ダンジョンコア 魔宮 日向 lv.3②
俺はどうすればいいのだろう?
この世界に来てからずっと考えてきた。
何の目的もなくこの世界に連れてこられて。他人を殺さないと生きられないのに、誰も殺したくないと足掻いて。
……思えば俺はこの世界で中途半端すぎる存在だ。
異世界らしくダンジョンマスターをしながら、地球人らしく法律に縛られている。
縛りプレイというならそれはそれでありなのだろう。確かにそういう遊び方はしたことがある。だが、この世界は地球のどのゲームに似ているようで、どのシステムでもない。
ここはゲームではなく、現実だ。
それに不殺という縛りは、相当やりこんだゲームでもやりたくないレベルの難易度だ。
RPGやらのレベル式ファンタジーなら尚更。裏技を駆使して、バグ技でもないと達成することができなかったりする。現実ならやり方はいくらでもあるかもしれない。
──でも、俺は無理だった。
俺の現状をまとめてみよう。
レベルアップまでの時間が決められているタイムアタック。
コンティニュー不可の完全初見プレイ。
ダンジョン外出禁止。
しかも難易度未調整で、敵は戦闘力のない奴隷からチーターみたいな聖女まで来る。そこに主人公補正や親切設計なんてものはない。
それでナズナに気を使って、命令縛りまで追加しちゃった訳か。
整理してみると我ながら呆れるものだ。
ゲーマーを名乗れなくても、ゲームを嗜む者として、流石にクソゲーを作ってしまったことを少し後悔する。クソゲーならば、全て投げ出してみよう。
約束も、ルールも。全てを全てなかったことにして再び、一からルールを作ろう。
状況も感情も、整理しよう。その時に悩まないように優先順位を決めよう。
……切り捨てる物を決めよう。
まず変えるのは……切り捨てるものは考え方だ。地球の感性だ。
ここはもう地球じゃない。なら地球での価値観に囚われていたらダメだ。その平和だったやり方は、もうここでは通用しない。通用しなかった。
俺はもうすでに人を殺した。間接的にも、直接的にも。ならもう何人やろうが一緒だ。
侵入者は基本的に皆殺し。捕虜を取るというのは戦術的にもありだ。だが、そいつらもいつかは殺す。常に脱走の危険を視野に入れ、拷問でも調教でもなんでもして従える。
どれだけ気が合おうと、信用してはいけない。
どれだけ可愛かろうと、殺さなければならない。
もちろん何か策があるときは全員帰すというものアリだ。そこは縛るつもりはない、臨機応変にしよう。
次にタイムリミット。
俺は出来る限り制限時間ギリギリでレベルを上げようと考えていた。
その方が猶予ができるから、後半に楽になると考えていた。
だが、逆だった。序盤がきついだけだ。
侵入者は待ってくれない。この数階層の設備で聖女を殺すことはできない。なんの気紛れか、彼女は帰ってくれたけれど、またあんな奇跡が起きるとは思えない。
だから、次のチーターが現れる前にレベルを99にする。つまり俺は最速でレベルカンストを目指す。
無謀だと思うか?
だが、最速って実際に数えた奴はいないだろう? いたとしても殺す。そしたら俺が最速だ。
そう考えると、けっこう簡単だろ?
ナズナに優しくするのも、眷族に優しくするのも。それはただの打算だ。
最速を目指す以上、眷族の反逆はタイムロスだ。指示下にない眷属がいるだけで、相当なスペックロスに繋がる。
俺個人の強化をするよりも強い奴をさらに強化するべきなのだし。それなら、そいつの手綱を握り続けていないといけない。
良心が痛むならそれさえ利用してやる。
約束なんか破っちゃえばいいんだ。そうナズナが言うなら、何も気にする必要なんかないんだ。
ゆっくりと、引っ張られるように光に包まれていく。
ここ数日でこう何度も気絶すると、起きるタイミングってのはわかるものなんだな。地球じゃ気絶したことなんてないから知らなかった。
ふぅ、と一息。俺の再スタートだ。タイムアタックの開始だ。
手の震えも抑え込め。地球の感性も飲み込め。両親の顔も、友人の顔も、なにもかも忘れるな、全てを受け入れて凌駕しろ。
そんくらいできんだろ? だって俺は魔宮 日向だぜ?
目を開けると、茶色の天井が視界に飛び込んできた。しかしそれも一瞬のことで、天地が逆転したかのように、逆さまにナズナが現れ俺のおでこから湿ったタオルを取り払った。
少し顎を上げて、ナズナの方を見上げてみる。が、見えたのはドレス越しのなだらかなおっぱいと、これまたドレス越しの美しい曲線美を誇る腹部だった。
俺はどうやらナズナに膝枕されているらしい。
は、はは……これはまた、数日ぶりの構図だ。
もう数ヶ月は昔に感じるほどの懐かしさと共に、俺の中でとある感情が鎌首をもたる。
「いつぞやと同じ景色だ」
「あ……起きた?」
「ああ、起きたよ。そして、考えもまとまったよ」
俺が起きようとするものの、ナズナが上から押さえつけて起き上がれない。
しかたがないのでこのまま続けることにした。
最初にナズナに宣言した時も、こんな構図だった。手のひらをくるくるするのは好きじゃないんだが、実際にやっていることがやっていることなので、今回ばかりは受け入れるとしよう。
「ナズナ、聞いてくれるか? 真面目な話だ」
「……うん、日向君の考え、聞かせてほしいな」
なでり、なでりと髪の毛を梳くナズナの手に触れる。
手のひらを重ねる。ほんのりとした体温と、若干の震え。
「俺は、もう少し頑張ってみる。死にたくないからさ」
「……うんっ」
ナズナの手は震えたままだ。
死を前に怯える小動物のようで、なんとかその震えを止めてやりたい。
でも、ダメだ。こんな初っ端から甘えたこと言ってどうする。
「これからも人を殺すことになる。この手を汚すことになる」
まるで自分に言い聞かせているみたいだ。
最後の最後まで受け入れたくなくて足掻いている自分を殺すように、感触を確かめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ナズナやハウルたちにも、気を使いすぎることなく、物として扱うことにする。もしかしたら約束もさ、破っちゃうかもしれない」
「……うん」
「だから、さ。ナズナに一度だけ俺に命令する権利をあげるよ。強制力は……まったくない権利だけど、俺はそれを守るよ。自分で決めたことだから。だから、その命令を俺が守らなかったら、その時は」
ナズナに拒否する権利を与えた。だから俺がどんなに酷い命令をしても、どんなに酷いことをしても、ナズナはそれを拒否しなかった。
……そう言い訳できる。
嗚呼、酷い話だ。なんて酷い奴だ。
俺はナズナがこの権利を使うことは無いと、知っている。確信にも似た予感がしている。
これじゃあ、まだ納得できない。だから──
「その時は、俺を殺してくれ。俺を止めてくれないか……?」
こくん、と。小さくナズナが頷いたのを確認して、俺は目を閉じた。
一方的な宣言で、ある意味の死刑宣告をしたにも関わらず、ナズナは弱音も吐かない。
強い子だ。俺にはない強さが、単純に羨ましい。
「やっぱり」
弱音を吐くどころか。
「やっぱり、日向君は優しいね……」
「ああ、そうなのかもな」
彼女は笑ってみせるのだから。
なぁ、ナズナ。俺さ、今回のことでわかったんだよ。
俺は、ルールがないと動けないんだ。
日本のように法律を守ること。
学校のように勉強で良い成績を取ること。
そんなルールを誰かに定めてもらわないと何もできないんだ。
この世界ではルールがなく、ただ地球とは違う物理法則を教えられた。俺が指示を出す立場で、誰かに従うこともできなかった。誰かの指示を受けることもできなかった。
だからさ、俺は自分でルールを作ってみたんだ。
……間違えてるのかな? これでいいのかな?
そう聞いても、お前は否定も肯定もしないんだろうな。
ごめんな、ナズナ
でも、俺はこの世界で生き延びてみせるよ。
この世界では早めに壊れる方がいいのかなぁ?
それこそ、恵子ちゃんとか、人を殺すことに躊躇いもなかったけど、その方がいいんだろうか?
ひとまず、日向君は日本での思い出を胸にしまって、この世界に慣れることを選んだみたいです。
それがすぐにできるかはわかりませんが、少なくともそう決意することができたので良かったのではないでしょうか。




