チュートリアル。彼らの始まり
ボクの夢見た小説とは、英雄譚とは、主人公がいつ死んでしまうのかわからない緊張感の中、強大な敵を打ち倒す物語だったはずだ。
しかし周りを見れば。
「チート」「無双」「主人公補正」
違うだろ。そうじゃないだろ。
ボクはチートも無双もなく、意地汚く、それでも強かに生きる彼らの話を物語にしたいと思い、筆を執る。
理解できないのかもしれない。バカなことをしてると感じてるかもしれない。
それでもまずは見てみてほしい。先が見えないからこそ、期待し、絶望し、それでも切り開こうとする彼らの物語を。
ボクの精一杯作り上げる、世界を。
『チュートリアルモードを起動します』
機械で出力されただろう声。
大人の女性といった風な凛としているのに、どこか耳が心地よくなる可愛らしい声。
目を開けようとして……いや、目を開けたはずなのに何も見えない?
疑問に思いながら、身体を動かそうとしても一切動かすことができない。
まるで肉体なんて最初から無かったみたいだ。
『サンプル番号──(ノイズの音)──これよりアナタは神々の箱庭、バベルへと転送されます』
『アナタには武器と魔法を使い、魔物を倒してもらいます。そして、レベルを99まで上げてもらいます。初期ステータス、初期装備を渡された1レベルからスタートです』
……要するに、ゲームの世界に送り込まれるということか?違うのは命がかかっているかどうか。
『ステータス閲覧はバベルの住民同様、全ての生き物が行えます。そこに現在のレベル、簡易的なステータス、経験値、次のレベルへの必要経験値が表示されます』
つまりステータスが見えるということは優位ではなくなったということ。もしかすると他人のステータスが見れ、それを基準に敵を選べるということ。
それに、これから問答無用に送られるらしい世界にもすでに住人はいるらしい。
『転送先の器作製へと移ります』
目の前にウィンドウが浮かび上がる、そこには2つの選択肢があった。
────────────
「自動生成」
「手動生成」
────────────
『手動生成では特定の種族、職業を決めることができます。しかし、自動生成ではランダムで決まる代わりに手動生成では選べない種族と職業になる可能性があります』
……迷った末に、自動生成のボタンを軽く押した。薄いガラスに触れたような感覚、ウィンドウが消える。
──少しして再表示されたウィンドウを見る。
そこには自分の名前、年齢、性別、種族、職業、HPやMPからなる初期ステータスと現在持っているスキル、初期装備が書かれていた。
ざっと見て、案外少ないと驚く。簡易的なステータスと言っていたから、隠しステータスも設定されたのだろうと予想をつける。
『スキルは1から始まり、特定条件でレベルアップします。固有スキルに限り、レベルが存在しないものもあります』
『HPは無くなると死亡します。HPがある限り、例え頭を千切られようと生きる事ができます。また、HPは時間により自然回復します』
『MPは無くなっても死亡はしません、ですが気絶します。こちらも時間により自然回復します』
『器の生成内容を確認……完了、問題は認められません。移行作業へと移ります』
これから、異世界へと送られるらしい。漠然とした不安、元の世界に帰れるのかという疑問。
自分の足元に広がっているだろう、一歩先も見えない運命を呪う。
──ふと、胸を押さえる。
激痛。
『魂を器へと移行するため、あなたには一度死亡してもらいます』
痛い。痛い。いたい。いたい。
狂ってしまいそうになるほどに、心臓が痛む。
内部から叩き潰されたような、外部から滅多刺しにされるような、身体を細かく小さく削ぎ落とされるような、縄が皮膚に食い込み締め上げられるような、息が出来ずに溺れてしまったかのような、熱く火だるまにされたような。
自分が自分でなくなっていく感覚。
叫ぼうとしても声は無く、動こうにも四肢は無く、考えようにも余裕は無く、死のうにも救いは無く。
こんな地獄を味わうくらいなら、いっそ一思いに殺してほしい。
激痛に喘ぎ、醜く這いつくばっても、泣き叫んでも、暴れようと、この絶望は無くならない。
気づいたら、痛みは無くなっていた。
いつの間にか持たされていた装備と、変わってしまった肌の色。日本人特有の黄ばんだ肌はもう死んだ。
視界の上に視えるのは今のレベルと、次までに必要な経験値。
視界の右下で刻まれるのは──死ぬまでの時間。
『これより現在のレベル×1時間後に、あなたはもう一度死にます。死にたくないのならば、必死になってレベルを上げましょう』
『レベルアップ時にカウントダウンをリセットいたします。99レベルになったとき、初めてカウントダウンは止まります』
『これにてチュートリアルを終わります』
『ようこそバベルへ 哀れな冒険者』