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ダンジョンコア 魔宮 日向 Lv.3⑥

「ナズナ、どんな感じだ?」

「あ、日向君っ えっとね、まだ入り口だよ。作戦会議中みたい」


 シズクたちとの会話を終えて、コアルームへ戻ろうとしたときにダンジョンへ侵入者が現れた。俺はアーミをボス部屋前に、宝箱に見えるように置いた後ダッシュで戻ってきた。

 それと、ハウルには二階層での遊撃を指示してきた。不満げながらも、命令だからと渋々従う様子のハウルを見て、反逆の可能性を感じた。

 良くはないことだ。

 だから追加で指示を出すことにした。もし侵入者を捕虜として捕まえたらそいつを玩具として与えるということ。全滅させたらシズクを与え、全員捕獲したらさらに女剣士も与えるということ。

 不満げだったハウルは一転、やる気満々と言った様子で亜人走り──ゴブリンがやる踊るように跳び回ること──で去っていった。


 ……捕虜との約束を破っただけで、こうも胸が痛むとはなぁ。


「監視しててくれたんだな、ありがとう。敵の数は?」

「4人みたい、駆け出しかなぁ」


 ナズナがウィンドウを俺にも見えるように表示してくれた。

 もはやヌリカベを机に、その上でウィンドウを大量に浮かせてゲンドウスタイルってのが板についてきた。

 お互いに決めたわけでもないのにいつもの位置に座る。

 入り口のところで周りを警戒しながらも作戦会議をしているのは、男女混合の4人組。装備を見る限り、シズクやダニィたちと同じかそれ以下だろうか。


 それぞれを見ていこう。

 鉄製で大型肉厚の両刃剣を背に背負った女剣士。鎧は皮製で、とても斬撃を防げるものには見えないが、もしかしたら魔法的な効果があるのかもしれない。

 くすんだ金色の髪は肩ほどの長さだが、自分で切ったのか切り揃えられてはいない。顔は中の上くらいで、見蕩れるほどではないが、目が引き付けられる程度の美人さん。

 どうにも傷のついた宝石、というイメージが拭えない。磨けば輝きそうなものの、現状では宝の持ち腐れというか……。



 次、男。女剣士の隣で、もう一人の女を侍らせながらも周りの警戒を怠らない青年。腰には小振りなククリのような、反りを持った剣を2本刺している。

 鎧は胸当て程度の簡易的な物のみで、驚くほど軽装だ。間違いなく双剣による手数で押しきるタイプだろう。にしても羨ましいほどのイケメンだな、こいつ……


 そしてこの双剣士に引っ付いている女は、小学生程度の身長の女だ。抱きつかされているのではなく、こいつから双剣士に抱きついていて、引き剥がされそうになって抵抗している。

 デレデレとした表情で双剣士の腕に抱きついているものの、手には宝石の填められた杖を持っている。魔法使い、もしくはヒーラーだろうか。戦い方はわからんが、先に落とさないとめんどくさいタイプだというのがわかる。

 水色の髪は腰ほどまで伸びていて、頭を追うようにさらさらと空を流れる。それでいて外見は女剣士が霞むほどの美少女。笑顔を浮かべているせいでなおのこと綺麗に見えるが、まあ、死ねば外見なんて関係ないさ。

 大丈夫、俺なら殺れる。



 んで、最後の男は、なんというかとても胡散臭い。

 黒いローブを羽織り、フードを目深に被っているために顔はよく見えないが、覗く口元は常に笑みを浮かべ、歪んでいる。

 得物は杖だ、こちらも宝石が使われているが……まるで闇を押し固めたかのような色。

『ライト』

 男が呟くと、杖から小さな光の玉が産み出される。それが薄暗い洞窟内を照らし、探索に必要な光源を確保した。

 ……こっちが支援型、か? いや、魔法使いの可能性もあるだろう。光属性と闇属性を使いわけるとしてもおかしくはない。なんにせよこいつにも警戒しないとな。



 相手は剣士、双剣士、魔法使い、魔法使いという前衛2後衛2といったパーティだ。一見バランスがよく見えるが、タンクと呼ばれるような盾役がいないため、攻めに強く守りに弱いパーティ編成だ。

 しかしそれは悪いことではない。安定性は低いが、火力が高いため格下、同格相手ならば問題なく相手取れるだろう。


「さて、どう守るかな」


 召喚したゴブリン2体を送り込み、相手の戦力を分析する間に、こちらの防衛戦力の確認をしよう。

 ナズナ印の紙に眷族の種類と数を書き出す。




 1階層

 血統スライム6体

 血統ゴブリン9体(内幼体2体)

 血統ファンガス6体(内幼体3体)

 血統コック2体

 ホブゴブリン1体

 ボスモンスターとしてオコメ約90体


 2階層

 スライム15体。スライム・レッド1体

 ゴブリン80体。ホブゴブリン1体

 ファンガス30体

 キラーバット20体

 パラサイト・パーティ1体

 ボスモンスターとしてファンガス・ドラッグ1体



 数度防衛してみて、このダンジョンでの防衛法はいくつかあるのがわかっている。


 ボス部屋に閉じ込めて未知の魔物であるオコメと戦わせること。いわば初見殺しをさせるわけだが、冷静な対処をされたり長引けば長引くほど不利になっていく。

 それに、オコメは自動で補充されることはない。数の暴力も、1対1を複数回行われたり、5体以上同時に相手できる敵なら意味はないどころか、じり貧だ。

 つまり、多用しすぎると絶滅してしまうわけだ。最悪6匹くらい隔離して繁殖させるってのも考えた方がいいのかもしれない。


 他にはナズナのみが召喚できる特殊罠を用いる方法だ。

 男性にしか当たらないというニッチな性能だが、男相手なら最強だ。地形と組み合わせるとなおのこと強い。

 しかし、女性であれば効かないということは、簡単にいうと侵入者の半分以上には効かないということになる。

 罠を使って倒す、とまとめて考えておいて良いだろう。


 そして最後が眷族を使って正当に倒すやり方だ。

 ゴブリンを盾に足止めし、ファンガスの胞子で均衡を崩すやり方。しかしこれが一番対策されているだろう。1レベルの俺が召喚できるほどに有名で雑魚のファンガスの麻痺に引っ掛かるのは、それこそ人の話を聞かない駆け出しだろう。事実、前の女二人組は解毒薬を持っていたわけだし。

 それにゴブリンだって雑魚の中の雑魚だろう。ハウルを先頭に置いたとしても中級者相手なら即座に突破されてもおかしくはない。



 ……どの方法も確実ではないんだな。

 とりあえず1階層、血統種の蔓延る森エリアをで様子見しよう。


「血統種の眷族すべてに命令する『侵入者から身を守れ。素通りさせても構わない』」


 繁殖される前に全滅は、やめてくれよ?





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私たちは、冒険者だ。

 まだ中級にもなれない未熟者ではあるが、ギルドに登録し生計を立てている立派な冒険者のつもりだ。


 冒険者は数多く、それでいて同じ生き方をしてはいないけれど、その生き方は分類することができる。


 まず多いのが、登録はしたものの、ギルドに顔を出すこともなく、魔物を討伐した金で生活している者。傭兵とも違い、冒険者とも言えない。

 敢えて呼ぶならば『溝浚い』だろうか。倒すだけでお金は手に入り、ドロップアイテムは臨時収入、ギルドに登録するのは身分証明のためで、後先考えずにただその日を生きる。

 ……私はその生き方を否定はしない。


 次に多いのは『トレジャーハンター』などと呼ばれる、ダンジョンの宝箱を目当てにした連中だ。

 所謂、一攫千金を狙うせこい連中で、あまり好きではないのだけれど彼らの意地汚さは、見習うところがある。


 それなら、私たちのように依頼をこなしてお金を稼ぐものは『傭兵』といったところだろうか。

 ……うん、我ながら良い分類だと思う。


「メーフォーナっ、見えてきた!」


 私よりも前で歩いていた少女が、振り返ってはとことこと元気に駆け寄ってくる。その少女……ロナは、私のパーティメンバーだ。

 まだ子供のように見える身長の彼女は、女にしては背の高い私からすると、ちょうどいい高さに頭が来る。いつものように頭を撫でてあげると猫のように可愛い笑顔を浮かべた。


「レヴェドについたら少し休憩しようね。依頼の調査はそのあとでも間に合う」

「はーい」


 ……この活動方針は私のアイデアではなく、参謀役をしているウィルからの提案で、それを採用した。

 マティは不満げだった。しかしきちんと話し合う時間を設けたことで、受け入れてもらうことができた。今でも変わらず4人で冒険者を続けられているのが、私は嬉しい。


「やっぱり……ダンジョンがあるようですね……」


 黒いローブの男……ウィルがぽつりと呟いた。

 私の大事なパーティメンバーで、ロナやマティよりも早く私と出会い、冒険をしてきた仲間。それに、さっきも言ったけどウィルは参謀のような立ち位置をしている。

 そんな彼の言うことだ、きっとここの近くにはダンジョンがあるに違いない。


「いつも思うんだけど、どうやって判別してるの?」

「説明が難しいんですが……瘴気がね、見えるんですよ」

「瘴気?」


 説明が難しいのですが……なんて言葉を濁すウィルだけど、その表情は信じてもらえないだろうと諦めたような表情をしている。

 ウィルは、簡単にいうと人間不信なんだ。

 たくさんの人に裏切られて、奴隷として売り払われて、絶望の底で命を落とそうとしていた。

 奴隷を運ぶ馬車が魔物に襲われ、馬車を逃がすために魔物の餌として捨てられた。杖もなく、手足も動かせないままに食われそうだった彼を、私は一も二もなく助けた。


「どっちの方?」

「ええと、あちらですが。……行く気ですか?」

「ウィルがあるって言うなら、調べてみないと」

「…………ほんと、騙されても知りませんよ」

「大丈夫、ウィルはそんなことしない」

「僕にじゃなくて……あぁ、もう。勝手にしてください」


 ふふ、ウィルが照れた。

 いつからか、私にだけは心を開いてくれるようになったよね。

 私が悪い人に騙されないか心配してくれるけど、ウィルが守ってくれるから安心だよね?

 大丈夫だよ、ウィル。私がどんな敵からも守ってあげるから。



 村長に話を聞くことになった。

 全員顔色が優れなく、ギルドから派遣された冒険者だと伝えると、決められていたかのように村長の家まで案内された。

 来ているのは私とウィルの二人だけ。マティとロナは村人から事情聴取をしてくるらしい。役割分担というやつだ。


「お待ちしておりました、冒険者様。この度は私たちの依頼を受けていただいて、ありがとうございます」


 村長さんは、70歳は越えるお爺ちゃんだった。座布団に正座し、こちらに頭を下げる様子を見ると、そうとう切迫した状況なのだとわかる。


「私はメフィナ、こっちはウィル。冒険者ランクはEだけど、きちんと依頼はこなすから安心して」

「お二人だけですかな……?」

「違う、他にも二人仲間がいる」

「そうですか……」


 ウィルの方を横目でちらりと見る。彼は村長を値踏みするように睨み付けているが、何も話そうとはしない。

 大抵の場合、ウィルは他人と話をしない。話をするときは、自分達に不利益がありそうだから阻止するくらいだ。

 ……もう少し社交性っていうものを身に付けてほしい。


「私たちの村娘が二人ほど、居なくなってしまいました。ここ最近、ゴブリンの数も増えてきたようで、捕まっていなければいいのですが……」

「大丈夫、私が探しだしてみせる。だからもう泣かないで」


 村娘の誘拐。ゴブリンの繁殖……。

 ウィルの言ったダンジョンが怪しいと私は決めた。やはりそこに行くべきだろう。


「……村長、一応確認しておきます」


 ウィルが呆れた様子で口を開いた。

 村長ではなく、私を睨んでいるような……?


「おそらくこの周辺にダンジョンがあるのではないですか?」

「……ええ、確かに最近ダンジョンが発見されました。彼女たちにも立ち入らないようにと釘は刺したのですが」

「その口振りからしてもダンジョンに入ったとわかっているようですね。私たちは調査を目的としています、私たちパーティが生き延びることを最優先とすることは了承してください」


 その言葉に、村長は息を詰まらせた。


「ウィル、その言い方は酷い! 大丈夫、私は彼女たちを助けるから」

「その村娘たちはもう死んでるかもしれないし、村長だけじゃなく、村の全員がそれを悟ってる。後から責任を擦り付けられたくはない」

「彼らはそんなことしない!」

「何を根拠に――!」


 カツン、という木の鳴る音。

 私たちは音の方向、つまり村長の方を見る。

 彼は杖をついて、立ち上がっていた。


「責任を擦り付けたりはいたしません。どうか、喧嘩はお止めください……」


 彼は枯れた枝のような体を折り、私たちに頭を下げた。

 彼なりの誠心誠意の現れに見えて、やっぱり私は間違えていなかったことを知る。

 彼らの期待を裏切りたくない。


「……ダンジョンの調査は、半刻後に行います」


 ウィルはそれだけいうと、足早に立ち去ってしまった。その口元は、抑えきれない憎悪で歪んでいた。

 こういう時の彼は、傍にいてあげた方がいい。


「必ず彼女たちを連れてきます」

「よろしくお願いいたします……」


 村長は私が出ていくまで、ずっと頭を下げていた。



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