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作者: あいざわ

「助けてください」


私は彼の口からたった三回だけ聞いたことがあります。

一度めは彼が幼少の頃。

彼は同い年のこどもと比べて身体が小さく病弱でした。そのときはずいぶん辛かったのだと思います。

初めて彼は弱音を口にしました。

二度めは彼が学生の頃。

彼は学年で一番優秀な青年であり、だれにでも好かれていました。周りからは幸せの絶頂期に見えていたように思います。

その中で彼はひとりで助けを求めました。

三度めは彼が三十路手前の頃。

彼は学生時代の成績から一般的にいう、エリート道を歩んでいました。人々は心から彼を羨ましがりました。

けれど彼はだれよりも絶望していました。



産まれたとき、彼の母親は病死しました。元々身体が弱かった彼女は両親や医師の反対を押し切ってこどもを産みました。

こどもに父親はなく、母親は両親や親戚と縁を切っていたため、彼には身寄りがありません。そのため生後数ヶ月で施設に預けられましたが、母親譲りの病弱な身体は厄介者以外のなにものでもありませんでした。

こどもが気が付いたときには、施設という家でこどもは完全に孤立していました。

友達もいなく世話をしてくれる人間もいなく。こどもは独りでした。

口数ま少なく施設内のだれもがそのこどもに無関心なため、少し歪んだ大人やこども達にいじめを受けていました。遠慮も気づかいも罪悪感もなく、ただ暴力を続けられるいじめです。

けれどこどもには相談する相手も心配する相手もいなく、ひたすら無言で殴られていました。

身体は痣だらけ。心は孤独と寂しさで。

そのときこどもは初めてだれもいない所で、だれかになにかに助けを求めました。


それ以来こどもはつらい幼少期を乗り越え、居場所の作り方を学びました。

勉強をして笑顔を振りまきだれにでも好かれる優等生を演じ、これが《幸せ》だと自己暗示をかけました。

優秀で好かれて周りに人がいて。そんなだれもが見ても幸せそうに思える中に、彼はいました。

だけどそれは。彼自身薄々気付いていたそれは、決して幸せではありません。


彼が彼のために彼自身が作りあげた、彼を守るための彼だけの世界です。

虚無と虚空と虚言と虚勢を限りなく使った世界です。

それを感じていた彼は、結局自分の世界は孤独か虚しかないのだと打ちひしがれて、自分だけの世界で助けを求めました。


しかし幸せか不幸せか。彼が優秀だったのは紛れもない事実です。

そのため彼は周りの期待を担う目的と、虚と孤独の世界を守るためにエリート道を歩みました。

順調に大学を卒業して有力会社に就職し、だれもが羨む地位と名声と金を手に入れました。

しかし彼は目にも見えないなにかに怯え、毎日震えていました。


幼少期の暴力のときも。

自分だけの世界に気付いたときも。

虚勢を張り続けた彼は怯えることはなかったのに、この時期だけは涙すら流して恐怖していました。

そして最後の助けを求めたときは会社の屋上でした。

―――否。屋上から足が離れた瞬間のことでした。


なにかに縋るでもなく自分の世界を壊すでもなく。彼は自分の世界で生き、怯えて死にました。

怖くて怖くてたまらなくて。耐えられなくて。

初めて人のように涙したときには生を手放し諦めました。


それが彼にとって喜びだったのか哀しみだったのか、私にはわかりません。

きっと彼にもわからないのでしょう。



End

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