ダンジョンコア 間宮日向 Lv.3⑦
「……」
「…………」
ウィルは無言のまま進む。だから私も無言のままついていく。口数の少ない彼が、いつも以上に喋らないだけで、それはいつもの光景とも言えた。
だってほら。無意識か、そうでないのか。彼の歩幅はいつものように私に合わせて少し小さくなっている。
彼は村の大通りを進む、人通りはそこまで多くない。
言っては悪いが、ここは本当にド田舎のちっぽけな村という印象だ。お店はいくつかあるものの、店先に並んでいる商品も少なく、冒険に使えそうなものは置いていない。貨幣はあるものの、基本は物々交換らしく『採れた野菜をあげるからそれをくれ』といった信頼関係で成り立っているらしい。
村人全員が知り合いだからこそ成り立つ。そんな小さな小さな村。
ウィルの足はいつものように人の少ないところへと向かっていた。いつもと違うのは、目的にが近いってところくらいか。
「ついてこなくていいんですよ」
「うん」
ここで『ついてこないで』と言わないウィルは、本心では傍にいてほしいと願っているんだろう。
心を読めるわけではないから確かではないけれど、それでもなんとなくわかる。
「八つ当たりするかもしれませんよ」
「うん」
「もしかしたら殴るかもしれません」
「それでも――愚痴くらい聞きたい」
「……」
釈然としない、といった表情のまま。彼は足を止めることなく進んでいく。
次第に、少なくもまばらにいた人がまったく存在しなくなった。聞こえるのは牛などの家畜の鳴き声と、木の葉の揺れる音。
ウィルは日陰になっている木陰に、座った。私はその隣に座る。
空を見上げる私と、自分の膝を抱えて地面を見る彼と。
「……」
「……」
特に会話があるわけではない。
特にかけられる言葉があるわけではない。
けれど、私はウィルの力になりたいから隣にずっといる。
……ウィルは、なんで私の隣にいてくれるんだろう?
「わかってるんです」
先に口を開いたのはウィルだった。
何度もウィルの愚痴を聞いてきた。最初こそ『わからないんです』と言っていた彼も、最近は『わかっている』と言うようになっていた。
こうして話を聞いてあげるだけで、彼は前へと進んでいける。
「彼らは僕たちを陥れようとしてないことなんて。本当にいい人たちなんだって」
「うん」
「信じていない訳じゃないんです。疑っているわけではないんです。ただ……」
「まだ、納得できてない?」
彼は小さく首を振った。
「納得、できます。できるはずです、きっと」
地面を見ていたウィルは、空を見上げた。
けれどその表情はけして明るいものではなく、井戸の底から空を見上げるような。
地の底から空を羨むような視線で……
「なんで、僕は裏切られたんでしょう」
彼にかける言葉を、私は持ち合わせてはいなかった。
それが、酷く悔しい。
「みんな、準備はいい?」
私たちは村の人に教えてもらった方向へと進み、無事にダンジョンを見つけることに成功した。
ウィルが言っていた方向でもあったので、それに関してはウィルが何かを言うこともなかった。
村人たちがダンジョンの方向を知っていたのは、なんでも第一発見者の聖女様が教え広めて、けして近づかないようにと言い含めたかららしい。
……つまり行方不明の村娘さんは言いつけを破ってしまったんだね、悪い子だ。
「新規のダンジョンなんだろ?」
「そうみたい、でもすでに何人か食われてるんだよ、マティ」
「わかってる」
新規のダンジョンというのは、良いことも悪いこともたくさんあるということだ。
お宝は誰にも取られていないが、その分罠も魔物も判明していない。難易度も高くはないが、マップが販売されているわけでもない。
「私たちはマッピングはできない、最悪迷う可能性も考えて目印を置いていくことにする。もしはぐれたりした場合は焦らずにここまで戻ってくること」
そもそも地形が変わってしまうダンジョンの可能性もある。
けれど、一度潜ってから生還した聖女様は『未知の空飛ぶ魔物がいて危険です』と言っていたらしい。つまり楽観的に考えるのであれば、それ以外に大した脅威はないということになる。
「ボス部屋見っけたらどうするよ? もし入るんならセーブしながら戦うが」
「ボス部屋には入らない。聖女様の言う『未知の空飛ぶ魔物』っていうのはボスなのか、徘徊しているのかわからない以上、何事にも対処できる戦力を保持したまま生還する」
ボス部屋は、一度入ると敵を倒すか敵に倒されるまで出てこられない仕掛けがあると聞く。数は多くないらしく、私たちの誰も会ったことがないけれど、今回がそうでないとは限らない。
「それなら下の階層を見つけた場合は?」
「その場合も、一度戻る。もしかしたら二階層があって、そこに生存者がいるのかもしれない。けれど最初は一階層だけを探す。村で休憩して体勢を立て直してから、二階層を捜索する」
そういうと、誰も反対意見を出さなかった。
確かに新規とはいえ、階層がひとつとは限らない。他のダンジョンでは十や二十の階層があるのだから、その想定はしておくべきだろう。
「他に注意点はある?」
私はこのパーティのリーダーだ。けれど、彼らは仲間であり、リーダーの僕ではない。だから私は頻繁に意見を求める。全員の納得できる方法で、全員が力を合わせて困難を乗り越えられるように。
「は~い」
「ん、ロナ」
「今回の依頼って村の……このダンジョンの調査なんだよね?」
「村娘の失踪と魔物増殖の関連性についての調査」
「ならさ、その人たちが生きていたときに見捨てることもあるのかなぁ?」
私は一も二もなく否定した。
村の人たちに、村長さんに、私は彼女たちを助けると約束した。だからもう泣かないでって。
パーティの生存を優先するとしても、生きているならばなるべく早くに助け出す。
「状況によりますね。できるなら助け出しますが、無理そうならば躊躇いなく見捨ててください。メフォナも、それでいいですね?」
「……ぜったい、たすける」
ウィルが私を見つめてくる。私は、目をそらしたくなるのをぐっと堪えてウィルの目を見つめ返す。
「最悪、見捨てることになるかもしれない、けど、助けられるなら必ず助けるから」
「……強情ですね」
ウィルは口元だけで小さく笑う。それで、私に向かって小指を出してきた。
「僕がダメと言ったら見捨ててください、約束できますか?」
「……する。だからいじわるしないで」
小指を絡める。たったそれだけの約束。
でも、私はこれでウィルを裏切れない。
だってウィルが約束を破られるとどれだけ傷つくかを知っているから。
ウィルが私を信じてくれているのにその信頼を裏切ってしまうことになるから。
……私まで、ウィルを裏切ることになってしまうから。
「まー俺は約束してねえから止まらなくてもいいんだろ? 参謀さんよ」
「マティ、だめ。ウィルがそう指示したなら、従って」
マティが私を慰めるように発言した。それでも、私はその優しさを断る。
ウィルは確かに人を信用しない。いじわるなことも言うし、他人の善意を利用する。
それでも、決して自分の信念を曲げたりしない。決して助けられる人を見捨てたりはしない。
ウィルがダメだと言ったとき。それは客観的に見て、私たちのリスクが大きすぎるから止めるんだ。なら、従わない理由はない。
「……ありがとう、マティ」
「へいへい、お礼がしたいなら今晩1杯奢ってな」
「ん、帰ってきたら、必ず」
ロナが睨んでる。大丈夫、マティが好きなのはロナだけだから。私じゃロナみたいに可愛くて強い子に勝てないから。
マティが頬を膨らませたロナをつつくと、ぷふぅと空気が漏れ、ロナの顔が赤くなった。ぺちりぺちりとマティを叩くロナは、もう私への嫉妬をなくしてしまったみたいだった。
「それじゃあ、みんな行くよ?」
「うん!」「おう」「はい」
ダンジョンの中はやはりというか、なんというか。若干薄暗かった。
と言っても全く見えないほどではない。月明かりがある暗闇程度で、慣れれば問題なく動くことはできるだろう。
けれど問題は慣れるまで魔物が待っていてくれるかどうかだ。
気配を探る。一や二ではない。十、二十の気配が周りにいる、こちらに気づいているものもいればまったく気づかないもの、どっちかわからないものとごちゃごちゃだ。
「ウィル」
「はい。『ライト』」
彼が愛用する杖から、光度を抑えた光の玉が産み出される。
目視で周りを確認すると……森、いや、林と言った景色が広がっていた。
森の中にあるダンジョンでは、内部に木々が生えているというのもよくある話らしい。けれど、私たちは洞窟型のダンジョンしか入ったことがないため、ロナが不安と好奇心の混じったような声を出した。
「ん、敵が来る」
「数と種類はわかりますか?」
「わかんない、けど、そんなに強くも多くもない」
私は目を瞑って集中する。
育った環境か、幾ばくかの冒険で才能が開花したのか……私は周囲の気配を探るということができるようになっていた。ウィルがダンジョンの方向をおおよそ言い当てたのも似たような物なんだろうと勝手に思い込んでいる。
ただ、まだまだ未熟な能力だ。
私個人へ殺気を向けてくれれば特定はしやすいものの、漠然とした殺気であるなら数や強さを推し量ることができない。
「数は2、ゴブリンだ」
「マティと私で1体ずつ受け持つ! ロナとウィルは援護!」
マティが持ち前の視力で敵を捕捉したらしい。
私は気配を探るのはやめて戦闘の構えに移行し――ッ!?
ごん、と私の手から滑り落ちた両刃剣が金属音を立てる。
なんだろう……すごく邪悪で、それでいて強い悪意を感じた。ウィルのように人への憎悪というわけでもない、魔物のような本能的な殺意でもない。
その感情が、その気配が何かわからない。わからないというのが怖い。その悪意が怖い。
私の恐怖を嘲笑うかのようにゴブリンが迫る。両刃剣を握ろうとするも、震える両手に力が入らず、虚しく金属音が木霊する。
「ロナ、メフォナを守って!」
「わ、わかった!」
「マティーニ、バフをかけて支援もします」
「ああ、頼む」
ウィルの指示が通る。ロナもマティも、困惑しながらも指示に従い戦闘の体制に入った。
マティがゴブリン2体を同時に相手するらしい。右手の剣は右のゴブリンに、左手の剣は左のゴブリンへと向けられている。
そんな彼にウィルからのバフが飛ぶ。あれは……素早さを上昇させる魔法だろうか?
飛びかかるゴブリンのこん棒を剣で受け止めたマティは、右のゴブリンへとキックをお見舞いする。
左のゴブリンのこん棒はただ受け止めるのではなく、受け流して地面に叩きつけさせたあと、足で踏み、剣で叩ききることで粉砕した。
ゴブリンは得物が無くなってもマティへと襲いかかるが、バフもかかったマティへと攻撃が届くことはない。一歩下がる、半身になる、攻撃される前に攻撃する。といった最小の動作でダメージを与えていき、どんどんとゴブリンを追い込んでいく。
片方を蹴飛ばしてはもう片方を集中的に叩き、蹴飛ばした相手が戻ってきたら再びどちらかを蹴飛ばす……という2対1ではなくタイマンの戦いを繰り広げて倒していた。
咄嗟に指示出しを出したウィルも、その指示に完璧に従えるロナとマティもすごい。
マティなんかタゲ取り、一人で撃破なんて……
ロナが私を抱きしめていてくれている。私も必死にロナを抱きしめる。
彼女の胸の鼓動を聞いていると、少しは落ち着く。少しずつ恐怖が薄れていく。
それでも彼女に守られていない部分……背中には、いまだに何かの悪意が突き刺さっている。
子供のように泣き叫べられたら落ち着けたのだろうか
それとも悪意の元凶が目の前にいたら落ち着けるのだろうか
まるで魔王や邪神に目をつけられてしまったような感覚に、本能が警鐘を鳴らしている。
常に首元にナイフを突きつけられているならまだいい。ギロチンが頭上に見えているならまだいい。捕食しようと涎を垂らす獣が後ろから迫っているならマシなんだ。
けれどこれは、どこから何が来るのかわからない。どんな相手なのか、どんな攻撃をするのか、もっというなら、これから私はどう死ぬのかわからない。
そういった見えない物への恐怖だ。
戦闘が終わったらしい。
さっきまでの肉を切り裂く音もなくなり、血の匂いが充満している。悪意も殺気も、もう感じることはできない。
けれど、周りの魔物の気配も、ロナの優しい気配も。自分自身の感覚さえも感じることができないでいた。
今自分が起きているのか、寝ているのかわからないような暗闇の中にいる感覚。それでも殺気の恐怖より数倍マシだった。
「メフォナ、どうしたんですか」
「……ウィル?」
声で誰かも判別できない。けれどその口調や、少し特徴的なイントネーションはウィルだろう。たぶん、おそらく。
「何が起きてるんですか……?」
「ここには何かいる。人間でもない、魔物でもない……化け物みたいな何かがいる、見られてた。もしかしたら、今も」
私はもう背中がじんわりと温まる。
何かに触られているのか、それとももしや斬られたのか。それさえもわからないけれど、ウィルが近くにいるならきっと安全なんだろう。私はこのまま動かないことを選んだ。
温かい物が体を巡る。手足の先、その隅々まで巡っていく血液のようなそれが、私の中にいた恐怖を洗い流してくれているようだった。
僅かに手が汗ばんでいることを知覚できるようになっていく。それから目が見えるようになり、背中に当たっているのがウィルの手であることがわかるようになった。
ウィルが私の体の魔力循環を整えてくれているらしい。じんわりとしたこれが、魔力なんだと思う。
「……一度、帰りますか?」
私は動くようになった首を横に振る。
ウィルの魔力が減っているのかもしれない。私も戦力になるのかわからない。……今も化け物に見られているのかもしれない。
それでも――
「進む。化け物は殺さないといけない」
そう、あの化け物だけは生きていてはいけないのだから
開幕『致命的失敗』引くとはこの子大丈夫かなぁ
年末年始が忙しく、モチベがあるものの時間はとれないという状況で感覚が空いてしまっていました。感想をくれたり、ポイント評価してくれた方々に感謝しつつ理不尽と戦っていました。
ですがその忙しさも来週には収まるので、週一のペースで投稿したいと思います(努力目標)
これからもよろしくお願いします




