第1話#とりあえず伏線をはりまお#
世界が反転する時、ぼくと彼女は出逢った
× × × × ×
世界に共通するものと言えば何が当て嵌まるのか。そんなことをふと思った。
それは夢?社会?堕落?それとも……
「鏡?」
ショッピングモールの通りのファンシーショップのガラス張りに映る世界を見る。
反転した自分とそれ以外の背景。
ガラスに触れる。反転したもうひとりの自分もガラスに触れる。
そうすると、そこには自分しかいないような錯覚が起きる。
「……はぁ」
溜め息を吐き、通学用鞄からそれをひとつ取り出す。包装紙を剥いで丸いシンプルなチョコレートを口に含む。
噛むとカリッと欠ける音が響いて甘さが口内に拡がる。
「……甘い」
チョコ独特の香りが鼻腔を燻る。
――カサカサ
何か横切った気がして振り向く。
だがそこには反転した世界とファンシーショップの商品のぬいぐるみしかなかった。
気のせいだろうか。黒い何かが視界に映った気がしたのだが。
「おーい!」
誰かが誰かを呼ぶ声がした。今度はそっちを振り向くと、見知った顔が手を振りながらこっちへと走って来ていた。
「ここに居たんだね。やっぱりっ」
ぜぇぜぇと息を吐きながら肩を落とす。
「こんな所で何してるの?」
「……別に」
顔を上げて問いたのを素っ気なく返す。
「ならどうしてこんな天気がいいのに学校サボろうとするの?」
そう言って満面に輝く空をモールのガラス張りの屋根を通して見上げる。
大小違う雲が散らばり、太陽はガラスを照らして眩しさを倍増させる。逆かな?ガラスがあるから眩しさが増す。
「……はぁ」
ま、どっちでもいいか。
「なんで溜め息?」
「……別に」
足を動かしその場を離れる。
「あ、ちょっと」
それに彼女も着いてくる。
「学校を目指してね!遅刻は厳禁なんだから」
「……」
わかってる。
が、それを口に出さずに歩く。
今日もショッピングモールは人で賑わっている。
学校の門に到着すると、登校する人の影はなくて変わりに番をしてる影があった。
「そこのふたり!」
「ほら、てーじがゆっくり歩いて登校するから門番さんが怒ってるよ」
「……知らない」
憤慨してオレと彼女を見る門番こと肴萌ラルフは腕を組んで仁王立ちをしていた。
小さな体躯に、腰まで伸びた黒い髪を纏めているポニーテール。キリッとした姿はどこか一匹の狼を連想させる。
その門番の肴萌をスルーして門を通る。
「ちょっと!そこの常連!」
何か言ってる気がする。が、それを気にせずオレは玄関に向かう。
「なんで無視するの?!」
肴萌は驚愕した顔であたふたして珍しい行動を取る。いつも凛としていて毅然として、理路整然と相対する。
まぁ、どうでもいいけど。
「いいの?てーじ」
「……何が?」
「門番さんだよ。なんか落ち込んでるよ?」
後ろをチラっと見てみると、肴萌さんは肩を落としてズーンと静んでいた。
「……別に」
「でも無視は可哀想だよ?なんか」
「……知らない」
そこで予令のチャイムが鳴る。
「あ、ほら急いで!遅刻しちゃうよっ」
彼女はオレの手を取り走り出す。
変わらずにオレは無言で手を引かれていた。
騒がしい朝、静かなSHRが終わり、また騒がしくなる。
オレは鬱窟とした気持ちになる。
何故みんなは楽しそうにしているのか。分からない。
――なんで楽しめる?
オレには分からない。平和な日常、退屈な日常。そこにオレは今居る。何も起きずに、ただただにそこに居る。
それが鬱窟として止まない。
予め用意していたチョコを包装紙から取り出して口に含む。
「ふむ。元気ないな。帝次、朝はしっかり食を摂ったか。気を保つには朝に食を摂ることからだ。一日の始まりは朝に食を摂ることが大事だからな」
「……はぁ。塚地は元気みたいだね」
「みたいではなく、そのものだ。俺は健康体でいるのがベストだと、そう思っているからな」
「……はぁ。そっか。オレもちゃんと朝食は摂ったよ」
「そうか。ならいい。ところで、溜め息は出来る限り抑えた方がいい。病は気からと言う言葉があるように、溜め息ばかりしていると、気が削がれて精神的に病にかかってしまうぞ」
「……ん。気を付けるよ」
正直どうでも良かった。
だが、塚地は塚地なりに心配しているのだと、オレは思う。それは分かった。
「うむ」
そこでチャイムが鳴る。
「時間が経つのが早いな。では、またな」
「……ん、また」
授業を受ける為自分の席に戻る友人と思える塚地の背中を見送る。
一限の授業は世界から遮断するように眠った。
* * * * *
世界が……世の中がつまらなく感じたのは、いつ頃からだっただろうか。
分からない。
いや、覚えていない。
記憶は渦巻き、混沌と脳内をのたくって蠢く。
分かっていたことが、分からない。
知っていたことが、知らない。
それは何故だろうか。
――……で
どこからか声が聞こえる。
――呼んで
誰を?
――わたしを
なんで?
――必要だから
――だから、わたしを呼んで
記憶はまた底へと沈む。
重力に沿うように、重石として沈んでゆく。
* * * * *
怠く靄がかかり、目覚めの悪い気分で世界との接点が繋がる。空気的に。
重い。頭が重い。まるで重石のように。
フィルターがインプットされてるような、そんな感覚がした気がした。
実際に気がしてるだけで、そんなのは気のせいなのだ。
そう思っている。オレは、少なくとも。
「それで、お前はアタシの授業で良く寝てたな。あ?どうだ、頭はスッキリしたか?ん?」
担任の丹久楢子、齢25、国語科担当、182センチの長身に肩までのショートヘアの独身で、先生とは思えない言葉使いをする、オレの姉のような存在だ。所謂保護者代理。
「……まだ眠気が去ってないのでスッキリとは程遠いかと思われます。はい」
「だったらその眠気を吹っ飛ばしてやるよ。帝次」
それなりに厚い教科書をかざし、これから殴る宣言をしているのと同じ言語を述べて口元を吊り上げる。ちなみに目は笑っていない。
「……はぁ。慎み遠慮しときます。間に合ってるんで」
「却下だ」
即答だった。丁寧な断りでも元から殴るつもりだったらしい。その痛そうな教科書の角をチラつかせる。
「先生」
そんな丹久女史に対し、クラスの学級委員は手を挙げ質問をする。
「なんだ柴崎」
「そんな無気力な生徒に関わるより、授業を坦々とこなした方が有意義に過ごせると思います」
「お前、クラスの模範となる存在のクセに、なんともまあ仲間外れにするような言動をするな」
確かに。
「そうなんだけどな」
おい。
「だけどな柴崎。このどうしようもなく無気力な奴だけど、先生としては真面目に授業に取り組んでほしいんだよ。な、分かるだろ?」
「それで授業に滞りが出てしまっては意味がないと思います。それに、そこの無気力人間は元より授業に不真面目なので、説得しても無駄です。それより授業を進めた方が有意義且つ効率的です」
そんなことを柴崎は淡々と述べた。
もうどうでも良かった。
そんなことより、早く帰りたい。
「お前の意見は分かった。だがここは先生に任せてくれ。こいつに処罰を与えてから授業を続行しよう」
「了解しました」
認知してから柴崎は席に座る。
いや、そこは処罰は世間的に許されない行為だと主張してほしかった。
人として、生徒として。
そこでチャイムが鳴る。
「ちっ。命拾いしたな帝次。委員長、号令」
舌打ちをリアルにして丹久女史の受け持つ授業は終わった。
命拾いって。オレは教科書の角をぶつけられて死ぬ予定だったのか。
いやだぞ。そんな死に方。
まぁ、授業も終わり救われたらしいが。
これで午前の科目は終了を告げた。
昼休みの時間に入る。
「……はぁ」
溜め息を吐き、チョコを口に放り込む。
程良い甘さが口内に行き渡る。
「バンッ♪」
頭に指を当てられ、擬音語と共に撃たれた。
目だけでそっちを見ると、クラスメイトの女子が楽しそうな顔してそこに居た。名前は忘れた。
「……はぁ」
「なんで溜め息?なんかいつもしてる気がするけど。大切な幸せが逃げちゃうぞ」
幸せが逃げる。心底どうでもいい。
むしろ、幸せなんて自分にあるのかとかすら思うのだが。
「そんなに溜め息してると、私が神之君の幸せを撃っちゃうぞ?バンッて」
無邪気な声で銃の形を手で作って撃つ素振りをする。
「……はぁ。好きにしたらいい」
「え、いいの?私バカだからそのままの意味で捉えちゃうけど」
「……ご勝手にどうぞ」
すこぶるどうでもいい。
「ふふん。なら撃っちゃう。バンッ♪」
撃つのが好きなのか、何度もオレを撃つ素振りをする。疲れる。気疲れだ。
前もこんな風な会話した気がする。その時に名前を聞いたような。
確か名前は……
「百々氷火紅邪」
「やった♪名前覚えてくれてたんだね。嬉しいよ♪バンッ♪」
何かある度に撃つのが癖らしい。
と言うか、変な名前だと思う。人のこと言えない気もするが。
まぁ、どうでもいいか。
「私のことは火紅邪でいいよ。百々氷なんて名字は言いにくいしね」
屈託のない笑顔でそう言う火紅邪。
「……善処する」
「なんか釣れないね。でもそこがいいよね。神之君の特権だね」なんて言い「あ、そうだ。一緒にお昼食べていいかな?神之君お昼まだでしょ?」と話題を変えた。
「……まだだけど」
「ならいいよね♪」
ふふん♪と気分良さげに前の席の椅子を使いオレの机に持っていたらしい弁当箱を広げた。
どうでもいいので顔を伏せて寝る体制を摂る。
「あれ、食べないの?」
「……オレのことは放って置いてくれ」
「え~。それじゃあ一緒の意味ないよー」
「……はぁ。気にするな」
「ま、いっか。なら神之君をおかずにして食べよっと♪」
「――それはやめてくれ」
「なら一緒に食べようよ」
「……はぁ。分かった」
どうにもオレと言うのは、押しに弱いのだと思った瞬間だった。
放課後の帰り、朝通ったショッピングモールを幼なじみである高橋鈴蘭と通る。帰宅する際に通るのは仕方ないが、このショッピングモールの空気にはどうも慣れない。
「クラスが同じならお昼とか一緒に食べられるのにね。一緒なのは朝と帰りだけなんだよね」
彼女とはクラスが違い、オレは1組で彼女が5組だから朝登校すると離れてしまう。
「私はほら、たくさん友達もいるし、面子もあるから休み時間は大体がお喋りかお手伝いになっちゃうんだよね」自慢か?「無愛想で暗いてーじとは違って」自慢らしい。
「だけど私的にはてーじと一緒がいい訳で……お昼はてーじのクラスにでも行くことができれば委員だけど……ふぅむ」
腕を組んで悩む。
「……別に好きにしたらいい」
そんな様子はあまり見ていたくないから、てきとーに言うと、
「うん。だよね」
パッと笑顔になって話を続ける。
「私もいつかはてーじのクラスに行こうと思ってたんだ。クラスが遠いからって、行かないのは幼なじみとしてどうだって話だね。よし、明日から行くね。てーじのクラスに」
「……あぁ」
頷いた時だった。
視界に黒い何かが過った。
――まただ
しかも鏡の中、朝もそうだった。きっと気のせいではない。
そう思ったら足が勝手に動いた。
どうしてかは分からない。が、どこか期待をひている自分が居た。退屈で鬱窟とした日常を壊してくれる、そんな展開が自分の周りに現れてくれることを。
「えっ?てーじ!」
スズの声は聞こえたが、高揚した気持ちは昂ってそれどころではなかった。
気付けば黒い何かを追い、どこかに居るはずの宛もない物体探しを始めていた。
――あそこでもない、そこでもない……っ
鏡の向こうに居る“黒い何か”を求めて探す。
なんでだろうか。なんでそれを求めるのだろうか。この高揚感はどこから来るのだろうか――。
そんな疑問を抱いて探し出した先は、朝眺めていた、ショッピングモールのファンシーショップのガラス張りのショーケースだった。
黒い斑点がひとつ浮かび上がり、異様な気分にさせる。
「……」
その斑点にオレは指で触れる。
――ぬぷ
すると、指先が斑点に溶け込み、波紋を打って沈む。
「――っ?!」
訳が分からず、引っ込めようと腕を動かすが、触れた指先は抜けず、むしろもっと入っていった。
「……くっ」
抜けない。反射的に引っ込めた手は戻らなかった。それだけでは厭きたらず、黒い斑点は自分を吸い出す始末だ。
手、手首、肘、肩とどんどん溶け込ませてゆく。
波紋は止まない。
自分の体の部位が次々と飲み込まれてゆく。
――そして気付けば、体全部が鏡の中へと吸い込まれていった
* * * * *
反転世界。黒い斑点に誘われた場所は、自分が居た世界とは違って、何もかもが逆である反転した世界だった。
だが違う所がひとつだけあった。
人が居ない。あらゆるものと言うものの中で、人が居ないのだ。
――ここはどこだ?
押し寄せる疑問。波打つ静寂。
反転とした世界は静かで、物寂しい場所であった。
閑散としたものしかない世界。全てのものが反転して、それだけの世界。
そんな場所にたったひとり、オレが残された。
「……何が起こっている?」
「――反転現象」
答えたのは、ひとりの少女。
碧色のかかった白髪の、小柄な少女だった。
敢然と、そこに在るのが当たり前のように当て嵌まる、不思議な雰囲気を持つ少女がそこに居た。
「……リバーシ?」
「そう。黒と白、現実と夢のように表と裏がある。鏡も然り。そこに在り、気付くことが出来ればいつでも姿を見せる」
彼女が何が言いたいのかさっぱりだった。
「貴方はこの世界を知った。だからこの世界に顕在した。そして顕在する意味を持った」
「……どういうことだ?」
「分からないなら分からないでいい。今はきっと、その時ではないから。貴方はここでの重要な存在と成るのだから」
オレは彼女の言葉を理解出来なかった。
いきなり過ぎて頭の回転が遅れる。
鞄から取り出してチョコを食べる。
そうしないと落ち着くことな出来ない。冷静になれない。
「それに……奴らは簡単には時間をくれないみたい」
「……奴ら?」
「あれ」
彼女は指差す。
その先を見る。黒い物体がホール状に丸くなり、そこからスライムの要領で形作り固体化する。それが幾つも、だ。
意味が分からなかった。
音もなく現れた彼女もそうだが、突然現れた黒い何かも分からなかった。
――……黒い、何か?
確か、オレをここに吸い込んだのも、黒い斑点だった。それまでは何か分からなかった。
「……あれは、なんだ?」
「奴らは良気を喰らうはぐれ者。この世から外れた秩序を乱す所謂バグ」
彼女は説明をするが、理解するにはまだ時間が掛かりそうだった。
なんとなくは分かったが。
だが、今の現状は非現実的で即対応とはいかない。順応するには簡単な問題でもない精神的なものもある。
「奴らはわたしが応戦する。貴方は見てて」
――何を
と声を出す前に彼女は動いた。
切れのいい軽快なステップで奴らに近付く。
「実体化」
彼女が呟く。
オレは非現実を見た。
彼女の手元に、鋭い透明な細い剣が現れた。それは悠然に、突然に。そこに元から在ったように。それが必然だと主張するように。
奴ら、名状し難い黒い何かは彼女に向かい蠢いて襲い掛かる。
それらを彼女は掴んだ剣を振って振って切り裂いて対応する。
全部で10前後は居たはずの奴らは、ものの数秒で全滅していた。
黙視していたが、動きを認識出来たのは最初の数秒。剣を出した瞬間のみだ。そのあとの数秒はアクロバティック過ぎて何が起きて何を見ていたのか分からなかった。認識の外だった。
そして、口内は渇き咽は飢えているのに気付くのは全てが終わったあとだった。
混乱している頭で手を動かしチョコを口の中に運ぶ。
糖分が身体の血液を巡り脳に届く。
分かった。世界がつまらないのではなく、自分がつまらないと感じていたのだと。
足が、腿が、腰が、腕が、腹が、身体全体が震えている。それは武者震いと言うやつなんだ。
現実の中の非現実。
それがオレの求めていたもの。
現実だとどうしても限界を感じてしまう。だが、非現実なら未知数の未知に出会い自分の欲を満たしてくれる。
これ程の幸福はない。
が、分からないのは彼女の存在とこの世界の存在。それとどうしてオレなのか。接点はなんなのか。何をどうしてこんな展開になるのか、だ。
「貴方はわたし」
彼女はオレの前まで来ていた。
「それだけでも、覚えていて」
「……」
「いずれまたわたしと貴方は会うことになる。それは必然」
彼女の手がオレの肩に触れる。
脳がブレ、視界が揺れる。
「じゃあ、また」
その言葉と共に、ブラックアウトした。
元の世界に戻って居ると気付いたのは、幼なじみのスズの声が聞こえた時だった。
「てーじ!ここに居たんだーっ。もう、心配したんだよ!」
「……すまん」
「ほえ?どうしたの。素直過ぎない?てーじ」
「……別に」
「そっか。じゃ、帰ろっ」
「……あぁ」
オレとスズは帰路に着いた。
* * * * *
朝、いつものように遅刻ギリギリに登校すると、教室が騒がしかった。
原因はひとつ。
「お前ら、静かにしろ!てな訳で今日は転校生を紹介するぞ。入れ!」
朱久先生が合図すると、前の扉が開いてひとりの転校生が入って来る。
そしてその転校生は――、
「わたしは野上ツカサ。それ以上でも以下でもない」
先日に反転した世界で出逢った少女だった。