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ネオ アースガルド レコードオブウォー  作者: takaban19
第1章 白銀の聖女王
3/5

ニューゲーム1

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挿絵(By みてみん)


眩しい。

茂彦は反射的に、右手で目元を覆う。

ふと、都会暮らしではとんと縁の無い、嗅ぎ慣れない森の匂いを感じた。

意識が急激に覚醒する。

茂彦は今まで感じた事のないような、深い眠りから覚めたような爽快感を覚える。

まるで真昼間のような明るさを感じ、目を細めながら上体を起こして辺りを見渡す。

「……何だぁ、ここ?」

 我ながら間抜けな言葉。

 全く見慣れる風景が広がっていた。目前にあるのは狭いが、愛着のある自室ではなく、360度見渡す限り、木々が広がっていた。と、下を見下ろし自分が寝そべっていた場所はというと、柔らかいベッドでは無く、冷たく、硬い石の上だった。

 石は明らかに人の手が入っていた。表面が平らに削られ鏡のように光沢を放ち、文字のようなものが彫られていた。その文字が何の文字か気になる以前に、何故自分がここにいるのかと茂彦は、記憶を探る。

確か、自室で寝ていた……?

違った。

 記憶を思い出さそうとすると、焦げ臭い車内の光景が脳裏にフラッシュバックで蘇る。あの時の息苦しさを思い出し、茂彦は大きく喘いだ。

「かはっ……!」

 思わず、右で胸を押さえる。

 そうだ。

 自分はネバーワールドⅢを買いに行った帰りの電車で、事故に巻き込まれた。最後に残った記憶は、何かに打ち据えられたかのような強い衝撃だった。

 こうして意識を取り戻したという事は、自分は生きているのだろう。意識を取り戻す直前に何か、印象的な夢を見ていたような気がするが、思い出せない。もっとも、得てして夢とはそういうものだろう。茂彦は夢に関してはそれほど気にならない。何より、気になるのは。

「どこ?」

 呆然と呟く。

 あの事故に巻き込まれ、意識を取り戻すのであれば病院の一室ではないのか。まさか、本当はあの事故で自分は死んで、死後の世界に来ているというオチでは無いだろうか。自分でも突拍子でも無い考え、と思いつつも状況を確認するのが先、と茂彦はゆっくりと立ち上がる。

 どこか、ひどく冷静な自分の思考に違和感を覚えつつも、茂彦は自分の姿を見下ろす。

 色あせた青色のジーパンに、襟元が洗濯しすぎてよれよれの、赤色の長袖のシャツを着ていた筈だ。が、今の茂彦が見に付けているのは黒色のローブを身につけ、マントを羽織っていた。ローブには金糸で文様のようなものが織り込まれている。マントもスーツと同様に黒色で、国旗のような紋章が複雑に織り込められていた。

全く見慣れる服装。見た事も無い。だがこの服を見た時に、知っているかのように服の名前が浮かぶ。

(旋風のローブ……まさか)

 茂彦は目を見開く。

 更に、左手の腰のベルトにぶら下がっているモノを見て、驚愕の度合いを深める。平和な日本では縁が無い代物である筈の、剣がぶら下がっている。茂彦自身、剣に馴染みがある事はなかった。

 恐る恐る剣の柄に手を触れて、鞘から剣を抜いた。どういう訳か、剣の柄に触れた時に感じたのは長年親しんできたかのように、馴染み深い感覚を覚える。まるで、手に吸い付くように、剣の柄は茂彦の右手に納まる。柄から抜け出た刀身は、映画で見るような、鋼色ではなく、黒色だった。刀身の淵は赤く、どこか禍々しささえ感じる。

「魔剣グラム、か」

 見た事はない。だが、自分はこれを知っている。脳裏に浮かぶ答え。

「ネバーワールドだと?」

 呟きつつ、魔剣グラムを熟練の剣士であるかのように手馴れた仕草(・・・・・・)で鞘にしまう。改めて自分の格好を見下ろす。足元を見ると、移動速度を上げる魔法効果を付与された「ブラストウィンド・ブーツ」と呼ばれるブーツを履き、左手の一指し指には、魔法能力を高める機能を付与する「賢者の指輪」がはめられている。左手の腰にぶら下がる(魔剣グラム)と対比するように、右手の腰にぶら下がっているのは小杖(ショートスタッフ)だった。小杖の名前は「ウィンドショートスタッフ」、ベルトポーチは、収集能力を高めた「インフィニティバッグ」だ。

 茂彦が見につけている装備。

 最後にネバーワールドをプレイした時に、装備していたものを同じだ。

 インフィニティバッグの中身を確認しようと、袋口を開けた瞬間に、何が入っているのか一瞬で理解する。回復薬、魔法効果のあるアクセサリー、通貨等。ベルトポートの見た目の体積からは、とても収まりきれない程の荷物が魔法効果によって広げられた空間の中に存在しているのが知覚できた。それらを一瞬で取り出す方法も、悟る。

 インフィニティバッグから、荷物を取り出し、そこからまた収納できる事を試してみると普通にできた。

 効果が低く、数が余りある回復薬を飲んでみると滋養強壮剤に似た味がした。

「……中々、行けるな」

特に体力が回復した感じが全くしないのは、今が全快状態のためか。

「本当にネバーワールドの中かよ」

 先ほどの体験から、そうとしか思えない。もしくは死後の世界かもしれない。だとしても、茂彦の知るネバーワールドの仕組みが働いているのは間違いなさそうだ。もし、学生時代の自分であれば同じ状況に置かれたなら、狂喜乱舞していたかもれない。今の茂彦は自分でも違和感を覚える程に、冷静に状況を判断しようとしていた。

(あれ? 俺ってこんなに落ち着いているやつだったかな)

 自分でも、動揺しやすく、不測の状況にかなり弱い、というのを自覚していただけに尚更、自分の冷静さに違和感を覚えている。

(だが、まぁいい)

 頭をふり、違和感の正体についてはこれ以上気にしない事にする。現在、重要なのは状況把握である。確認すべきは自分のいる場所の特定だ。

 ネバーワールドやプレイしている時には、画面の右上に地図が表示され常に自分がどこにいるか分かっていた。だが、茂彦の目前には画面など当然無く、地図も表示されていない。

 インフィニティバックから地図を取り出し、茂彦が横たわっていた石の上に広げる。広げている地図は、ネバーワールドでの最後にプレイした世界した世界での、世界地図だ。地図に大きく3つの大陸が広がっている。

 東にあるのは、牛の顔の形に似たユーズドガリア大陸。

 南にあるのは、細長に広がるトラストバリア大陸。

 西にあるのは、土を盛り上げた木のような形のアレグンド大陸。

 今いる自分の位置はというと……。

 茂彦は空を見上げる。太陽はこの世界にもあった。ただし色は赤く、大きさもかつての世界で見た太陽よりも大きかった。

 視線を空から落とし、インフィニティバックから六文儀と懐中時計を取り出す。ネバーワールドの中にも六文儀と懐中時計はアイテムとして存在していた。このアイテムを持っていると、船に乗っての移動が早くなるのだ。六文儀の使い方など当然知らない筈だが、今の茂彦にはどういう風に使えばいいのか、はっきりと分かっていた。六文儀を、茂彦が横たわっていた石の上にセットし、懐中時計で時間を計りながら太陽の高度と位置を確認する。

「今いるのは、アレグンド大陸か」

 場所を絞り込むと、アレグンド大陸の南部にいる事まで分かる。インフィティバッグからアレグンド大陸の詳細を記した地図を取り出す。茂彦が地図のある一点に視線が止まる。

 レダの神殿――。

 地図上ではそう記されていた。だが、周りに神殿らしき建造物は見えない。

 と、茂彦は自分自身が横たわっていた石畳に視線を落とし、目をこらす。

片隅に馴染み深い文字が彫られている。日本語だ。書かれているのは。

「レダの神殿」

 周りをよく見渡すと、木々の他に石が削り取られた後のような跡がいくつも残っていた。

(辺りの様子を見て回るか)

 ひとまずの方針を考えた時、脳裏に浮かんだのは探索系の魔法を使えば速いのでは無いか。

 魔法――ネバーワールドの中には、ファンタジー世界の中では当然というべきか、魔法が存在する。魔法には等級が存在し、最低レベルの8等級から最高レベルの1等級まで存在する。

 先ほど思い浮かべた探査系の魔法――『エスクテンズ・サーチ――地形探査』は等級で言うと、5等級の魔法だ。効果は術者を中心に周りの地形が分かるというものだ。把握できる距離や正確さは、術者の魔力や技量に依存する。

 この魔法を使えば手早く、回りの状況を把握できる。魔法を本当に使えるのか? という不安は無かった。むしろ、呪文を唱え魔法を行使できる事に確信さえあった。

 だが、茂彦はあえて魔法を行使する事を選ばなかった。魔法も万能では無く、使用すると回りに使用された事が知れるのだ。もっとも全ての魔法がそうという事は無いが『エスクテンズ・サーチ――地形探査』は広範囲に影響をもたらすので、より顕著に使用した事を周囲にしらされる。もし、自分に害意を及ぼす存在がいた場合、魔法を使用する事でみすみす自分がここにいると大声を出して、危険を呼び込む事になる。

(一旦、周囲を目で見て確認してから、探査魔法で確認するか)

 茂彦は歩き出そうと思ったとき、ふと何かを思いついたようにインフィニティバッグから鏡を取り出して自分の顔を映す。

「うひゃ、やっぱり」

 鏡に映った顔は予想通りというべきか、見慣れぬ傷(・・・・・)を負った、見慣れた顔が、がっくりとした表情で映っていた。

 目の下に隈があり、若干不健康そうな顔の青年だ。この顔は、茂彦が見慣れた自分の顔である。ネバーワールドのシグルドの容姿については、茂彦自身の容姿と一致するように設定していた。

鏡に映る容姿で印象的なのが、左の頬から首元まで伸びる爛れた火傷の痕があった。茂彦は鏡に映る、自分の顔に走る火傷の痕を指でなぞる。この火傷の痕は、実際に負ったものではない。アースガルド戦記で、自分の分身たるシグルドに火傷の痕を負わせた設定なのだ。容姿の設定については、あくまでシグルド=自分という事なので、自分と全く同じようにしてある。別段、自分の容姿が気に入っている訳では無く、より自分自身がネバーワールドに入り込むためだった。容貌については、この火傷の痕以外は全く同じの筈だ。火傷の痕があるだけで、どこか顔の印象が大きく異なる感じはする。

 茂彦は火傷の痕をさすりながら、呟く。

「こんな事になるとは、な」

 が、すぐに頭を振る。気にしても仕方ない。むしろ、火傷の設定が残っているという事は、最高レベルまで鍛えたパラメータも残っている筈だ。

シグルド・ヴァン・リーヴァ。

 光の王、アーサー・ペンドラゴンの実弟であり、その王の右腕としてアースガルド王国の発展に尽力。アースガルド王国が出来るまでは、アーサーと共に2人で幾多の迷宮を攻略して冒険者としてもアーサーと共に名を馳せる。アーサーが別の世界に旅立ってからは、幾度の困難を乗り切り、アースガルドの王になった英雄となった存在。

 斉藤茂彦という気弱で臆病な人物とは対極の存在である。

(夢の世界か、死後の世界か)

 シグルド(・・・・)は薄く笑う。

 斉藤茂彦という人物は死んで、死後の世界に来ているのか。あるいは病院で植物状態となって、果て無き夢を見ているのかもしれない。

「生きてやるさ。夢なら醒めてみせろ。殺すならもう一度殺して見せろ」

 空を見上げ、不敵に笑いながら言った。

 シグルドは大きく一歩を踏み出した。




 シグルドは警戒しながら、木々の間を進む。

 その間で生き物の姿を見る。鳥、リスに似た小動物等。少なくとも、自分に危害を加える存在は今の所、見られない。

 遠くで、音が聞こえる。耳を澄ますと、水が流れる音が聞こえた。

(滝の音か)

 水の発生地には人が住む傾向がある。もしかすると人がいるかもしれない。

ひとまずは、接触せずに遠目で確認するか。

シグルドは警戒を解く事無く、水の流れる方向へと向かう。

「むっ……」

 嫌な予感がし、足を止めて目を細める。前方に目に見え難いワイヤーが張っているが見えた。注意深く近寄って確認する。

(鳴り子と連動した罠か)

 ワイヤーに引っかかれば、音が鳴る仕組みの罠だ。罠の対象相手が、獣なのかそれとも人間なのかが気になるが、シグルドは、ワイヤーは解除せずそのままやり過す。ふと、自分の持つスキルについて思い起こす。

(確か『早期警戒』と『偵察』のスキルを持っていたか)

 だからこそ、罠の存在にいち早く気付いたのだろう。でなければ、サバイバルスキルなど持ち合わせていない、現実世界に生きていた頃の自分であれば発見は困難だった筈だ。

 そのまま進むと滝の流れる音がはっきりと聞こえてきた。

 滝つぼがあるのが見えた。その滝つぼに人影があった。人がいる事に、どこか安堵する。だが喜び勇んで声をかける事はしない。もしかすると、自分に害意を抱く人間かもしれない。

 様子を窺おうとシグルドはうつ伏せになり、木々に紛れるように匍匐前進で進む。匍匐前進で進みながら自嘲の笑みを浮かべる。

(外から見れば怪しいのは自分だな)

 隠れながら、水浴びをしている人影の様子を窺おうとする様は、傍から見れば覗き魔だ。

(どうか、女でありませんように……)

 別に男の裸が見たい訳ではない。単に自分が女の裸を覗き見するような変態では無い、という思いから、そんな願望を心で呟く。

 が、そんなシグルドの願望を打ち砕く光景が広がっていた。その目前の光景を見て、目を見開く。

 1人の若い女が水浴びをしていた。

 背中まで伸びた青い髪、切れ長の碧眼、白磁のような透明感のある肌。

 美しかった。

 美人な女というのは何人も見てきたが、これほど引き込まれるような美貌の女を見た事がなかった。

 美貌の女はどこか物憂げな表情で、髪を梳いていた。俗臭というものを感じさせず、妖精と言われても違和感が無い。まるで一枚の神聖な絵画を見たような感動を覚える。

 一瞬、息をするのも忘れる程に見入ってしまう。

 女が滝つぼから上がり、裸身を晒す。陽の光が、裸身の水滴を照らし幻想的な姿に見える。水浴びを終えて女が滝つぼから離れた時に、シグルドは我に返る。

(どこの女だ?)

 見知らぬ美女の素性について推測する。一介の村娘には見えぬ程の美貌だ。あるいは、ネバーワールドの中では、これほどの美貌を持った女は珍しくないのだろうか。

(ぬっ……あれは?)

 女が身に着け始めた、鎧を見て眉を潜める。

 どうやら女は村娘では無く、戦を生業とするようだ。女の装備をよく見ようと注視しようとした時――意識が逸れたせいか、肘で小枝を折ってしまう。

 ほんの小さい音。だが、女には聞こえたようだ。

「誰かっ!?」

 女の物憂げな表情が一変し、こちらを鋭い眼差しで見据え、小声で何かを呟いている。

(魔法かっ!)

 女が呟いていたのは呪文だった。魔法が行使されたのを確認。

『フィギア・サーチ――人影探査』

 女が唱えた魔術は第5等級の魔法で、人影や生物の能力を探査する。一見すると戦士に見えるが、第5等級以上の魔法を使える魔法戦士だ。

 間違いなく、自分がいるのを知られた。

 警戒心と敵意を滲ませ、腰に吊るしている剣の柄に手を置きながら女がゆっくりと近づいてくる。美女が鋭い眼差しでこちらを見据えてくる様は、迫力がありすぎて怖い。

 どうするか。

 シグルドは判断を迫られる。

 逃走するか? それでは、敵として認識される可能性がある。逃走できればよいが、美女に仲間がいて捕まった時の事を考えれば、言い訳が思いつかない。

 判断に費やした時間は一瞬。

 一旦、姿を見せて謝罪の姿勢を見せる。

目の前の美女から色々と、この辺りの地理の状態等の情報を聞きたい。謝罪しても敵意を見せてくるようであれば、その時に考える。何より、美女の発した言葉がシグルドの知る言葉であったので、コミュニケーションが可能である事に一縷の希望を託させる。

「待て、姿を見せる」

 自分は覗き見なんてしていないぞ、とばかりに偉そうな口調を吐きながら、うつ伏せの上体からゆっくりと立ち上がる。シグルドは自分自身の口調に、自分に突っ込み、内心で失笑する。

(おいおい、どう見ても、お前覗きしてただろ)

 敵意が無い事を示すように両手は上に軽く、上げておく。

 それでも、美女が敵意を解かず攻撃の姿勢を見せた時に備えて、頭の中で辺りの地形状況を思い浮かべながら、逃走ルートと防御手段について考えをまとめておく。

(さて、吉と出るか凶と出るか……?)

 姿を見せたとき、目前の美女の反応は、シグルドの予想を超えたものだった。

 驚愕の表情を作る美女に、シグルドは謝罪の言葉を吐こうとした時だった。

「よくぞ、よくぞ、お戻りに……!」

 言葉を震わせ、歓喜の表情で美女は言った。

(えっ?)

 シグルドは当惑する。

 何より、異性にこんな心から嬉しげな表情を見せられた事は無い。付き合っていた当時の彼女にもこんな表情を見せられた事が無い気がする。

 小走りに美女が近寄ってくる。

 抱き疲れるのか、一瞬、身を硬くするシグルドだが、美女は残念ながら抱きついてこなかった。

 美貌の女の表情が、息が触れんばかりの近くにあった。潤んだ瞳がこちらを見ている。女は何か言葉に出そうとしているが、感極まって言葉に出ない。そんな顔でこちらを見ている。

 ふと、美女が装備している鎧に目を止める。剣が突き刺さった竜の紋章が、胸当てに彫られているのが見えた。その紋章には見覚えがあった。

(アースガルドの紋章)

 更によく見れば、美女の身分を示す階級章が左の胸に付いていた。

 円卓騎士(ナイツオブラウンド)を示すものだった。

 ならば、目の前の美女は誰かと言うと。

「ブリュンヒルドか」

 意識する間も無く、するりと言葉が出る。

 美女――ブリュンヒルドは、呼びかけられ、先ほどの自分の態度を恥じ入るように視線を落とし、一歩後ろに下がる。

「はっ! シグルド様と知らずとはいえ、先ほどは申し訳ありません」

 ブリュンヒルドは片膝を付き、深く頭を垂れる。

(えっ、何これ?)

 シグルドは混乱する。

 ブリュンヒルド・レステルク。

 兄である有朋――アーサーが作った、キャラクターの1人であり、円卓騎士(ナイツオブラウンド)と呼ぶ最高峰の、騎士の1人でもある。ネバーワールドの中では、数え切れぬ程、このブリュンヒルドと共にクエストをこなしたり、軍団長として数々の任務を命じてきた。

(確かにキャラクターの設定では、青髪の碧眼の美しい女と設定だったが、これ程とは)

 ネバーワールドのゲーム上では、ドット絵でしかブリュンヒルドの容貌は表現されなかった。

 どのみち、これほどの美女に傅かれる、というのはどうにも居心地が悪い。

「よい、表を上げよ」

 偉そうに言いながらも、シグルドは内心で呟く。

(立場上は、俺の部下になるのか? しかし部下の水浴びを覗いてとなると、セクハラになるのだろうか?)

 取り合えず、水浴びを覗いていた事はスルーするようにしておこう。うん、うんと内心で思いつつもブリュンヒルドを見る。見た目は、美しい女だが円卓騎士(ナイツオブラウンド)の騎士として、ネバーワールドのゲームの中では非常に高い能力を持っていた。

近接攻撃能力では円卓騎士(ナイツオブラウンド)の中でもトップクラス、俊敏性と攻撃力には随一だ。強襲型の万能ユニットとして重宝していた。

確か、兄からは「お前の相方用だ」と言われていた。兄の言う、相方という言葉がどういう意味を持っていたのか今となっては、分からないが。

とにかく、味方? の存在に会えたのは嬉しい誤算だ。何から聞くか、シグルドが口を開きかけた瞬間、何かがこちらに向かってくる音が聞こえた。ブリュンヒルドを見ると、特に慌てた様子は無い。

知っている者だろうか、そう思った時に向かって来る者の姿が見えた。

「何かあったの、ブリュンヒルド? サーチ系の魔法行使があったと召喚獣から連絡があった……」

 ハスキーな女の声だ。

 姿を見せたのは、2人の武装した若い男女だった。先ほど声を発したのが、女のほうだろう。

 男の性というべきか、シグルドの注意は女に向かう。褐色の肌に、猫のように切れ長の瞳、武装した上でも分かる豊かな胸、鮮やかな銀髪は後ろで纏めていた。俗臭を感じさせない、妖精のようなブリュンヒルドの美貌と対比するように、妖艶な美貌を持った女だ。何より、ブリュンヒルドとは大きく異なるのが、耳の長さだった。

(むっ、女のほうはエルフというやつか?)

 そう、褐色の肌を持つセクシーな女の耳は長く、尖っていた。先ほど、言葉に出していた声、ハスキーボイスだったのはこの女だった。

 一方、男のほうというと、金髪碧眼の青年だ。

(イケメンだな)

 同じ男からみても、驚くほどの2枚目の容姿を持った青年だ。容貌には品性と鋭さが矛盾無く同居しており、どこかの国の王子と言われても違和感が無い。

 2人の男女は、シグルドを見て驚きに目を見張る。次いで、先ほどのブリュンヒルドと同じ反応を見せる。歓喜の表情を見せて、シグルドに近寄る。

「お久しぶりです。シグルド様!」

 青年は親しみと敬意が混じった表情で、右腕で己の左肩を当てる。その仕草はアースガルド軍では下位の者が上位者に対しての敬礼だ。

「んっ……」

 シグルドは鷹揚に頷きながら、2人の男女の左胸に付いている階級章を見やる。

 階級章はブリュンヒルドと同じく円卓騎士(ナイツオブラウンド)を示すものだった。2人の容貌から名前の辺りを付ける。

「エスターにユリウスか」

 女のほうの名前はエスター・ガレイル。偵察や暗殺等の隠密作業に優れる女エルフで、こちらもブリュンヒルドと同様に兄が作り出した存在だ。

 男のほうの名前はユリウス・ペンドラゴン。ブリュンヒルドと同じように、近接戦闘を得意とするが様々な武具に精通し、盾を用いての鉄壁の守りは円卓騎士(ナイツオブラウンド)の中でも随一だ。このユリウスは、設定上では兄の実子だ。すなわち、シグルドにとっては甥に当たる。エスターやブリュンヒルドと同じように、兄が作った存在である。

(確か、母親の設定もあったな。母親は……)

「シグルド様」

 そのユリウスから声がかかる。

「このユリウス、シグルド様の帰還を一日千秋の思いで、お待ちいたしておりました」

 華麗な仕草と共に言った。容姿も2枚目だが、声もどこか女の警戒を蕩かすような甘い声だ。

 言葉だけだと、何とも芝居がかった口調だが、心から実感を込めて言っているのが分かった。

「ああ、お前も息災で何より」

 根が小心で人見知りをする性格なので、他人と話す時は常に敬語を心がけるシグルドだが、設定上では自分の部下である彼らに遠慮する必要も無い。特に意識する事無く上位者(・・・)として振舞えばよい。

(しかし、こいつらいい体格してるなぁ)

 ユリウスの2枚目な顔を見上げながら、シグルドは嘆息した。ユリウスの背丈は1m90センチ近くあるだろう。ブリュンヒルドやエスターにしても、ユリウス程にはないにせよ、1m70センチ近くありそうだ。いずにしても、小柄な体格(チビ)のシグルドよりも背が高い。大人になった今更、背の低さに劣等感は覚えないものの、こんな事であればもう少し設定で自分の背を上積みすればよかったか。

 内心でつまらない事を考えたシグルド。だが、すぐにそんな益体も無い事を頭の隅に追いやる。

「他に誰かいるのか?」

 何故、ブリュンヒルドら円卓騎士(ナイツオブラウンド)がここにいるのかという疑問があるが、他にも誰かいるのだろうか。そもそも円卓騎士(ナイツオブラウンド)は合計で7人いる。

 シグルドの問いに対して、ブリュンヒルドが答える。

「ランスロットとトリスタンがおります」

 ランスロット、トリスタン。

 聞き覚えのある名前だ。両者とも円卓騎士(ナイツオブラウンド)に含まれるメンバーだ。

「ランスロットはここより東方1キロ程の距離にて、野営を張っており、そこで待機中。トリスタンは北方になる山々にて、スレイプニール捕獲し調教中です」

 そうか、と鷹揚にシグルドは頷きつつも、これからどうしよう? と内心で途方にくれそうになる。沈黙するシグルドを見て取ってか、ブリュンヒルドが優しい仕草で肩に手を触れた。

「一度、野営の地にお越しください。ランスロットを交えて、今までの状況を報告致します」

「……そうだな、そうするか」

 自然な動きでブリュンヒルド、エスター、ユリウスは3人でシグルドを囲うように、位地を取る。要人を警護するSPのような動きだな、とシグルドは思った。

 いや、事実、自分は要人なのだろう。何ともむず痒い。

 美貌の女エルフ、エスターが前を向きながら何かを呟いていた。

独り言? 違った。今のシグルドにはその呟きの意味が分かった。

呪文の詠唱だ。唱えた魔法は『ログ――遠話』だ。遠く離れた場所と会話できる、4等級のそれなりに上位の魔法。会話した相手はこの場にいない、ランスロットとトリスタンか。

一行は無言のまま森の中を歩く。

ブリュンヒルドを含めてアスターやユリウスも、詳しい状況についてはランスロットと合流して話すと決めているのか、シグルドには話しかけてこなかった。今のシグルドにはそれが有難かった。

 これから、どうしよう――

 今のシグルドが感じているのは、先ほど目覚めた時以上の途方感と不安だった。かつての部下で設定しているキャラクター達が、目の前で生きた人間のように喋っている。害意を見せず、こちらに変わらぬ忠誠を示す存在たる彼ら。

 そんな彼らに自分はどう接し、どう導けばよいのか。

 そもそも彼らは心から自分に忠誠を示し続けるのか。

 かつて彼らは自分を裏切った。そう、自分(シグルド)を裏切るように自分(しげひこ)が仕向けた。右手で、顔にある火傷の痕をなぞる。指先に、はっきりと火傷の痕の感触が残る。

 この火傷の痕は、かつての部下達との戦いで負ったもの、という設定だ。

 かつての部下、ランスロットとの戦いで負ったものだ。

 そんな自分の不安が滲み出ているのか。ブリュンヒルドが時折、気遣わしげな目を向けてくる。ブリュンヒルドのそんな視線には気付かないフリをしつつ、シグルドは空を見上げる。

 空は、雲1つ無く、青かった。


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