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ネオ アースガルド レコードオブウォー  作者: takaban19
第1章 白銀の聖女王
5/5

初陣1

「何故です父上! ジフ山賊団をこのままにしておけませぬ」

 1人の青年が激しい口調で、重厚な作りの机の前に座る、白髪交じりの中年男性に詰め寄っていた。

 青年の容姿は、茶色の髪、青い目を持ち端正な顔立ちをしていた。体つきは十分、青年といっていいほどの体格だが、容貌はどこか青年になりきれていない幼さが若干残っていた。青年の名はフェリオという。

 青年、フェリオの対面にいる中年の男性、フェリオから父と呼ばれた男、レリックは眉を寄せ、厳しい表情をしながら落ち着いた声音で、諭すように言った。

 顔立ちは親子だけあって、似通った部分があるものの、お互いの感情や考え方は対極にあった。

「何度でも言う。今は、動くことはまかりならぬ」

 父のその落ち着いた口調は、今のフェリオには逆に、苛立たされる。

「ジフ山賊団の被害はひどくなるばかりです。我が領内に行き来する、商人も被害にあっていると聞き及んでおります。我らが手をこまねいては、誰が奴らを止めるというのですか!」

 ジフ山賊団。

 ここ5ヶ月程前から、このイーストアングリア王国で村々や旅商人を襲う山賊の呼称だ。

 城壁に囲まれた都市部さえも襲う、その貪欲さと暴虐さは山賊の域を超えていた。ゴーストとも呼ばれ、恐れられていた。近隣に恐れさせるその異名は、疫病や侵略軍と同規模の恐ろしさを振りまいていた。

「都市軍を早期に出してさえいれば、このような事にならなかったのに……!」

 悔しさを露にフェリオは吐き捨てる。

 数は不明で、100名を超えるとも言われるジフ山賊団であるが、1000を超える動員数を誇る都市軍を出せば物の数では無いはずだ。

 ここで言う都市軍とは、コルグ都市の抱える軍の事だ。構成する人員の錬度や装備においては、国軍には大きく劣るものの数の力は大きい。

フェリオの言葉はたられば(・・・・)に過ぎないものの、一面の真理でもあった。ジフ山賊団の悪名をここまで広げたのは、彼らの悪行がその一因を示すが、悪行を止める為の防衛組織が、組織的行動を取らなかった事が一因を占めていた。

「理由は分かっていよう」

 父の言葉にフェリオは忌々しそうに、言った。

「バルハイト軍ですね」

 フェリオ達がいるこの地、イーストアングリア王国はアレグンド大陸の中原に位置する王国だ。

 レリックは椅子から立ち上がり、壁にかけられたアレグンド大陸全土を現した地図を見る。視線の先は2本の剣を交差させた国旗が書かれた国、イーストアングリア王国に向いていた。

「このイーストアングリア王国は内患に苦しんでおる」

 レリックの言う「内患」の意味はフェリオには容易に理解した。

 内乱。

 現在イーストアングリア王国は内乱状態にあった。

「内患により抵抗力が落ちた今、山賊という、本来なら大した事の無い病をここまでこじらせてしまった」

 フェリオは父の言いたい事が分からず、首を傾げるも反論する。

「それでも、早期に薬という名の、都市軍を投入していればここまでひどくならかった筈です」

「内患という病にかかっているのに、別の病の薬を投入すればより悪化するのだ。薬学は王立学園で学ばなかったか」

 フェリオは目を見開く。

「では、内乱という備えの為に都市軍を、山賊退治に動かせなかったというのですか!?」

 レリックは答えない。だが、その沈黙が雄弁に語っていた。

「間違っている!」

 激しく執務机を叩くフェリオ。

「軍とは、剣とは、民を守る為であるはずです!」

 フェリオの言葉にレリックは目を見開く。

「たわけが!!」

 フェリオが先ほど叫んだ音量以上でレリックは一喝する。その一喝にフェリオは息を呑む。

「目先の事しか見えぬ愚昧の輩と変わらぬ事ばかりを言う。今、この都市軍を動かせば、バルハイトの押さえが利かぬ。名実共に奴がこの国の実権を握れば、遠からずこの国は滅ぶ事が何故分からぬ! 農夫らが我らの無策ぶりに怒るは分かるが、このレリック家を継ぐお前が農夫と同じ考えでどうするか!!」

「で、ですが!」

「くどい!!」

 レリックの言葉にフェリオは悔しげに下を向く。

 丁度、その頃を見計らったかのようにドアをノックする音が聞こえた。

「失礼いたします。旦那様」

 ドア開けて入ってきたのは、執事だった。

「どうした」

 若干不機嫌そうなレリックの言葉にも執事は、プロ意識の賜物か顔色を変える事無く、淡々と言った。

「ランドルフ様の会合のお時間が迫っております。そろそろ準備をされたほうがよろしいかと」

 執事の言葉にレリックの視線は、重厚な作りの壁時計へと向ける。

「そうだな、分かった」

 レリックはフェリオを一瞥してドアへと向かう。そのままフェリオを見る事無く言った。

「この話しは終わりだ。くれぐれも軽挙妄動は慎めよ」

 レリックの背を見送る執事は一瞬だけ、フェリオを気遣わしげに見るがそのまま軽く一礼して立ち去った。

 部屋に1人取り残されたフェリオは拳を硬く握る。

「いくらこの国が内乱中とはいえ、このままジフ山賊団らを野放しにしていいはずが無い……!」

 その言葉には強い決意と、現状に苛立つ若者の葛藤があった。



 青年には幼い頃に夢見た事があった。

 母がまだ生きていた頃に、幼い時に読み聞かせてくれた英雄達の物語。

 悪竜を討ち、人々を絶望から救った王の物語。

 浚われた姫を救い、王から絶大な信頼を寄せた忠実な騎士の物語。

 わずか300の兵で、10万の敵を打ち破った名将と呼ばれた騎士の物語。

 攻略不可能と呼ばれる迷宮を次々と攻略する最強の冒険者の物語。

 多くの幼い男子にとっては、誰もが自分がそうなることを夢見る英雄物語。

 流石に今年で19歳になった今では、絵本で見たような英雄物語で自分がなれる、とは本気では思ってはいない。それでも、剣の腕にはそれなりに自信はあるし、この国の貴族の一員として生まれてきたからには、この国に貢献し騎士、あるいは貴族として大役を果たしたいという、若者特有の夢と野心を抱いていた。人々から今では「ゴースト」と恐れられているジフ山賊団を討伐する事に、国を憂う心を持つと同時に、ジフ山賊団を討つ事で自分の名声を高めたいという野心もまた否定できなかった。何より、自分の意見を無視し、子供扱いする父を見返してやりたい。

 ジフ山賊団を退治し、その高まった名声を元にこの内乱を収めて、自分がこの国を支える人物になる。そして美しき女王、シルヴィアを支える騎士になるのだ。

 フェリオ・アイレスの名は、このイーストアングリア王国で普遍の存在となるのだ。

「……っろ! 起きやがれっ! ぼんくらども!!」

 甘美な夢は、耳に響くどら声で霧散した。

 フェリオは不機嫌な目で、どら声の主を見る。

 どら声の主は、しつも館に控える若いメイドでは無かった。たおやかさ存在とは無縁の存在がそこにいった。

 頭は完全に剃りあげ、筋骨隆々の中年の男が、唾を飛ばしながら怒声を上げていた。鎧こそ着ていないが腰元にはブロードソードをぶら下げており、いかにも暴力を生業とする雰囲気を漂わせていた。

「さっさと起きろ! ここは託児所じゃねぇぞ!」

 干草を敷き詰めただけの粗末な寝台から慌てて、起き上がる。他を見ると、フェリオと同じく粗末な寝台からもそもそと起きる、男達の姿があった。

 フェリオがいるのは、寝台だけが並んだ狭い部屋の中だった。狭い部屋の中に10ある寝台に押し込められるように、フェリオ以外にも若い男達がいた。

「3分で支度して来い!」

 スキンヘッドの男はそれだけ言うと、慌しく出て行った。それを見たフェリオは寝台の傍らに置いてあったブーツを手にとって履き始める。フェリオだけでは無く、他の男達も準備を始める。互いに挨拶をして、男達は慌しく部屋を出て行く。フェリオをもそれに続く。

 既に1週間同じ生活をしているので、行くべき場所は分かっていた。

 フェリオ達は外を出た。そこは町の外れにある場所だった。一行が向ったのは、開けた場所だ。そこには訓練用の、刃を潰した剣や槍が並べられ、また標的とおぼしきぼろぼろの案山子が立っていた。

既に、先ほどのスキンヘッドの男が腕組みして、むっつりとした表情で立っていた。

「ちんたらしてねぇで、早くしやがれ!」

 フェリオ達は慌てて各々、訓練用の剣を手に取り、防具を身に着ける。そして、スキンヘッドの前に並ぶ。

「よぉし、じゃあ何時も通り、組稽古から始めろ!」

 フェリオを含めた男達は、半分の人数に分かれてお互いに対面する。そして対面した相手に向かって、訓練用の武器でお互いに斬りかかった。

 フェリオは対面に位置する肩まで伸ばした赤毛の男、バレンに斬りかかる。既に1週間同じ生活をしているので目前の男、バレンの素性や名前は知っていた。

 バレンもフェリオと同じく貴族の子弟だ。幼い頃から指南役から剣術を教わっていたというだけあって、腕に覚えのあるフェリオでも苦戦する相手だ。更に上背ではバレンが上回る。その体格差を利用した戦い方を強いてくるが、フェリオは細かく動き回り上段から稲妻のほうに打ち下ろしてくる斬撃を凌いでだ。バレルと討ち合う事、20合。体は温まり、汗が噴き出てくる。

「交代だ!」

 スキンヘッドの声と共に、フェリオ達は対面する相手を1人ずらす。フェリオとバレンは互いに目配せする。言葉に出さずとも意味は通じていた。

勝負は次に持越しだ。

この組稽古は、それぞれが全員と戦うように時間を区切って稽古をする。フェリオとバレンの実力はほぼ拮抗しており、一度で勝負が付くことは無かった。引き分ける事もあったが、勝ち星は今の所、両者同じであった。もっともこれはあくまで稽古であるので、どちらが勝った所で、何も景品や商品を貰える訳ではないが、互いを好敵手と認めるからこそ負ける訳には行かなかった。この男達の中でも、フェリオとバレンの両者の剣の腕は抜きんでていた。その証拠にフェリオは既に、バレンとは異なる相手から既に、3度殺して(・・・)していた。

朝の稽古が始まってから1時間半が過ぎた頃、スキンヘッドが声を上げる。

「ここまでだ! 朝飯の時間だ。さっさと片付けろ!!」

 スキンヘッドの声と共に倒れこみ、肩で息をする者がいるなか、フェリオは目に流れ込む汗をタオルでぬぐいながら、防具を脱ぎ始める。

「今日は俺の勝ちだな」

 フェリオの隣に来たバレンが、自らの赤毛後ろに縛りながら、嬉しげに言った。

「ばかを言え、引き分けだ。終わり間近に、僕が取った」

 防具を片しながら、汗だくになった上着を脱ぎつつ、フェリオは横目でバレンを睨む。

「確かに取られたが、取られた場所は左腕だ。俺が取ったのは、お前の脇腹。実戦なら、俺の勝ちだ」

「……それを言い出したら、昨日の勝負は引き分けでは無く僕の勝ちだ」

 バレンは呆れたように言った。

「坊ちゃん顔の割に、負けず嫌いだよな、フェリオは」

「お前に言われたく無い」

 フェリオは軽くバレンを小突く。

「ま、いいさ。早く行こうぜ。もう腹ペコだ」

バレンはフェリオの肩を軽く叩き、促す。フェリオとバレンは並んで歩きつつ、訓練場を横目で見やる。

「もう、1週間だな。今日で訓練は終わりだ」

 バレンの言葉にフェリオは無言で頷きつつ、自分達と同じように訓練に参加した者たちを見る。

「数も初めは40人近くいたが、半分近くに減ったな」

 フェリオ達が参加している訓練、これはある目的の為の、一種の篩いだった。

 ある目的とは何か?

「いよいよ、ジフを討つときが来たな」

 腕が鳴るとばかりに、バレンは右拳を己の左手のひらにぶつける。

 フェリオ達はこのイーストアングリア王国で跳梁する、ジフ山賊団を討ち取る為に集まっていた。

ジフ山賊団を討ち取る為に、臨時に組織したこの一団を設立したのはフェリオ――では無かった。

「おい、団長様だ」

 バレンに腕を小突かれ、馬に乗った数人の一行を見る。一行の中でも一際、体格の良い馬、単なる農耕馬ではなく、白い軍馬に跨った若い男がフェリオ達を見て声をかけてきた。

「朝の訓練ご苦労」

 男は、腰に剣を吊るし、人目で高価なミスリル製と分る胸当てを身に着けていた。年齢はフェリオ達とそう変わらない筈だが、上位者としての威厳を身にまとい、振る舞った。

「はっ!」

 フェリオとバレンは膝を地面に突かないまでも、声をかけた男の前で身を正した。

 目の前の白い軍馬に跨っているこの男の名はコールマン。今回のジフ山賊団を討伐する為の一団を組織した男だった。見た目こそ若いが、名門ウィン伯爵家の血を引き、俊英ぶりが王都でも知られ将来を嘱望されていた。

 コールマンは馬上から鷹揚に頷いた。

「卿らは最後までよく残ってくれた。ジフを討つのに、卿らの力を当てにしている」

 尊大な口調にフェリオは内心では、眉を潜めつつも無表情で答える。

「全力を尽くします」

「ああ」

 言ってよいとばかりに、軽く手を振るコールマン。フォリオとバレンはその場を離れる。

 距離が離れるとバレンは苦々しい口調で吐き捨てる。

「ちっ、あの若殿は人をイラつかせる才能が有りすぎるぜ」

 バレンの言葉には思わず頷きそうになりつつも、フェリオは宥める。

「そう言うな。今回のジフ山賊団討伐軍を組織したのは、間違いなくコールマン殿の手腕によるものだ」

「けっ! 俺だって名門伯爵家の息子なら、揃えられる」

 バレンはそう言いつつも、自分でも単なるやっかみだと気付いたのだろう。ばつが悪い表情を作りつつ、続ける。

「俺も貧乏子爵の三男じゃなければ、自前で100の軍勢をこさえて、さっさとジフを討ち取ってやるんだが」

 バレンの言葉に、フェリオも思う。フェリオも出来る事なら、自分自身の手で強い軍勢を率いて悪名を鳴らすジフを討ち取りたい。だが、男爵家の跡取りに過ぎない自分にはそんな権限や力も無い。仮に、男爵家の当主であってもジフ山賊団を討ち取れる程の軍団を組織できる力や財力も無い。

「まっ、いいさ。最後にジフを俺達の手で討ち取れば、この俺、バレン・ウォードマンとフェリオ・アイレスの名はイーストアングリア中に知れ渡る」

 にやりとバレンは笑い、フェリオの肩を強い力で叩く。

「頼むぜ、未来の俺の副官。将来、俺が将軍になったら副将軍に任命してやるからな」

 若者特有の傲慢な自信の笑みを浮かべつつ、バレンは言った。

「お前が将軍になったら無茶苦茶な軍団になる。お前こそ副将軍あたりが相応しい」

 バレンの腕を払いながら、フェリオも笑いながら返した。

「うるせぇ、むっつりスケベが」

「黙れ、発情男が。お前のような品位の無い男が、名誉ある将軍になれる訳がない」

 悪態を突き合う2人だが、顔は笑っていた。バレンとは出会って1週間に過ぎないが、まるで旧知の間柄のように、波長が合った。バレンは己の夢を、フェリオに語っていた。

 バレン・ウォードマンは貴族の血を引くものの、爵位は貴族でも最下位の子爵だ。家を次げるの長男だけで、三男のバレンはこのまま行けば平民だ。新たな貴族家を立てる程の財力は実家には無い。バレンに頼れるのは己の才覚のみ。

「俺はのし上がってやる。いずれ、この国最高の騎士と呼ばれるようになってやる」

 バレンの夢とも野心とも取れるその思いは、フェリオが抱いているものと同じだった。

「そうだな。ジフを討ち取って、僕たちの力でこの内乱も早急に収める。そして王城に幽閉されているシルヴィア王女をお救いしてみせよう」

「ああ、そうだな……、そういやぁシルヴィア王女は、大層美しいらしいが本当なのか?」

 フェリオは冷たい目でバレンを見る。

「あんだよ、その目は」

「シルヴィア王女の美醜を気にするとは……下衆だな」

「うるせーよ! だが気になるだろっ男としては」

 記憶を探るようにフェリオは遠い目で空を見上げる。

「1年前に、王都アークガーデンに父上と共に上がった時に、遠目でお見かけした」

 興味津々といった感じで、バレンはフェリオに詰め寄る。

「で、どうだったんだ?」

 フェリオの脳裏に浮かんだ記憶の1枚。数人の侍女を突き従えて、歩くシルヴィア王女の横顔。

「黄金のような金髪、どんな宝石よりも輝いていた碧眼、滑らかな白磁の肌は名工の陶芸品さえも霞む。……これは、シルヴィア王女の容貌を当時の間で謳われた、語り部の一節だ。最初に聞いた時は、大げさと思ったが、お見かけした時は何となく分る気はした」

「おお……う」

 フェリオの説明にバレンは興奮したように、目を爛々とさせる。

「いいねぇ。燃えるぜ!」

 奇声を上げるバレンに、やれやれとばかりに首を振るフェリオ。だが、と思う。シルヴィア王女は確かに美しかった。まるで物語に出てくる王女様のイメージをそのまま具現化したような存在だった。だが、今、気にかけるべきはジフ山賊団を討伐する事だ。更に今の重要課題はと言えば。

「早く飯を食いに食おう。コールマン殿に声をかけられている間に、僕らが一番遅れている」

「おう!」

 フェリオとバレンは小走りに、食堂に向かった。



 訓練場に残っていたスキンヘッドの男は、軍馬に跨って近づいてくるコールマンに目礼する。コールマンはスキンヘッドの男を見下ろし、一方的に言った。

「予定通り、1時間後に出発する。問題無いな?」

 言葉こそ確認口調だが、それは反論を許さぬ命令だった。

 スキンヘッドの男、ベテランの傭兵である彼は、流石にフェリオ達に向かって放っていた暴言は目前のコールマンには吐く事は無い。何故ならコールマンは今回の雇い主だ。

「了解です」

 男の頭の中で、ジフ山賊団を討ち取る為に組織された一団の戦力。

 義勇兵20人、傭兵60人、コールマン直下の兵士が10人からなる、総員は100人の武装兵団だ。義勇兵は先ほどのフェリオやバレンのように、今回のジフ山賊団を討つ為に、コールマンが呼び掛けた結果、集まった者達だ。主に義憤に駆られた若者がほとんどだった。当初は、コールマンがその全てを受け入れるつもりだったが、そこは男が強硬に反対した。ジフ山賊団との戦いの主戦場は狭い地形の山場が想定される中、錬度の低い素人に毛の生えたような兵は邪魔になりこそすれ、役には立たない。平野であれば、数合わせにもなるが、今回のような戦いでは不要の存在だ。そこで一週間かけて篩いにかけ、更に傭兵達との連携訓練も積ませた。

 フェリオやバレンといった、それなりに使える者もいて傭兵との連携もこなせるようになった。しかし、と思う。

(後、一週間は欲しい所だ……)

 男にとって気がかりなのが、ベテランの偵察兵《スカウト》の数が足りていない。特に視界の狭い山岳地帯には偵察兵の存在が戦場に大きな影響を与える。後、一週間あれば男の伝手で、ベテランの偵察兵が調達できるのだが、雇い主《コールマン》の許可は降りなかった。そもそも、この一週間にしても、早急に出発しようとするコールマンを宥めて何とか得た猶予なのだ。確かに期間が長くなればなるほど、傭兵達に支払う金も膨れ、更には彼らを喰わせる為の食事も無料では無い。

(ジフという獲物を駆る為に、十分な準備が必要なのだが、な)

 男は10年以上、傭兵を生業とするベテランであるからこそ、ジフの能力を分っていた。狡猾さに加えて荒くれ共の山賊を率いる高い統率力、山賊とは思えぬ程の冷徹で合理的な判断力。しかし、男もプロだ。雇い主の意向には逆らえぬ。それに自身の望むような、準備を得られるまま、戦場に赴くのは今回が初めてでは無い。与えられた状況で万全を尽くすのみ。

(しかし、懸念材料が2つあるのは痛い)

 男の視線が、コールマンの両脇に、主君を守るように控える護衛の男達に向かう。彼らはコールマン直下の兵士だ。装備はコールマン直下の兵士だけあって、かなりのものだ。ミスリル製とはいかなくとも、名工が鍛えた鋼製の鎧や武具を装備していた。錬度もそれなりに見て取ったが、彼らはあくまでコールマン直下の兵であるため、傭兵らと連携する事を明確に拒絶していた。それはコールマンも認めていた。そんな事もあって、傭兵らと彼らコールマン直下の兵士とはギスギスした空気が流れている。

 唯一の救いと言えば、当初は役立たず扱いしていた、義勇兵の若者らの士気が高く錬度もそれなりになり、傭兵らとは合同訓練を通じて仲もそれなりに良く連携が取れるようになった事だ。だが、男にとってそれらの問題よりも一番頭を悩ますのが。

「食糧だが、君が言う程の量を準備する必要は無い。半分に減らすように指示しておいた」

 これだ。

 自身を有能な存在であると思っているのか、事あるごと口を出して、横から指示を出す。全ての段取りが狂う。

(今はまだ、段取りが狂うだけで済むが、下手をすれば命を差し出す羽目になる)

「必要分の食糧については説明した筈です。勝手に減らされては……」

「黙れ! 雇い主たるコールマン様が指示した事を、口出す事ではないわ!」

 コールマンの横に控える、貴族の子弟を思わせる細面の青年が、蔑みの目で馬上から男を見下ろす。コールマンは鷹揚な仕草で、青年を手で制す。

「不安も分らんでは無いが、教えてやる」

 コールマンは出来の悪い生徒を諭すように、男に言った。

「山借りを行うのであれば、滞在期間も分らず十分に食糧も必要だろう。だが、今回はジフが潜む砦の場所も分っている。何より、食糧を多く運べばそれだけ、牛馬も必要になり輸送に兵が回される。動きが鈍重になり、それだけ地形に精通する奴らに付け入る隙を与える」

 自らの考えの正しさを確信するような口調で言い放つコールマンに、傍らの部下らは称賛の目を向ける。

「おお、流石はコールマン様」

 次々と追従の声を上げる、コールマンの兵士に男は苦々しい表情を浮かべる。

 男は反論しようと口を開きかけるが、やめた。雇い主が決断した以上、これ以上口を開いても無駄だ。

「では、準備があるので」

 男はコールマンの前から立ち去る。コールマンのいない間に、持ち込む食糧をこっそりとかさ上げする。当初、男が予定していた食糧分は無理だとしても、2割程かさ上げする分には分らないだろう。

 男は不安材料を考えつつ、方針について思いめぐらす。

 ベテラン偵察兵の不足。

 コールマン直下の兵士と傭兵の連携不足と不仲ぶり。

 実戦経験が乏しい秀才肌で、自己顕示欲の強い依頼主《コールマン》の存在。

 地の利に精通した有能な敵《ジフ》。

 中長期戦を想定していたが、短期戦を考えねばならない。とすれば、採るべき戦術は限られてくる。選べる戦術という名のカードの手札は多いに越した事は無いが、仕方が無い。だが、幾多の経験を積んだ男にとって、今回の依頼は過去でも類を見ない程の難度である事を悟っていた。

 男は心の片隅で愚痴る。

(この依頼を受けたのは失敗だったか……)

 それでも引退を考えていた男にとって、破格の依頼報酬は断るには魅力的過ぎた。傭兵としてそれなりに名の知れた男であるが、このままずっと傭兵として生きて行く事の難しさは知っていた。かつては、剣一本でのし上がる事を夢見ていたが、そんな考えが幼稚じみた夢である事に気づくのは早かった。

(この依頼を終わらせて、傭兵稼業も終わらせる)

 男は頭を振って、意識を切り替える。

防具や武具の手入れをしている部下の傭兵達にどら声で、指示を出す。

「出発準備を進めろ! 楽しい山賊狩りの始まりだ!!」


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