、ウィルに見つかるな」
「この二人は逃がすの?」
「今回は逃がす、おそらく二人を探しに戻ってくるからそこで応戦する。マップを持ってるのは双剣士だ、街に出たところで正確な情報は広まらない」
何より、多少の生存者がいてくれないと『国が全力で潰す価値がある』などと思われかねない。
目指すは油断すると死ぬ可能性がある程度の、手頃な狩場だ。
「……ごめんね、私はあんまり力になれないかも」
「いや、十分助かってる。俺一人だと見落としがあるかもしれない、二人で話し合って作戦を立てよう」
「うんっ 頑張るから!」
「支え合ってこその仲間だろ? 頼むぞ、ナズナ」
ウィンドウの中では双剣士が必死の攻防を繰り広げていた。
ボス部屋を背に立ち向かうことで、背中側の強襲を防ぐと同時に、女魔法使いを守っている。
代わりに三方向から迫るゴブリンを一人で対応せざるを得ない状況だ。人間の腕が二本しかない関係上、どうしても被弾するが、その度に魔法使いは回復魔法で支援している。
……よく見ると、薄い膜のような何かが双剣士の周りでゴブリンの攻撃を防いでいる。
双剣士は被弾を覚悟しているような表情だったり、魔法使いへとお礼をいう仕草から、その結界(?)魔法は魔法使いの仕業だろうと結論付ける。
「ファンガス部隊前進、敵を麻痺させろ。ゴブリンたちはそのまま攻撃を続けろ。麻痺したゴブリンは後ろに下げろ」
ウィルの目を掻い潜らせたファンガスたちをゴブリンの後衛として配置する。そのままゴブリンを巻き込む形で麻痺の胞子を噴出させた。
ゴブリンが全滅するのが先か、双剣士か魔法使いのどちらかが落ちるのが先か。賭けだ。だが、こっちにはいくらでもゴブリンの貯蔵はあるぞ?
『くっ!?』
『マティ! こ、のっ! ファイアボール!』
双剣士は被弾しながら、出来る限りのゴブリンのこん棒を受け流していた。しかし、そのこん棒に剣が刺さり、抜けなくなった。
それを見逃すゴブリンたちではない。
数本のこん棒が双剣士の体を叩くが、致命打にはほど遠い。片方の剣を抑えることに成功したゴブリンに命令を下し、双剣士の体勢を崩させるが、魔法使いによってこん棒が燃やされてしまった。
『……すまん、助かった』
『私はまだ、大丈夫……っ』
ゴブリンが火に対して、本能的な恐怖感から一瞬の休憩時間が生まれた。
双剣士は汗を拭いながら、しんどそうに肩で息をしている。
魔法使いは魔力切れだろうか……? こちらも息切れをしながら、双剣士に少し寄りかかっている。
「ゴブリン、前進」
「っ 日向くん、これ見て」
二人にまだ麻痺の症状は見受けられない。
そしてナズナの示すウィンドウを見ると――まずい、ウィルたちは入り口付近で追手が少ないためか引き返すことを選んだらしい。
そのまま外まで出てくれるだろうと予想したが、失敗した。今からゴブリンを送り込んだところで、間に合うかは微妙だ。
「ゴブリン2体はウィルの方へ向かい、時間を稼げ。残りで双剣士の相手だ」
双剣士に群がっていたゴブリンを一部入り口方面へと向かわせ、ウィルの足止めを行う。
目的は増援の到着と、麻痺の症状待ちだ。
捕虜……は、無理だろう。二人、せめてどちらかを殺してptにしておきたい。
「ハウルと、ゴブリン10体を『転移』。短期決戦だ、そのまま双剣士を倒しにいけ」
「日向くん、大丈夫かな……?」
「いや、たぶん無理だ。だからボス部屋に入らせたい」
ウィルたちが戻ってくる前に『ボスを相手にした方が楽かもしれない』と思わせられたら俺の勝ちだ。だが、四人が合流したらハウルを失うかもしれない。
賭けだ。こんな賭けのためにハウルを賭けるのは怖い。
でも、ナズナを死なせる方が怖い。
ハウル、ごめんな。精一杯の支援はする、負けてくれるなよ。
『ま、マティ! 敵の増援!』
『……このまま少し耐える。お前のところには一匹たりとも行かせない、回復は頼んだ』
『うんっ』
ロナはあたふたとしながらも、無駄な行動はしない。
マティも、何かを信じているかのようにその場から動こうとしなかった。まるで何も言わずとも救いの手が訪れるとわかっているような行動に、俺たちは少し焦りだす。
おかしい。ウィルとマティは状況的に多く話せなかったはずだ。
事実、彼らは「ダンジョンの外で落ち合う」という短いやり取りだけで別れていたのを俺は聞いていた。戻ってくる可能性は低かったはずだし、マティが予想できる理由がないはずだ。
ゴブリンの群れが、壁となってマティを襲う。
彼は避けることはできず、ひたすらにその攻撃を受け流していた。
得物同士をぶつけ、相手を壁にして、完全に力が乗る前の攻撃に自ら当たりに行く。
数本のこん棒は二振りの剣に払い除けられ、数体のゴブリンは味方が邪魔で攻撃できず、ようやく当てれる二、三本も、インパクトの前にすでに相手に当たっている。
ダメージを与えられないが、確かにスタミナを蝕んでいる。
ハウルが合流した。
それと同時に、ロナの方は麻痺の症状が現れ始めた。
彼女はまず膝をついた。緊張で腰が抜けたと思ったらしい、杖で立ち上がろうとして、片足が麻痺していることに気づいたらしい。
彼女はポーチから解毒薬らしき液体を取り出したものの、飲むことはせずにしまった。症状が悪化してから飲むつもりか、ただたんに数が少なくて温存したいのか、別の理由か。
『マ、ティ……麻痺するか、ら。気をつけて』
『……ああ』
ぶっきらぼうな返事。
今まで肩で息をしていたというのに、無理矢理に呼吸を抑えようとして、失敗していた。
息を止めながら戦闘を続けるのは無理だ。けれど麻痺が回るより先に打開するのも無理だろう?
詰みだ、王手だ。
「日向くん、あの人たちを捕まえたら、どうするの?」
「捕まえられるかはわからん。だが、できるだけ搾り取る」
即座に殺したらptだけ。捕虜にしてDPを搾り取ったあとに殺したらptも。
どちらがいいかなんてわからない。とりあえずはダンジョンの拡張のためにも捕獲したいが、全力で殺すことを優先して考えよう。
甘い考えで負けたら元も子もないのだから。
マティの剣撃で1体のゴブリンが殺され、咆哮をあげたハウルがマティへと迫った。
ウィルが合流するまで、まだ僅かばかりの時間が残っている。
読みづらい……読みづらくない?
最近サボってたからか、上手くまとめることができなかった
次回、『決着マティVSハウル!』
ダイスの女神は残酷。たった一回のダイスロールでキャラを殺すことになるのだから




