ダンジョンコア 魔宮 日向 Lv.2⑨
難産でした(三ヶ月)
正直ごめんじゃん?
悩んだ結果、視点変更が3度行われます。
ひどいね
前回のあらすじ。
敵を蹴り殺す頭おかしい系の聖女が暴れるだけ暴れて帰っていった。
嵐が去ったかと思いきや、聖女の知り合いらしき二人組が攻めてきた。
しかし『怪力ロリ』と『尻拭い』と名付けられた彼女たちはダンジョン1階層で迷子になっていた!
[フィナ視点]
迷子になったのなんていつぶりだろう。
私は、後ろを振り返ってみた。そこには特に目印になるような物もなく、ただ森というには寂しく、林というには鬱蒼とした木々が並んでいた。
鳥の鳴き声もなく、虫の気配もない。
その不気味なまでの静けさが、ここがダンジョンなのだと教えてくれる。
「ボス部屋、かな……?」
ローズの疲れきった声を聞き、私は再び正面を向く。
ダンジョンの果て……つまりは土壁があり、そこに申し訳程度の扉が設置されている。
開けばボスが待ち構えているのだろう。
「ボス部屋だろうねぇ」
もしかしたら違うのかもしれない。けれど、まだ少ない冒険の記憶たちは警鐘を鳴らしていた。
私はローズが持っている紙に目を落とす。
ぐちゃぐちゃと歩き回った距離を目測し、記録し、少しずつ地図を埋めていく。
最初こそ『狭いから』と油断して書いていなかったものの、あれだけ歩き回ったら大体の構造が理解できるほどに地図は完成していた。
「これなら帰れそうだね」
「そうね……問題はボスの顔を拝むかどうかよ」
「聖女様が言うには、飛行する未知の魔物」
親友の外見をした聖女様。
ローズもきっと彼女のことを思い出しているのだと思う。少しだけ地図を握る手に、力が入っている。
「私は入るべきだと思う。ここを拠点にするなら、絶対に障害になる」
「それは……そうだけど」
口ごもりつつも、彼女の目線はボス部屋へと。もっと言うならその奥にいるであろう魔物へと向いている。
もう一押し、かな?
「ここの魔物の強さから考えて、倒すことはできると思う。それに、転移石の用意もある」
「……うん」
ローズは頷いた。それはつまり、ボスと戦うことを受け入れたと言うことだ。
私たちは装備の確認を始める。
壊れていないか、そもそも無くしていないか。きちんと使える位置にあるか、咄嗟に取り出せるものは何か。
その途中で転移石に触れる。
小さい石ころにしか見えないけれど、よくよく目を凝らしてみると細かい文字が所狭しと掘られており、砕くことで登録された地点へと飛ぶことができる。
マリア様がくれた、とても高価な物であり、私たちが親友がマリア様になることを認めてしまった過ちの印でもあった。
「私は大丈夫。フィナは?」
「あ、うん。……大丈夫、万全だよ!」
そう呟いて、ローズと目を合わせる。
二人してボス部屋の扉を押し開くと……薄暗い空間が待ち受けている。
[ローズ視点]
「……何も、いない?」
「待って! 音は聞こえるわ、注意して」
フィナの呟きに、私は警戒を促しつつ弓を構える。
暗い部屋だった。そして、ボスの姿が見えない部屋だった。
ボスがその場に居ないということは、どこかに隠れているということになる。戦闘の形跡もないから、誰かに倒されたってこともないだろう。
私は地中か、天井か。どちらを警戒するべきか逡巡したものの、天井を見上げることにした。
──ガシャンッ
「えっ ま、なんで!? 待って!」
フィナの騒ぐ声。でも、私はそちらを見る余裕もない。
敵の数は複数。でもそれは2体3体ではなく、30や40という大群だ。
そいつらは天井に身を刺すようにして張り付いて、身を潜めていた。
空飛ぶ未知の魔物。
確かにこいつらは未知の魔物だ。羽もなく空をゆっくりと降りてくるその姿は精霊を思わせる。白い楕円は一部が欠けていて、その窪みは暗闇の中でも黒とわかるほど。体皮の白と対になっているからこそ、なおさら闇を思わせる。
未知の魔物ってだけでもきつかった。そしてこの数じゃ倒すのは絶望的だ。
「──フィナ、逃げるわよ」
「む、無理だよ! 閉じ込められたッ!」
「……ッ!」
油断した。誘い込まれたってことか。
聖女様が逃げてこれたのは倒せないから。閉じ込めると被害が出るから。そう判断してもおかしくはない。
「転移石を使いなさいッ!」
「できない……! できないのっ!」
私たちは倒せると判断したからこそ、閉じ込めた。それも転移を防ぐほど入念に……そういうこと?
──完全に知性ある行動だ。
ダンジョンってのは、伝承よりも厄介な存在らしい。
「……聞いて、フィナ。敵は複数、30以上いるわ」
「30……ッ!?」
「落ち着いてッ! 閉じ込められたのよ、やるしかないわ」
「で、でも……」
泣きそうなフィナの声。手を握るとかわいそうなほど震えていて、強く握り込んでいるのがわかる。
私は自分にも言い聞かせるように続ける。
「私たちなら大丈夫よ。こんな困難、いつも通りに乗り越えてみせましょ?」
「…………うん」
「さて、殺るわよ!」
アイテムポーチから矢を取りだし、つがえる。引き絞る。
迫る敵との距離は20、この距離で私は外したことないの。
[フィナ視点]
ヒュ──ッ
小さな風切り音を立てながら飛ぶ矢を見て、鏑矢のようだ。なんて場違いなことを考えてしまっていた。
ローズは、すごい。私が人として尊敬する数少ない人で、とても頼りになる相棒だと思う。
私のようにパニックになることもない。
役割分担するとやることをやるべき場所できっちりと決める。
手先も器用だし、私に無いものをたくさん持っている。
羨ましい。
妬ましいとさえ思ったその才能だけれど、私は欲しいとは思わなかった。
だってローズは言ってくれた。私に持ってないものをフィナは持ってるんだよって。
私にも良いところはあるんだよって。
私はその言葉を信じて、自分の短所を無くすのではなく、長所を伸ばすことだけを考えるようにした。
ローズがいてくれる。ローズがサポートしてくれる。
それなら私たちは完璧だ。
ローズができないことは私がすればいい。私ができないことはローズがすればいい。
いつか私やローズに恋人ができたとしても、ローズが結婚したとしても。この相棒という立ち位置だけは変わることがないと、そう信じている。
……そう願っている。
「~~~ッッ」
目の前の白い楕円体は、矢が刺さると声にならない悲鳴を上げた。それは攻撃が効いたってことだ。
つまり──殴れば殺せる。
「スキル『狂戦士化』ッ! っらァ!!」
跳躍し、楕円体の頭上を取ったのちに、全力のバフをかけつつ兜割り。私の体重と重装備の重さを乗せたその攻撃。私の持てる全力の一撃だ。
スパン、と心地よい音を立てて真っ二つに切れたその敵は。
爆発した。
至近距離で爆破の影響を受けた私は、地面を転がってしまった。
頭を打ったものの、ダメージ自体は少ない。腕も動く。足も動く。武器も手離してない。
どこも不調は──あった、一ヶ所だけ。
「ローズ、耳が聞こえなくなったッ!」
「 」
至近距離の爆発音で、耳がイカれたらしい。
無音。無言。
聞こえない何も聞こえない。あせるなあせるなあせるな焦るな──! 敵の位置を把握しろ死角を作るな視野を広くしろ!
ローズへと目を向ける。
ローズは死体から離れていたからか、爆発の影響を全くと言っていいほど受けていなかった。
そんなローズが──ぴっ。ぴっ。
二度指をさす。一度は私に向けて。二度目は敵に向けて。
『行け』
たぶんそう言ってる。
いや、違っててもいい。もし違っていたとしたら、ローズが何とかしてくれる。
それなら私は動ける限り、相手を殺すだけだ。だって私にはそれしかできないんだから──!
一瞬盾を構えるべきか悩みながら、敵との距離を詰めるべく走る。
敵は群の魔物だ。
盾で防ごうとしている間に回り込まれ、気づいたら全方位を囲まれる……なんて恐怖はもう味わいたくない。
「う──らぁ!」
自分の声すらよく聞こえないが、それでも逃げ道がないのだからやるしかない。
自身にバフが残っていることを確認しながら跳躍する。
頭上からの私の体重すら乗せた一閃は魔物を綺麗に両断する。攻撃したあとは即座に敵を蹴って距離をとる。
そうすればアイツが爆発──しない!?
手応えはあった。
なのになんで爆発しないの? 核を潰さないと倒せないのか、それとも──
「あ──ぐっ!?」
空中でふわりと体が浮く。
どうやら回り込まれた敵に、右腕を噛まれているらしい。
二の腕に鋭い痛みがはしり、肉が裂けていく。体重と武装の重さが出来立ての傷に負荷をかけ、千切れてしまいそうになる。
しかも私が武器を持っていたのは右腕だから、敵に攻撃することさえできなくなった……ッ
普段なら即座に来るはずのローズからの支援射撃が来ないことに焦り、噛まれていることも腕が千切れそうなことも忘れてローズを探す。
「あ……」
「────!」
見つけた。
10体の魔物に囲まれながらも、私を助けようと必死に矢を放っている。
それの矢を、魔物たちは自身の身を盾にして防いでいる。一矢、また一矢……一体が瀕死になれば違う魔物が身を盾にして防ぐ。
例え予想外に攻撃を喰らいすぎて一体が死んでも構わず他の個体がフォローする。
群を生かすためなら個を捨てる……習性としてはアント系の魔物とそう変わらないらしい。
なんて、考察してる時間もなくなってきた。そろそろ右腕が本当に千切れそうだ……
これだけは使いたくなかったけど──
「ローズ、アレ使うよ──ぐッ!?」
背中での小爆発。
別に敵を倒したって訳ではなく、私が背中に仕込んでおいた爆薬を起爆させただけ。
この程度の威力じゃ私には最低限のダメージしか入らないけれど、それでも爆風で煽られる。その爆風によって引っかけていただけの盾が吹き飛び、真後ろにいた魔物へとぶち当たった。
真後ろへの捨て身シールドバッシュ。
どうやら爆発やら衝撃やらで魔物も驚いたらしく、私を解放してくれた。地面に足をつけて、自分の具合を確認する。
「右腕も繋がってる!」
未知の魔物で遮られて姿は見えないけれど、おそらくローズは私への支援をやめて自衛を行っていることだろう。
私は背中にあったはずの装備の重りがなくなってバランスを崩しそうになるものの、クレイモアを構えて魔物へと斬りかかる。
一度ダメならもう一度。それでもダメならもう一度。
私は何も考えず、ただローズが止めてくれるまで前にいる敵を殺せばいい────
[日向視点]
助けたい。
そう願ったのは何度目のことだろう。
心の奥では誰も殺したくないと願っている。
ただ俺の胎内に足を踏み入れ、二、三体の魔物を倒して去っていく。
そんな侵入者ばかりであればいいと願っている。
殺したくない。
死にたくない。
死なせたくない。
俺が生きる意味はもはやない。心臓がなく、やりたくもない魔物の王をさせられ、人間を殺して。
自分の信条をいくつも無視してきた。プライドを捨ててしまった。
地べたを這いつくばってでも生き延びてやる、なんて口で言うのは簡単だけれども。俺は砂漠の真ん中ででも泥水を飲むくらいなら餓死を選ぶ。
そう思うほどにわがままで、それでいて現実に絶望しているはずなのに。
「……なんでこうなったんだろうな」
幸いにして、俺の呟きはナズナに聞かれることはなかったらしい。
心を凍らせるスキルを使いたくなるが、ナズナを思いやる気持ちさえ凍ってしまうならば、使わない方がマシだ。
そう考えてウィンドウを見る。
それはまさに地獄絵図だった。
序盤こそ拮抗していた。
フィナと呼ばれる怪力ロリがコメに捕まり、脱出を果たしたところまでは良かった。
けれど、その時点でほぼほぼ彼女たちは詰んでいた。
フィナが脱出し、地に足がついたとき、二人は完全に分断されていた。
ローズは突破しようと試みるものの、コメは捨て身で立ち塞がり、四方を囲んで追い詰めていった。
盾役が決まっていたのだろう。攻撃を受けるコメは同じやつで、時たま背後からの突進や手足へ噛みつきを繰り返す。
所謂ヒット&アウェイをしてローズの体力を消耗させていった。
一方フィナは目の前の敵にのみ集中し、突進をモロに喰らおうとも負けじと斬りかかっていた。
だからこそ、消耗が早かった。
2体のコメが前後から突進し、挟まれたフィナがたまらず吐いた。
立ち上がろうとするものの、両手両足をそれぞれ噛みつかれて宙吊りにされては抵抗しようにもできないというもの。
フィナは、四肢を噛み千切られてなお、地面を這って逃げようとした。
けれど、その背中に数体のコメが噛みつき、肉を貪る。
生きたまま魔物に食われる。その彼女の絶叫が、耳にこびりついく。
ローズの方も決着がついた。
死んだふりをして足元に転がっていたコメに、足を噛まれて逆さ吊りにされた彼女は、そのままの体勢で戦おうとするものの、顔面への突進を受け、弓を手放してしまった。
腰に付けていたショートソードを振るい、なんとか脱出した彼女が見たのは、生きたまま捕食される相棒の姿。
ローズも数秒後に同じ末路を辿った。
今回のダンジョン防衛も成功した。
そして初の一階層ボスの戦闘風景を見ることもできた。
ボス部屋の強化のためのDPや、戦死した魔物を計算してみると、今回の収支は五分と言ったところだろう。




