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ダンジョンコア 魔宮 日向 Lv.2②

なずなちゃん(笑)


何してるんですかねぇ……

 5時間ほど眠っていたらしい。

 俺が目を覚まし、体を起こすとサンドウィッチをはむはむしているナズナと目があった。

 彼女は少し慌てたように何かを喋ろうとして、口の中のパンに水分を持っていかれていた。


 もごもごと何かを喋ろうとして、失敗して、涙目にさえなっている彼女を見ていると、大変ほほえましい。


「俺の分も用意しておいてくれ」


 こくこく。と頷くことで返答をしたナズナから視線をそらすと、ぐぅっと伸びをする。

 布団が固かったからか、抱き枕──抱かれ枕?──が無かったからか体が軋むように痛む。少しでも痛みを和らげようと伸びたまま左右へ傾けてみる。


「……おこってる?」

「いや、寝坊した俺が悪いんだ。先に食べてたくらいじゃ怒らないよ」

「ありがと、日向君っ」


 満面の笑みを浮かべるナズナを直視できず、彼女の手元のサンドウィッチへと目線を泳がせた。

 笑顔が可愛くて、どきりとするほど女の子で……人殺しの俺に向けるべきではない笑顔だった。



 わかるか。いや、わかれよ日向。

 俺は人を殺した。拷問もした。手を汚した……汚しきった。

 だがナズナは綺麗なままだ。人を殺すのではなく、生かそうとする彼女を守れ。

 彼女の手を汚さないために、俺が手を汚した。

 これはナズナのためなんだ。ナズナを生かすために、彼女の望まない最善策をとっているだけなんだ。



「──日向君?」

「あ、いや、その。……ほら、牢屋のあいつらにも持っていってあげないとなって考えててさ」

「そうだねっ。でも、丸一日サンドイッチだったから飽きちゃったかなぁ」

「ご飯が出るだけでも捕虜として満足してほしいが……確かに今日は別のものにしてやろうか」


『捕虜』という言葉を聞いた瞬間、ナズナが悲しそうな顔をした……気がする。

 それが見間違いか、前世の記憶か。ただの捕虜という制度への嫌悪感なのかは、わからない。聞くわけにもいかないし。


「簡単に食べられるもので、ナズナが召喚できるものってあるか?」

「え、えぇと……おにぎり、とか?」

「マジで!? おにぎりあるのかッ!? 食べたいです!」


 まさか異世界でも不自由なく米が食えるとは!

 日本人の米への執着にナズナが引いているが、いまはどうでもいい。寝起きで変なテンションになっている気もするがなんだっていい!


「こーめ! こーめ!」

「え、えぇ……? とりあえず召喚するよ?」

「頼む!」


 ナズナが手を翳すと、『ぬりかべ』の上に光が集まり、形を形成していく。

 三角形のよくみる形になり、光が晴れると……茶色が混じったおにぎりが鎮座していた。


「あー……麦ご飯……」

「えっ なにかダメだったかな、ごめんね……?」

「いや、これはこれでいいんだけどさ……うん、いいんだけどさ……」


 好きな子に告白したら実は男なんだと言われたくらい、裏切られた気持ちだ。

 そんな男の娘にも女装男子にも会ったことはないし、そもそも告白したことも無いんだけどさHAHAHA


 はぁ。


「こめぇ……」

「え、えっと……その、こめ? ってなにかな……?」


 それとは違うの? とでも言いたげに俺が食べているおにぎりを指差している。


「米ってのはこれとは違って茶色混じりじゃない綺麗な白色をしていて、楕円みたいな形で……一部が欠けてる……麦の仲間みたいな奴だよ、穀物って意味では」

「こんな感じかな……?」


 ナズナはうむむ~と目を瞑って頭を揺らしながら、頭の中で想像しているらしい。

 そんなに難しいものじゃないが……口で説明するのって難しいな。実物を見せて「これだよ」とかやる方が楽なんだけど、俺はこの世界で見てないものを召喚できないからなぁ。


「『召喚』っ!」


 ナズナが再び手を翳し、何か──米だと思う──を召喚した。

 いやしかし、目を疑うってのは、こういうことを言うんだろうな……。シルエットの時点で別のものが召喚されたのがわかった。

 しかも動いた。


「……なずなさん?」

「……………………ごめんなさい」


 意図してやったことではないらしい。それがわかったのでこれ以上怒ることはしない。

 現状の対処を優先しよう。


『ぽんっ』『ぽぽんっ』『ぽっっん』


 それがそいつらの鳴き声らしい。米って鳴いたのか、俺初めて知った。


 確かにこいつらは白い。

 何も書いていない紙が黒く見えるほどに白く、しろく、しろい。見ると『白い』という情報を脳に叩きつけられたかのようで、気持ち悪い。

 そっと目をそらした。


 俺が言った通り……楕円形をしていて、一部か欠けていて……欠けた部分に牙が生えていて、口のようにガチガチと噛み鳴らしているけど……。

 そんな一つで拳大の『コメ』は、全部で100体ほど生み出され、一斉に浮かび上がった。


 異世界の米は空も飛ぶのか……いや、それより。


「こいつらってさ、食べれるのかな」

「現実をみてっ!?」


 無理か。異世界で米は食べ物ではないのか。

 ていうか魔物だよね、新種? なずなちゃん(笑)は新種の魔物を作ってしまったのか?


「今日からこのコメたちが1階層のボスになります」

「なんでっ!?」

「扱いきれる気がしないからボス部屋に閉じ込めておこうと思って」


 目の前の未知にひたすら困惑するナズナと、一周回って冷静になった俺。コメたちは俺たちを横目に、ふわふわと浮かびながらダンジョンへと旅立っていった。

 いってらっしゃい、召喚コスト5000DPのおコメ達……それでも残り6375DPってすげえ残ってるな。





 ▼▲▽△▼▲▽△▼▲▽△


「……おなかすいた」


 無言が支配する空間で、ぽつりぽつりと言葉を落とす。

 愛用の杖を失った私は、能天気とも無表情とも言われる顔を意図的に作り、手元の鎖をじゃらじゃらと鳴らしていた。


「……水浴びしたい。水桶だけでもほしい」


 危機感がない、と評価されるのだろうか。私は私の行動を常に見直し、不自然なところを即座にカバーしていく。


 じゃらじゃら。じゃらじゃら。


 もうこんなことを続けて数十分ほどになるだろうか。これだけ呼んでも、彼は顔を見せない。


「……やることない。ひまひまひま」

「うるさいですわよ、シズクッ! 気でも狂ったんですのッ!?」


 唐突に声がしてそちらへと目を向ける。

 私と同じく剣を没収されたシャーレイはまだ叫ぶほどの元気があるらしい。


 でも……。


 私は彼女の評価を一段階下げる。

 仲間だったはずのダニィに虐げられ、殺されかけ。

 目の前で拷問を見させられ、体内にスライムを捻じ込む様子を見て。

 あげくに抵抗すればゴブリンの苗床にすると脅されていた。


 ……元気は元気だが、心が完全に折れているのは見て取れた。今だって余計なことをして罰が与えられないかを気にしているように思える。


「……でも、おなかすいた」

「そろそろご飯を運んでくる頃合だと思いますわよ。……体内時計が狂ってなければ」


 そう、知っている。

 そろそろ彼が来るっていうことは知っている。


「……タバネ、起きてる?」

「泣き疲れたみたいですわね。無理もないですわ」

「……ダニィは?」

「気絶したままですわ。スライムに喰われてはいないみたいですけど……」


 じゃらり、と鎖が音を立てたことで、シャーレイが身震いしたことを悟る。

 もしも自分の体内にスライムを入れられたら。抵抗出来ない状況で切り刻まれたら。


 彼女は、貴族だ。いや、正確には他国の没落貴族だ。

 処刑を免れて、逃げてきて、今は冒険者としてその日暮らしを続けているけれど……死ぬ覚悟や、ゴブリンに犯される覚悟ができていない。

 冒険者として未熟だけれど、仕方ないのかもしれない。


「ッ ……シャーレイ、私を信じてくれる?」

「狂人を信じるほど狂ってませんわ」

「違うの──信じて、なんとかするから」


 シャーレイが何かを言おうとした。私はジャラジャラガシャガシャとよりいっそう鎖を鳴らして、彼女の声をかき消す。

 やっと、ついに。彼が来た。出だしから邪魔されてはいけない。


 シャーレイも足音に気づいたらしく、口を閉じてくれた。その無言こそ、私を信じてくれた証だ。


「おはよう……ってうるせえ」

「……さっきから何回も言ってる。おなかすいた」

「あーはいはい。飯の時間だよ、だからやめろ」

「……今回は、一番右の」

「はいよ」


 牢屋に入ってきたのは自称、ダンジョンを守ってる人だった。

 彼の手には大き目の葉っぱがあり、その上には綺麗な形をしたおにぎりが計14個ならんでいる。

 彼は丁寧に檻の隙間からおにぎりを入れていく。女は3個、男は4個。そして彼が1個。


 私が指定したおにぎりを目の前で食べることで毒が入っていないと目の前で見せてくれるあたりから人の良さが見える。けれど、ますますダンジョンを守っている理由がわからない。


「……催促したのに」

「捕虜の自覚ある? 聞いてなかったんだ、すまん」

「……水浴びしたいって。ストリップショーしてあげるって言ったのに」

「お前そんなこと言ってたの!? ……水浴びねぇ、考えとくわ」


 彼は何を想像したのか顔を赤くし……私はついにやけそうになる口元をおにぎりで隠した。

 はむりと食べると素朴な味わいが口に広がる。干し肉なんかよりずっと美味しい。


「……暇なの。お話しよ?」

「そこの、シャーリィだっけ? 彼女がいるだろ」

「……シャーレイ。彼女は、あなたが脅したから喋ることさえ怖がってる。あなたのせい」

「うぐっ ……逃げようとしなければ、何もしないから」


 人を脅しておいて、それを指摘されると泣きそうな顔をする。

 男のくせして情けないと思う反面、彼もやりたくてやったことではないのかもしれないと考える。

 ……味方に引き込む? いや、失敗はできない。ハイリスクハイリターンは控えよう。


「……あと、何日?」

「たしか、あと4日だっけ」

「……ここにいればいいの?」

「ああ、逃げなければ何もしないし、何もしなくていい」


 私が困惑する理由の一つがこれだ。目的が不明瞭なこと。

 ダンジョンを守ってる人が冒険者を捕まえて、丸5日の間牢屋に入れておくこと……?

 扱いも捕虜や奴隷のそれではない。


「……きちんと、生きて帰れる?」

「──ああ、心配しなくていい」


 今まで真っ直ぐに目を見て話していた彼が、一瞬目をそらした。僅かに声が上ずっていることから嘘だと決め付ける。


 牢屋に入れておくことが目的。ただ、生きて帰すつもりは無い。

 ……さっぱりわからない。5日後に悪魔の生贄にでもするつもりなんだろうか。


「……全員が生きて帰れるって言うなら、私達は耐える」

「──わかった、全員生きて帰す。だから余計なことはしないでくれ」

「……誓って」

「ふむ。何に誓えばいい? 神様とか?」

「……なんでそんなのに誓うの」

「えっ、他に何か誓う奴いたっけ……?」

「……私なら、教祖『エントラ』」

「──お前らが余計なことをしない限り、生きて帰すと教祖『エントラ』に誓う」


 私は一つの確信を持った。こいつは外の世界を知らない。

 神災を起こすだけのはた迷惑な魔物に誓おうとしたり、居もしない架空の教祖へと誓ったり。この世界で教祖と言ったら『ルト・ノト』か『ツキミ・カワラギ』のどっちかが出てくるはずだ。


 このダンジョンで生まれ育ったか、ずっと古代から生きている魔人か……そこはまだわからないけれど。

 ……もしかしてこのダンジョンも、神災の一種?


「なァ、タバネもなんとかしてくれ。うるさくてたまんねェや」

「ッ」


 最悪だ。最悪なタイミングで、ダニィが目を覚ました。

 せっかく目の前の彼がここを監視していないとわかったのに、今になって警戒されては……逃げられない。


「仲間なんじゃないの?」

「ロイドにつきまとうだけのクソだぜ? そいつはいらないから殺してくれよ、なァ?」

「……ダニィ」

「黙ってろシズク」


 ダニィが狂気染みた目で彼を見つめている。

 鈍く輝く瞳は、近づけば誰であろうと殺すと明言しているようなものだった。


「……なにもしないって誓ったところなんだけど?」

「なら剣を返してくれ、俺が殺す」

「こっちまで切られそうだ、却下」

「頼むよァ、タバネを殺したら剣を返すって神に誓う(・・・・)ぜ?」


 冷や汗をかきそうなほど焦っていたけれど、杞憂だったと悟る。

 ダニィは少し前から目を覚ましていたらしい。そして私の真意を悟り、賛同してくれているらしい。


「うーん……ダメ。4日くらい耐えてよ、お願いだから」

「チッ」


 これは……思わぬ形で状況が好転した。

 猪突猛進。障害物は避けず、蹴り飛ばす。パーティのアクセル役だったダニィは、拷問されたことと目の前の相手への復讐で頭のネジが飛び……駆け引きができるようになっていた。


 逆に追い詰められたシャーレイは使えなくなっていたけれど……十分すぎる。ありがとう架空の教祖様。


「それじゃ、また夕ご飯時に」


 私もダニィも何も喋らなかったからか、彼は少し疲れた表情で外へと歩いていった。

 私は横を向くと、ダニィも私へと狂気染みた目を向けていた。


「……ダニィ」

「おう」


 ダニィは適当な返事をしながら……思いっきり鎖を引っ張った。

 壁から生えたような鎖はダニィの筋力を持ってさえ、びくともしない。だけど、ある程度の長さがあるため、牢屋の中でも自由は利く。


「お──らァッ!」


 ダニィは鎖が取れないことを理解したらしく、次は檻を壊しにかかった。

 蹴り、蹴り、タックル。手枷を檻へと叩きつけても……檻全体が揺れるものの、曲がったり歪んだりする気配は見られない。


 ダニィの対面に位置するシャーレイは、ダニィの行為に顔を青くして震え始めている。

 ……そろそろいいだろうか。


「……ダニィ、やめて」


 私はできるだけ悲痛そうな顔と声を作り、呟くように発言する。

 ダニィは息を荒くしながら私を見て、シャーレイを見て、タバネを見て……どかりと床に座り込んだ。


 耳が痛い沈黙が続く。


「……こない」

「……こねえな」


 足音も聞こえない、これだけ逃げようとしたのに。

 私たち以外の息づかいも聞こえない、実は近くで見張ってました。なんてこともなさそうだ。


「聞かせろ、シズク。どうやって逃げるつもりだァ?」

「……枷は、水圧で壊せるはず。やったことないけど」


 私はダニィに見せるように、左手の手枷を目線の高さへと持ち上げる。

 文字の『C』のような形をした鉄が手首を覆い、『C』の穴に当たる部分が鎖と共に溶接されている。


 火を使って溶かすって方法もある。けどそれだと手首を壊すことになるから、この先の脱出に支障が出る。

 なので溶接部に水を産み出し続け、その水圧で鉄をひしゃげさせるという方法を使う。


 ──バキンッ


「……こんな感じ」

「上出来だァ。……檻はどうする」

「……土塊で鍵を捏造する。でも、時間がかかるし鍵穴があるとも限らない」

「どれくらいだァ?」

「……大体、半日。ぎりぎり」

「急げ。出れたら、俺の仕事だなァ」


 一つ一つの枷に集中しないと壊せない逃れないもどかしい。時間がない。ただでさえ時間がないって言うのに……!

 ダニィは私を見つめるだけで、催促することはない。本当に、捕まる前とは別人のようだった。頼もしい。



「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」


 シャーレイの悲痛な声。だけど左手の手枷を壊した時点で、やめるという選択肢はない。

 今は一秒でも時間が惜しい。ごめん、無視するね。


「……んだよ、シャーレイ」

「あなたたち逃げるつもりなんですのっ!? あんなことをされて……!」


 ──バキンッ

 右手が自由になった。急いで足枷を壊しにかかる。


「だから逃げんだろ。ここにいても何されるかわかんねえ、明日には殺されてるかもしれねえ」

「失敗したら……っ」

「そんときも死ぬ。お前だけ残るってのもありだ。……選べよ。動くか、死ぬか」


 両足も自由になった。私は檻に飛びつくと、手探りで鍵穴を探す。この辺……それともここ……?

 あった。触った感じ、一般的なものだ。なら、いける。


「………………逃げますわ」


 こうして、私たち3人は脱走に向けて動き始めた。

魔法って便利だね。

手枷を水魔法で壊すやり方はリゼロのレムちゃんがやってましたね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ~ 彼は何を想像したのか顔を赤くし……私はついにやけそうになる口元をおにぎりで隠した。 血の通っていないはずの身体なのに顔が赤くなる機能が!?
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